「さて、予めご連絡頂いた通りの内容でよろしければ、ゲヘナ学園の元議長、羽沼マコトさんを復帰させる手立てのご相談……でよろしかったですか?」
トモエに案内され入った個室で互いにソファーに座り机を間に挟んだ形になると、彼女は事前に連絡した内容を復唱するように聞いてきた。
私がこの手の話で最も信頼たる生徒と思えたのがこのトモエだった。
彼女はまず革命と復帰が週替りで起きているようなレッドウィンターにてチェリノを書記長に返り咲かせているのに慣れているというのもあるが、この土地の特殊性を差し引いても彼女の政治手腕はずば抜けていると私は感じていた。
かつて私が外の自治区で非常に強靭な戦闘能力を持った人物と勘違いされていたときには真逆の貧弱な人物という評価に塗り替えた事があるし、あの山海経で起きた玄龍門とキサキを取り巻く騒動の始まりにおいて観光の範疇で見れる情報だけで山海経の情勢を掴みクーデターを起こした京劇部の意志を削ぎもした。
また彼女と共に食べに行った美味しい中華料理店の店主が中華が不人気になって店が経営の危機に陥っている姿を見て義憤を感じて行ったプロパガンダにより、そこから逆にちょっとした中華ブームが巻き起きたぐらいだ。
これはあくまで私の所感に過ぎないが、トモエがその気になれば暴力に頼らずキヴォトス全土を混乱の渦に落とす事も簡単にできてしまうだろう。
それだけの力を私はトモエから感じていたからこそ、今回の件を相談したのだ。
「うん、そうだよ。他校の政治絡みで申し訳ないけれど、私にはどうしても思いつかなくって……」
「なるほど……いえ、先生から頼られるというのは先程も言いました通りとても嬉しい事ですから気にしませんよ。……さて、それでは」
と、そこで柔らかな笑顔を浮かべていたトモエが一拍置いたかと思うと、すっと別種の笑顔に切り替えた。
浮かべている笑顔の形自体は変わっていない。だが、漂わせている雰囲気が変わった。
一体どうやっているのかは私には皆目検討がつかないが、これもまたトモエの技量を感じされるものだったのは確かだ。
「まず簡潔に答えだけを申しますと、マコトさんを議長に復帰させる方法はあります」
「ほっ、本当に!? じゃ、じゃあ……!」
「ですが」
と、そこでトモエは私の浮かれた言葉を遮った。
可愛らしさの中に鋭さを感じる声色だった。
「もし私が提案する方法――ざっとお出しできるものとして四つ程のやり方がありますが――を行使した場合、ゲヘナは血に染まり、多大なる犠牲を支払う事となるでしょう。マコト議長が健在であった頃と比較して、平和の天秤が大きくマイナスに傾く程には」
「なっ……!?」
「そういう環境
それは駄目だ。きっとマコトはそんなことをしてまで議長に戻りたいなんて望んでない。
だってそれはマコトの努力を否定するどころか踏みにじって穢す程に最低な行いですらある――
「――……ああ、そうか……私、焦り過ぎちゃってたな……」
と、そこで私は気付いた。
こうしてマコトがなんとか戻れないかとトモエに聞きに来ている行為もまた、彼女に対して失礼な行いであるという事を。
「どうやら、少しは冷静になれたようですね」
「……うん、ごめんトモエ。今回、自分にできることがなさすぎたからって短絡的になり過ぎちゃってたね。それで、トモエにもひどいことしちゃった」
「いいえ、まったくそんなことはないですよ。むしろ私達生徒は先生のそういうところが好きなんですから。それに、先程先生におっしゃったことは嘘偽りのない事実ですので」
トモエの話す調子はさっきまでと比べて少し柔らかくなっていた。
一方で彼女が話す内容は変わらず物騒だ。
「そうですね、せっかくですしマコト議長がこれまで行ってきた政治的な判断に対し、あくまで私なりの見方でですが考えてみたお話をしても?」
「うん、お願い。それが今後の道を切り開くきっかけになるかもしれないし」
トモエの言葉に私は頷く。
ここに関しての私のトモエへの信頼は変わらず揺るがない。何か私にできることへのヒントがあるならここだろう。
私がそう思って頷くと、トモエは静かに話を始めた。
「ではあえて時系列を終わりから遡って評価してみる事にしましょう。まず、マコト議長が最後に下した辞職という決断。これに関しては最適解だったと私は認識しております」
「そ、そうなの……?」
「はい。そうですね……これぐらい、でしょうか」
と、そこでトモエは私にパーにした手のひらを見せてきた。
私はいまいちその意図が分かりかねたが、少しして一つの可能性が浮かんだので聞いてみる。
「えっと……何の数かは分からないけれど、五つ……って事?」
「はいその通りです先生。これはあのマコト議長が吐血し倒れた放映を見た瞬間に私が思いついた内外それぞれからゲヘナを落とす手段……その合計の数です」
「なっ!?」
瞬間、とわざわざ言うのだから本当にあの倒れた場面だけでトモエは五本の指を満たす程の手法を思いついたのだろう。
いったいどっちがどれほどあるのかは分からないが、ともかくそれほどまでにゲヘナが危機に陥っていたという話だ。
「私はあくまで外野なのでゲヘナがいかなる敵を抱えていたかは知りません。ですが、万魔殿がマコト議長の辞任を発表した金曜日の夕方……あれはゲヘナに実害が出始めるまでのギリギリのラインでしたね。もし翌週以降に持ち越していたのなら、目に見える形での被害が出ていた可能性が高いです」
「そ、そんなギリギリだったんだ……」
「はい。故に辞任を即断した議長の判断は実に理にかなったものでした。非常に難しい判断だと言うのに迅速果断に辞任ができたのはさすがと言ったところでしょう」
