お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

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第27話『呪いと宣戦布告』

「斬った、って⋯⋯自分の、お父様を⋯⋯?」

「⋯⋯はい。それが、次代の四雅を継ぐ者の⋯⋯使命でありましたから」

 

 親殺し。それを為したと、彼女は言った。それが四雅流の継承であり、つまりはその因習をサザナ・クロミナヅキは果たしたのである。

 

「っ」

 

 湧き出る嫌悪感に、アヴィは唇を噛んだ。血の繋がった親を殺す。今までがそうだったから。たったそれだけの理由で。

 両親を今も愛してる彼女からすれば、考えられない事だ。目の前の剣士がまるで得体の知れない怪物に見える。それぐらい、アヴィ・ブルーメイにとって埒外の罪だった。

 

「⋯⋯、⋯⋯なんで。どうしてそんなこと、とかさ。聞かないよ。きっと聞いたって分からないんだろうし、分かりたくもない」

「⋯⋯」

「大事なのは、その先にあるんでしょ? せんせいを刺した原因も、多分そっちに。アヴィちゃん、昔話は聞くのも話すのもあんまり好きじゃないの。暇じゃないしね。だから⋯⋯さっさと"そっち"を聞かせてよ、サザナちゃん」

「⋯⋯わかり、ました」

 

 しかし。アヴィの目には得体の知れない怪物は同時に、翼が死んでる鳥にも見えたのだ。そうとしか生き方を知らないような、そう生きよとずっと、ずっと歩き方だけしか教えて貰わなかったような。

 まるでいつぞやの誰かの様に、あるいはもっと歪で無垢に見えたから、アヴィは罪の掘り返しを嫌った。

 

「結論から言えば、身共は四雅流を継承しました。ですが同時に、失敗もしてしまったのです」

「失敗? でも、サザナちゃんは自分を家元だって言ってたよね? それにその宝刀だか妖刀だかいう太刀もサザナちゃんが持ってるし⋯⋯」

「妖刀⋯⋯【妖刀】って。ま、まさかサザナさん⋯⋯それ⋯⋯」

 

 サザナ自身の口から語られたムラマサの称。そこに血相を変えたのは、装備屋だてらに武具に詳しいポンコであった。

 らしくない顕著な反応に、しかしサザナは頷いた。ポンコの懸念は的中していたのだ。

 

「身共は、父上を斬りました。ですが恐らくその時に、身共はムラマサに呪われてしまった」

「呪い⋯⋯やっぱり【魔剣(カースウェポン)】の類なんすね、それ」

「⋯⋯魔剣(カースウェポン)?」

「所有者に強大な力を与える代わりに、精神を蝕んだりなんらかの代償が必要だったり⋯⋯そういう歪んだ意志を持つとされてる装備の事っす。ただとんでもなく希少らしくって、かくいうウチも実物は初めて見たっす」

 

 カースウェポン。アヴィは聞いた事もなかったが、ポンコの説明にろくでもない代物じゃないかと眉を潜める。

 サザナもアヴィ同様カースウェポンのワード自体は聞いた事がなかったが、心当たりと合致したのだろう。サザナは力無き目で、今も腰鞘に留めてある太刀を見つめた。

 

「三ヶ月前のあの日以来。身共は異性に顔を見られると、意識を失ってしまうようになってしまったのです」

「意識を失うって⋯⋯え。でも、サザナちゃんの意識はあの時もちゃんと⋯⋯っ。待って。意志を持つ装備って、まさかあの時のサザナちゃんはサザナちゃんじゃなくて⋯⋯」

「ムラマサって事っすか。道具が所有者の意識を乗っ取るなんて出鱈目みたいっすけど⋯⋯カースウェポンなら有り得ない事じゃなさそうっすね」

「⋯⋯やはり、そうですか」

(⋯⋯)

 

 やはり。恐らく。当事者でありながらも、推測らしき装飾の多いサザナの言動から、アヴィも気付いていた。顔を見られた結果ああなると、サザナは知らなかった。あるいは勘違いをしていたという事になる。

 

