お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

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第24話『アヴィVSサザナ』

 なんで?

 

 目の前で起きている光景に、まずアヴィの思考を埋め尽くしたのは「疑問」だった。

 どうして自分のせんせいが、血を撒き散らして地に倒れているのか。どうしてサザナの持つ長太刀が、悍ましい程の紅色で濡れているのか。ほんの少し目を離した時に、二人に何が起きたのか。

 聡明で思慮深いアヴィとて、その背景が分かるはずもない。圧倒的な不理解が脳漿(のうしょう)を白く染め上げる一方で、怜悧さはただ起きた事象と因と果を結んでいた。

 つまり、せんせいは刺されたのだ。

 サザナ・クロミナヅキに。アレに。

 その情報がアヴィに行き届いた瞬間、激情が全てを焼き尽くしていた。

 

「『イフリート・フォース(巨人の灼腕)』」

「!」

 

 なんの予告もない赤い魔の腕が、サザナを羽虫の如く振り払う。その勢いは女の体軀を両断せしめるほどだった。しかし咄嗟に太刀で防いだのだろう。吹き飛んだ先の硝煙の向こうで、影は五体満足そうに揺らめいている。

 だがアヴィは構わなかった。倒れるシレンの傍らに、ソレが居るのが赦せない。故の行動。目的はまず叶った。だからアヴィは、二の矢を躊躇わない。

 

「【星に願いを(マジックナイト)】」

 

 刹那、宙より現れた流星群が硝煙ごと食い千切らんと殺到した。竜の身で受けてさえ保たない威力の星の雨を、人の身が食らえばどうなるか。

 酷薄なる処刑である。だが既に断頭台の紐は断った。ならばもはやそこに頓着はない。

 断続的に地壁を穿つ雨音を背にしながら、アヴィは倒れ臥せたシレンへと駆け寄った。

 

「っ、せんせい⋯⋯」

 

 動かない。でも息はある。腹部に大きな貫通傷。けれど刃の鋭利さが幸を為したのか、急所は辛うじて避けてくれている。

 問題は出血量だろう。シレンの顔色は既に無いに等しい。このままではその命が尽きるのも時間の問題だと、医学にそうまで明るくないアヴィとて分かることだ。

 今は一刻もはやく、シレンを連れてダンジョンを脱しなくてはならない。そうするべきだと分かったものの、アヴィは直ぐに行動へと移す訳にはいかなかった。

 背後の処刑にも等しき轟音の連鎖は止んだ。しかし、その中で消えぬどころか増す気配に、アヴィは気付いていた。

 

 やがて煙が晴れ、処刑の結果が露わになる。

 周囲の地形は酷いものであったが、肝心のサザナは傷を負ってすらいなかった。

 まるで通り雨を軽くやり過ごしたくらいに、幽玄とそこに立っていた。

 

「アヴィの流星、全部防いだ? いや、斬ったのかな」

「【⋯⋯】」

「⋯⋯まあ、いいけどね。どっちでも」

 

 どうでも良かった。降る星すべてを受け流したのか、斬り捨てたのか。問いに何も返さず沈黙を保つその姿勢も。彼女の身に何が起きたのかさえも。

 アヴィにとって、今はどうでも良かった。

 今のアヴィにとって大事なのは、今のサザナが除くべき障害であるという事のみだったから。

 

「【星に願いを(マジックナイト)】」

 

 一秒でも速く、アレを叩き潰す。

 内に宿る激情全てを(ほとぼ)らせながら、アヴィは箒に跨り宙を舞う。指先は変わらず標的へ。星願う彗星魔女の指揮の元、流星群が再びサザナへと振り注いだ。

 

「【!】」

 

 着弾と共に飛び出る影。サザナである。疾風の如き疾走で、白き地を駆けている。 先程みたく受けに徹する気はないという事だろう。瞬き一つの間に見失ってしまいそうな俊足だ。

 

「逃さない」

 

 サザナの動きに呼応して、アヴィもまた空を駆けた。アヴィのみならず、流星さえも剣士の後を追う。

 

