お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

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第26話『師越え』

 

 なんでこんなに居た堪れないんだろう。自分の家なのに。部屋の角で背を丸めて正座し、なるべく息も潜めながらポンコ・イェヌヴァリタンは自問する。

 なるべく外に出たくない。人と話したくない。目も合わせたくない人見知りにとって、家の中とは聖域だったはずなのに。自問して、すぐに答えは出た。

 

(らしくないこと、しちゃったからっすよねぇ⋯⋯)

 

 激務を終えたクタクタの身体で、切らした食材を買おうと嫌々ながらに市に出た途中。近道に選んだ路地裏で、見つけてしまった生き倒れ。ボロ衣で強く覆ったその顔に、少し見覚えがあったからだろうか。それともその目があまりに暗く濁っていたからだろうか。ポンコは彼女を放っておけなかったのだ。

 聖域を壊したのは、ポンコ自身なのである。

 

(拾って、ちょっと面倒見て。そしたらうわ言みたいに『申し訳ありませんシレン殿』って言うから⋯⋯シレンさんに相談しとこうかなって親切心働かせて⋯⋯はは。改めて思い返しても、ウチらしくなかったなぁ。結果がご覧の有様っすけど)

 

 今、シレンは動けない状態だから代わりに自分を連れて行け。

 事情を伝えるや否や、そう言い出したのは目的の人物の弟子であった。ポンコは迷ったが、アヴィの有無を言わせない雰囲気に圧され、そのまま彼女を自宅に連れて来た。結果、家の空気が絶賛絶命中となった。

 

「⋯⋯」

「⋯⋯」

 

 丸テーブルを挟んで、二人は相対していた。だが双方の表情の違いは、もはや相対ともいえない程に隔離していた。

 アヴィは座りながらも背筋を伸ばして腕組み、ひたすらに対岸を睨んでいる。対してサザナは表情の暗さを一層に増しながら、視線を膝の上に逃がしている。

 会話もない。空気も音も死んでいる。痛々しいまでの静寂が、場を包むことしばらく。音に息を吹き込んだのは、ふうっと吐息を零したアヴィだった。

 

「せんせい、生きてるよ」

「!」

「まだちょっと弱ってるけどね⋯⋯ま、ただでさえよわよわなせんせいだからしょうがないけど、後は時間に任せれば大丈夫だってさ」

「⋯⋯そう、ですか」

 

 複雑な色を濁して煮詰めたようなアヴィの声色。それは此処に来るまでも、来て以降もずっと暗澹に覆われた女の顔を和らげた。ほんの少し。どしゃ降りの雨足が、やっと少し弱まったくらいの些細だ。

 それでもその様子は、ポンコの気持ちをも軽くした。 しかし会話の中にあった不穏なワードに、ポンコは口を挟まずにはいられなかった。

 

「あのぉ⋯⋯そういえばシレンとは今、会わせられないって言ってたっすけど、何かあったんすか?」

「⋯⋯そこの人に、お腹を刺されたの。その太刀で」

「──はぁ!? さ、さ、刺された!?」

「そ。まあ今言った通り峠は越えたけどね。でも寝たきりだから、ポンコちゃんには会わせられなかったの」

「な、なるほどぉ⋯⋯?(刺されたってなに!? は!? え、まさか痴情の(もつ)れとかじゃ⋯⋯なにしちゃったっすかあのスットコドッコイ!)」

 

 あまりにも聞き捨てならない内容である。体調でも崩したのかと思えば、事実は予想の遥か斜め上。色々と足らなかったせいもあって、あらぬ方に妄想の花が咲く。一体全体、なにがどうしてそうなったのか。

 しかしポンコ以上に理由を問いたいのが、アヴィである。その為にアヴィは今、此処に居るのだ。

 

「⋯⋯聞いていいよね? そんなに後悔してるくらいなのに、なんであんな事しちゃったのか。教えられないっていうなら、話はここまでだけど」

「⋯⋯⋯⋯いいえ。"そのような温情"を、身共なんかにかけていただく訳には⋯⋯いきませんから」

 

 アヴィの真摯な問いかけに、サザナの中でも覚悟が決まったのだろう。

 ずっと俯かせていた翡翠の瞳が、ようやく少し前へと向き合う。背筋を伸ばし、一度下唇を強く噛んで、やがてサザナ・クロミナヅキは語り出した。

 

「お話、いたします。身共の罪を⋯⋯クロミナヅキの業を」

 

 さながら、沙汰を待つ罪人のように。

 

 

 

 東には、静謐なる神秘が眠っている。

 東方について調べれば、古い文献や知識人ならばそのような文言で返ってくるだろう。ある伝説を添えて。

 

 

 化生に遭うては化生を斬り、魔に遭うては魔を斬り捨る。

 薄く細く長い剣。ただそれ一つを武器に、多くの魔を斬り葬った古き英雄。闘いに満ちた彼の人物が余生を過ごす為の場して選び、眠った地。それこそが、かつて未開の地であった東方だという伝説は、今や人々の御伽噺だ。

 

