お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。 作:歌うたい
「今宵は急にお呼び立てしてすいません。伯爵」
「いやなに、用があれば言って欲しいと私から頼んだことだからね。そう畏まることはない」
「そう言っていただけると助かります」
「なんの。さてアムロン、ワインを」
「畏まりました、旦那様」
血にも似た赤い水面をぐるりと揺らし、傾ける。芳醇な香りと共に一口味わって、アンセムは改めて腰を据えた。
ブルーメイ邸の食卓にはアンセムと執事のアムロン、そして彼に用立てを申し出たシレンの姿のみ。
アヴィには席を外して貰っていると、シレンから聞いている。きっと星見に出ているであろうと。
今宵は夜空が星で賑わうらしいが、今はまだ静かな夜だった。それが嵐の前の静けさとは、伯爵もまだ気付かない。
「それで話とはなんだろうか。アヴィの事についてとは聞いているが」
「ええ。単刀直入に言えば、アヴィがどうして不調になっているかが分かったという話ですね」
「な──なんだと!! それは本当かね?!」
「まあ、本人に確認を取って確かめた訳じゃないので、確実にそうとまでは言い切れませんが⋯⋯ほぼ間違いないかなと」
血相を変えるアンセムに、シレンは静かに頷いてみせた。
少し迂遠な言い方ながら、十中八九そうだろうと彼の目には確信が光っている。
「そ、それで原因は? 不調を治す方法はあるのかね?」
「⋯⋯治す方法ですか。ええ、あると思いますよ」
「は、はは。そうか、そうか!」
シレンの答えに、アンセムは快哉を叫んだ。
アヴィの才能については疑っていないアンセムだったが、アヴィの不調はやはり頭の痛い問題だったのである。金に糸目を付けずに指導師を呼び込むも、失敗続きで成果はない。しかしその問題についに光明が見えたのだ。喜ばないはずもない。
やはり魔法学院の教員達はあてにならないという、自分の見解は正しかった。興奮冷めやらぬといった様子で、アンセムは暗中に光をもたらす賢者に迫った。
「では教えてくれたまえ、シレン・グレイジュライ先生! アヴィの不調の原因とはなんなのだね?!」
「原因というか。言ってしまえば、そもそもアヴィは不調でもなんでもないって事ですよ」
「不調、ではない? ど、どういうことだ? まさか君は、この現状がアヴィの限界値などと⋯⋯!」
「そういう事ではないですよ。アヴィは間違いなく優れた才能を持ってる魔法使いでしょう。これは断言出来ます」
「そ、そうだろうとも。ええい、ならばなんだという。はっきりと説明してくれたまえ!」
「⋯⋯アヴィ自身が、実力をセーブしてるんですよ。学院で落ちこぼれとまで言われるぐらいに」
「⋯⋯⋯⋯は?」
愕然。まさにそうとしか言いようのない反応だった。
伯爵からすれば当然だろう。まさか娘自身が不調を装っていたなどと、考えられるはずもない。頭を振って、伯爵は立ち上がった。
「そんな、そんな馬鹿なことがありえるものか! アヴィには私から、一流の魔法使いになるようにと言っておるのだぞ! ずっとずっと昔からだ。なのに自ら、落ちこぼれを演じるなどと⋯⋯信じられるものかっ」
「⋯⋯仮に、アヴィが本気で一流になろうとしているなら、今までの方がおかしいですよ。俺の前の指導師の方々、結構高名な指導師も居たじゃありませんか」
「そ、それはアヴィとの相性が悪かったからやむを得ず⋯⋯」
「アヴィ自身が不調をなんとかしようと必死なら、高名な指導師を怒らせようなんてそもそも思わないんじゃないですか。むしろバレないように、怒らせようと必死だったんでしょうね。優れた指導師ともなれば、きっと直ぐに気付かれたでしょうから」
「で、では何故学院の教師達は気付かなかった!?」