「『四つの方角。原初の赤。司るのは火の巨人』」

 

 まだ足りない。冷酷な程に研ぎ澄ました狩人の思考は、唇に呪詛を紡がせた。

 

「『赤き巨人は路を征く。塞がる尽くを火に焚べて。軌跡そのものが高き壁。ただそれだけの赤き覇道』」

 

 宙を駆ける箒星を見上げるサザナの脚が、また一段速くなる。振り切ろうというつもりだろう。させる筈もない。

 酷薄なる魔女は魔法陣が絡みつく一本の指で、直線の軌跡を一つ描いた。

 疾走するサザナの行き先を、切るように。

 

「『イフリート・クリフ(焔の赤壁)』!」

「!」

 

 響き渡る魔法名。同時にサザナの眼前に、灼熱の長壁が立ち昇った。焔による進行方向の封鎖である。無理に突き進めば、紅蓮に呑み込まれる事は必至だった。

 

「【ハァッ】!」

 

 しかしサザナの桁外れの剣技は、それを無理としなかった。刹那、一閃にて焔を断つ。透明な滝が流れる様に、灼熱の壁が裂けていた。

 その間隙を飛び越え、更に追尾を続ける流星の群れへと向かい直る。否、既に構えは出来ていた。ゆらりと揺れる剣気の炎。

 紫電一閃の反撃が、放たれる。

 

「【『四雅流奥義』──『咲散華(さざんか)』】」

「っ」

 

 アヴィが目にした二つ目の四雅。燕返しが高速二連撃ならば、咲散華とは飛ぶ巨大な斬撃であった。

 形はさながら大きな花弁のひとひら。しかしその威力は花の様な風雅なものではなく、迫る隕鉄すら容易く両断して行く凶悪さ。

 そしてサザナの一手は迎撃ではない。反撃だ。

 星の群れの尽くを切り裂いた先、箒星を駆るアヴィこそが狙い。迫る咲散華の軌道を見抜いていたアヴィは回避こそ難なくこなせたが、その表情には少し苦いものが混ざっていた。

 

「ふーん。飛び道具もありますよって?⋯⋯あ、そ。ご丁寧にどうもぉ」

「【⋯⋯】」

 

 接近戦しか手段がないのならば、常に近付かれないように距離を保っていればいい。しかし遠距離の手段を持つならば、話が大きく変わってくる。

 ただでさえ時間の消費に焦るアヴィを嘲笑うかの様な、手の内の提示。やはり生半可ではない。早期決着は簡単には望めない相手だろう。

 アヴィの頭の中では、リスクある行動も幾つか視野に入ってくる。そうする事でシレンを救える可能性が上がるのならば。リスクを取っての短期決戦を、アヴィは躊躇わない。

 覚悟は決まったと、アヴィが強靭にあまりある意思表示を固めたところで。

 唐突に、異変は起きた。

 

「【がっ⋯⋯カッ!? ぐ、う、う、ウウウ⋯⋯!】」

「⋯⋯なに? 急に、苦しみだした?」

 

 炎が迫ろうが星が迫ろうが、これまで幽玄としていたサザナが突然、頭を抱えて藻掻き苦しみ出した。長い漆髪を振り乱して、獣の如くのたうち回る。

 どこか人の理を離れた狂態。アヴィは冷たい汗を伝わせながら、彼女の動きを観察していた。

 

「【グッ⋯⋯あぎっ⋯⋯ぐうっ】⋯⋯、──っ!! う、ああっ⋯⋯くっ。"身共"は⋯⋯"身共"はっ⋯⋯!」

「っ!」

 

 そして、荒い息遣いと共に漏れた『身共』という響きに、アヴィは小さく息を呑んだ。正気に戻ったのか。であれば先までのサザナは、何かに精神を侵されていたという事なのだろうか。

 

「あ、あああ⋯⋯そん、な。なんで、なんでっ⋯! 身共は⋯⋯身共がシレン殿を⋯⋯!⋯⋯あ、あああっ、嫌、嫌ああああああ!!!!」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 犯した凶行の記憶が残っているのか。

