お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

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第18話『小悪魔すぎる囁き』

 時が止まった。

 戦いの火蓋が切られた瞬間、女剣士は顔からずっこけたのである。色んな意味で衝撃的だった。

 綺麗な緊張と緩和な一幕だが、笑い声一つこぼれない。ヒュウと吹いた風がただ冷たかった。

 

「だ、大丈夫か」

「あいたぁ⋯⋯は、鼻が⋯⋯ズキズキするであります⋯⋯」

 

 そう言ってお面の鼻を擦るサザナ。それではなにも和らぎはしないが、呆気に取られるシレンにツッコむ事は出来なかった。

 

「な、なにをやってるサザナ! いきなりすっ転ぶとはなにごとだ!」

「⋯⋯うう、失敬。どうも思った以上に足を開けない造りでして、うっかり転んでしまいました。これではいけませんね。よいしょっ」

「ちょっ!」

 

 よっぽどドレスの腰から太腿回りがキツイ締め付けだったのだろう。このままでは足が(もつ)れるからと、サザナは大胆にもスカートの部分を躊躇なく破った。

 

「これで良し。では仕切り直しと行きましょう、シレン殿」

「い、いや⋯⋯お前それ、大丈夫じゃないだろ」

「はえ?」

 

 これで動けるとサザナは満足そうに頷くが、いわばミニチャイナにスリットが入ったような状態である。ヒラヒラと靡く太腿部分が非常に際どい。

 下手したら下着が見えそうなんだよ!と叫びたいシレンだったが、天然剣士は気付いていないのか、キョトンと首を傾げるだけであった。困ったように視線を泳がせるシレンだが、自慢のドレスを破かれたクロームはあんぐりと口を開けて固まったままである。

 

「では、改めて──先手はこちらから」

「ッッ!」

 

 止めなくていいのかと改めて確認しかけたシレンだったが、気付いた時には長太刀の切っ先が目の前へと迫っていた。

 

「せあっ!」

「⋯⋯次手も、こちらが」

 

 反射的に手中のロングソードで弾き返せば、眉一つ動かないままに二の矢が放たれる。

 一の矢は刺突、今度は切り上げ。しかし一の矢が様子見に過ぎなかったと思える程に、切り上げの太刀は速かった。

 

「──シッ」

「くうっ」

 

 避ければ、次は縦の振り下ろし。受けて凌げば、今度は横の凪一閃。

 息も止まるような連撃。それらを辛うじて受けるシレンだったが、その表情には早くも余裕が失われていた。

 

「はっ」

「はああっ!」

 

 女の静かな呼吸と、激しい男の息遣い。

 斬って、合わせて、結んで、弾く。繰り返される刀剣の乱舞は勢いを増して、近付く者を容易に切り裂く一対の暴風となった。

 それでも状況はシレンの防戦一方。旗色は非常に悪い。

 シレンからすれば、この勝敗の行方はどちらでも良かった。クロームを調子に乗せるのは癪ではあるが、重要なのはアヴィの冒険者登録。状況次第では降参してもいい。それぐらいの心持ちであり、やる気も対して湧なかった。

 しかはし繰り出される一太刀は尋常ならざる鋭さがあり、気を抜けば本当に斬られると錯覚させる程だった。シレンの応撃もすぐに本気のものへと切り替わる。

 

「──」

「こんの⋯⋯っ!」

 

 しかしそれでも尚、サザナの方が速かった。僅かな防御の隙間を刃が滑り、そして返し峰で身体を打ってくる。

 そして鈍痛を堪えながらシレンが斬り返す時には既に、正中に構え直しているのだ。

 凄まじい速度と剣技。尋常ではない。

 

「おおおっ!」

 

 待ってたらダメだ。そう判断し、今度はシレンが踏み込む。砂利も立たない速さ、ゴウッと空気が震える威力。シレンの剣もまた素晴らしい冴えをみせる。しかし。

 

「ぐあっ⋯⋯」

 

 剛剣は横に構えた太刀に防がれ、がら空きになった胴を鞘が打つ。痛烈なカウンターに、シレンは脂汗を垂らしながら後退った。

 

