【書籍化】お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

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第31話『二枚の切り札』

「⋯⋯急に饒舌になるもんだな。命乞いでもしたくなったか?」

「【少し興が沸いたのだよ。人間風情が策を弄してこのムラマサに食いつかんと足掻く様が滑稽でな。道化に対する褒美の様なものだ】」

「そいつはどうも」

 

 伝う声が悍(おぞ)ましかった。サザナの声帯を軸にして、ひび割れ歪んだ男のものが入り混じる魔剣の声。言葉の端々に蔑みが盛り込まれており、心を逆撫でる不協和音にしか成り得なかった。

 

「【この器と初めて剣を交わした時、貴様はいとも容易く押し負けていた。それがこうまでムラマサの剣について来ようとはな。さては、あの時は手を抜いていたか?】」

「⋯⋯ふん。情けないことに、全力を出す前にケリつけられたってだけだ。だが四雅流の基本骨子はあの時に、それ以外に関しては愛弟子から聞いてるんでな。この一週間でしっかり分析と対策をさせてもらった」

「【カカカ、成程。周到で臆病。慎重で奸智。それが貴様という冒険者か】」

「ああ」

 

 偶発的に起きた最初の決闘時と、しっかり準備した今とでは、シレンの戦闘能力はまるで別物。それだけの話だと論じる冒険者に、魔剣は腑に落ちたと不気味に嗤う。

 

「【だが所詮は人間の浅知恵よ。知恵比べの程はこのムラマサにはまるで及んでおらんようだな、小童(こわっぱ)め】」

「なに?」

 

 しかし、"知恵比べ(それすら)"も自らの方が上であると宣言すると同時。ムラマサはシレンに斬り掛かった。先程までよりも、倍以上の速さで。

 

「!」

「【遅いぞ木偶(でく)】」

 

 疾空から放たれる袈裟斬りを反射的に受け止めれば、既に第二撃が視界の端から閃いた。まさに閃光の如き水平斬り。 

 今までとは比べものにならない、シレンの反応速度を上回る速さ。大剣での受け切ろうとするも、完全には間に合わない。

 刀の先が牙となって肩の鎧を食い千切り、視界の隅で鎧の破片が舞い散った。

 

「この重さは⋯⋯!」

「【そらそらどうした。先より倍ほど力を込めてやってるだけだろう。対策してみろ、冒険者】」

「ぐうっ⋯⋯」

 

 挑発を重ねるムラマサだが、その攻勢は緩まない。

 今までの倍速く、そして倍は重い剣撃が豪雨の如く振り注ぐ。シレンの堅牢な守備をもってしても凌ぎきれない矛の雨。矛盾にはなり得ず、一方的なる矛の独壇場だった。

 

「ギッ⋯⋯アァッ!」

「【おっと】」

 

 このままでは嬲られるだけだと、シレンは賭けに出た。肉を切らせて骨を断て。脇腹をあえて差し出し、必殺の攻撃を放つ。しかしその狙いはムラマサに見透かされていたのだろう。浅い刺突で胸部を穿ち、直ぐ様にムラマサは大きく間合いの外へと飛び退いていた。肉を斬り、骨どころか皮一枚にも届かせない。シレンの反撃を浅慮と嘲笑う、皮肉めいた立ち回りである。

 

「くっ⋯⋯ムラマサ、お前⋯⋯!」

「【それだ。その顔が見たかった。このムラマサの"半分にも満たぬ力"を全力と捉え浮かれる愚者に、まるで及ばぬ現実を叩き付けてやる。カカカ。蒙昧なり、痛快なり。貴様は実に愉快な道化よ】」

「⋯⋯チッ。馬鹿にしたいが為にわざわざ手を抜いてましたってか。趣味の悪い奴だ」

 

