お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

23 / 31
第23話『あかい、あかい、あか』

「⋯⋯なんて滅茶苦茶な」

 

 アヴィの持つ【唯一法】をその目に焼き付けたシレンの、第一声がこれだった。

 流星群を降らせる。それだけならばさぞロマンチックに聞こえるだろうが、実際は途轍もない。

 魔力で出来た赤い流星達が、アヴィの指揮に合わせて雪崩の如く振り注ぐのである。

 流星群の如き速さで。

 流星群の如き多重性で。

 流星群の如き破壊力で。

 結果、どうなるか。それは今まさしく、目の前で崩れ落ちる氷竜を見れば一目瞭然である。

 

【グオオ、オオオオ⋯⋯⋯⋯、────】

 

 その身に幾つもの流星を撃たれたのか。衝突の白煙を身体中から上げながら、グレイシオンは呆気なく地に崩れる。凄まじい破壊力。おまけに詠唱いらずで広範囲かつ多段攻撃。

 はっきり言ってチートだった。そら一発でS認定だわと納得せざるを得ない唯一法だった。

 

「⋯⋯どやぁ」

 

 竜の骸を見下ろす様にあえて宙に浮いたまま、メスガキ成分たっぷりなドヤ顔を披露する教え子に、返すシレンの笑みが引き攣るのも無理はない。

 

「ふう。井の中の蛙、大海を知る⋯⋯でありますか」

「⋯⋯サザナ?」

 

 ポツリと水面を揺らすような呟き声に、シレンは振り向いた。

 声の主は、流星群の余波に巻き込まれぬようにと、一本道の端へとシレンと共に退避していたサザナであった。

 

「いえ⋯⋯よもやアヴィ殿がこれほどまでの力を有していたとは。そして、そのアヴィ殿を見出したシレン殿⋯⋯身共が敵わぬのも無理無き事でしたね。改めてそう思った次第であります」

 

 彼女もまたアヴィの凄まじさに圧倒されたのだろうか。面越しに崖先の奈落を見つめながら立ち尽くす後ろ姿は、柳のようにか細かった。

 

「⋯⋯」

 

 その心情を推し量るには、サザナ・クロミナヅキへの関わりも関係値もまだ薄い。かといって安易に尋ねられる程にシレンは傲慢でも、鈍感でもない。

 だからせめて軽い一言をと、浅い一歩でサザナへと近寄っただけ。だが、次に起きた事象は劇的だった。

 ぐらりと。突如として、目の前のサザナの姿が傾いたのだ。

 

「なっ」

 

 正確には、傾いたのはサザナではなく、サザナの足元であった。

 このフロアは両脇を奈落に挟まれた形の、氷雪で出来た長い一本道。巨竜さえ容易く討つアヴィの流星群の影響は、その地盤にも影響を与えていたのだろう。フロアの崩壊までには至らずとも、凍地を崩すだけの余波は残っていた。

 そして不運なことに、その皺寄せを食らったのがサザナだった。

 まるでシレンの踏入を拒む様に、端に立っていたサザナの足場がグシャリと崩れたのだ。

 

「サザ──」

 

 本来ならば、死が濃く()ぎる危機だった。現にシレンは必死な形相で、サザナへと手を伸ばしているほどだ。その華奢な身が、底無しの奈落へと呑まれていく惨事へと繋がるはずだった。

 

 しかし、サザナという女は尋常ではなかった。

 

「とおッ」

「えっ」

 

 驚異の反射神経の賜物か。足場が崩れた瞬間に身体は即応し、体勢は既に前傾へと移っている。そして、崩れていく氷雪のかすかな足場を強く踏み、サザナは前方へと飛び付いていた。

 そう、シレンが腕を伸ばした時。

 既にサザナはシレンの胸へと迫っていたのである。

 

「ふごぉっ!?」

 