「お、おお? 押してる? 押してる⋯⋯か。押してるな! いいぞいいぞ、やれ、やってしまえサザナ!」

「せんせい⋯⋯!」

 

 サザナの優勢にクロームが沸く一方で、アヴィの声を心配の色が占めていく。弟子の案ずる声に、苦痛に歪むシレンの顔が、冷たく引き締まった。

 

「ハァッッ!!」

「っ。なんと」

 

 間髪入れずに踏み込んで、シレンが放ったのは唐竹割り。その軌道を冷静に追ったサザナが薙ぎの一刀で払おうとするが、想像以上の重さがあったのだろう。力負けしたサザナが、立ち合いが始まってはじめて感情を露わにし、隙を見せた。

 

「なにぃ!?」

「せんせいっ」

 

 そして隙を好機と見て、追撃をかけようとシレンが踏み出そうとし──ピタリと止まる。彼の本能が警鐘を鳴らしていた。その間合いにだけは入ってはいけないと。

 

「四雅流奥義──」

「っっっ」

 

 サザナの囁きに、シレンは進んだ。

 前ではなく後ろへ。反射的反応。まさに直感に従った結果だが、それは果たして正解だった。

 

「『燕返し』」

 

 放たれる斬り上げ、振り下ろし。刹那の二連撃。ほぼ同時にも感じられるほどの、超高速の上下刀閃。反射的にロングソードを横にして、シュパンと音が鳴った。続けて腕に振動が伝わった。そこでやっと、シレンは気付いた。

 

「剣が⋯⋯っ」

「──」

 

 鋼製のロングソードが、峰から先を断たれてた。斬られたのだ。まさに斬鋼剣。なによりシレンが愕然としたのは、残心しているサザナの持つ太刀の向きだった。

 黒い棟。つまり今のは『峰打ち』だったのだ。峰打ちで鋼の剣を断ち切るなど、神業という言葉すら足りない絶技。もはや今こうして自分の首が繋がっていることが、奇跡とさえ思えた。

 

「⋯⋯降参する」

 

 こんなの相手に断たれた剣で勝てるはずがない。唇を噛みながらも、シレンは素直に敗北を認めた。

 

 

 

「は、ハハッ。ハハハハハッ! でかしたぞサザナァ! どうだシレン、神の如き俺の目が見出し、そして教え、導いた弟子の強さは!! 貴様は負けた。この俺に、完膚なきまでに負けたのだ! ハーッハッハッハッハ!!」

 

 まさに人生の絶頂期かというほどに、クロームは勝ち誇った。念願叶って、というやつだろう。一体クロームがサザナをどう教え、導いたかは疑問だが、シレンは反論を挟まなかった。

 

「ふふふ、遂にシレンを倒したぞぉ⋯⋯ぐふふ、ふはははは、やったぁ⋯⋯ハッ。げふんげふん。ふん、やはりシレンなど口先だけのペテン師だということだな。分かっていたことだとも」

「いえ、なかなかの手並みでした。また手合わせを願いたいでありますね」

「⋯⋯」

 

 クロームの言いようは不愉快ではあるものの、実際完敗だった。一矢すら報させて貰えないほどの刀の腕は、敗北した今ですら感嘆すら抱くほどである。せめて装備屋に預けている愛用の武器さえあれば、なんて言い訳にもならない。

 故にシレンは黙ったままだった。

 

 しかし黙っていられなかったのは、彼の教え子であった。

 

「──はぁ。やれやれ。そんなんで勝ち誇っちゃうようじゃまだまだだねえ。せんせいがさぁ⋯⋯わ・ざ・と! 負けてあげたってことにまだ気付かないんだもんね?」

「は?」

 

 あまりにも予想外過ぎるアヴィの発言に、他ならぬシレンがまず唖然とした。わざと負けた。一体どこの世界線の「せんせい」の話なのか。餌を求める池の鯉よりも大きく口を開けて固まるほかない。

 

「い、いきなり何を言い出すかと思えば、わざと負けただとぉ?! なにを馬鹿なことを! 」

「⋯⋯ふむ。身共としても、気になりますね。一体どういうことでしょうか」

「あ、アヴィ? 急に何を。俺はちゃんと──」

「はいはーい、せんせいはちょっと黙ってようね♡」

《はいはーい、ざこざこせんせいは黙ってようね♡》

「アッハイ」

 

