英雄気取りの魔法少女 作:ねこ
空中浮遊は最も基礎的な魔法だが、多くの魔法少女はその技術を体得しきれない。多くの魔法少女が地面すれすれを飛んだり、空中でわずかに移動する程度しか使えないのに対し、スターダスト・シュバリエだけが時速200キロという小型のプロペラ機クラス――超人的な飛行魔法まで昇華しきっている。
この卓越した技術は称賛されるべきだが、その技術を体得した過程を聞けば誰も再現しようとは思わないだろう。
空中をふわりと飛びながら、少女がベースキャンプに舞い降りた。輝くような銀色の髪に、紺色の瞳。切れ長の釣り目が、値踏みするかのように周囲を見渡して、薄く笑った。
「――スターダスト・シュバリエ。ただいま戻りました」
英雄の帰還だ、と言わんばかりの堂々としたたたずまい。自分こそが最も尊貴であるといわんばかりの歩き方。自信に満ち溢れたような歩き方は、どこか傲慢な印象を人に与えていた。
そんな少女に、背の高い麗人であった。おっとりとした青色の目に、癖毛がかったロングの金髪。スターダストの先輩である、蘇芳シエル。一応、スターダストの後方支援を行っており、階級で言ってもスターダストの二つ上である。
「……スターダスト。ご苦労さま。戦闘効率評価だけど――」
「聞かなくてもわかる。一級ですね、先輩」
「三級よ。飽和攻撃を仕掛ける必要、あった? 無駄な攻撃が多すぎる、というのが本部の評価よ」
「――何ですかそれ。ソレが中央の評価ですか。……くっだらない」
スターダストは効率評価を聞いた途端、露骨に不機嫌であるのを隠そうともしなかった。
「慎みなさい。もしあの数の十倍、百倍の敵がいたら、どうだったかしら。連戦になれば。戦場では、あの時出力を温存していればなんて状況、いくらでもあるの」
「――――別に、私の衛星はあの数が精いっぱいじゃないですし、魔力にも余裕があった。それに……私が百倍の敵相手に、どうしてたかなんてご存じでしょ?」
スターダストは小さくため息をついて笑う。
「――中央の効率評価とやらはよく理解しました、先輩。……地上に黒泥の騎士を呼び込んで、魔力効率を考えながらダラダラ戦うのが望みなら、一級の魔法少女を使ってこれからは防衛するといいですよ。私は、私のやり方を通させてもらいます」
「待って、まだ話は――」
「待ちません。あーあ、効率悪い戦い方しちゃったから眠くなっちゃったなぁ……お風呂に入ってさっさと寝よっかな! ……なんか、がっかりです」
ねちねちと文句を言いながら、スターダストは通り過ぎる。その肩を掴もうとして……麗人はためらった。
戦闘効率評価自体は三級だが、継戦能力評価では、平均の二十倍のスコアを出していた。部下を持って、地上で戦うべきじゃないかと言おうと考えていた。
だが、スターダストは一人で戦うことを望んでいる。星屑というよりも、孤高の鷲のような少女だと感じた。
天星遊々子。16歳。冥天による大救済の後、頻発する自然災害や統治機構の混乱の中で起こった動乱で家族を失った。その後、魔法少女適正を認められて一年は魔法少女としての訓練を受けていた。それが、10歳までの記録。
六年後、人類の冥天への反転攻勢の後、人類が失地を取り返したときにはじめて、その姿が再度確認される。増援を送ることができず、見捨てることしかできなかった小さな前線基地で、天星遊々子は六年もの間、たった一人で冥天と戦い続けていた――。
彼女には、自分一人で戦ってきたというプライドがあり、そして、中央への根強い不信感がある。自分は誰よりも冥天と戦い続けてきたというのは。まぎれもない事実だろう。
だが、孤高の在り方は長くは続かない。強すぎるものは、折れてしまえば二度と戻らない。
シエルは、天星を救いたかった。だが、彼女の言葉は天星には届かないであろう。その事実に、シエルは唇をかんだ。
シエル先輩は、私のことをあまり覚えていないんじゃないかなと思う。シエル先輩は、私が魔法少女として訓練学校に入って数か月間で、唯一私に気を使ってくれた先輩であった。
学校では出力の高さと、魔力総量がめちゃくちゃ重視されていた。最高出力の高さは、冥天への対抗できる実力を。魔力総量は、冥天と渡り合える底力を示していた。総てが鳴かず飛ばずの私は、すぐに前線に送られた。体のいい厄介払い。少数精鋭の魔法少女からすれば、私など「育てるに値しない」存在だっただろう。
そこから、ひたすらに戦った。最初はとにかく必死で戦って、闘って。どうやら、切り捨てられたと察した。そこからは、基地の人はめちゃくちゃ私に親切だった。
私の「えいゆうごっこ」に付き合ってくれて、血まみれで帰ってきたら少ないきれいな水で傷口を洗ってくれて。えいゆうごっこを、本当の英雄だなんて笑ってくれて。褒めてくれて。たたえてくれた。