 だが咄嗟だったあまり、彼女も余裕がなかったのだろう。

 飛んだ真正面にはシレンがおり、必然サザナはシレンの胸の中へ飛び込む形となる。その衝突の勢いは凄まじく、軽鎧を着込んでいるシレンが悲鳴を上げ、さらにはそのまま三メートル弱ほどに二人は抱き合いながら吹っ飛んだ。

 

「だ、大丈夫でありますか?」

「⋯⋯⋯⋯こっちの台詞、だったはずなんだよなぁ」

 

 九死の危機もなんのその。ケロリとした顔で生還し、己の上で馬乗りになってる女に、シレンは言葉も無い。

 深刻な問題が発生したと思えば、秒で解決したのである。肩透かしにも近い無力感に、シレンの心内はちょっと複雑だった。

 

「もぉ、せっかくのアヴィちゃんの大活躍なのに、なにイチャイチャして⋯⋯⋯⋯あっ」

「どうしたでありますか、アヴィ殿」

「サザナちゃん、お面が⋯⋯」

「はえ? 身共の面が何か──」

 

 しかし。深刻な問題は確かに別で発生していた。

 軽鎧に、顔から突っ込んだのだ。サザナが頑強であっても、彼女のつけてる装飾までもがそうとは限らない。ましてやサザナの狐面は、彼女との初めて相対したあの日にも、重度のダメージを蓄積していたのである。

 ならば当然、限界の時はいつ訪れても不思議ではなく。

 その時が、まさに今だったのだ。

 

「えっ」

「⋯⋯⋯⋯あ」

 

 割れた狐面が、シレンの胸にカランと転がった。

 

「──」

 

 例えば暗雲に隠れていた銀月が、その姿を現すように。

 露わになったサザナの顔は、あまりに美しいものだった。

 特に下弦が長い黒睫毛。そこから咲いた瞳の翡翠色は透明ながらも奥深く。羞花閉月(しゅうかへいげつ)。浮かぶ四文字に相応しき美貌が、至近距離にあったからだろう。シレンは思わず言葉を失って、それは目の前の彼女も同じだった。

 だが双方の絶句は形が同じであっても、持つ意味は大いに異なっている。

 

「⋯⋯ぁ」

 

 確かめる様に己の顔に触れると、サザナの喉がひくついて。次いでシレンの脳裏にも、先日の記憶がありありと蘇った。

 朧の里の女は、家族以外に顔を全部見せてはいけない。他でもない目の前の女から聞いた奇異な風習。そう来て、ご覧の通りの有様なのだ。

 サザナの美貌への軽酔など瞬く間に醒めて、まずいの三文字が脳裏を踊る。しかしシレン以上に事態に早く気付き、反応したのもまたサザナであった。

 

「あ、う、あ、う⋯⋯、──────うわあああああああああああああ!!!!!」

 

 瞠目。痙攣。沈黙。開眼。そして喉を破らんばかりの大絶叫、からの大疾走。

 燕も目を丸めるレベルの迅速ぶりでシレンから飛び退いたかと思えば、そのまま全速力で一本道を駆け走っていた。まさしく脱兎の如くである。

 

「あーあ。やっちゃったね、せんせい」

「ああ⋯⋯やってしまったらしいな、俺は」

 

 脱力気味に身を起こしたシレンは、項垂れながらも弟子の呆れ声に頷いた。言ってしまえば見事なフラグ回収を果たされた訳であるが、サザナのあの反応である。シレンに非はなくとも、大きな罪悪感を抱かずにはいられない。

 アヴィの目からしても不可抗力だったのは確かだった。あれは避けようがない。それでも眼差しが少し冷ややかなのは御愛嬌というやつである。

 

「ふぎゃぁんっ!!」

「うわ、痛そ」

 

 泣きっ面に蜂は刺すもの。

 あわや次のフロアまで辿り着こうかという所で、またも盛大にすっ転んだ女の姿に、アヴィは素で呟いた。そのまま雪原に埋もれて立ち上がれない辺りが、なんとも哀愁を誘うものだった。

 

「あー⋯⋯大丈夫か?」

「はえあっ! し、しししシレン殿! そっ、そそ、即刻、身共から離れてくださいませ!! 後生です!」

 

