日差しは地上のすべてを焼き払ってしまいそうな程に照りつけ、生半可な風では太刀打ちできないほどの熱気が喉を焼いてくる、そんな茹だるような暑さがゲヘナに満ちていた。
まだ本格的な夏ではないというのに襲い来る気温に道行く住人達やゲヘナ生はみな辟易としている。
「だが! この程度の暑さに膝を屈するような羽沼マコト様ではなぁい! キャハハハハッ!」
しかしそんな炎天下の街路のど真ん中で私は高らかに叫んだ。
いずれキヴォトスをこの手中に収める万魔殿の議長たるこの私の強さを見せるにはむしろこういった日こそが最適なのだ。
キキキ……このマコト様の威光に多くの有権者が
「マコト先輩……普通に暑苦しいので止めてくれませんか?」
そんな私に水を差すような冷たい言葉が飛んできた。
我が万魔殿の頼れる議員の一人であり戦車長である棗イロハからだった。
「ただでさえ暑いんですからそういうことされると本当に困るんですけど……」
イロハは今近くにある木陰のベンチの上でダルそうに上着を脱いでおり片手にはジュースと言った姿で、その隣には我らが愛しの丹花イブキが美味しそうにアイスを食べている。
うむ、やはりイブキは可愛いな……。
「何を言うかイロハ! こういった地道な活動にトップが勤しむ事こそ有権者からのイメージを向上させる手としては非常に効果的であり……」
「誰も見てませんし聞いてませんよ。むしろ『なんだアイツ暑さで頭がやられたのか?』って顔でみんな見てますよ」
「なっ、何ィ!?」
イロハの言葉を受けて私は周囲を見る。
た、確かによく見ると
「バ、バカな……!? 一体何がいけなかったと言うのだ……!?」
「……そういうところだと思います」
イロハがまた冷たい声で言ってきた。
さっぱり彼女の言いたい事は分からないが、どうやらこの作戦は失敗してしまったという事だけは分かった。
「キキキ……イロハよ、確かにこの失敗は認めよう。だが、まだ終わりではないぞ!」
普通の指導者ならここで諦めてしまうところだろう。だが、このマコト様は違う。
ここよりさらなる一手を投じ、劣勢をも利用してやろうではないか!
「えぇー……どうせそれも失敗すると思うんですけど……まあ巻き込まれるんでしょうね……」
「よく分からないけどマコト先輩がやるならイブキも手伝うよー!」
「おおっ! さすがイブキだ! よし、共にこのゲヘナに覇道を――」
アイス片手に駆け寄ってきた可愛らしいイブキの肩を組み、共に高らかに野望を叫ぼうとしたそのときだった。
目の前を突然真っ黒なバンが街路に侵入してきて、凄い速さで私達の前を横切ったかと思うと勢いよくそばの街路樹にぶつかったのだ。
「うわっ、危ないですね!?」
イロハが大慌てでベンチから飛び上がる。
彼女がいたベンチはバンが衝突した場所からは距離はあったため巻き込まれる事はなかったが、それにしても突然車が突っ込んできたわけだから当然驚くであろう。
まあ私ほどの偉大な指導者ともなれば声一つ上げる事もないのだが……決してびっくりし過ぎて声が出なかったとかそういう事ではない。そう決して。
「……はっ!? イブキ!? 大丈夫か!?」
私はそこで同じく目の前でバンが横切るのを目の当たりにしたイブキを見た。
するとなんということだろうか、イブキがその目に涙を浮かべていたのだ。
「う、ううう……」
「イ、イブキ……?」
「アイス……びっくりして落としちゃった……せっかくのカスタードプリン味のアイスだったのに……うっ、ひっぐ……!」
泣いている……イブキが……泣いている!?
「おのれ……おのれ許さんぞどこの誰とも知らぬ暴走車の運転手め!!!!」
私は怒りのまま愛銃『唯我独尊』を構え形を歪めてしまっている運転席に放った。
イブキを驚かせたばかりかアイスを落とさせ泣かせるなど、絶対に許してなるものか!
「おわっ!? なっ、なんだっ!? あの便利屋連中に仲間が!?」
すると中から黒色のロボットの男が慌てて飛び出してきた。
携行している装備からしておそらくどこかの組織の一員といったところだろうか。
「ふん、何を世迷い言を! いいかよく聞け! 私は偉大なる万魔殿が議長、羽沼マコト様である! そんじょそこらの生徒と一緒にされては困るなぁ! キキッ!」
我が名を目の前の不届き者に堂々と言い放つ。
私の権勢を示すにはそれこそ力強く叫ぶ事が大事だからだ。
すると、目の前のロボットの男はさらに驚いた様子を見せてきた。
「何!? 万魔殿だと!? つまりあの使いっ走りのはずの便利屋共が我々のアジトをいきなり爆破してきて交戦へと至ったのも貴様らの差し金だったのか!? くっ……このゲヘナに我が組織の手を広める策略が既に看破されていたとは……!」
「……い、いや。それはちょっと知らない話なんだが」
「てかほぼほぼ自分で白状してるじゃないですか……」
急に饒舌に自分達の悪巧みを話し出すものだからなんだか冷静になってしまった。
いつの間にか横に着ていたイロハもそんな様子で冷静に突っ込んでいる。
ただその後イロハはそのままこちらの事も見つめてきたが、何故だ?
「ま、まあとにかく! こいつがゲヘナに害をなそうとしているやつなのは分かった! ならばその陰謀の一端をこちらに見せてもらおうじゃないか。そしてそれがもし有用そうなものであるならが我らが押収し、キヴォトス支配のためにこちらで活用を……キキッ!」
「……うん、やっぱり同族ですね」
イロハが小声で何か言っていたがまあいつもの事なので私は気にせずにバンの後ろ、リアゲートの所に向かう。
途中ロボットの男が慌てて妨害してこようとしてきたが、頭に一発撃ち込んで黙らせてやった。イブキを泣かせたのだからこの程度で済んだ事を感謝するべきだろう。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……キキキ」
何らかの陰謀に使うために便利屋連中との戦闘から逃げ出して運んだブツだ、きっと相当な代物に違いない。
私はそんな期待を胸にしながらリアゲートを開いた。
「……は?」
だが、そこに
「マコト先輩? どうしたんです? 何があったんですか? ……って、ええ?」
「二人とも? どうしたのー? え? わぁ! かわいー!」
私の後から来たイロハもまた驚いた様子を見せ、そしていつの間にか泣き止んでいたイブキはとても明るい声を上げた。
うん、イブキの方が可愛いぞ!
というのは置いておいて、思ってもみなかったものが出てきたのでさすがの私も唖然としてしまったのだ。
「クゥ~ン……」
まさか、あからさまな犯罪者の車から出てくるのが私が抱えて胸元で収まるくらいの小さな黒い子犬なんて、誰も想像してなかったのだから。