お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

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第13話『青藍の追想』

「──いい加減にしてお父様! せんせいに酷いことしないで⋯⋯!」

「⋯⋯アヴィ」

「お嬢様⋯⋯」

 

 張り裂けそうなソプラノだった。これまでアンセムの前では大人しい姿しか見せなかったアヴィの、真に迫った叫び。愛らしい顔には今、悲壮ささえ浮かんでいる。

 彼女が此処に来るとは思っていなかったシレンとアムロンは目を見開くが、その叫びに一番に応えたのはアンセムであった。

 

「聞いて、いたのかアヴィ。ははは、誤解してはいけない。これはアヴィの為なのだよ。この男はアヴィの才能を厭う者からの手の者なのだ。私達を害そうとしているのだよ」

「そんなはずない。お父様の言う通りなら、せんせいはアヴィのこと話さないもん。勝手に才能ないフリしてくれるんだから、なにもしない方が良いじゃない」

「お前まで何を言い出す。フリなどと⋯⋯ただの不調なのだろう? 不調が続くあまり、そう思い込んでいるだけなのだろうとも」

「違う。違うの⋯⋯せんせいの言う通りだよ、お父様。アヴィ、ずっと調子悪いフリしてた。魔法だってわざと失敗してたの。全部アヴィの意志でやったことなの」

「そんな⋯⋯ほ、本当なのか、アヴィ。どうしてそんな真似を⋯⋯」

「⋯⋯せんせいが言ってくれてたこと、全部あってる。アヴィは特別って言われたくなかった。お父様やお母様と違うなんて、言って欲しくなかった。ずっと、ずっと⋯⋯!」

 

 アヴィの白状に、アンセムの求めるような真実はどこにもない。一流の魔法使いになってくれ。そう願い、そうであれと押し付けてきた娘からの反逆に違わなかったと。

 歯向かわれた怒りなどなかった。ただ困惑に狼狽えるアンセムに、アヴィは瞳が潤み出すのを堪えながら、父の顔を見つめた。夜明けの空色の(まなこ)には、冷たい夜に震える様な悲しみしか浮かんでいない。

 

「アヴィね、ずっと寂しかった。お母様とは違う。お父様とも違う。じゃあアヴィは? アヴィの『ブルーメイ』ってなんなの? アヴィは、お父様とお母様の子供じゃないの?」

「ち、違う。私達の子だからこそ、私達はお前を⋯⋯」

「そんなの分かってる。でもね。でも⋯⋯ずうっと言われてると、ふとした時に思っちゃうの。アヴィは本当にお母様の子供って思われてたのかなって。お父様の子として、思ってくれてるのかなって」

「⋯⋯」

「思ってくれてたのなら、どうして、才能しか見てくれないんだろう。凄い魔法使いになることだけが、アヴィの価値なのかなって。じゃあ、凄くない魔法使いのアヴィだったら、お父様に要らないって言われるのかなって。怖かったよ。でも、気になっちゃった。だからアヴィは⋯⋯!」

 

 ぽつりぽつりと降る雨の様に、紡がれていく娘の気持ち。才能しか見られない痛み。両親との繋がりを疑わなくてはならなかった苦しみ。そして今の今まで、そんな気持ちを打ち明ける事すら出来なかった悲しみ。

 どれだけ怖くて寂しい想いだったか。アヴィの降らせる雨の一滴はしかし、鋭い矢のようにアンセムを貫いた。

 

「⋯⋯お父様。一流の魔法使いにならないアヴィは、必要ない?」

「────」

 

 そして紡がれた問いに、アンセムはもはや立ち尽くすしかなかった。

 自分が娘に何をしてしまったのか。娘からの悲しすぎる問いに、頭が真っ白く塗り潰されていた。後悔の滂沱に溺れかけていた。

 しかし、たとえ喉が潰れてでも言葉を絞り出すべきだった。

 返ってこない答えに、アヴィは耐えられないとばかりに走り出した。ここに居られない、居たくないと声なき悲鳴をあげて、去ってしまったのだ。

 

「待て、アヴィ!」

 

