お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。 作:歌うたい
ダンジョンにおける不運とは、想像の外からやって来るハプニングである。
代表的な例で言えばダンジョントラップ。徘徊するモンスターとの急な遭遇戦、又はモンスターからの急襲戦。悪辣的なものを含めれば、別冒険者パーティからモンスターを擦り付ける行為(トレインと称される事も)や、討伐の瞬間の横取りを狙うハイエナ行為など、ハプニングトラブルは枚挙に暇がない。
無論後者の中にはギルドユニオンの教義により、明確に違反行為として認定されているものであるが、いずれにせよこういう事態に遇する事は紛れもなく不幸だと言えよう。
そしてサザナ・クロミナヅキは紛れもなく不運の持ち主と呼べた。となれば一時的にパーティを組むシレンとアヴィにも揃ってその不運とは訪れるもので。
凍てついた霊廟の上層エリア中間。オーロラの揺れる夜空の下、広がるのは底無しの奈落。そこに真っ直ぐ伸びる、白銀の一本道。次のエリアへと続くその道の中心に聳える巨大なシルエットを目にして、シレンは「ですよね」とばかりに溜め息をついた。
【ゴオオオオオ⋯⋯ッ】
「鱗に覆われた巨大な体軀、爬虫の爪脚に雄大な両翼⋯⋯なるほど。これが竜と呼ばれるモンスターでありますか」
「あは。冒険譚じゃドラゴンは付きものってくらいよく出てくるけど⋯⋯擦られるのも納得って感じ。想像以上に迫力あるじゃん」
一行の前に立ち塞がるのは、巨大な氷竜だった。
氷塊そのものの如き鱗、氷の爪、氷の牙、氷の翼。どこからどう見ても氷の竜としか言いようのないフォルムであり、同時に紛れもない強敵だと本能で訴えるほどの威容。これまで遭遇したモンスター達とは、存在感そのものが一線を画していると言わざるを得ない。そして事実、この存在はCの線を越えていた。
「【グレイシオン】⋯⋯まあ、サザナなら"引きそう"な 気はしていたさ」
レアスポーンと呼ばれる現象が、ダンジョンには存在する。千に一つ、万に一つ。確率は定かではないが、極々稀に規格外のモンスターが出現する事象を指し、シレンが音にした『グレイシオン』を冠する氷竜が、まさにこれである。
初めてダンジョンに潜ったその日にレアスポーンを引き当てるとは、ある種幸運の極みともいえるだろう。しかしそれはあくまで狩れればの話。
レアと聞けば希少性に目を欲に輝かせる者も居るかもしれないが、その分生半可ではない怪物達である例が殆どなのである。
特に『グレイシオン』はAランク推定の実力を有するモンスターであり、凍てついた霊廟の適正からは二つも上のランクに位置するのだ。何も知らずに挑めば、高過ぎる代償を支払うことになるだろう。通常ならばまず撤退。モンスターの立ち寄らないセーフポイントでテントをし、グレイシオンが去るのを待つ。それが狩れない場合の鉄則であった。
しかし。
狩れるとなれば──話は別である。
【グォォォン⋯⋯!】
「ふうん。向こうはやる気満々みたいだけど、どうするせんせい?」
「見た所、なかなかのお相手。総掛かりで参るべき、でありましょうか?」
「⋯⋯はぁ。グレイシオン相手に、これっぽっちも怯まないとは。勇ましいんだか、可愛げがないんだか」
「アヴィちゃんは可愛いに決まってるじゃん、バカだなぁせんせいは」
向こうも規格外だが、こちらの方がもっと規格外だった。
この場合、果たして本当に不運だったのはいずれなのか。
「⋯⋯イレギュラーな形だが、初のボス戦だ。油断せずにな、二人とも」
「油断するくらいが丁度良いかもだっけどねぇ?」
「かしこまり、であります」
腰に手を当て、挑発的に舌を出すアヴィ。
長太刀を構え、神妙に頷くサザナ。両極端な反応だが、いずれにも怯えも竦みも見られない。やっぱり不運なのはあっちの方だったなと、シレンは背に持っていた赤い斧槍を片手にしながら苦笑した。
◆
冒険者の戦いとは即ち、情報戦だとシレンは心掛けている。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。これは彼の生前の世界にあった兵法の言葉であるが、異世界、そして人相手でなくとも通用する鉄則である。
