お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

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第10話『怪物』

「いやはや、申し訳ありませぬな。お嬢様はどうやら昨晩の寝付きが悪かったようでありまして」

「お気になさらず。一流執事の淹れる紅茶を、楽しめる時間が伸びましたから。むしろアヴィには感謝しないと」

「それはそれは、恐悦至極にございます」

 

 夕暮れの(にじ)んだ赤は、冷たい硝子さえ拒めない。

 斜陽に照らされた客室で、コポリコポリと紅がなる。淹れたての紅茶は舌に優しく、それだけで執事の研鑽を感じさせた。

 客室にはシレンとアムロンの二人だけであった。アヴィは疲れたからと、自室に戻って休んでいる。授業を中断した形であるが、昼間のアヴィを思えば拒否する選択肢は浮かばない。

 アヴィの申し出は、シレンにとっても都合が良かった。

 

「シレン殿。私めになにか、お尋ねされたい事がございますか?」

「流石は執事、気遣いの達人ですね。いつ切り出そうと身構えていたのを悟られましたか」

「出過ぎた真似を働き申し訳ない」

「いえ。で、聞きたいことなんですけど⋯⋯」

「と言いますと?」

「アリエス・ブルーメイ伯爵夫人について」

「⋯⋯なるほど」

 

 執事の助け舟にこれ幸いと、単刀直入に切り込んだ。

 アヴィが不調を装う理由。アンセム伯爵の豹変のきっかけ。その鍵を握るのは故人であるアリエス夫人にあると、シレンは睨んでいた。

 

「⋯⋯アリエス様は元々、都会の有力貴族の令嬢でありました。勉学に優れ、魔法学院にも籍を置いていた時期もあったとか」

「⋯⋯魔法学院。アヴィと同じ⋯⋯ちなみに成績とか聞いても?」

「あまりよろしくはなかったそうです。聡明な方であり、座学は常に上位に名を連ねられていたのですが、魔法実技が苦手分野でありまして。しかし経営学には特に光るものがあったと言うことで、卒業後はお家の方にその才を活かすべきと言われ、国内の各所領を見回っていたそうです」

「良さそうな資本を探しに、ってことですか」

「ええ。そしてこのミッシェルにて旦那様と出逢われました。お美しいアリエス様を一目見て、旦那様は心を奪われたそうで。不器用ながら精一杯のアプローチに励んでおられました。結果、アリエス様は旦那様の熱意に押され、ひとまず領地経営の補佐として滞在されるようになったのです」

「⋯⋯なるほど。一緒に仕事していく内に⋯⋯」

「ええ。向こう方の家の後押しもありまして、旦那様とアリエス様は結ばれる事となりました」

 

 アンセム伯爵による一目惚れから始まる夫婦の馴れ初めを聞いたシレンは、紅茶で喉を潤した。熱烈なはじまりに、少し気恥ずかしくなったのである。それなりに良い年をしていながらも、未熟な反応であった。

 

「聡明か。確かに、アヴィは年の割には聡いというか、妙に大人びた所がありますね。普段の言動は別にして」

「これは手厳しい。ですがお嬢様はアリエス様の血を色濃く継がれたようで。年々、その面影がアリエス様によく似てきておられます」

「⋯⋯魔法の才は、似なかった?」

「⋯⋯⋯⋯生憎、それはシレン殿の方がお分かりになられることかと」

 

 仕える領家への侮辱に値すると判断したのか、それともアムロンにも分からない事なのか。明言を避ける老執事は、しかしフッと息を吐いて、シレンの瞳を見つめた。

 

「シレン殿は、お嬢様の昔話にご興味がございますかな?」

「⋯⋯知りたいですね。アヴィには怒られそうですが」

「ほっほ。僭越ながら、お嬢様はお嬢様なりに心を開いているご様子ですよ。ひょっとしたら、お嬢様自らなにかお話されたのではありませんかな?」

「⋯⋯お見通しですか」

「執事でございますれば。さて、あのお嬢様がご自身の話をされたのですから、多少の領分越えは許していただける事を祈るとしましょう」

 

 朗らかな笑みに皺が寄る。しかしその目の奥はどこか覚悟の色が滲んでいた。

 

「シレン殿からすれば今も、やもしれませんが。幼き頃のお嬢様は、それはもうお転婆でした。外へと繰り出しては街の子供らを引き連れ、冒険と称してミッシェル中を駆け回っておりましたよ」

「そいつはまたなんとも、冒険者みたいな」

「ええ。旦那様の書庫にあった冒険記を好まれましてね。その影響もあってのことでしょう。旦那様は、領民との仲間意識が育つならと喜ばれておりました」

「⋯⋯」

 

 街に繰り出し冒険ごっことは、確かにお転婆である。昔は調子に乗っていたというアヴィの語りと合致するものがあったが、冒険に憧れていたとは。しかし彼女の愛読する『エーデルワイスの妖精』も、ラブロマンス要素を除けば冒険記ともいえる。アヴィの冒険への憧れは、恐らく生来のものなのだろう。

 