 とりあえず駆け寄って声をかけるも、取り付く島もない。

 片腕で顔を覆い隠し、もう片腕をバタつかせている。

 おまけに、腕の隙間から見え隠れする素顔である。全身に巡っていたはずのものが、一息にそこへと集まったかの様に真っ赤に染まっていた。

 なんというかもう、色んな意味で居た堪れない。

 

「うーん。サザナちゃんの風習云々は聞いてたけどさぁ、あれぶっちゃけ、事故みたいなものだったよ?」

「じ、事故⋯⋯」

「そ。ノーカンだよ、ノーカン。だからそんなに気にしなくたっていいってアヴィちゃんは思うかなぁ。あと、あんまりそういう感じでいると、せんせいのざこざこメンタルがもーっとボロボロになっちゃうし?」

「余計な事は言わんでいい」

「ノーカン⋯⋯い、いえ、そういう事ではなく! そういう、事ではなくてですね⋯⋯!!」

《あああ嗚呼まずい拙いまずい! やってしまった、やってしまったっ! まさかこんなことになんてぇ⋯⋯!》

 

 見兼ねたアヴィが助け舟を出そうにも、混乱の窮地に立たされているせいか、サザナの言葉はまるで要領を得ない。

 挙げ句、同時に流れ込んで来た心の声もパニック一色に染まっていた。

 

《どうする。どうすればいいのですか。こんな形で、異性に素顔を見られてしまうとは⋯⋯⋯⋯こ、このままでは身共はシレン殿を⋯⋯》

(まあ、そうだよなぁ)

 

 続けて流れ込んで来た心情に、シレンはそっと嘆息を零した。風習の為に顔を隠していた女が、ひょんな事から知り合って間もない異性に顔を見られる、なんて。

 まるでラブコメの定番みたいな文面。ならばこの後は掟に従い許嫁やらなんやらと、そんな流れになるのが創作の御約束ではあるが、現実の反応はこんなものだろう。

 言葉にされるまでもない、はっきりとした拒絶の意思。それを至極全うだと思うものの、やっぱり傷付くものは傷付くのである。

 コレだから降ってくる地雷なんだと、八つ当たり気味な悪態だけがシレンの胸中を渦巻いていく。

 

 だが。

 

《それだけは、絶対にっ⋯⋯⋯⋯、────》

(⋯⋯ん?)

 

 不意に途切れた心の声に顔を上げれば、いつの間にか凜を取り戻したサザナがシレンを見つめていた。

 素顔のまま。腕で顔を隠すことなく。じいっと、その双眸を光らせていた。

 

「──、⋯⋯失礼致しました。不測の事態だった故に、少々取り乱しました」

「サザナちゃん? え、もう平気なの?」

「ええ。これも四雅流の為せる技。ではシレン殿。先導を頼めますでしょうか?」

 

 一体どういう心変わりか。明鏡止水の心模様が四雅流の真髄と彼女は説いていたが、それでもこうも一瞬で我を取り戻せるものか。

 その変貌ぶりは見事の一言に尽きるが、見事過ぎるあまりに心配の気持ちが勝っていた。

 

「あ⋯⋯あぁ。だが本当に大丈夫なのか?」

「無論。さあ、更なる奥地へと参りましょう」

 

 確かめる様に問うシレンに、サザナはこくりと頷いてみせた。伸びた背筋に切れ長な主映えは、今や剣豪めいた風格さえ帯びている。

 しかしシレンは、彼女の大丈夫という言葉を鵜呑みにする気にはなれなかった。

 何故ならば。

 平静を取り戻したはずのサザナ・クロミナヅキの頬は──まるで深い酒精に酩酊しているかの様に、朱赤色に染まっていたのだから。

 

 

 

 