 睨まれると怖い。垂れ目にギンッと睨まれると倍怖い。しかも心の声まで重なって、シレンは直立不動で固まった。

 だがリードマインのおかげで、アヴィはシレンがしっかり負けた事を認識している。その上で、敗北はわざとであるとホラを吹いたのだ。一体どういう事なのだと三者の視線が集まる中で、アヴィは焦る素振りも見せず、言い放った。

 

「だっておねえさん⋯⋯さっきからパンツ見えちゃってるよ? チラチラって」

「はえ?」

 

 アヴィが指摘したのは、戦いの前にサザナが破って作ったドレスのスリットである。その時点で際どかったスリットだが、戦闘の動きによって裂け目が広がったのだろう。下着らしき黒い布地が、チラチラと見え隠れしてしまっている。

 それはもう目の毒であった。シレンもクロームも揃って視線を逸らすくらいだ。流石のサザナも指摘されるや否や、サッと手のひらで裂け目を隠した。

 

「こ、これは⋯⋯も、申し訳ありません。お目汚し、失礼しました⋯⋯」

(あ、流石に下着は恥ずかしいのか)

(あ、流石にパンツは恥ずかしいんだ。てっきりそういう趣味かと思ってたけど。ま、いいや)

 

 同じことを思う師弟である。なお弟子の方はさりげなく露出狂扱いしていたらしい。

 

「し、しかし。これがシレン殿が敗北を選んだ理由なのでありますか?」

「んー、あくまで理由の一つかな。これ以上戦いが続けばぁ、もっと大変になってたことは誰の目にだって明らかだよねぇ? それに原因は下だけじゃなく、上もだよ」

「う、上ですと?」

「うん。明らかにサイズオーバーしてるからね、ふっつうにペロンってなりかけてたよ。おっぱいが」

「なんですと⋯⋯あう。重ね重ねお目汚しを⋯⋯」

「大丈夫、セーフだったから。いやもう常にアウトみたいなものだったけどぉ、最終防衛ラインはギリッギリで越えてなかったよ⋯⋯常にアウトみたいなものだったけどね?」

「う、うぐぅ⋯⋯」

(そんなに危なかったのか。こっちはそれどころじゃなかったからな⋯⋯)

 

 対峙するシレンからすれば修羅場だったが、外から見ると違ったのだろう。男として興味がない訳ではないが、アヴィの念押しに穿たれ、情けない声で(うずくま)るサザナを見ればむしろ憐れみが沸いた。

 

「で、最後。これがズバリせんせいがわざと負けた原因だけどぉ⋯⋯おねえさん、自分の靴をみてみてよ。ヒールがグラグラしてるの、気付いてる?」

「う⋯⋯言われてみれば、確かに取れそうですね。やはり履き慣れていないままに刀を振ったのがマズかったでしょうか」

「マズかったんだよねぇ。分かる? おねえさんがあの二連撃を打とうとした瞬間、せんせいがスッて下がったの。あれこそがせんせいの優しさなの」

「はえ? ただ身共の奥義から逃れようとしたのでは?」

「いーや違うね! アヴィのせんせいならグッと前に出て一撃目で相殺することが出来たもんね。でもしなかった。だってそうすると衝撃でハイヒール折れちゃうかもでしょ? そしたらまたコケちゃうでしょー? そうなったらおねえさん、今度は、ううん、今度こそは! 怪我しちゃってたかもしれないよねー?」

「む。むむ⋯⋯まさか身共を怪我させまいと⋯⋯? ですがそれは⋯⋯」

「そもそもせんせいからすれば、こんな戦い勝ったって仕方ないだろうしぃ、むしろアヴィの冒険者登録の為にさっさと済ませたいくらいだろうしぃ? 優しくて紳士なアヴィのせんせいなら、わざと負けてあげてもって考えちゃうだろーなぁ⋯⋯」

「し、しかし⋯⋯うーん、でもその線も否定は出来ないです、ね⋯⋯むむむ⋯⋯」

(いやいやいや出来るって! そんな優しさ挟む余地ぜんっぜん無かったけど! ほんとそいつはどこの世界線の「せんせい」なんだよ!)