「サザナちゃんは今まで、気絶するだけって思ってたって事だよね」

「っ。ええ⋯⋯そう、教わっていましたから」

「教わってたって、誰から?」

「⋯⋯母上です。まだ身共が里を出る前に、二度ほど弟達に顔を見られた事がありました。目を醒ますも混乱してる身共に、母上が教えてくれたのです。異性に顔を見られると、意識を失くしてしまうようになったのだと⋯⋯」

「サザナちゃんの、お母様が⋯⋯」

 

 意識を失っているのなら、その間に何が起きているかなどサザナには知りようがない。

 ましてクロームの依頼や自分の虚言にさえ鵜呑みにしてしまうサザナだ。肉親からの言葉なら、真実だと捉えてしまうのも無理はなかった。

 

「ねえ。せんせいの時は、その二回とは違ったってことだよね?」

「⋯⋯ええ。あの時、身共の意識はいつもと違い、闇の中に居ました。深い、深い真っ暗闇でぼんやりと漂って⋯⋯でもその時、ある光景が浮かび上がったのです。身共が、シレン殿を⋯⋯ムラマサで刺し貫いた、恐ろしい絵が。まるで、そう、父上を斬ったあの時のように」

「!」

「それからは夢中で闇の中を藻掻いて⋯⋯そして、意識を取り戻した時、シレン殿は血塗れで⋯⋯そうなればもう、答えは一つしかありません」

「⋯⋯」

 

 意識を取り戻したサザナの絶叫。あれはやはり、真実に気付いてしまった悲痛の叫びだったのだ。

 

「今にして思えば⋯⋯違和感があったのです。里に居た頃に二度ほど顔を見られましたがいずれも相手は弟で、身共が洗顔をした時でありました。そして一度目に顔を見られた時は直ぐに意識を取り戻したのですが、二度目の時は⋯⋯」

「なにか、あったの?」

「⋯⋯気付いた時には、母上が身共の目の前に立っていました。まだ幼い弟は、近くで転んで足を怪我したと、泣いていました。なにかあったのかと聞いたのですが、母上は身共がまた気絶していたと。ただそれだけだったと。ですが⋯⋯」

「⋯⋯嘘だった?」

「⋯⋯そうなのだと、思います。きっと身共はあの時⋯⋯まだ物心もついていない弟を、斬ろうとしていたのですね」

「「⋯⋯」」

 

 不幸中の幸いか、サザナは意識を取り戻した。だがもし、そのままムラマサに意識を奪われたままだったとしたら。起こり得た惨劇に、ポンコの顔色が蒼白になる。背筋を凍らせたのはアヴィも同じだったが、一方でアヴィにはある疑問が浮かんでいた。

 

(洗顔の時。呪い発動の引き金は、やっぱり異性に素顔を見られる事で間違いない。でも、聞いてる感じ、乗っ取られてる時間がせんせいの方がずっと長かったのはなんでだろう)

 

 考えられる原因としては、顔を見られる度にムラマサの支配が増しているから。サザナいわく、ムラマサに呪われてから顔を見られたのが三度目。意識喪失の長さも回数に応じて比例している。的外れな推測ではないだろう。

 そして、もう一つアヴィには心当たりがあった。シレンがサザナの素顔を見てしまった際の『距離』も、関係しているのではないか。

 

(そもそも呪いは、師越えの時にかかった⋯⋯そして、呪いの強さは素顔を見られた距離に関係する。そうだとしたら、顔を見られた距離が近いと深く意識が無くなるのって⋯⋯サザナちゃんが、自分のお父様を斬った瞬間と、似てるからなの?)

 

 斬ったというからには必然的に距離は近いはず。過去を話すサザナから、父であるイサヒへの尊敬や情愛は感じ取れた。その当の父親から、次代への継承⋯⋯つまりは自分を殺す事を、望まれ続けた。そして彼女は応えた。父の期待に。流派の歪んだ約束事に。

 

(⋯⋯顔を見られた異性を攻撃してしまう呪い。分かりたくないって思っても、分かっちゃうよ。こんなの。だってこれ、サザナちゃんの心の傷そのものだもん⋯⋯)

 

 使命だから。願われたから。だからといって愛する父親を手にかけて、傷にならないはずがない。サザナにかかった呪いは、サザナ自身の(おびただ)しい後悔と葛藤の爪痕。そうとしか見えない。

