お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

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第14話『星降る夜に』

 なだらかな丘の上。少女はひとり膝を抱えて蹲っていた。

 清空の夜空は皮肉なほどに星に満ちている。今宵は流星の雨が降る。今朝方に家庭教師から聞いた言葉はされど浮かばず、代わりに瞼の間から雨が降る。星なんて見れやしなかった。

 

「昼間は暖かくても、夜になれば冷え込むもんだろうに。そんな薄着だと風邪引くって、優秀な俺の生徒なら分かってくれてると思ったんだけどな」

「⋯⋯せんせい」

「昨日と今日とで授業が遅れがちなんだ。体調管理はして貰わないと困るだろ。ほれ」

「わわっ」

 

 けれどそんなのはもったいないぞと傘をさすのは、いつもの冴えない家庭教師だった。上に何かを羽織ることもせず飛び出したアヴィに、シレンは無理矢理ローブを被せた。

 そしてそのままアヴィの隣へと腰を下ろし、彼女の言葉を待った。

 

「せんせい」

「ん? どうしたんだ、アヴィ」

 

 膝に顔を埋めたまま、アヴィは隣へと確かめるように声をかける。シレンからでは見えないが、その顔には少しの自嘲が含まれていた。

 

「アヴィの髪の色、変でしょ? お父様は青い髪。お母様もちょっと深めの藍色だったの。でも、アヴィの髪はちょこっとだけしか青くないの。これ、変に見えるよね」

「⋯⋯アヴィは炎魔法の適性があるからだろうな。そして適性が高すぎると、髪の色や目の色に影響が現れるのは稀にだがあることなんだよ」

「⋯⋯うん。お母様もそう言ってた。でも知らないとさ、やっぱり変に見えるんだよね。だから小さい頃、たまに似てないってからかわれたの。まあ相手も小さかったから、仕方なかったんだけど⋯⋯アヴィ、それが凄い嫌だった」

「⋯⋯もしかして、小さい頃に魔法で傷付けたのって」

「あはは、分かっちゃう? そ。似てないって言われたの。だからアヴィ、それが許せなくって魔法を使っちゃった」

 

 紐解かれる、アヴィが過去に起こした事件の真相。

 適性属性による外見の影響は、確かに子供には分かりづらい事である。その子供も、悪意をもって言ったとは限らない。ほんのからかいの気持ちだったのかもしれない。

 しかし常日頃『私とは違う』という言葉に怯えていたアヴィにとって、それは許せないことだったのだろう。

 

「お母様が亡くなってから通った学院でも、そう言われることがあったの。今度は多分わざと。適性影響じゃなく、実はお母様が浮気したんじゃないかとか。優秀なアヴィちゃんが目障りだったんだろうけど、ひっどいこと言ってくれるよね」

「⋯⋯」

「でもアヴィは無視したの。また怪我させたりしたくなかったし。けど無理矢理我慢したせいで、調子崩れちゃってね。大事な実技の授業でちょっと失敗しちゃったの。それで、その晩、お父様に言われたの」

「お前は特別。私とは違う、ってやつか」

「⋯⋯うん。お父様が、怖い時のお母様みたいになっちゃったみたいでさ⋯⋯また考えちゃったの。本当に二人の子供なのかなって。それで、落ちこぼれのフリをしたら⋯⋯一流の魔法使いになれそうになかったら、どうなるんだろうって思って⋯⋯」

「⋯⋯そう、か。それはそれで結構勇気がいるだろうに、よくやったもんだ」

「うん⋯⋯勿論恐かったけど、それでもお父様がアヴィをどう思ってるのか知りたかったから。あは、バカだよね。そんなことするくらいなら、アヴィからお父様に向き合ってちゃんと、聞けば良かったのにね」

 

 アヴィの試みは、結果だけ見れば苦しい時間を長引かせるだけであった。しかしアヴィの自嘲に同調する気になどなれるはずもない。

 アンセムから返ってきた答え次第では、アヴィの心は壊れてしまっていただろう。アヴィもそれを分かっていたから、最後の一歩を踏み出せずにいたのだ。

 

