お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。 作:歌うたい
「居た、彗星のアヴィ! なあなあ、君はまだフリーかい? 良かったら⋯⋯」
「結構でーす」
「ざまあない。Cランクユニオンは一昨日来なよ。ところでウチはAランク昇格もそろそろかっていうホープユニオンなんだけどさぁ⋯⋯」
「遠慮しまーす」
「どこぞのユニオンは魔女っ娘コスチュームなどとほざいたらしいが我がユニオンは違う。東方の果ての賢者より授かりし叡智の衣装、即ち巫女装束こそ今を煌めく君に相応しい⋯⋯」
「どうでもいいでーす」
構って欲しい時に限って、お構いなしに明日へ明日へと進んでいく癖に。放っておいて欲しい時に限って、周囲はなんだか騒々しい。
ままならない事ばかり。でも世界ってそういうものだったよね。冷めた諦観を抱く十六歳の少女は、澄み切った空の群青を睨む。
(⋯⋯やめときゃ良かったかなぁ)
エスカリエに気分転換を勧められて、そのまま従ったのが失敗だったのかもしれない。道行く先で声をかけられ、今もこうしてカフェの一席で注目の的になっている。かもしれないじゃない。失敗だった。
(味しない⋯⋯)
サンドイッチの味がしない。レモンティーも酸味だけが舌を刺す。お気に入りのとこだったのに。客椅子の上で膝を抱く。貴族にあるまじき行儀の悪さだったが、どうでも良かった。
味がしない。違う。血の匂いがまだ残ってるからだ。濃い死の匂いが、まだ消えてくれないでいるからだった。
「せんせい⋯⋯」
閉じた瞼の裏で、深き眠りについた青年の青白い顔が浮かび上がる。
あの凶事の後。ダンジョンを脱し、アヴィは直ぐに治療師の元へとシレンを運び込んだ。その甲斐もあってか、シレンの命に別状はなかった。魔法薬と回復魔法を施され、傷口も今は完全に塞がっている。
しかし血を多く流し過ぎた事が身体への大きな負荷となったせいか、シレンは時折意識を取り戻すものの、すぐに眠りにつく衰弱状態のままだった。
あとは時間が身体を癒してくれるのを待つしかない。それが、治療師の見解と合致したエスカリエの言葉である。寝台に寝そべり、青白い顔で眠るシレン。医療の知識に明るくない上に病人の面倒など看た経験のないアヴィでは、やれる事などほとんどなかった。
それが悔しくて、ただじっと眠るシレンの顔を見つめる。そんな自分にさえ嫌気が差して来た頃に、エスカリエの気遣いがあったのだ。
けど、失敗した。こうしてる今でも、青白い眠り顔と、もうしないはずの血の匂いが耳鳴りの様に残っていたから。
(⋯⋯やっぱり、帰ろ)
時折投げかけられる勧誘の声をいなしては、気のない足取りで帰路につく。陽はまだ高く、エスカリエの家を出てから大して時間が経っていない事を否応なしに自覚させた。
出たばかりですぐに帰ってきてしまえば、エスカリエに笑われてしまうだろう。あるいは気遣いの苦笑に留めてくれるかもしれない。あの人は優しい人だから。
でも、もしかしたら。眠っていた冴えない顔がひょっこり起きていて、代わりにからかってくるかもしれない。そうなれば自分はきっと怒るだろうし、拗ねるだろう。散々心配させておいて、しれっとそういう事をするのだ。あの人はずるい人だから。
でも、そうだったら良いな。思い描いて、アヴィの足が少しはやく、軽くなる。
晴れたとは言わない。けれど、鬱屈と溜まっていたものは少し剥がれた。エスカリエの思う気分転換とは、違った形かもしれないけど。
でも良いのだと微笑んで。アヴィの足がまた少し軽くなった時。その背に声がかけられた。
「あー、あー⋯⋯そこの彗星さん。彗星さーん。ちょいと⋯⋯お話、いいっすかね?」
また勧誘だろうかと、アヴィは溜め息をつきたい気分だった。なんなら無視してしまおうかとも思ったくらいだ。
だが、かけられた声の遠慮気味な感じやしどろもどろさに、かえって後ろ髪を引かれてしまった。
振り返った先には、何かの職人を思わせる風采の女性が、何故か顔を引き攣らせながら立っていた。
「あの⋯⋯シレンさんのお弟子さん。ちょいと。いやほんとちょっとでいいんで、お話があるっす。いやほんと、無理にとは言いませんけど⋯⋯」
「!⋯⋯せんせいの名前。知り合いなの?」
「あ、はい。そっす⋯⋯えと、ウチ、ポンコ・イェヌヴァリタンっす。その。もう受け取ってると思うっすけど、お弟子さんの魔道具を作らせて貰った装備屋っすよ」
名乗るポンコに、アヴィは頭の備忘録をめくる。
そういえばシレンから
「せんせいがいつもお世話になっています⋯⋯えっと、それで? アヴィになんのご用? あ、もしかして箒星ちゃんの使用感を聞きたいとか?」
「え、まぁ、作った本人としては是非ともお聞かせ願いたいとこではあるっすけど⋯⋯その、用はそっちじゃなくってっすねぇ⋯⋯」
「?⋯⋯どうして、そんなに落ち着かない感じなの? アヴィ、ポンコさんになにかした?」
「い、いえいえいえ。これはウチの癖とゆーか、単なる人見知りというか⋯⋯お、おほん。用っていうのは、ちょっとシレンさんを探してましてぇ」
どうやらポンコは自分ではなく、シレンに用があるらしい。だがなかなか捕まらず、その伝手としてたまたま見かけたアヴィに声をかけたという事だろう。
「なんというか⋯⋯ちょっと⋯⋯会わせてあげなきゃいけないっぽい人がいる?⋯⋯みたいな?」
「⋯⋯?」
◆
臨時休業の立て札のかかった、装備屋『マスケット』の奥。陽の当たる大通りに面した店舗の真裏は、ポンコの生活する家屋となっている。
その一室の前に、アヴィとポンコは立っていた。
「本当に、此処に居るの?」
「まあ、もしかしたら外出中って可能性もあるかもっすけど。でも⋯⋯多分居るんじゃないっすかね。あの様子だと」
「⋯⋯そっか。ふふ、他人事みたいに言うね。ここ、ポンコちゃんのお家なのに」
「ま、まぁ⋯⋯一応、他人事ではあるっすけども⋯⋯」
「冗談だよぉ、冗談」
「さいですか」
からかうような口ぶりのアヴィだが、表情は堅い。柔らかくしろ、と言われても無理な話でもある。なにせ昨日の今日の事だから。しないはずの血の匂いが、濃くなった気さえした。
「⋯⋯⋯⋯はぁ」
意を決して、アヴィは戸を明けた。
そして、大きく肺に溜まっていたものを吐き出した。
改めて文句の一つでも言ってやろう。そういう心積もりで挑んだくらいだったのに、これではそんな気にもなれない。
だからむしろ呆れるような口調で、アヴィは部屋の隅で身を丸めている人影に声をかけた。
「久しぶり、でもないし。そんな挨拶、出来る感じでもなくなっちゃったし⋯⋯なんか、気まず過ぎて困っちゃうよねぇ。そっちもそう思わない?──サザナちゃん」
「アヴィ、殿⋯⋯」
アヴィの大事な人を、刺し貫いた張本人。
サザナ・クロミナヅキがそこに居た。