トモエの話に私は息を呑む。
視線を机に向けながらあくまで静かに語るトモエの瞳はどこか凍えるような寒さを感じると、私は思った。
「次に体を蝕む病を隠し、自校の技術だけで解決しようとしていた部分にですが、これはB+で留まりA判定とまではいかない、と言ったところですかね」
「その評価に至った基準は?」
「自分自身の病状を秘匿していたのは正解と言えます。情報とは命であり、公開と非公開、真実と嘘は巧みに選択し扱うのが基本です。特に自らの弱みについてはなおさら」
プロパガンダを得意とするトモエらしい言葉だと思った。彼女程ここをうまく扱える生徒はいないだろう。
その一方で、トモエは静かに首を横に降った。
「ですが、情報の秘匿を重視するあまりにそこで止まってしまったのはミスと言えます。これはあくまで私の個人的な憶測でもありますが……ゲヘナならば完全に機密性を保った交渉と取引を行う事もできたと考えています」
つまりは、バレずにこっそりやればよかった、という話である。
いわゆる「それができれば苦労はしない」と言った類の話にも思えるが、確かにゲヘナにはサツキがトップを兼任しているかつて解体され再編成されたらしい情報部がおり、風紀委員会もまたトップたるヒナがかつてそこに所属していたらしく、加えてアコのようなうまく立ち回れる子もいる。
トモエの見立てもあながち間違いではないように私も思えた。
「それができなかったのはゲヘナの万魔殿が裏で戦っていた相手が相当厄介な敵だったのか、あるいは秘匿した状態で他に連絡を取るパイプを持っていなかったのか……ともかく、あの状況下でも他校に助けを求める事ができる可能性があったのにも関わらずしませんでした。そこがマイナス点なのですが……」
トモエはそこまで言って私にしっかりと視線を合わせる。
ここから先は、私の方が詳しいのだと目で語っている。
私はそんな彼女の言わんとしている部分について、思い当たる所があった。
「マコトの誘拐時……例の配信とバーゲストを自らの手で殺めた事か……」
「ええ。前者はともかく後者はあくまでほぼ確定の未確定情報という感じだったのですが、やはりそうだったのですね」
「まあね、トモエなら悪用はしないと思って言ったけど」
「ふふっ、そこまでの信頼をしてくださり大変嬉しく思います」
どこまでが嘘でどこまでが本当かは分からないトモエの語り口だったが、最後の言葉は恐らく本当なのだろうと、なぜだかそう思えた。
私って案外チョロいのかもしれない。いや案外じゃないのか……?
とまあそんなどうでもいい事は置いておいて、私はトモエとの会話を再会する。
「あの最低最悪の配信、そして彼女が愛したペットを自ら殺めた事……更に言えば、それによって多分万魔殿のみんなを傷つける事になるのもマコトは辛かったんだろうね。あの日から彼女が持っていた絶対的な自信が感じられなくなった」
「自信とは自己を肯定できる振る舞い、行い、称賛があるからこそできる事。その逆に自らが恥だと思う事、つまり自己否定へと繋がる行為や扱いを受ければもちろん消え去ります。きっとマコト議長にとってはその配信とペットを殺めた事、そして同僚への罪悪感が自信を奪ったのは想像に難くありません」
だからこそ私はチェリノちゃんを愛でているんですけれどね? なんて付け加えてきたトモエに苦笑をしながらも私は考える。
やはりマコトに必要なのは今の自分自身を認めてあげる事なのだと。
覆水盆に返らず。
彼女が失ったモノはもう戻ってこない。だからこそ、これからの人生で新たに大事なモノを得てもらうしかないのだろう。
つまりは当初の見立てとなんら変わらない。
他の生徒に頼んで彼女に気づいてもうしかないのだ。マコトは議長という席についていなくとも評価されているし、未来はまだまだ開けているのだという事を。
「ありがとうトモエ。おかげで心が定まったよ」
「ふふっ、お役に立てたようでホッとしました。……ああ、そうそう先生」
と、そこでトモエがソファーから立ち上がった私に何か言い忘れていた事があったらしくそう言ってくる。
私がそれに「うん? なんだい?」と答えるとトモエは苦笑しながら言った。
「私としたことが、嘘を嘘のままで帰すところでした。実はマコトさんが倒れた瞬間、ゲヘナを崩す方法を五つは思いついたっていうのは嘘なんですよ」
「あっ、そうだったんだ?」
「はい。本当はこの両手両足の指の数を含めても足りないぐらいに思いつきました」
ニコニコと語るトモエに、私は言葉を失い笑顔で固まった。
彼女はきっとそれを察知していながらも続ける。
「更にもし私があのときそうしようと思い実行していたならば、私はマコト議長がベッドの上で眠っている間にゲヘナを落とせただろうという確信があります」
「……それは、いつものプロパガンダのように嘘を別な嘘に塗り替えたモノかい?」
恐る恐る私は聞いてみる。
すると、彼女は楽しそうな笑みで返してきた。
「さあ、どうでしょう? ただこうして疑念の芽を出させるのもまた心理戦を踏まえたプロパガンダの基本、という事で」
「……やっぱり凄いね、トモエは」
私は引きつった笑顔でトモエに言った。
「ふふふっ、恐縮です。先生」
トモエはそんな私にとても楽しげな表情を見せてくれる。
やっぱりトモエだけは敵にしたくないなと思い、そこからの「せっかくですしチェリノちゃんと可愛く戯れるイメージビデオを撮らせてください!」という提案を断らなかった。
そして真偽はともかく私は最後のやり取りによって撮影に誘導された可能性に気づき、最後までしてやられた気分になったのであった。