「アヴィはこれから、どうすればいいかな。もう全部バレちゃったし、今のままなんて出来ない。どうすればいいのか分からないの」

「⋯⋯」

 

 アヴィが去った後のことなど、アヴィが知る由もない。

 これからどうすればいいか分からない。どうなるかも。だから少女は迷い子のように不安がるしかなく、隣の大人を頼るしかなかった。

 だからシレンは、教え導いた。

 

「ねえ、せんせい。教えて」

「⋯⋯そうだな。とりあえず──」

 

 迷った時にはまず、星を探すことから始めるのが基本だと。

 

「──顔を上げてみることから始めてみようか」

「⋯⋯え?」

 

 手を引かれるように顔を上げれば。

 夜空に魔法がかかっていた。

 

「うわぁ⋯⋯!」

 

 清空に降りしきる星のさみだれ。

 幾千もの神話たちが、光る軌跡を紺碧のキャンバスへと描いていく。

 そこは物語の中だった。一面のパノラマ、見渡す限りの流星群。アヴィは頬を赤らめ感嘆の息を漏らす。星の雨が降る代わりに、アヴィの涙は止んでいた。 

 

「なあアヴィ」

「せんせい?」

「夜空がこんなに煩いんだ。いっそ全部吐き出してしまったらどうだ?」

「全部、って⋯⋯」

「辛かったことだよ。ムカついたことでもいい。苦しかったことでもいい。この神話共に聞かせてやるくらいの気持ちで、全部全部、言ってしまえ」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 今宵が果たして十年に一度か。あるいは百年、千年、幾万年。知ったことではないしどうでもいい。

 きっとこの流星の降る夜は、この寂しがり屋な女の子の為にある。だったらこの際、とことん使い果たしてしまおう。

 悪童めいた笑顔で言い放つシレンに、一度ぎゅっと固く結んだ唇が、やがて静かに開かれた。

 

「こうなったらいいなって、思えば思うほどに変わっていくの。お母様は居なくなって、お父様は変わってしまって。学院に居た友達だって、もう落ちこぼれのアヴィなんか忘れちゃってるだろうし⋯⋯あ、はは。落ちこぼれのフリしたのはアヴィなんだから、それは自業自得かぁ」

「⋯⋯」

「でも⋯⋯っ。でもねえ! お父様も、お母様も、いくらなんでも酷いよ! アヴィは上手に魔法を使う為に生きてるんじゃない! 特別ってなに! 違うってなに! 同じだもん! お父様とお母様と同じ家族で、人間だもん! アヴィだってアヴィの人生を生きたいのっ!」

「おう、いいぞ。どんどん言え」

「っっ。大体学院の皆だってさぁ! 察し悪すぎ! あんだけ出来てたアヴィがいきなり落ちこぼれになる訳ないじゃん。才能が枯渇したとか、成長が頭打ちになったとか、そもそも今までのがまぐれだったとかぁ! 今まで良い顔で近寄って来てた癖に、急に遠巻きで好き放題言って! ほんっとムカつく馬鹿ばっかり!」

「おいおい、そいつは自業自得だって言ってなかったか?」

「それでも察してほしいの! 自分で自分のこと悪くなんて思いたくないの! 八つ当たりだけど文句あるぅ!?」

「ははは、めんどくさい奴だなアヴィは」

「大きなお世話っっ!!!」

 

 たかだか十六歳。アヴィは言動はともかく妙に大人の様な考え方をする時があった。たとえば自業自得だといちいち口にしたりとか。

 そんな姿と比べれば今のアヴィの方がよっぽど年相応であり、それでいいとシレンは思う。変に大人ぶられるより、素直な方が可愛げがあるものだ。なるほどこれがメスガキの需要か、と一瞬思考がトンチキ方面に舵を取るが、生意気と素直は別である。

 だがシレンのそんな飄々とした態度が癇に障ったのだろう。今度はシレンに矛先が向かった。

 

