私が生徒達と共にマコトがいる場所にたどり着けたのは、あの最低最悪の生配信が始まってから二時間と二十五分ほどかかってからだった。
事を私が最初に知ったのは朝方、シャーレのオフィスでいい加減溜め込んでいた書類に手をつけようとしていたタイミングだった。
イロハからいきなり連絡が来たかと思えばマコトから緊急の連絡があり、現場に急行したがスマホだけが残された状況で行方が掴めなくなったと言われたのだ。
それを聞いた瞬間、私はシャーレを飛び出しゲヘナへと向かった。そしてゲヘナに到着し万魔殿でいざ状況を確認し、探し始めてから少しし始めたときに、インターネットを介してあの配信が流れ始めたのだ。
マコトが一人の少女としての尊厳を徹底的に踏みにじられている光景が。
それを見た瞬間、私はすぐさまアロナにその配信が行われている場所を特定してもらった。
しかし、そこからがまた問題だった。
場所は特定できたが、そこはアリウスのかつての市街外縁部だったのである。
今でこそマコトとナギサが幾度か進めてきた会談もあって軟化はしているものの未だ政治的な問題もあるトリニティが絡む上に、純粋に今いる場所から向かうには時間がかかる場所だったのだ。
だが手をこまねいている暇はなかった。
私はまずナギサ、そしてアツコに連絡し先にゲヘナの生徒が入り込める許可を貰った。その直後に万魔殿のみんなと風紀委員会に連絡、結果として万魔殿の主だったみんなに加えヒナ、イオリ、チナツが同行する形となった。
状況は風紀委員会であるヒナ達は当然把握しており万魔殿のメンバーも特に反発はなくここで時間を取られる事はなかった。
また、救助後の事も考え氷室セナを始めとした救急医学部のみんなにも同行してもらう事にした。あの不快な配信の触りを見ただけでも、そこは必要不可欠だろうから。
そこから私達はアリウスに向かったのだけれど、やはり途中でトリニティを経由する関係上どうしても遠回りになるルートを選択せねばならず時間がかかった。
ただそのルートがナギサ達が用意できた最短ルートでもあるため、我々はそこをできるだけ急いで進む他なかった。
こうしてアリウスに入りそこからはスバルに先導してもらう事でやっとのことでたどり着いたのが、アリウスで打ち捨てられた廃ビルの一つであった。
スバル曰く、アリウスが自立して一つの自治区として復興を進めていく中での都市計画の関係上後回しにされていた場所であり、同時に復興に協力してくれている業者が資材を搬入するルートの一つでもあったのだと言う。
つまりマコトを拐った連中はその業者の中に紛れていたという事だ。
後でこの事でアリウスのみんな、そしてトリニティのみんなが誤解されないようにケアしないとと私は思った。
ともかく、時間がかかってしまった果てに着いたビルの中で見つけられた地下通路の先に、マコトはいた。
その場にいた誰もが目を覆いたくなる姿で。
「……う、あ? せん……せい……?」
あのいつも自信満々に大きな声で私の事を呼んでくれたマコトが、今は見るも無惨な姿で力なく私の事を呼んだ。
その姿と声を見た瞬間私は、ヒナがあれほどまでに感情的に引き金を引く姿を見たことがない程に荒ぶり倒した連中を越えていってマコトところに駆け寄り、彼女を抱きしめた。
「……だめ、だ……先生……離れて……」
けれども、マコトは少しだけ言葉に力が戻ったかと思いきや私を押しのけた。その手に入る力はやはりとてもか弱かった。
「失礼します、先生」
と、そこにセナ達救急医学部のメンバーがやって来る。
私がそばにいては邪魔であるためすぐに後ろに退いて成り行きを見届ける。
セナによって彼女を拘束していた首輪を外されたマコトは毛布でそのボロボロになった肌を隠されながら立ち上がる。
すると、彼女は言った。
「セナ……。……私は今……未知のウィルスに……感染している可能性がある……。空気感染はしないようだが……できうる限りの防疫を頼む」
「……了解しました」
「イロハ……奴らは特効薬があるといっていた……。万が一ゲヘナに広まったときの事を考え……なんとしても探し出せ……」
「えっ? あ、はっ、はい……!」
いつもよりもずっとゆっくりなマコトの言葉にセナは静かに頷き、テキパキとその場にいた部員に指示を出す。イロハもまた彼女の言葉を受け動揺しながらも動き出す。
一方で先程私を押しのけたのはそういう事だったのかと納得する。だが、それは彼女の身が危険に晒されているという事でもある。そんなマコトに私はどう声をかけていいか考え始めていた。
と、そんなときだった。
「……あ、ああ……マコト、ちゃん……その、足元……!?」
サツキが震えた声で今マコトが立っている足元を指さしていた。
何かと思い目を向けると、私は凍りついた。
そこには、マコト達がここ最近ずっと可愛がっていたバーゲストが冷たくなって横たわっていたのだ。
「…………ああ、
マコトが、そんなバーゲストの遺体に目だけを動かしてチラ見して、言った。
あまりにも感情が乗っていない、平坦な声だった。
「私が『処理』した。ウィルスに感染させられていたのでな」
もう既にマコトはその遺体を見ていない。だが、何かを見ているとも言えない。
彼女の瞳には何も映し出しているようには見えなかったのだ。
「何、簡単だったよ。ただこの手で首を折っただけだ。力を入れれば一瞬だった」
――これは、駄目だ。今すぐにでも止めないと、駄目だ。
視線を床に向けながら淡々とこぼすマコトを見て、心が警鐘を鳴らした。
それはここにいる生徒みんなが差はあれど同じ事を思っているだろう。
「私に噛みついてきたときは狂犬という言葉すら生温くてな。あれはもはやマトモな生き物とは呼べない代物だったよ」
「――マコト」
「だから『処理』した。いくら暴れようとこうなってしまえばタダのモノでしかないな」
「――マコト……!」
「
「――マコトッ!!!!」
私は、彼女の肩を力強く掴んで目の前で怒鳴った。
「いいんだよ、そんな事を言わなくても、いいんだっ……!」
情けなく涙を流しながら私は言った。声も先程怒鳴ったものとはまるで別物のように震えてしまっている。
でも、顔を上げた彼女の顔は、死体の方がまだ生気を感じる程のものだった。
「先生こそ何を言っている? たかが犬だろ?」
誰もが無理を理解している強がりほど、鋭利な刃はない。
本人がどう声をかけていいか分からないほどに苦しんでいるのなら、なおさらだ。
「……マコト、気持ちは理解できる。でも、だからって言っていいことと悪いことがあるよ」
だからこそ、私はここで厳しい事を言わないといけない。
それが大人としての、教育者としての役割なんだから。
「……フン」
マコトはわずかに視線を下げながら鼻を鳴らすと、私の手を力なく振り払って牢屋の外へと歩いていった。
「セナ、済まないが厄介になる。私自身がゲヘナへの災厄とならないか、事細かに調べてくれ。それと
「……分かりました」
セナはただ静かに頷き、マコトの後をついていく。
そしていつしか部屋に入ってきた防護服を身にまとった救急医学部の生徒が、バーゲストの亡骸をビニールの袋に包み、慎重に運び出していった。
「うっ、ううううう……!」
サツキが声を上げて泣き出す。
「大丈夫、大丈夫だよ……」
顔を抑えて涙をこぼす彼女を、私はただ優しく