「冒険には危険がつきもの。子供のやる事とはいえ、アリエス夫人は気が気じゃなかったのでは?」

「⋯⋯いえ。確かにお嬢様の冒険好きには呆れられておりましたが、反対はされておりませんでした。代わりに、お嬢様と約束を交わされましたが」

「約束?」

「⋯⋯冒険には魔法を用いること。そして、魔法の勉強もしっかりとすること。それが冒険をお許しになる交換条件でございました」

「⋯⋯アリエス、夫人が?」

 

 ここに来て、引っかかるものがあった。

 魔法。今のアヴィを締め付ける鎖。幼い頃から魔法使いとなることを期待されていたと聞いたが、それはてっきりあのアンセム伯爵の主導だと思っていたシレン。

 けれどアムロンの語る過去からすれば、まるで──

 シレンの顔色から、アヴィがどこまでを話していたかを察したのだろう。執事は目元を下げながら、ブルーメイ邸の呪いを紐解く。

 

「⋯⋯奥様は、お嬢様によく言い聞かせておりました。お嬢様は天性の才を秘めいていると。これ以上となき才を持っていると。そして──自分の様な凡才とは違う、一流の魔法使いになりなさいと」

「そ、れは⋯⋯」

 

 老執事から語られたのは、昨晩に聞いたばかりの文言だった。アヴィの才能を狂信するアンセム伯爵。だがよもやアリエス夫人も同じだったとは。

 いや違う。シレンは思い出す。アヴィは、伯爵が今のようになったのは夫人が亡くなってからだと。

 ならばこの呪言の源流は、夫人の方にあるんじゃないかと。その疑惑を確信にしたのは、執事の更なる言葉であった。

 

「⋯⋯お嬢様が生まれてからというもの、奥様は、お嬢様の魔法の才に執着しておりました。旦那様の領地経営を補佐する一方で、お嬢様が優れた魔法使いとして育つこと、その一点に注力していた様にも思います」

「どうしてそこまで、アヴィの才能に固執を⋯⋯」

「奥様が如何なる思惑をもってそう言ったのか。私のような執事如きには、測りえぬ事ではありますが。そうですな、お嬢様がかつて、とある事件を起こした事をご存知でしょうか?」

「事件?」

「冒険の際にお嬢様が他の子供達と揉めてしまい、咄嗟に魔法を使われ、子供の一人が軽い傷を負ったのです」

「!」

 

 言われてすぐ思い至った。事件とは昼間にアヴィの言っていた、一緒に遊んでいた子供を傷付けてしまった事だろう。

 

「被害に遭われた方へ旦那様が頭を下げに行くことで、大ごとにならずには済みました。旦那様はお嬢様をお叱りになられましたが⋯⋯奥様は慰められました」

「慰めた?」

「はい。お嬢様を胸へと抱きながら、奥様は『貴女は貴女の力を証明しただけ。それでいいの。貴女は特別、貴女は私なんかと違うのだから』と仰っておりました」

「なっ⋯⋯!」

 

 背筋が凍り付く。そんなもの慰めでもなんでもない。まるで怪物を育てる所業である。特別とは権利ではない。まして誰かを傷付けても良い免罪符などでは決してない。

 

「⋯⋯なんで、そんなことを⋯⋯!」

「⋯⋯分かりませぬ。ですがやはり没年に至るその時まで、奥様の考えはお変わりないようでした。幸か不幸か、アヴィ様は奥様の考えに同調してはおられませんでしたが」

 

 怪物は、土の下で眠る者だった。

 まるで罪人の様に俯く老執事に、力はない。

 シレンもまた、アヴィを取り巻く問題の深さに沈痛な面持ちを浮かべる他ない。

 しかし、アムロンの語りによって多くのものが見えてきた。

 浮かぶワードはやはり『毒親』と『教育ママ』。

 恐らく歪みのはじまりは、今は亡きアリエス夫人。その背景もワードと照らし合わせれば、朧気ながらも意図は見えてくる。理解は出来なくとも、予想は出来る。

 アリエス夫人が病没した時から、今度はアンセム伯爵が歪んだ。まるで生前のアリエス夫人の様に、アヴィの才能への固執が激化した。

 ここに関しては理由も意図も不透明だ。しかしヒントはある。恐らくこれもアリエス夫人が鍵だろう。

 

 そして最後、アヴィ自身の秘密。

 父親が寄越した指導師たちを挑発し、帰らせる。

 彼女が望むのは停滞だ。現状維持。それを壊しかねない指導師たちを、態度と言動でもって追い返している。

 その為に実力を偽っているようにも見えるが、しかし順序が逆だ。彼女が今の状態になったのは、学院で成績を落としたから。

 つまり自ら望んで落ちこぼれを演じ、学院を休学したのだ。休学を申し出たのもアヴィからだと、アンセムも言っていた。

 では、その目的とはなにか。

 

『貴女は特別』

『お前は特別なのだ』

『私なんかとは違うんだから』

『私のような凡才と違って』

 

「まさか⋯⋯」

 

 巡り巡らせた思考の果て。

 シレンは、辿り着いた。

 本当は寂しがり屋な少女の、声にならない悲鳴に。

 

 

 

 

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