 制止するシレンの声も届かない。遠ざかる足音だけが、虚しく響く。今にも潰れそうな背中へと伸ばした手が、行き場を失って宙を泳いだ。

 

「⋯⋯っ」

 

 やりきれない想いのままに、シレンはアンセムを睨んだ。

 しかしアンセムはその眼差しに応える余力もなく、足元から崩れ落ち、虚ろな目で床を見ているだけだった。

 もはや取り憑かれた様な狂信は、アンセムの顔には浮かばない。当然だ。他ならぬ信仰対象に、祈りは否定されたのだから。

 今はただ、犯した過ちへの後悔しかなかった。

 

「伯爵」

 

 短くシレンはアンセムを呼ぶ。

 狂信を止めたとて、父親を辞めた訳ではない、辞める事など許しはしない。だからこそシレンはまだやるべき事があるのだと促す。けれどアンセムから答えは返って来ず、虚ろな眼は床に固定されたまま。

 やがてぽつりと、その口が動き出した。

 

「先生」

「⋯⋯なんですか」

「君が、行ってやって、くれないか。頼む」

 

 蝉の抜け殻が途切れかけの意志を持ったような、か細い声。実に弱々しい願い出だった。

 

「っ。あんたが行くべきでしょうが。アヴィが待ってるのは父親の言葉だろう!」

「⋯⋯分かっている。分かっては、いるのだ。しかし、今の私では余計にアヴィを傷付けてしまうかもしれないのだ。あの娘の心を、今度こそ壊してしまいかねない。愚かな私などよりも、あの娘の心に届いた君こそが、傍に居てやるべきだ⋯⋯」

「この期に及んでなにを怯えたようなことを⋯⋯!」

「シレン殿」

 

 分かっていて、それでも更に傷付けてしまう可能性に脅えている。そんな父親としての姿に、シレンは目を剥いて食ってかかった。しかしそんな彼を遮ったのは、真摯に頭を下げる老いた執事であった。

 

「シレン殿。誠に申し訳ありません。お嬢様を、お頼み出来ますか」

「アムロンさん。ですけど⋯⋯!」

「シレン殿の言うことはごもっとも。ですが、旦那様がお嬢様の気持ちを汲み取るには、整理せねばならない想いもあるのです。ご安心を。必ずや旦那様を、再び立たせてご覧にいれますので、どうか」

「⋯⋯⋯⋯出来るんですね?」

「この命にかえてでも。お願い致します、シレン殿」

 

 再び頭を下げるアムロンを前に、シレンは数秒の黙考の後に頷き一つを返して、アヴィを探しに駆け出した。

 本当ならばやはり、アンセムを引きずってでもアヴィの元へと連れて行ってやりたい。しかしシレンとてアンセムの事情の全てが分かる訳ではない。伯爵の傍へと長く仕える執事にこそ、分かるものもあるのだろう。故にシレンは、アムロンを信じることにしたのだ。

 

 

 広い屋敷。豪奢な内装。しかし今や一つの部屋に主と執事の二人だけ。痛いほどの静寂だけが、耳鳴りのように長く続いている。

 テーブルクロスに広がったワインの染みを見つめながら、執事は想い浸るように目を閉じた。

 

「奥様が亡くなって、三年ほどになりますか」

「⋯⋯ああ」

「あの日以降、屋敷は静かになりましたな。いえ、元々奥様は多弁という訳ではありませんが、あの澄んだ声は確かにこの家に無くてはならなかったと⋯⋯今でも思います」

 

 瞼に皺を寄せてアムロンは語り出す。アリエス・ブルーメイ。シレンからすればろくでもない人物にしか映らないであろうが、アムロンにとってはそうではなかった。伝え聞く話だけでは見られない母としての顔を、老執事は覚えていた。

 

「⋯⋯アムロン。お前は気付いていたのだろう?」

「と、いいますと?」

「⋯⋯アリエスは、私を愛して夫婦となった訳ではなかった。向こうの家が私と籍を入れるようにと、強い後押しをした事が決め手となったらしい。アリエスの補佐もあって、ミッシェルの酪農産業は好調だった。向こうとしても『三女』であるアリエスを嫁がせる事で、将来性のある我が領地を手に入れられるならば、と考えてのことだろう」

