マコトさんが倒れた例の中継は、私にとっても言うまでもなくショッキングな光景でした。
あの日、私はミカさんとセイアさんとの三人でティーパーティーの公務の一環として中継を見ていました。
マコトさんと友人になれた私だけでなく、会談を繰り返してきたおかげでミカさんもセイアさんもだいぶゲヘナの皆さんへの態度が軟化しておりそれゆえにあの中継はティーパーティーとしての立場を抜きにしてもそれぞれ気にしていたものでした。
また私はマコトさんの事を気にしているのがだいぶ分かりやすかったらしく、ミカさんからは「あーあー! ナギちゃんが角付きなんかに取られるとかショックだよー!」なんて冗談だとは思うのですが少し判断に困る事を言われましたし、セイアさんからは「なるほど……ナギサも来たようだね、この領域に」など妙にしたり顔で意味不明な事を言われました。なんだったんですかあの下手な恋人自慢でもしているようなアレは?
まあそんな話はともかく、私達は
ですが、その始まりにて起きたのがあの惨劇でした。
私は思わず軽く悲鳴を上げ両手で口を覆いながら椅子から立ち上がってしまいました。持っていたティーカップが落ちてテーブルに紅茶をこぼした事に気づいたのはカメラがサツキ議員により破壊され中継が中断されてからです。
そこでやっと我に帰り他二人を見ましたが、ミカさんも青ざめて目を見開いていましたし、セイアさんも非常に険しい顔をしながら口元を袖で隠していました。
それから私はすぐさま先生に連絡を取りました。
先生はその日に限って別の学校の自治区で仕事があったらしく、中継もリアルタイムで見る事ができなかったようです。
ただマコトさんが倒れた話は一瞬でネットを埋め尽くしたのもあり、中継が終わった直後にはもう知ったらしく、私がかけたのはそこから先生が空崎ヒナ委員長に確認を取った直後でありました。
思ったより遠回しな確認ではありましたがマコトさんが喀血し倒れた光景がフェイクでもなんでもなかったこと、そして彼女が重い病に侵されていた事を私は知りました。
大きな後悔が、私を襲いました。
ずっと病を隠していたということは、私とマコトさんが二人きりで会談を行った日も相当な無理をしていたという話でもあります。なんなら私がただカフェインに弱いのかな程度に思っていた中座もつまりはそういう事であり、そんな中で私は彼女と友達になれたと浮かれていたのです。
独りよがりの勝手な行いであり、私は結局あのエデン条約の騒動のときから何も成長していないという気持ちになってしまいました。ですが、それを横にいたミカさんとセイアさんが否定してきました。
「確かにナギちゃんは思い込み激しいけどさ、別に変わってないって訳じゃないと思うよ? あのときは私が全部悪かったんだし、あそこからナギちゃんが頑張ったから今アリウスのみんなとまた手を取り合えるようになって前に進めたんだからさ。あと……もしここからあの子が立場を失う事になったら、それこそナギちゃんの出番だと思うんだよね」
「体を蝕む病の苦痛は例え横に寄り添ってくれる人がいてもどうやっても自分は孤独だと思わせてくるもので、これが人に分かるものかと人の手を払い除けたくなるものさ。でも周りにいる者としてはそれでもどうしたいかが大事ではないかな。拗らせ一人で背負おうとする辛さと、そこで手を差し伸べてもらう嬉しさはここにいる全員が知っているはずだろう?」
お二人の言葉はお二人だからこそ言える言葉で、私の背中を押してくれました。
故に私はマコトさんが議長の座を降りると発表した瞬間にゲヘナへと連絡し、既に話をつけていた救護騎士団の派遣を打診したのです。
先生は二つ返事で了承してくれ、その他にも元々マコトさんを治療できる手段として考えていたミレニアムや山海経へも助けを求めたらしく、結果としてトリニティ、ゲヘナ、ミレニアム、山海経の合同医療チームという様相になったようです。
結果、マコトさんの体は術後の観察も含めて十日でまた学校に戻れたようです。
「あれほどに救護を尽くすのに整えられた環境は初めてです」とはミネ団長からの感想です。またその一方で他校の皆さんからも「救護騎士団の方々がいたおかげでだいぶ治療が捗りました」などという感謝もいただきました。
私は正直医療についての知見は持ち合わせていないので実際のところを把握しているわけではないのですが、先生お墨付きの方々ですのできっと社交辞令ではないのでしょう。
そしてそんな中で、私宛に先生から依頼が来ました。
――自らを見失ってしまったマコトさんの力になってあげて欲しい、と。
*****
「……まさか、あの桐藤ナギサからこうしてプライベートにお誘いされるとはな」
土曜日のお昼下がり。
最近は寒い日も続いていた中で珍しく暖かな陽気に恵まれた本日、私はマコトさんと共にお出かけをしていました。今は二人でとあるビルの上階にあるカフェからお茶をしているところです。
「あら、もしや不愉快でしたか? これは失礼を」
「何を言うか。そうだったなら話を受けた時点で断っている」