「大体せんせいだって勝手だよ! お父様にあんな風に言ってくれて! アヴィのことなのに、アヴィに一言もなしだし、なんだったら流星がどうっていって遠ざけようとしてたじゃん! せんせいだって今回の件が上手くいかないとまたあのウッザいおじさんとかに馬鹿にされるんだよ! なのに、アヴィの為なんかでこんな⋯⋯ばかじゃん! ほんっとばか! くそざこの上にすっごいばかだよせんせいは!」

「あー、確かにな。一応、クビになるのも覚悟の上だったんだが⋯⋯」

「それが勝手だって言ってるの! 勝手にアヴィのせんせいやめないでよ! アヴィのせんせいなんだから、クビになるならアヴィに許可取って!」

「おいおい、雇い主はアンセム伯爵だろ。ならクビにするかどうかは伯爵次第だ」

「だったらお父様引っ叩いてでも辞めさせないだけだもん! クビにするって聞こえて、本当に恐かったんだから! 勝手にアヴィの近くから居なくなろうとしないで⋯⋯!」

「ああ、悪かった。俺が悪かったよ。すまなかったな、アヴィ。寂しがらせるところだった」

「ッッ⋯⋯べつに、寂しがるとかじゃないもん。アヴィのせんせいの癖にアヴィの気持ちを無視したことがムカついただけだし」

「そうか」

 

 軽口で返す反面、シレンは驚いていた。アヴィとの邂逅から、思えばまだ一週間も経っていない。なのにアヴィの中では、しっかりと絆としての繋がりを感じていたのだ。

 それだけアヴィが孤独だった裏返しでもある。なるほど、アンセムにアヴィの気持ちを考えろと詰めた立場だが、それは自分にも当てはまっていた訳である。

 失敗したなと苦笑しながら、シレンは頭を掻いた。流星の群れは途切れることなく、今も頭上を流れ続けている。

 

「せんせい」

「ん?」

「せんせいは優しいね。ずっと、アヴィに優しくしててほしいな。ねえ。約束して? どんな時でも、優しいせんせいでいてくれるって」

 

 こんなにも流れ星の多い夜にはあまりにもったいない、淡く儚い願いごと。寂しさに耐え続けた少女にとっては、このせめてにさえ縋りたくなってしまうのだろう。

 

「⋯⋯ずっと優しくか。それは無理だな」

「せんせいも、変わっちゃうから? お父様のようになっちゃうかもしれないの?」

「違う。俺はなアヴィ、お前にからかわれたら拗ねる。お前が間違えたら叱る。お前が悪いことをしたら怒る。お前が道を踏み外したら悲しむ。人形じゃないんだ。優しいだけでいられる訳ないだろ?」

「⋯⋯せんせい」

 

 変わらないでいて欲しいと願うのは、変化を恐れる証しでもある。しかしそうではない。そうではないのだと、立派でもなく一流でもない街角の隅の魔法使いは、諭すように唱えた。

 

 

「だから、そうだな。ずっと優しいせんせいでは居てやれない。だからせめて──せんせいは、せんせいで居続けてやる。それで許してくれないか?」

「──────」

 

 魔力も陣もない。音にするだけの言葉の群れはしかし。

 アヴィ・ブルーメイにとって、確かな魔法だったのだ。

 この先も胸に抱き締め続ける、優しい奇跡だったのだ。

 

「許します。この流星に誓って」

「偉そうだな」

「偉いもん。アヴィちゃんは偉いし可愛いしとっても強くて優秀な──せんせいの教え子だから。ね?」

「⋯⋯そりゃ、鼻が高い」

 

 ストラップのネクタイに、グレーのスーツベスト。黒いローブがなければ、ただの冴えない男である。魔法使いには程遠い。柄でもない洒落た言い回しも、きっと今宵だけの奇跡だろう。

 けれど優秀な弟子は、この魔法(約束)を永遠にすると決めたのだ。

 幸い、願いを叶える為の流れ星には事欠かない。愛らしい顔に朱色を添えて、アヴィ・ブルーメイは綺麗に笑った。

 

《これからもよろしくね、せんせい》

 

 

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