 そして気になるのはやはり、母親の存在だった。

 

「⋯⋯サザナちゃん。サザナちゃんは出稼ぎに此処に来たって言ってたけど⋯⋯それって、自分の意思?」

「⋯⋯母上の助言です」

「⋯⋯⋯⋯そっか」

 

 サザナには弟妹が七人居る。その内訳までは聞いていないが、弟が居るのだ。もっとも身近で、もっともサザナの素顔を見てしまいやすい存在がおり、実際に二度も事は起きた。

 もしそれを護ろうとするならば、どうするべきか。

 手っ取り早い手段は──危険分子から逃げる。あるいは、危険分子を遠ざけることだろう。

 

「⋯⋯街に戻る途中、身共は幾度となくムラマサを手放そうと試みました。ですが⋯⋯捨てようとする度に、父上の顔が過ぎるのです。身共に四雅流を教える時の楽しげな顔。目尻を細めて盆栽をいじる横顔。下の子らのわんぱくさに眉を下げる顔。身共の見てきた父上の顔が、流れるように過ぎるのです⋯⋯まるで、手放せば父上のこれまでが全て否定されると訴えるように⋯⋯!」

「それって⋯⋯」

「手放そうと思えば思うほど手が震えて、かじかんで、捨てられ、ないのです⋯⋯! むざむざと人を傷付けておいて。シレン殿を殺しかけておいて!⋯⋯身共はムラマサを、手放せない⋯⋯」

「呪い⋯⋯」

 

 サザナ・クロミナヅキは今、独りなのだ。どうしようもない孤独の中で、絶望にのたうち回っている。

 その身に起きた呪いから、家族の元から、家族自身に遠ざけられた。彼女自身がそれに気付いてしまった。

 ならば今のサザナ・クロミナヅキには何が残っているのか。存在意義(レゾンデートル)は。自己確立(アイデンティティ)は。残っていないのだ。その手に握り締める、忌むべき刀の一振りしか、残っていない。

 

(⋯⋯馬鹿だよアヴィ。だからなにって、知ったこっちゃないよって⋯⋯ああもう。どうして、そんな"他人言"がいえないの!)

 

 自分を罪の身に貶める呪具であったとしても。周りを意図せず傷付ける妖刀であっても。同時にサザナにとってはこれまで生きてきた全てであり、父との歪な絆なのだ。

 分かっていても切り離せない、血管のような紅い糸。絶望に落ちる今のサザナにとっては、ただひとつの縋れるもの。

 所有者の意思に反して、捨てられない。捨てさせない。本人の心の弱さを的確に支配し、物理的にも心理的にも手放せなくさせる。

 狡猾にして老獪な呪い(カース)だった。

 

「⋯⋯ポンコ殿。申し訳ありませんでした」

「え、う、ウチっすか? い、いや、急に謝られても⋯⋯」

「このような咎者に、これまで世話を焼いていただきまして。ポンコ殿の親切を騙るような形になってしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「うぇ?! え、えーと、いや、さすがにペラペラ他人に話せるような内容でもなかったっすし、それは仕方ないんじゃ⋯⋯というか、なんで急にそんな、出ていくみたいな⋯⋯」

「身共はシレン殿を重傷に追い込んだ罪人です。ユニオンギルドに行き、沙汰をいただこうと思います」

「さ、沙汰って⋯⋯」

 

 未だに深い絶望に囚われながらも、サザナは自身の進退を選んだ。あるいは、アヴィとの再会によって罪を吐露出来た事が踏ん切りになったのか。

 曇り眼に諦観を濁らせる横顔は、亡者の様に痩せていた。

 

(⋯⋯どうすれば、いいの)

 

 サザナに罪がないとは言わない。アヴィとて大切な人を傷付けられた側だ。話を聞いた今でも、獣の心は憎しみに唸り声をあげている。

 だがそれ以上に、このままで良いのかと問う心があった。   

 雁字搦めの歪んだ運命に多くを奪われ、ただ罪だけが残された。翼の死んだ鳥が、自ら冷たい籠の中へと進もうとしている。見ていられなかった。どうにかしてやりたいと、他ならぬアヴィだからこそ思った。

 

(⋯⋯どうすればいいの、こんなの)

