お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。 作:歌うたい
「⋯⋯エスカリエ」
「なんですか?」
「お前は本当に、俺に甘いよな」
「なんですかそれ。貴方が甘えてくるから、しょうがなく対応してるだけですよ。厳しくしてほしいなら、ビシバシモードでいきますけど?」
「初見すぎるなそれ。逆に見てみたくもある」
ぼんやりとまるで突拍子もないシレンに、エスカリエは呆れながらも混乱した。なんだか様子がおかしいと、幼馴染の異変を察したのである。
エスカリエよりも早くこの家に帰宅したこの男は、その時からすでにどこか気の入ってない様子だった。
「なにかあったんですか?」
「んー⋯⋯そうだな」
だから気持ちそのままに聞いてみれば、シレンは思案の後、あっけらかんと言い放った。
「またクビになるかも」
「へ? クビって、今度は家庭教師をですか?!」
「ああ。悪いな」
「悪いなって、いったいなにがどうして⋯⋯」
当然の問いに、シレンは答えない。のんびりとコーヒーを啜っている始末である。
また誤魔化そうとしてる。その手には乗りませんよと、詳しく問い質そうとエスカリエは正面に回り込んだ。
そして息を呑んだ。おざなりな態度のシレンの目が、いつになく鋭かったのだ。決して引き抜かれることのない、深く深く突き刺さった剣のように。
こういう時のシレンは、もう完結しているのだ。私が何を言ったって、何をしたって。きっと彼は止まらない。エスカリエは一瞬切なげに目を伏せた後、振り切ろうと溜め息を吐いた。
「⋯⋯はぁ。もう心は決まってるって顔に書いてありますよ。事情は分かりませんが、どうせ私が何言ったって、やることは決まっているんでしょう?」
「悪い。家探しも長引きそうだ」
「まったくもう。ほんとにもう。しょうがないから、期間延長してあげます。そのかわり宿泊代はいただきますからね」
「⋯⋯悪いな、お母さん」
「悪いって思ってないじゃないですか! お母さんはほんとに止めてくださいってば!」
「じゃ、お母さん呼び止めるのが代金ってことで」
「せこい!」
「冗談だ」
せめて相談くらいして欲しかったという本音をしまって、日常の延長に舵を戻す。きっと間もなくシレンは剣を引き抜くだろう。戦いに行くのだろう。だったら勝とうが負けようが、エスカリエは待つだけだった。
仕方ない人なんだからと、微笑みを添えて待つだけだった。
◆
ストライプのネクタイ。グレーのスーツベスト。上から羽織った黒ローブ。ともすれば魔法学校の教師といった格好だったが、これがシレンの正装である。
馬子にも衣装。どうもパッとしない風貌のシレンでも、ちゃんとした格好ならば空気が締まるものである。
つまり、準備は万端ということだ。
精々死装束にならないようにと願いはすれど、もはや覚悟は決まっている。冴えない風貌の目が強く光った。
「【ブックマーク】⋯⋯【ブルーメイ邸】へ」
可愛い教え子の待つ場所へ。
そして戦場になる場所へ。
アヴィのせんせいは、飛び立った。
◆
「⋯⋯おはよ。せんせい」
「おはよう。アヴィ」
初日と比べてずいぶんとおとなしい。少しだけ腫れた目元に、仄かにアンニュイな雰囲気。これではメスガキなんてレッテルは貼れない。
不調の証なのか、それともこれこそがアヴィ・ブルーメイの素なのか。浅い月日ではまだ分からない。女心は秋の空とまでは言わずとも、迷宮みたく入り組んでいるのは間違いないのだから。
「その顔を見るに、まだ疲れが取れてないみたいだな」
「ちょーっと寝付きが悪かっただけ。せんせいみたいなおじさんと違って、アヴィちゃん若いから。授業したいんでしょ? しょうがないから付き合ってあ・げ・る♡」
《でも、今日も失敗させちゃうんだけど⋯⋯ごめんね、せんせい。あのおじさんに馬鹿にされないよう、仕事しなきゃなのに⋯⋯ごめんね。こうしなきゃアヴィは⋯⋯》
「ま、昨日の今日だ。ほどほどにしとくさ。子供ってのは無理しがちだからな。その為の先生だ」
「っ。ふーん。悠長なんだねえ。あ、もしかしてアヴィちゃんの好感度稼ぎ? せんせいったら姑息ー」
「おっとバレたか。生徒が鋭いと困りものだな」
けれど辿り着いた心があった。落ちこぼれの烙印を押されてでも、少女が守ろうとしているものを見付けてしまったから。
教え導く雛鳥は、翼を広げると決めたのだ。
より小さき雛鳥へと、飛び方を教えるために。
「ところでアヴィ、知ってるか? 都の有名な天文術士の占いによると、今夜は星の雨が降るって話だぞ」
「そうなの!? っとと、おほん。モテ度ざこざこなせんせいらしくないこと言うじゃん。まさかアヴィちゃんと一緒に見たいなぁってこと? うわぁせんせいってばベッタベタなナンパの仕方ぁ。まあどうしてもって言うなら⋯⋯」
「残念ながら、俺は夜にやることがあるからな。出来れば一人で見ててくれ」
「はあ?」
しかしより小さき雛鳥は、堅い堅い籠の中。
だから彼は今宵、籠の鍵を壊すと決めたのだ。
「え⋯⋯まさか、先約があるってこと?」
「当たらずとも遠からずだな。ちょっと俺の雇い主と⋯⋯込み入った話をしたくてな」