でも、困ったことに。私は、「英雄ロールプレイ」が抜けなくなっていた。高飛車な口調。風を切って歩く癖。皮肉気な口調に、薄ら笑い。
自分がいつ死んでも、いけ好かない奴だったといわれたかったから。切り上げたくない話も、切り上げざるを無い。
シエル先輩にも、ありがとうが言えない。気にかけてくれてありがとうございました。助けてくれてありがとうございました。慰めてくれてありがとうございました。
何もまだ言えていない。でもまぁ、別にいいかとも思う。シエル先輩からすれば、私なんて数ある魔法少女の一人。ゴミみたいなもんだし。
蘇芳シエル。魔法少女ルナ・ラビット。魔法少女として、反転攻勢の陣頭に立った「本物」の英雄。魔力出力、魔力量、全てにおいて頂点に立つ最強の一角だった魔法少女。今は前線を退き、後進を育成することにしている。そんなお方が、私のことを気にする意味がないのだから。
ベッドに寝転んで、目を閉じる。待って、て言われたから。待つべきだったかもしれないと少しだけ思った。
「別に、あんなこと言うつもりなかったのに……」
先輩が、私の前に降り立った。ずいぶん懐かしい記憶が、頭をよぎった。もう、二か月も前になるのか。
黒い泥が、基地全域を覆わんとしていた。遊撃衛星を無数に展開し、ほかの補助衛星もいくばくか。視界を広げ、弾幕を構築し、結界を張る。基地を俯瞰するために、中空から見下ろして思わずため息をつく。
「――ずいぶん本気じゃないか。いよいよこれまで、ってことにしたいみたいだね」
レーザー光線が、魔力砲撃が、泥を祓い、異形を焼き焦がす。いつもの戦いだが、数が圧倒的だ。少しおかしい。
「衛星を増やすしかないね。――私も本気を出さなければならないかな――!!!」
「――魔力を感じて急いでみれば……まだ、生き残りがいたんですね」
私が虚勢を張っていると、地上から声がかかった。ブレザー制服のような、かわいらしい戦闘服。巨大なハンマーのような武装を構え、困惑している声。
――救われた。私は、腹の底から安堵して、シエル先輩の隣に降り立った。
「……あなた、は?」
シエル先輩は、私の配属とかを聞いているのだろうか。
「――西方第六前線基地所属、スターダスト・シュバリエです。ここまで冥天の異形が押し寄せる景色は、珍しいんじゃないですか、先輩?」
私はウインクしながら、肩に手を回して体重をかける。正直フラフラだ。
「後続がいるなら、安心して全力を出せます。私はこれで一時離脱しちゃいますけど、あとを任せていいですね、先輩」
「――先輩って、いや、え? この物量を私一人ではさすがに……」
指を鳴らす。天を指して、魔力をたたきこむ。
「大丈夫です。今集まってるごみは、私が引き受けた」
長いような、短いような籠城戦はこうして幕を終えた。後から聞けば、先輩はそのあとめちゃくちゃ全力で戦ってくれたらしい。
シエル先輩は、私の命の恩人なのである。
やっぱり、悪いことをした。謝ろう。そう思って、部屋を出ようと立ち上がって……なんだか少し、いやな気がして部屋の中でうろうろしてしまう。そうしていると、こんこんとドアをノックする音が聞こえる。うるさいと思いながら、声を出す。
「鍵なんてかけてないから、入ってきたら?」
「あはは……お邪魔します、遊々子さん」
「――シエル先輩。失礼しました」
思わず固くなる声に、シエル先輩は気まずそうにほほを掻きながら笑った。
「いえいえ。ごめんね、疲れてるのに……」
「別に、疲れてなんてないです。冗談ですよ、さっきのは」
「冗談っていうか、厭味のような」
「そんな話をしに、ここに来たんですか? それとも、反抗的な態度への懲戒ですか?」
違う、こんなこと言いたいんじゃない。
「いや、そうじゃなくて……さっきのこと、謝りに来たんだ」
「先輩が謝ることなんて、何一つないですよ。あの評価が中央でのやり方。それならそれで別にいいんじゃないですか? へぼの魔法少女が私ってことで、気にしませんけど」
「……違うよ。六年も生き残ってきた魔法少女なんて、いなかった。戦闘効率評価は、異形が消滅する閾値に対してどれだけ過剰な魔力を使っているかの計測だから、機械的なものなんだ。それで遊々子を評価なんてしないし、できないよ」
先輩が、少し申し訳なさそうにつぶやく。なんだそれ。じゃあ勝手に不機嫌になって、勝手に切り上げた私だけが悪いんじゃないか。
「――誤解させてごめんね。遊々子ほどの飛行魔法は誰も使えない。遊々子は戦略的に失えない魔法少女だから、万が一にも失うような運用はできないってことを伝えたかったんだ」
「…………ふぅん。シエル先輩だから、許します。でもね、先輩」
少しだけ、シエル先輩に体重を預ける。
「私に戦略的価値なんてありませんよ。先輩クラスなら話は別ですけどね」
シエル先輩は、少し間があって、私に質問した。
「遊々子。貴女……思ったより謙虚なのね」
事実だ。