 

 けれど、方法が思いつかない。飛び方を覚えたばかりの雛鳥では、まだ何かを教えられるだけのものがない。

 父親を殺した罪。家族に遠ざけられた痛み。素顔を見た男を斬る怪物となった事実。全ての元凶で、それでも手放せない呪い。

 サザナ・クロミナヅキが負った雁字搦めの運命に、アヴィの心もまた囚われて、光明が見出せない。暗い暗い諦観の底に、アヴィの心もまた、"かつてのように"沈んでいく。

 けれど。 

 かつて、その諦観の底に沈むしかなかった自分を救い出してくれたように。

 

「沙汰を貰いに出頭か。生憎、その必要はないな」

「⋯⋯!」

 

 アヴィを救う星はそっと、扉越しに光ってくれた。

 

 

「『話は聞かせてもらった』⋯⋯ってか。実は人生で一度言ってみたかった台詞なんだよな、これ」

「はいはい、変な惚け方しないでください。それに全部聞いてたって訳でもないしょうに」

「せんせい! エスお姉ちゃんも!」

 

 閉じた扉の向こうから、届く声が誰のものか分からないアヴィではない。弾かれたように扉へ向かうアヴィだったが、その動きをやんわりと制止したのも扉の向こう。

 

「っとと、アヴィストップ、落ち着け。悪いが、扉は閉めたままで頼む。流石に今呪いとやらが発動したら、今度こそヤバそうだからな」

「う、うん⋯⋯せんせい、もう歩いて大丈夫なの? どうしてここに?」

「病み上がりでクラクラするけどな。ここにはまあ、お前とポンコが歩いてたって目撃情報を聞いてだよ」

「アヴィちゃんに心配かけたから、迎えに行ってでも安心させてやりたいーって。まだ顔色も悪い癖に無茶するんですから、まったくもう、ほんとにもう」

「⋯⋯ざこざこせんせいの癖に。変な時だけがんばるんだから、もう」

「扉越しに『もう』でコンボしないでくれ」

 

 この隔てる扉の一枚は、サザナの呪いの再発を防ぐ目的もあるが、薄っぺらな強がりでもあるのだろう。そういうところがずるいのだと、緩みそうな目元を抑えながらアヴィは静かに下がった。師に後を託すように。 

 

「シレン、殿⋯⋯身共は⋯⋯」

「サザナ⋯⋯ギルドユニオンに出頭したって無意味だぞ。事件ってのは、加害者一人じゃ成立しないからな。言っておくが、俺は事件があったなんて認めるつもりはない」

「⋯⋯何故、ですか。ムラマサに囚われたとはいえ、身共がシレン殿を害したのは事実なのですよ」

「⋯⋯あー。そりゃあ、今をときめく『彗星』の師匠があっさりやられたなんて広まったら、色々もったいないからな」

「⋯⋯それが嘘であることくらい、"今の"身共にならば分かります」

「ほう。なんでも鵜呑みにしがちな天然剣士にしちゃ、勘が冴えてるじゃないか」

「シレン殿!」

 

 茶化すようなシレンの言葉を、サザナは鋭く制した。彼女は恐れているのだ。一度害した相手を、ムラマサが再び害そうとしないとは限らない。

 むしろ、仕損じた相手なのだ。今度は再び顔を見せずとも、彼に襲い掛かってしまうかもしれない。サザナはそれを何よりも恐れた。

 

「単純な話だ。俺はこう見えても結構根に持つ男だからな。二回も年下の女の子に負かされて、黙っちゃいられないんだよ。逃さないぞ、檻の中だろうが、都の外だろうがな。そうだな、大体一週間後くらいがいいか」

「な、なにを、言って⋯⋯」

「三度目の正直ってやつだよ」

 

 シレンはそんなサザナの脅えなど意に介さない。

 エスカリエに身体を支えられながらの体たらくながらも、シレンは既に意志を固めているのだ。

 彼を良く知るエスカリエが、これはもう何言ってもダメだと諦めるほどに、強靭な意志を。

 シレンは固め、そして提示した。

 

「サザナ・クロミナヅキ。

 一週間後──俺と、決闘しろ」

 

 

 扉越しの宣戦布告であった。

 

 

 

 

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