 しかし今も東方の地に生きる人々は、自らを英雄の子孫とし、凜とした誇りを胸に秘める者達も多く居る。

 剣のみで戦った彼の英雄が遺したのもまた剣の技である。その証明を果たさんと、東の地には代々で築いた剣の技を教え、学び伝えていく文化が『流派道場』という形で成されていた。

 サザナの産まれたクロミナヅキもまたその例に漏れず、流派道場を持つ家であった。代々受け継がれてきた『四雅流』の継承者、イサヒ・クロミナヅキの娘にして、下に七人の弟妹を持つ長女だった。

 

『サザナよ。森羅の静と万象の動を飼い慣らせ。心を律し、そして剣を律する。それこそが四雅流の真髄である』

『はいっ、父上!』

 

 父のイサヒは寡黙な男だった。

 四雅流としての心構えや剣の手入れ、指導の際には多少饒舌になりはしても、常日頃の口数は少ない。返事も基本、一言二言。(いかめ)しいと泰然し切った立ち姿も相まって、身内でさえ自然と背筋を伸ばしてしまう様な鋭さを持つ男であった。

 寡黙にして厳格。しかしそれだけが父の全てではないと、サザナは理解していた。

 四雅流家元として常に振舞いながらも、自分や弟妹を見るときは必ず(まなじり)が少し落ちるし、剣の修行が上手くいかずに落ち込む弟の一人を、陰からそっと見守っていた一面もある。

 はしゃぎ回った弟妹がイサヒの趣味である盆栽の鉢をひっくり返してしまった時。泣きながら謝る弟妹を窘める程度で留め、その後にひっそりと背を丸めながら盆栽を労る父の、哀愁に丸まった背中も好きだった。

 父に憧憬を抱き、物心ついた頃からサザナは道場乃末席に自ら並び、父より剣を教わった。自慢の父の背を追う道をサザナは自ら選んだのである。

 イサヒ・クロミナヅキとはサザナにとって、厳しくも優しい父親で、自慢だった。

 

『越えるのだ、サザナ。四雅流を修め、極めんとするならば。より高きに至るは使命である』

『はい、父上』

 

 だが。

 彼もまた、剣に重きを置く(もののふ)の一人だった。強者であり、狂者でもあった。

 イサヒはサザナに剣を教えるにあたって、全霊を注いだ。サザナの持つ並外れた剣の才を当然イサヒも見抜き、これを鍛え上げる事は己が宿命とさえする程に、剣士サザナに己の技のすべてを叩き込んだ。

 

 イサヒは朧の里一番の実力者と謳われるほどの、剣に狂えし才を持つ者だった。

 しかしサザナ・クロミナヅキは、剣が狂えるほどの才をその身に宿していた。

 幼い頃から既に道場の中で頭角を現し、心身が成長すると共に剣の腕も達人の領域へとどんどん足を踏み入れていった。

 そしてまだ成人にも至らぬ若さにして、四雅流の奥技を会得していく。

 花の如きを修め、鳥の如きを修め、風の如きを修め、月の如きもまた手中にした。もはや道場の中でサザナをまともに相手に出来るのは、家元であるイサヒのみという所にまで育った。

 教えを糧とし、すぐさまに己がものとする並外れたサザナの才。その激しい眩さに、イサヒの目もくらんでしまったのかもしれない。

 娘が既に、師である自分を越えるだけの力を持つと判断したイサヒ・クロミナヅキは、サザナが成人となる其の日に流派継承の儀を行うと宣言した。

 

『越えるのだ。サザナ。代々より受け継がれし宝刀【ムラマサ】を用いて、師を"斬り"、越えよ。此を果たしてこそ、四雅流の皆伝へと至る』

『⋯⋯父上』

『四雅の開祖から共に在りし【ムラマサ】は、宝刀にして至刀。至刀にして心を狂わす妖刀。これを制する心こそ、師を斬ったとて揺らがぬ明鏡止水の境地。サザナ。父を越え、クロミナヅキの使命を果たしてみせよ』

『⋯⋯⋯⋯はい』

 

 四雅流皆伝の儀とは『師越え』──即ち、師と次代による一対一の決闘である。

 そして決闘の際、次代には継承の証として一本の剣が渡された。

 黒鞘に収まる長太刀の一振り、銘はムラマサ。これこそが、四雅流の始まりともいえる宿業そのものであった。

 

 

 

「ムラマサって⋯⋯もしかして、サザナちゃんが持ってるその太刀のこと?」

「⋯⋯はい」

 

 静かに頷いて返すサザナに、アヴィは目を見開いた。

 四雅流のはじまりを意味する一振りの太刀、ムラマサ。師を斬ることで継承を果たすという、悍ましき宿業の結晶とも呼べるもの。

 かつてはイサヒの手にあったそれが、そして今はサザナの手の内にある。

 それはつまり、サザナ・クロミナヅキが師越えを果たした何よりの証拠に他ならない。

 

「身共は⋯⋯今より三もの月の前の晩に──父上を、このムラマサで斬りました」 

 

 期待に応えるべく。使命に応えるべく。

 流派の運命に従って、サザナ・クロミナヅキはその手で自らの父を殺めたのだ。 

 

 

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