「実際の授業形態を見ないと分かりませんが、学院ともなれば生徒はアヴィの他にも沢山居る。誤魔化しやすさは学院での方が上でしょう。事前にカリキュラムが組んである分、内容も予測しやすい。カモフラージュもやりやすいと思います。それかアヴィの不調の原因は、"他にある"と分析していた可能性もありますが⋯⋯」
たとえば今のシレンと同じような結論に辿り着き、その上で伯爵相手に直接は言えない内容だったから、伏せた。そういう線もあり得る。
しかし伯爵は素直にシレンの言葉を飲み込めなかった。否。彼の中のなにかが、飲み込むことを拒んでいた。
「で、ではどうして君が気付けたと⋯⋯いや、君も今までの指導師達のように拒絶するはずではないか」
「まあ、俺がアヴィの態度を気にしなかったのも有るでしょうが⋯⋯家庭教師の経験がないひよっこ相手ならバレないと思ったんでしょうね。我ながら悲しい理由ですが。あるいは、何度追い払ってもやってくる指導師達に疲れてたのかもしれませんね」
「⋯⋯馬鹿な。では、本当にアヴィが⋯⋯」
認めたくないが、認めざるを得ない。思えば休学を申し出たのもアヴィ本人だ。指導師達への態度を和らげないかと相談した際も、アヴィは不服そうに頷きはしたが、結果は変わらなかった。
自分は騙されていたのか。ギラリと獣の様な目付きをしながら、アンセムは歯軋りを立てた。
「ならば⋯⋯ならば!! アヴィに真偽を問い質し、ただちにそのような真似を止めさせて⋯⋯」
「⋯⋯違うでしょう。それ以前に考えるべき事があるでしょうが」
「考えるべきだと?! アヴィに馬鹿な真似を止めさせる以外、他になにを考えろと⋯⋯」
「本当はご自分で気付くべきなんでしょうがね⋯⋯今のあんたじゃ、到底無理でしょうからね。今この時だけ、特別に道徳の授業をしてやりましょうか」
「なにぃ⋯⋯!」
今すぐにアヴィの元へと向かおうとするアンセムだったが、途端に語気を強めたシレンに面食らっていた。
苛立ちながらネクタイを緩めるシレンに、これまでの粛々とした空気はない。
それどころか鋭く自分を睨む彼は、今にも飛び掛って来そうな気迫さえ感じられた。
「伯爵。あんたが今一番に考えるべきは、アヴィがどうしてそんなことをしたのかって事じゃないのか。アヴィ自身の気持ちじゃないのか!」
「分からぬさ。考えてみても分からぬから、問い質さなくてはならないのだ!」
「簡単に楽な道ばっかり選ぼうとするんじゃない! 俺に気付けて、親のあんたに気付けないはずがないだろうが!」
「ぐっ、き、貴様は気付いただと⋯⋯ならば言え! 雇い主の命令である!」
「聞けないねそんな命令。今はあんたが特別生徒だ。考えろ。ちゃんと向き合って考えろ! 俺からあんたへのテストだよ!」
「貴様ぁ!」
挑発めいた言葉さえ織り交ぜて、考えろと言い募るシレンを威嚇するように、アンセムは机を叩いた。衝撃で倒れたグラスから、赤黒いシミが広がっていく。まるで怪物に出来た傷口から、血が流れているようだった。
「本当は気付いてるんじゃないのか。アヴィが落ちこぼれを演じ続けてる理由なんて、一つじゃないか。優秀でいたくないって事だろう。あんた達夫婦が散々言ってきた優れた魔法使いとやらに、なりたくないって事だろうが!」
「言うな! そんなはずはない、そんなはずはないんだ! アヴィは紛れもなく優秀で、天才で、特別なのだ! それを自ら捨てる様な真似を、なぜ⋯⋯!」
「なぜじゃない! 今言っただろうが。優秀で、天才で、それで特別で居たくないから、アヴィがこんなことをし続けているんだろうが! あんたこそ、それがなんで分からない!」
「特別で、ありたくないだと⋯⋯? 」
気付けば勢いのあまり、目の前にまで迫った教師の言葉を、アンセムは繰り返した。これまでの問答を経て、特別という言葉が棘のように思えたのだ。
