お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

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第3話『家庭教師シレン』

 シレン・グレイジュライには前世の記憶がある。

 妖精精霊モンスター、魔法やダンジョンなどが当たり前のこの世界と違って、幻想や創作物とされている現代日本の一般企業サラリーマン。それがシレンが生まれ持っていた前世の記憶であった。

 彼自身派手に生きた訳ではない。交通事故で死亡するまでは、ありふれた社会の畜生の一匹だった。機嫌によって態度が変わる上司に振り回され、仕事は理不尽に増やされ、残業に追われ、他所の部署からの皺寄せをなぜか背負わされ、成果はいつも他人の掌。

 石ころよりも転がってる人並みの苦難を、持ち前の消極性と鈍感さで凌いでいた。カップ味噌汁に浮かぶ具のワカメに、妙な親近感を覚えた事も少なくない。

 

 そんな浮き沈みの乏しい人生の学生時代、教師になりたいな、と漠然と思っていた時期があった。

 ただネット普及により教職員達の苦労が可視化されだしたのだ。モンスターペアレントによる理不尽に心を壊したケースの露呈など、小さな未来を育てるどころではないのでは、という恐れが彼の中で膨らんだ。

 悩んだ結果、小市民的な男はストレスの多そうな教師の道を選ばず、一般企業への就職を望んだのである。

 

「⋯⋯広すぎんだろ。貴族の屋敷と聞いてたけど、ここまでデカいとは思ってなかったぞ」

 

 そんな自分が、前世と異なる世界にて、かつての夢をなぞるとは。なんていう運命の巡り合わせだろう。正確には教師ではなく家庭教師だとはいえ、シレンの心は少し弾んでいた。昨日までは。

 今は新たな職場となる屋敷の広大さに、早くも気後れしている。

 

『がんばってくださいね。今日の晩御飯は、シレンの好きなグリルチキンにしますから』

 

 しかしここで引いてはこの仕事を持ってきたエスカリエに面目が立たない。まずは形からと奮発して買った、三千エーギルの立派なローブも無駄にするのももったいない。

 そもそも都心より離れた此の地『ミッシェル』まで馬車で三時間かかったのだ。掛けたコストも省みれば、ここで引き返すという選択肢はないに等しい。

 

「よし、行くか」

 

 覚悟は決まった。大きく息を吸い込んで、シレンが屋敷の門へと一歩踏み込んだ瞬間だった。

 

「失敬。もしや当家の家庭教師をお受けになられた、シレン・グレイジュライ様でお間違いないですかな?」

「んぬぉう!?」

 

 急に真横から声を掛けてきた人物に、あわや腰砕けとなりかけるシレンだった。

 

「驚かせて申し訳ありませぬ。どうも門の前で悩まれていたご様子ですので、こちらから声をかけさせていただいました。それで貴方様は⋯⋯」

「あぁ、すいません。シレンであってます」

「左様でございましたか。当方はブルーメイ家に仕える執事、アムロンと申します。どうぞお見知りおきを」

「ご丁寧にどうも」

 

 粛々と腰を折る老執事と握手を交わす。どうやら先の失態は見なかった事にしてくれたらしい。プロフェッショナルだ、とシレンはこっそり感動した。

 挨拶もそこそこに、アムロンの先導のもとシレンは屋敷の敷地へと踏み入った。

 

「いやはや御足労をおかけいたしました。都住まいの方からすればさぞ遠路だったことでしょう。そのような事情もあって、なかなかご指導いただける【指導師】の方が見つからず苦心しておりました⋯⋯此度の幸運に感謝致しますぞ」

「いえそんな。それに俺は正規の指導師じゃありませんし。あくまで家庭教師ですから」

 

 へりくだるアムロンに、シレンはパタパタと手を振りながら指摘した。

 指導師とは名の通り、自らの弟子と定めた生徒を教え導く職種である。教え子の才覚を的確に見抜き、適切に指導しなくてはならないと聞けば、その難易度と重要性は想像に難くない。

 故に正規の指導師を名乗るには、国家の定めた試験を合格せねばならず、また難易度の高さもあって数も非常に少ない。その中でも上澄みの大師範ともなれば、片手で数える程であった。

 シレンとて『グローリー』にて三姉妹へ教導した経験はあるが、正規の資格など持っていなかった。だから彼は家庭教師だと訂正したし、エスカリエもそう言っていたのだ。

 

「存じておりますが、縁は異なもの味なものと申します。失礼ながら非正規であれども、ご指導いただける機会というのはそれだけで貴重なもの、私共としてもあまり見逃したくない機会なのですよ⋯⋯⋯⋯ただでさえ、お嬢様をお相手出来る指導師はいませんでしたし」

「ん? 今なんて」

「ゴホン、いえなにも。ほんの戯言です、ホッホッホ」

 

 なにやら聞き捨てならない台詞に眉を潜めるシレンだが、老執事はさらりと(かわ)した。露骨になにかを隠されているのに、こういう時に限って『リードマイン』は不発である。

 

「しかしシレン殿も非正規などご謙遜されますな。大図書館の若き魔女様からの推薦、更には怪我の影響で勇退されたとはいえ、A級ユニオンに所属されていたほどのやり手だとお聞きしましたが。当主であります旦那様も、本日は折悪くご不在でありますが、貴殿の来訪を心待ちにしておりましたぞ?」

「⋯⋯は?」

「おや? なにか間違いでもございましたかな?」

「いや、別に怪我で勇退したとかそんな事は⋯⋯」

「おっとすみませぬ、今日はどうも風が強くて良く聞こえませなんだ。それで、なにか間違いでもございましたかな?」

「だから別に勇退⋯⋯」

「やあ、今日は空が青くて清々しいですなぁ。それで、なにか間違いでもございましたかな?」

「怪我なんて⋯⋯」

「いやはや、こうも空が晴れてますと、海のブルーもさぞ映えますでしょうな。それで、なにか間違いでもございましたかな?」

「⋯⋯概ね間違いございません」

「それはなによりでございます」

 

 シレンは圧に屈した。空、海と来て陸まで抑えられたら心がもたなかった。

 嫌な予感が加速する。明らかにこの執事、こちらの身の上をしっかり把握している。把握した上で、有無を言わさぬこの対応だ。

 逃げておけば良かったかもと後悔しても、時既に遅し。

 振り返った先の門は、既に堅く閉ざされてしまっていた。

 

「ふーん。この人が新しいせんせいってこと?」 

 

 そして。

 満を辞して、シレンは教え子と対峙した。

 

「んふふ、今度のせんせいは見るからに⋯⋯ざぁこ♡って感じの冴えないおじさんだ! 空気がもうくたびれてるし、えらそうでもないし。まるで使い捨てられたモップみたーい! こんなのが家庭教師だなんて、アヴィちゃんがっかりだなぁ⋯⋯♡」

 

 

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