「⋯⋯貴族令嬢の持つ立場とは、優雅なものばかりではありません。お家の為の政略結婚とは常に付き纏うものだと、令嬢の皆様方は言うでしょう」

 

 家名や領分を広げる貴族的考えにおいて、継承権の低い貴族令嬢は婚姻というカードの為に切られる者が多い。貴族というのは決してきなびやかな世界ではなく、残酷かつ合理的な一面も強いのだ。気のない相手に嫁ぐ、そんな人生を送る貴族令嬢は少なくない。

 そしてアリエスもそうだったと、亡き妻に一目惚れだった男は言う。執事も、否定はしなかった。

 

「看取る際にな、言われたよ。本当は優れた魔法使いになりたかったと。三女では政略結婚に使われる道しかないからと、自らの手でそれ以外の価値を証明したかったと。だがアリエスには才がなかった。それをずっと悔やんで、悔やみ続けていた」

「⋯⋯」

「私たちの間には、アヴィしか生まれなかった。だからアリエスはアヴィに、自分と同じ目にあって欲しくなかったのだろうな。自分の代わりに夢を叶えて欲しかったのもあるだろう⋯⋯『あの娘を頼む』というアリエスの最期の言葉。私は、裏切りたくなかった。たとえアリエスが私を愛していなくとも、私は愛していた事への証明になると思った。それが。それが⋯⋯アヴィを苦しめるだけだと考えずに。あの娘の気持ちを、汲み取れずに⋯⋯ただただ、犠牲にしてしまったのだ」

「⋯⋯左様でございますな」

「愚かだ。まったくもって、愚かな親だ」

 

 確かに政略結婚であったのだろう。しかしアリエス様は貴方を愛しておりましたよ。そう浮かんだ言葉を、アムロンは飲み込んだ。きっと救いになるであろう視点を、胸中に閉じ込めた。

 これは罰なのだ。娘を苦しめてしまった父親への。そして執事という職務にこだわり、他者へと託すしかなかった無能なる自分への、罰だった。

 

「では、今からにでも勉強をせねばなりますまい」

「⋯⋯勉強か。そうだな。まったくもって不甲斐ない。お前にも迷惑をかけた。きっとアヴィは、私自身が考え、真実に行き着く時を待っていたのだろう。父親の私に。今や唯一の肉親に⋯⋯だからお前は見守るだけに留めた。そうであろう」

「⋯⋯そのようなことは。私めの力不足が招いた事態でもございます。執事であることに徹するあまり、出過ぎた真似を出来なかった。せねばなりませんでした。情けない老いぼれでございます」

「⋯⋯いいや、アムロン。お前は一流だよ。お前ほどの執事がそうでないはずあるものか。だから──二流はやはり、私一人だけだったのだ」

 

 結論を自嘲で締めくくり、アンセムはゆっくりと立ち上がった。間違っていたのは己である。しかしこれ以上間違い続ける訳にはいかなかった。

 狂信を止めたとて、父親を辞めた訳でも、辞める訳にもいかない。今度は娘を愛する証を立てるのだ。

 

「恐れながら旦那様。反省するだけでは前には進めませぬ。お嬢様とシレン殿がお戻りになられた際、どう向き合うか。それこそが肝要かと」

「⋯⋯で、あろうな。醜態を晒し、あの娘を散々に苦しめてきたのだ。今度こそ、あの娘の為になることをしてやらねばならぬ。私はあの娘の父親なのだから」

「ええ。恐らくそれが、シレン殿の再テストでございましょうし。我々に落第は許されませんぞ、旦那様」

「⋯⋯分かっているとも。慰める役まで押し付けたのだ。甘い採点など期待できようはずもない」

「ええ、当方の家庭教師は厳しくも優秀であられますから」

 

 俯くだけの哀れな男はもうそこに居なかった。あるのは己を恥じ、妄執を捨て、今度こそ愛する我が子の為に生きると決めた父親の顔をした男がいた。

 かかった魔法に、詠唱も陣も魔力もいらない。

 見つめ直す為の姿鏡と、間違いを間違いと認める為の、ほんの少しの勇気だけだった。

 

 

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