当惑するアンセムに、シレンは諭すような口調に切り替えた。必死に言い聞かせるように。あの娘の気持ちを汲み取らせるように。
「二日前の晩。あんたは言いましたよね⋯⋯『アヴィは特別』だと。『私のような凡才と違って』だと。なあ伯爵。こんなこと、子供が言われたらどう思う。血の繋がった、愛してるはずの両親から、私達とは違うって言われたらどう思う!」
「⋯⋯、⋯⋯」
「⋯⋯否定されてるみたいでしょう。才能を肯定してるつもりで、繋がりを否定している。突き離されてるようにだって感じる。アヴィは寂しかったはずだ。冒険好きになるのも頷ける」
「⋯⋯他者との絆を求めて、ということか?」
「まあ生来のものもあるかもしれませんがね。仲間が欲しかったはずだ。まるで自分の才能にだけしか価値がないと思われてるようで、なんとか否定したかった。そうしている間にアリエス夫人が亡くなって、そして今度は父親である貴方が変わった。魔法学院に入学当初、アヴィは優秀だったでしょう。その時、伯爵は何度も言ったんじゃないですか? 特別だと。自分とは違うからと」
「ッッッ!」
「⋯⋯そしてアヴィは落ちこぼれを演じて、今もずっと続けてる。これは、アヴィの叫びだ。自分は貴方の娘なんだと、そして才能以外の部分でも自分を見て欲しいっていう⋯⋯叫び以外のなんだって言うんだッ!」
「ぐ、く⋯⋯」
特別だと、私達とは違うのだと。ましてや心も幼き頃から言われ続けていたのだ。遠ざけられていると、繋がりを否定されていると錯覚したって不思議ではない。
それに自身の魔法の才覚にコンプレックスを抱いてる節のある夫妻だ。恐らく『流石は私の娘』とは、殆ど言うことがなかったのだろう。ますます孤立感は強くなる。
狂った温度でしかないそれらが、どれだけアヴィの心を凍てつかせたか。どれだけ苦しい想いだったか。
だからこそ、シレンは嘴を突っ込んででも、この忌まわしい籠の鍵を壊そうと必死だった。
しかし、長い月日をかけて閉められた鍵もまた、強固だった。
「黙れ⋯⋯! 黙れ黙れ黙れぇい! そんなはずは、ないのだ。アヴィが、私達の理想を拒んでいるだと! 苦しんでいるだと!? そんなはず、あるものか⋯⋯!」
「今更認めることを怖がってどうする!」
「うるさい! 実績もない家庭教師風情の言うことか! そうとも、そんな貴様の言うことなど鵜呑みにする方が愚かなのだ。本当は偽っているのだろう。他の原因を見つけた上で、私を錯乱させようとしているに違いない!」
募りに募った妄執は、やはり生半可ではない。
今更認られるものではないと、アンセムは幼子の様に喚きあげた。挙げ句シレンの言葉が虚偽であると、都合の良い妄想に縋る他ない。
「何が目的だ、ええ!? 何故アヴィの道を阻む! さては、アヴィの才能を羨んだ者からの刺客か。その手には乗らんぞ!」
「あんたって人は! そうやって痛い言葉から耳も目も塞いでいるから、大事なものを見失ってるんだろうが!」
「まだ言うかぁ! もういい。貴様はクビだ、シレン・グレイジュライ。そしてただでは済ませんぞ。ギルドを通して抗議させて貰う。遠き地の貴族と舐めるなよ、若造。私には都の伝手がそれなりにある。必ずや貴様を社会的に潰してくれるっ」
「お待ちください旦那様! それは──」
「口答えするなアムロン! ギルドに即刻手配しろ。即刻だ!」
聞く耳を持てないアンセムは、ひたすらに耳障りな音を絶やす方を選ぶしかない。執事の忠言にも耳を貸さず、一方的にシレンを排除すると宣言した。
だが、それこそが、籠の中の雛鳥が翼を広げる意志を固めさせた。
シレンにさえも気付かせず、隣の部屋で息を潜めていた雛鳥は、遂に内側から籠を突付いたのだ。
「──いい加減にして、お父様! せんせいに酷いことしないで⋯⋯!」