 

 嘘八百である。しかしアヴィはいかにもそれが真実だと言ってのけたのだ。微塵も嘘を感じさせない堂々とした語り口。その巧みさに、天然剣士は早くも呑まれかけていた。末恐ろしい弟子である。

 だがこうなってはあの男が黙っていないだろうと、シレンはクロームを見やる。すると案の定、クロームが割って入った。しかしその様子はどこかおかしかった。

 

「ふ、ふん。そ、そんなことはぁ⋯⋯ない、はずだ。師匠譲りの戯言⋯⋯だと、思うがな!」

「?⋯⋯なんだお前、妙に歯切れが悪いな⋯⋯」

「ああ、仕方ないよぉせんせい。だってウザおじさんには、今の斬り合いが早すぎてぇ、なにがなんだか分かってないって感じだったもんねー?」

「ギクゥっ!!」

「⋯⋯え?」

「そうなのでありますか、クローム殿?」

「そ、そそそ、そんなはずなかろう。ほら、今のはアレだ。じゅ、十合目⋯⋯のアレ。アレがサザナの勝因となったのだろう?! もちろん、分かっているとも!」

「⋯⋯あっ」

 

 まさかの、早すぎて見えないモブ視点というやつであった。サザナを見出した神の如き目とは一体なんだったのか。明らかにしどろもどろなクロームに、シレンは思わず声を漏らす。これではアヴィの嘘を指摘したくても出来ない。なにせ嘘か本当か、彼には全く分からないのだから。

 

 が、せっかく憎き怨敵に土をつけたのである。これを覆されてはたまらないと、なんとか喰らいつこうとするクロームであったが。

 そこにまさかの人物が現れてしまった。

 

「──あれ、シレン? それにアヴィちゃんも。こんなところで何して⋯⋯え、クロームくん?」

「ふぁっ!? えええ、エスカリエさんん!? 何故此処に!?」

「な、なぜって、二人の帰りを待ってるのも暇だと思って、ちょっとした散歩に⋯⋯というか、そ、そのお面の方、どうしたんです?! なんて破廉恥な格好⋯⋯⋯⋯ん? あれ、このドレス、前にクロームくんが私に着ろ着ろって言ってきたやつじゃ⋯⋯」

「んばっ、そそそ、それは⋯⋯」

 

 エスカリエの登場、そして指摘にクロームは顔面蒼白となった。明らかに誤解を招く状況である。そしてエスカリエはクロームの予想に反することなく、ニコリと笑って祝福した。

 

「⋯⋯えっと。恋人が出来たんですね。おめでとうございます。でもその、流石にこんな早くからそんな格好させない方がいいと思いますよ?」

「ち、ちが、ちがががが⋯⋯!」

「⋯⋯? 身共がなにか?」

「あ、いえなんでも。お幸せに。それでは私はこれで。シレン、アヴィちゃん、登録試験がんばってくださいね」

「お、おう」

「まっかせてー」

 

 シレンとアヴィに声援を送るや、エスカリエはすぐに図書館へと向かった。クロームに致命傷だけを的確に与えて、あっという間に去っていく。まさに台風の如き所業である。被害者はクロームだけであるが。

 

「こ⋯⋯」

「こ?」

「これで勝ったと思うなよぉぉぉぉ!!! くそおおおおおお!!!」

「え、クローム殿!? お、お待ちを! 身共一人置いていかれても困ります! クローム殿!」

 

 銀色の台風に心をボロボロにされてしまった被害者は、高らかに捨て台詞を吐きながら走り去っていった。サザナも残されてはたまらないと、ヒールを脱いで裸足で後を追った。

 シレンとサザナの代理決闘。彼はその勝者なはずである。だがその去り際は、誰がどう見ても敗者であった。

 

「⋯⋯ふ。チョロい」

 

 強いて言うなれば、言葉だけで盤面をひっくり返したアヴィだけが勝者なのだろう。

 ドヤ顔で勝ち誇る弟子を末恐ろしく思いながらも、シレンはクロームに心の底からの同情を送るのだった。

 

 

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