 ダンジョンに潜り始めて、早三時間余り。

 レアスポーンに面割れフラグ回収と、ひたすらイレギュラーな事態に揉まれた一行だったが、その足はいつしか凍てついた霊廟の上層深部にまで辿り着こうとしていた。

 しかしその足並みは、決して速いとは言えなかった。ダンジョンに潜った当初を思えば、むしろ鈍重だろう。原因はやはりサザナにあった。

 

「⋯⋯」

 

 折を見て気遣うシレンとアヴィに、心配無用と断り、先を促し続けていたサザナ。だがその足取りは一定というには程遠く、時折ぼうっと呆けたように立ち止まる事があったのだ。

 不幸な事故だったとはいえ、やはり放置しておける問題ではない。そう思い至ったシレンは、申し訳なさそうに隣のアヴィへと囁いた。

 

「アヴィ」

「ん。いいよ。あんなドラゴンとも戦えたし、アヴィちゃんは結構満足出来たかなぁ」

「そうか、悪いな」

「あ。悪いって思うならぁ⋯⋯ちゃぁんと埋め合わせはしてくれるってことだよね?」

「勿論」

「あは♡ うんうん、ちょっとはせんせいもモテるようになってきたかもねえ? それでもまだまだ全然だけどぉー」

 

 潮時だろう。

 本来ならばここから狩り場の探し方や効率の良い素材の集め方、取り扱い方などを実践形式で教えていく手筈であったのだ。

 しかし同行者があの様子ではそうも言っていられない。

 アヴィもシレンの意を既に汲んでいるらしく、スタスタと道中で得たドロップアイテムを取り纏めていた。

 まったくもって出来た弟子だと、綻びかけた表情を結び直して、シレンは少し離れた最後尾の元へと向かう。

 

「シレン殿」

「サザナ。今日の所は此処までにしておこうか。ある程度ノウハウは伝えられたと思うし、一応インターンの縛りがある中での最奥地には辿り着けたんだ。最低限の目的は達せた」

「⋯⋯」

「本来ならドロップアイテムの『稼ぎ方』とか教える予定だったからな。消化不良に思うのは分かってる。けどこういうのは無理に詰め込むものじゃないし、色々とトラブルもあった訳だ。切り上げ時だろう⋯⋯心配しなくても冒険者登録の分ぐらい俺が出してやるから、まずはサクッと資格を取ってこい。そうしたら続きをしよう」

「シレン、殿⋯⋯」

 

 理路整然と、しかし反論はさせないように並べた大人の言葉達。サザナは出稼ぎ目的の為に都に訪れたという。冒険者という選択肢を視野に含めているのならば、一刻も早くノウハウを学び、資格登録したいと思う気持ちもあるのだろう。そこを鑑みたシレンなりの譲歩、というよりは施しだった。

 

 けれど施しは受ける主義と言って憚らないはずの女は、まるでするりするりと言葉ごと掻き分けて、気付けばシレンのすぐ目の前へと立っていた。

 

「シレン殿⋯⋯」

「っ。なあ、サザナ。お前、さっきから本当に大丈「シレン殿」」

 

 シレンの気遣いを遮ったのは、甘々と己が名を呼ぶ女の声と、胸に預けられた柔らかな肢体だった。

 しなだれかかられている。何故。どうして。唐突過ぎて、意味が分からなすぎて、茫然が脳裏を埋め尽くす。

 

「シレン殿」

 

 そしてもう一度、名前を呼ばれた。

 甘える様に。媚びる様に。

 縋る様に。詫びる様に。

 そして、呪う様に。

 

「サザ────けはっ」

 

 

 口の中で、血の味がした。

 

 

 

「⋯⋯は?」

 

 ごぽりと。

 "喉"から"口"へと満ちて。

 "腹"から"外"へと溢れて。

 そして流れた、あかい紅。

 それが刃に貫かれた己の身体から流れ出ているものであると、シレンが気付いた時にはもう既に。

 スローモーションの世界が、ぐらりと歪に傾いて。

 

「【きひっ】」

 

 知らない誰かの狂い声だけを拾いながら。

 シレン・グレイジュライは、鮮血の地に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

「せん、せい?」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。