故にシレンは冒険に出るに当たっては、頭の中にダンジョンとモンスターの情報を可能な限り詰め込んで事に当たる。現在対峙しているこのグレイシオンはレアスポーンというイレギュラーであったにも関わらず、その例に漏れない。
【オオオ!】
轟と空を裂く氷の爪が、深々と地に爪痕を作る。
一つが巨大な氷塊ともいうべきスケール。当たれば柔な人の身などひとたまりもないが、当たらなければどうということもない。声一つあげず回避したシレンは、竜の手へ斧槍の一打を浴びせながらも氷竜の動きを監視していた。
瞬間。シレンに定まっていた竜の目が、ギョロリと右方の宙を睨み、氷竜の翼が白く瞬いた。その動作にいち早く反応したのもシレンであった。
【──!】
「アヴィ、氷弾に注意しろ!」
「はいはーい!」
シレンの指摘通り、間を置かず宙を浮くアヴィへ向けて氷の弾丸が幾つも発射された。グレイシオンの持つ飛び道具の一種。しかし忠告を挟まれた上で、攻撃を貰うアヴィではない。さながら泳ぐ様に氷弾の雨を潜り抜け、すれ違い様に魔法を叩き込んだ。
「『
【グオオオッ──!?】
「効いてる効いてる。魔法は翼が一番良く通る⋯⋯せんせいに教えて貰った通りだね」
致命傷とまではいかずとも、確かなダメージになったのだろう。大きな巨体をグラつかせる氷竜の反応に、アヴィはほくそ笑んだ。
【グルルルル、ォオオ────】
「独特の呼吸⋯⋯ブレスだ。サザナ、背面側に回れ!」
「シレン殿は!?」
「受ける! 平気だ、信じろ!」
「御意!」
牙獣の如く唸った後の、怨嗟の様な吸引音。頭の備忘録から即時にその後の行動を弾き出したシレンは指示を飛ばし、自らも斧槍を地に突き立てる。
背から今度は黒き大盾を取り出して、地に片膝をつくように構え、更に懐をまさぐる。
彼が手にし、そのまま口に含んだのは一つの紅い丸薬であった。
【グオオオオオオオオ──!!!!】
「ッッッ!」
満を持して吐き出された氷竜の息吹。
視界のほとんどを白く塗り潰されながらも、シレンは含んでいた丸薬をガリッと噛み砕き、そのままブレスを大盾で凌ぐ。ヤワな建物ならば容易く倒壊し、吹き飛んでしまいそうな程の息吹だろう。
しかし遥かに矮小な人の身ながら、シレンはブレスを強固な盾と姿勢でもって正面から耐え切った。立ち上がり、直ぐ様に激を飛ばす。
「良し──今だ、両翼を狙え!」
「『
「四雅流奥義『燕返し』」
【グオオオオオオン⋯⋯⋯⋯!?】
竜にとってのブレスとは、体内の空気をほぼ使い尽くす大技でもある。ならば凌いだ後は息継ぎが不可欠であり、それは戦いに置いて決定的な隙となるのも必定。
無防備な竜の両翼に、それぞれ途轍もない威力の魔法と斬撃が襲い掛かったのだ。氷竜は凄まじい悲鳴を上げ、身を大きく捩らせる。
その様子に大きな手応えを確信したアヴィとサザナは、注意を払いながらもシレンの方へと向かうのだった。
「せんせいの作戦通り、って感じ? あれだけボロボロならグレイシオンももう飛べなさそうだね」
「ああ。竜種に限った話じゃないが、飛ばれるだけで色々と面倒だからな。まずは翼を潰すのは常套手段だ」
「しかしシレン殿。大盾一つで良くあのブレスを防げましたね。威力はともかく、見てるだけでも凍えてしまいそうなものでしたが⋯⋯」
「直前に『アグニカの種』を噛んだんだよ。急速に体温を上げてくれる、凍傷防ぎの必需品だ。まあ、ちょっと乱暴な使い方ではあったがな」
「冒険者の知恵ってやつ? ふーん、せんせいってばいつになくせんせいらしいじゃん?」
「先生だからな」
「あは♡」
流した様に言ってのけるシレンに、アヴィの甘い声が弾けた。冴えない風貌で昼行灯気味な空気を持つシレンであるが、今の一幕における的確な指揮は、熟練という他ない。
適切な装備と適切な対策で持って竜と相対し、本領を発揮する前にその媒介を潰す。後は弱体化した身を的確に仕留めるだけ。まさにA級と呼ぶに相応しい合理性であり、シレンの持つ冒険者としての顔だった。
その一面に、教え子の芯はくたりと熱を帯びたらしい。
だがその加熱の具合は果たして、アグニカの種を噛むよりも高く、熱く。そして激しかった。
「せんせいがやっとカッコいい所を見せてくれたご褒美にぃ⋯⋯アヴィちゃんも、ちょっと頑張っちゃおうかな?」
「アヴィ?」
箒星に跨り夜空へ翔んで、
「ね、せんせい。せんせいの可愛い生徒の力、よぉっく見ててね?」
そしてオーロラの夜空は割れて、星屑の降る夜が来た。
「【