マコトちゃんとトリニティの桐藤ナギサが個人的にお出かけをしたらしい。
まあ出かけるの自体はいいと思う。時折話に聞く程度だけれども確認している近況だと、マコトちゃんは学校以外だと随分と外に出なくなってしまったらしいし。
本当なら私がマコトちゃんの手を引いて外に連れ出してあげたいところなんだけれども未だ議長という職務に追われている私はうまく時間を作れないのが現状でもあるから。
ただそれにしたってあの桐藤ナギサ、つまりはティーパーティーのホスト代行とそこまでの関係になっていたのはビックリだった。
やっぱり裏を疑ったけれど特になさそうだし、ということはつまりマコトちゃんの治療のときに救護騎士団を派遣してくれたのも本当に単なる善意だったというのがやっとはっきりしたようにも思える。
でも、良いことのはずのそれでつい私は嫉妬も感じてしまっているのも事実だ。
私はマコトちゃんの友達なのに、マコトちゃんに何もしてあげられていない。
なんなら議長職もただ目の前にある仕事を受け流してこなすのが精一杯みたいな状況だ。
やはり今までマコトちゃんの有能さに胡座をかいていたなと自分の怠慢っぷりを改めて思い知らされる。
だからこそせめて議長としての仕事を減らすためにどうすればいいのか私は考えた。そして、一つの方法を思いついた。
私達万魔殿と風紀委員会の距離を、密接にすればいいのだと。
これまで風紀委員会にはあくまで発生した事件の対応に回るのを頑張ってもらっていた訳だけれど、そこに今まで私達万魔殿が行っていた計画を未然に防ぐという業務も担ってもらうのが狙いだ。
別にそれ自体は変な話じゃない。
今私が議長と並行して管轄している情報部は元は風紀委員会の組織で『雷帝』の時代の後処理のアレコレで消えたり復活したりとゴタついた結果、私が万魔殿の組織として再編成したのだ。
でもまたここを両者の共同運営にすればこちらの負担も少しは減ると思う。
ただ、問題は風紀委員会としては業務が増えるから嫌だろうなというところだ。
というか今までマコトちゃん主導でさんざん嫌がらせをしてきたわけだし、絶対こじれるわよねぇこの話……なんて思っていた。
「いいわよ。これからはそういう運用をしていきましょうか」
とか思って重たい気分でヒナに提案してみたところ、二つ返事で了承された。
「え? いいの?」
「いいけれど……いやそっちが提案して来た事なのにむしろ何故?」
「いえ、自分で言うのもなんだけど私達ってずっとあなた達に嫌がらせしてきたしそっちの仕事も増えるから断られるだろうなって……」
「まあそれはそうなんだけれども……でも、手を取り合っていくのならこれからは協調してくれるのでしょう? それとも違うのかしら」
「いえするわ! するわよ!」
私が焦ったように言うと、ヒナは「フフッ……」と軽く笑った。
「まったく、今度の議長さんは随分と可愛いわね」
「なっ……!?」
不覚にもからかうようにそう語るヒナの顔をかっこいいと思ってしまった。
今まで気づかなかったけれど、この子結構顔がいいのね……。
でもそんな整った彼女の顔は、ふっと翳りを見せる。
「私ね……マコトの事、鬱陶しくは思っていたけれど嫌いじゃなかったのよ」
そんな彼女から出た言葉は、意外なものだった。
「えっ? そうだったの?」
「まあさんざんこちらの予算にケチをつけて何度もゼロにしてきたり余計な仕事を山のように増やしてきたのは本当に……ええ本当に腹に据えかねたけれど、でも一方で彼女がゲヘナを想う気持ちが本物なのは知っていたし、それに見合った手腕があったのも分かっていた」
自らの片手の黒手袋をもう片方の片手で何度もはめ直して弄びながら語るヒナ。
彼女の表情には翳りと共に昔を懐かしむ郷愁の光が宿っていた。
「だからこそ私は政治はマコトに全部任せておけばいいと思えたし、さすがに疲れが来てたエデン条約のときを除けば実際に介入はしていなかった。……でも、そんなマコトはいなくなってしまった。その責任の一端は、きっと私にもある。陰謀の臭いから害虫の巣を見つけられなかった私達風紀委員会にも、ね」
ヒナは自らの手首を握り、握られた方の手でぎゅっと拳を作り強く握る。
眉間には皺が寄せられ、唇はきゅっと結ばれる。
「実はね、あれから何度かマコトとも話をしたのよ」
「え? そうなの?」
それは知らなかった。
まあ誰も知らせて来なかったからに過ぎないが。
マコトちゃんの近況を知っている人に教えてもらっていると言っても監視という程ではなく、もし近くにいたら気にかけておかしな事があったら教えて欲しい、ぐらいの話だし。
だからヒナは誰も気にかけていないタイミングでマコトちゃんとやり取りしていたんでしょうね。
そこはきっと、ヒナが無意識にそういう視線を避けた、ってのもありそうだけれど。
「それで私はだいたい同じ事を言っちゃうのよ。『あなたはもう一人の生徒で、私達に守られる立場なのだからもっと無責任になってもいい』って。だって彼女、会うたびにゲヘナは大丈夫か、なんて文言で話を始めるし」
「……マコトちゃん」
私は胸をそっと掴んだ。
やっぱりマコトちゃんは今もなおゲヘナの事を気にしている。
彼女が夢見た世界、その先に続くためにあった愛する土地の今を。
「我ながら、不器用だとは思っているわ。もうちょっと砕けて楽な言い回しで『マコトはマコトなんだから』って言ってあげればいいだけなのにどうしても風紀委員長としての立場で物を言ってしまって。そこで言ったら私なんかよりずっと桐藤ナギサはうまくやっているわね」
「まあ、そこは私も似たようなものだわ……と言っても、私は全然マコトちゃんと会えてないんだけれどね」
自分でも仕事を言い訳にしているというのは分かっている。
今のマコトちゃんに私がどう顔を合わせればいいのかと、つい尻込みしちゃっているのは。
だけどその理屈を理解していても、やっぱり心っていうのはうまくいかないなって、そうなっちゃうのよ。
「お互い、思ったより難儀な性格をしているみたいね……。でも、だからこそ私達は歩み寄れるんだと思う」
そこでヒナは私に手を差し伸べてくる。
握手の合図だ。
「だから、この話は私にとって渡りに船だわ。あの過ちはもう取り返せないけれど、今後のゲヘナを共に守っていく事はできる。それがきっと……彼女に償い報いる、唯一の方法だから。……お互いの共通の友人にできる事なんだろうから」
「ヒナ……」
「だからこそ、よろしく頼むわよ京極サツキ議長。言っておくけれど、私は仲間にも容赦はしないわよ」
「……ええ、お手柔らかに頼むわ。空崎ヒナ風紀委員長」
私達はこうして握手を交わし、今後のための協力体制を作り上げた。
きっとこれでゲヘナの治安はより盤石なものとなるだろう。
だけれど、ふと思ったのだ。
マコトちゃんが掲げた自由なるゲヘナ、その観点から見て私のこの判断は正しかったのかと。生徒の自由を愛するあまりに個人的なライバル心を燃やして風紀委員会に敵対していたマコトちゃんは、私が風紀委員会と手を組むという判断をしたのを知ったらどう思ってしまうのだろう、と……。
でも、結局私にはこうすることしかできないのだ。
マコトちゃんの夢見た世界を守るために、私はマコトちゃんが成してきた事を否定するしかないのである。