「ええそうでしょうとも。ですからあえて言わせていただきました」
「……まったく、随分と直接的に言うようになったものだ」
「はい。目の前の友からの影響です」
あの会談の日から何度か話す中で、私達はこうして嫌味を交えながらの会話がお約束になっていました。
まったく政治的な敵意のない言葉遊びとしての舌戦は外から見るだけでは分からない爽やかさを含んでいて、むしろ私達の関係をより深めてくれました。
ですが話に聞いていた通りマコトさんは元気がないようです。
いつもならもっと軽妙な悪口で私を攻めてくるはずのマコトさんの言葉にキレが足りていませんし、何より表情に浮かべる笑みもどこか疲れを感じます。
「はっ、どうやら私にも教師の資質があったようだ。だが悲しいかな、もはや私は人の上に立つ者ではなくなってしまったし、この先もなれるかは分かったものではないがな」
けれどもなお威勢のある自分を演じ、されど自らへの悲観と諦観が隠せないマコトさんの姿を、私はよく知っています。
それはセイアさんでした。あの日々が始まる前、度重なる予知で苦しみすべてを諦めていたあのときのセイアさんでした。
それは私でした。あの日々において、大切な者を守ろうとして悪にさえなろうとしたあのときの私でした。
それはミカさんでした。あの日々が過ぎた後、過ち失い、自罰的で卑屈になってしまっていたあのときのミカさんでした。
今のマコトさんは、かつての私達の苦しみを一つに集めたかのような、そんな人になってしまっていたのです。
「……そう自分を卑下しないでください」
それに気づいた時、つい私の口からそんな言葉がこぼれてしまっていました。
しかも我ながら呆れるほどに悲しみの感情がこもっています。トリニティでこんな姿を見せたのなら間違いなく付け込まれてしまうでしょう。
「なっ……?」
ですが、目の前のマコトさんが見せたのは驚き返答に困っている表情でした。
それを見て、もう私は止まらなくなってしまいます。
「そんな風にご自身の事を悪く言わないでくださいと言っているんです! 確かに私達はかつては政敵であり、やがて盟友ともなりました。ですが今は一人の友としてあなたの事を心配しています! ティーパーティーのホスト代行桐藤ナギサではなく、一人の生徒である桐藤ナギサが、ゲヘナの友、羽沼マコトさんに言っているんです!」
私の中でこれほどまでに彼女に強い好意があるとは自分でも驚いています。
これまでの交流で重ねた言葉、彼女の味わった苦境と己の体験の重ね合わせ、垣根を超えた立場への想い……様々な要因が重なった故にきっと私はこうなっているのでしょう。
「かつての私も、私の大切な友人も、間違いを犯し心を病みました……ですが、それを乗り越え互いにまた信頼し合えたからこその今があるのです。だからマコトさんにも私の事を……いえ、私達の事を頼って欲しいのです。あなたは、あなたが思っている以上に一人の人間として好かれているのですよ?」
そしてアレコレと口を動かしている理屈を重ねはしていますが、結局今私を突き動かしているのは完全な激情でもあるのも間違いないのです。
ただ友達を救いたい、そんな心で。
ああ、思えばヒフミさん達補習授業部のみなさんもこうだったのでしょうね。
改めて自分の愚かな行いを反省する気持ちになりましたし、ハナコさんがあんな意地悪な言葉で私に意趣返しをするわけだと思いました。
まあ今でも思い出すと少しビクリとなるところはあるのですがアレは……。
「……フフッ……フフフフフ……」
すると、マコトさんが私の目の前で少し頭を下げながら笑い始めました。
髪の毛で目元は見えませんが、口元はしっかりと笑っており、しかし今までのマコトさんからは出なかったであろう静かな笑い声でもありあした。
「あのナギサが、ここまで熱くなるとは……どうやらまた認識を改めなければいけないらしい。なかなかの情熱家であったか、ティーパーティーのホスト代行殿は」
「そ、それはその……だ、だから今の私はそういうのは関係なく一人の友人として……!」
「ああ分かっている。……分かっているさ」
こちらに視線を向けてきたマコトさんの表情は、とても穏やかなものでした。
そういえば今日初めてマコトさんが私に目を向けてくれた気がします。それほどまでに今まで彼女は参っていたのでしょう。
それほどまでにマコトさんは未だ疲れが見える目元をしていました。
「まったく……人生とはどう転ぶか分からないものだな」
マコトさんはそう言うと口元にティーカップを運び静かに飲みました。
カップの中身はかつて私がオススメしたキーモンのストレートティーです。
「あのときは味覚が消えていたから分からなかったが……ああ、美味しいものなのだな、紅茶というものは」
マコトさんは窓の外に広がるキヴォトスの街並みを見ながら言いました。
そんな彼女に、私は思わず笑顔になりました。
今なお彼女の顔から疲れと憂いが抜けたわけではありません。
ですが、そんな彼女の横顔を見ながら私はきっと私とマコトさんはこれで友人として更に仲が深まったのだと、そう思えました。