 未だ白き回廊に倒れるシレンの姿を見た途端、己が身を抱き締めながら絶叫するサザナの姿に、アヴィの抱いた仮説は一層に強さを増す。それほどまでに、彼女の姿は痛々しい。

 

(⋯⋯)

 

 しかし同時に囁いたのは、合理性という名の魔性だった。

 今なら、確実に(たお)せるかもしれない。

 我を取り戻したからといって、再びあの幽鬼の如きにならないとも限らない。

 そしてまた先の様になれば、戦いが長引く。そうなれば恩師が助からない確率が高くなっていく。幕を下ろすならば今こそが最大の好機だと、冷たい正しさが星でもないのに振り注ぐ。

 

「ッ」

 

 ぐらりぐらりと揺れる天秤。しかしその意思は、やがて片方へと傾き始めて──

 

「『四つの旅路。原初の青。属するのは水の乙女』」

「⋯⋯ぁ」

 

 そこまでで良いと。まるでポンと優しく肩を叩かれたようだった。

 常に比べればまるでか細い。静かに編んた詩の響き。

 ゆっくりと、アヴィの目が音の源を追いかける。

 

「『(うた)の様に短くとも。(かた)の様に淡くとも。どうか癒せと、青き乙女は乞い願う』」

 

 意識を取り戻したのは、もう一人居たのだ。

 僅かに上体を起こしながら、シレンは内なる魔力を振り絞って、腹部に右手を添えた。

 

「『ウンディーネ・リフ(乙女の祈り)』────ぐッ、くあっ⋯⋯」

「せんせい!」

 

 唱えたのは回復魔法。水精魔法(ウンディーネ・スペル)の中でも初歩だった。重体の身で発動するにはこれが精一杯で、効能も痛みを和らげるくらいが関の山だろう。

 傷の深さを思えば応急処置にもなりきれない手慰み。だが必要だった。潤んだ目で駆け寄って来る生徒を迎える為には、僅かな誤魔化しさえ欲しかった。

 

「⋯⋯悪い、アヴィ。迷惑かけたな」

「喋っちゃダメ! 無理しないで、せんせい!」

「冒険者の、心得だ。無理は、厳禁。まさに今だな。そういう時は、即撤退⋯⋯出来るだろ、アヴィなら」

「え⋯⋯う、ん。出来る。出来るよ、アヴィなら」

「はは。なら、良い。ついでに、俺も撤退させてくれ。心得は合っても、身体がろくに動かなくってな⋯⋯ダメな師匠だ、まったく」

「!⋯⋯しょうがないなぁ、もう。ほんと。ほんとにねっ⋯⋯せんせいは、アヴィがいなきゃよわよわでダメダメなんだからっ」

 

 まったくもって、出来た弟子に恵まれたものである。

 アヴィに肩を借りながら、小さな身体に寄りかかるように箒星へと跨るシレンは、未だ死に体には変わりない。

 落ちないようにとキツくベルトで固定される最中でも、身体の感覚はどこか抜け落ちている。激痛で頭もろくに回らない。しかし、コレだけは言っておいてやりたいと、シレンはか細く囁いた。

 

「アヴィ」

「なに?」

「頑張ったな」

「⋯⋯うん」

 

 震えた喉で頷きを返すと同時に、ふわりと景色が上昇する。白い回廊。そこだけに広がる紅い池。雪と夜空。

 その中で、僅かに動く、小さな小さな影をシレンは見つけた。

 

「サザナ⋯⋯」

 

 色を失った唇が、辛うじて音にした名前。けれど届くにはあまりに細く、弱く、今は何もかもが足りないのだ。

 薄れていく意識と共に、肌に触れる風が強くなる。そうして凍てついた霊廟のダンジョンより、アヴィとシレンは離脱した。

 

「なぜですか、母上⋯⋯なぜ、身共に嘘を⋯⋯身共は、身共は⋯⋯あ、あああぁぁ⋯⋯」

 

 幼子の様に震えるしか出来ない、哀しき剣士をひとり残して。

 

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