 今までのはほんの小手調べに過ぎなかった。その目的も悪辣だ。掌で転がし、相手を絶望に叩き落としたいが為に手を抜いた。

 苛立ちが込み上げる。人という種を嘲り、貶めたくて仕方ない。そんな悪意を隠しもしない。言葉を交わせる様になってからの方が、理解し得ない敵性を帯びていく。

 傷口から赤い雫が滴り落ちる。突きつけられたのは越えがたき力の差。シレンの表情に浮かんだのは自嘲だった。

 

「【なにがおかしい? 気でも触れたか?】」

「様子見で手を抜いて、頃合いになったら本気出して相手の心を挫く。そんな悪趣味な発想⋯⋯"見抜けてるって事自体"、俺もお前と同じ穴の狢って気がして、嫌気が差しただけだ」

「【貴様、何を言ってる】」

「つまりだ」

 

 自嘲はやがて言葉に反して吊り上がり、剥き出て歯は獣の如く鋭く光る。

 

「魔剣(カースウェポン)。お前の邪悪さや性悪さはある程度見越してるって言ってるんだよ、クソ野郎。だからこっちも用意させて貰った。いわゆる奥の手って奴をな」

「【⋯⋯"林檎"?】」

 

 同時にシレンが懐から取り出したものを見て、ムラマサは怪訝そうに目を細めた。

 

「力をくれ、『アンブロシア(一齧りの奇跡)』」

 

 囁くと共に、シレンは手の中の黄金林檎を一口齧(かじ)った。すると一口分を欠いた果実はシレンの手を離れ、光の粒子へと置き換わり、やがて宙に霧散した。

 

「【奇異な真似を。最期の晩餐のつもりか?】」

「ああ。鉄塊(てつくれ)には飯の味も分からんだろうからな、代わりに食ってやった」

「【カカカ! 蒙昧なり。生憎ムラマサが欲するは血の味のみよ! 故にこれよりその血を貪り尽くしてくれるわ、小童が!】」

 

 哄笑をあげながら、ムラマサはシレンに飛び掛かった。今更小細工を施した所で、己に敵うはずもないと。

 ムラマサは知り得ない。その黄金色に光る果実こそ、シレンがこの決闘の為に何よりも必要とした切り札であることを。今、シレンの身に巡る力の奔流に。嵐の前の静けさに。

 

「【錆となれい!】」

「──ッ! 」

 

 刹那。刀と大剣がぶつかり合う。響き渡る轟音はこれまでよりも一層に異質で、重い。衝突によって生まれた風圧は、一瞬の嵐となって草花を消し飛ばした。

 

「【なにィ⋯⋯!?】」

「づ、あァァッ!!」

 

 刃は拮抗し、互いの刀身は火花を散らす。ムラマサからすれば有り得ない光景だった。目の前の男の力など、己が半力で抑えれる程度だったはず。

 なのにシレンは拮抗した。真っ向からムラマサと競り合っている。先程までとは比べものにならない贅力に、ムラマサは驚嘆する他ない。

 

「呆けてる暇があるか、お前に!」

「【ぐうっ】」

 

 真っ向から押し返し、更には薙ぎ払いの一撃が繰り出される。ムラマサはたたらを踏んで躱すも、次の一撃が襲いかかった。辛うじて弾けども、今度は下からの振り上げ。

 ムラマサの驚嘆が濃くなった。力のみならず、剣速もまた遥かに上がっている。大剣ながら、もはや閃光の如き速さだった。

 

「【馬鹿な。力も速さも、このムラマサに追いすがろうとしているだと!? 有り得ぬ。貴様、一体何をした!】」

「言っただろうが、俺から種を明かすつもりはないと! 精々凝り固まった頭使って考えてろ!」

「【くっ、人間風情が舐めるなァ!】」

 

 豪と吠えて斬りかかるムラマサを、シレンは迎え撃った。再び荒れ狂う剣と剣の暴風。しかし結果はやはり拮抗。ムラマサの全力に、シレンは真っ向から届いている。

 

(アンブロシア(一齧りの奇跡)⋯⋯一齧りすれば傷を一瞬で塞ぎ、全ステータスを一時的に跳ね上げるレアアイテム。名前の通り、一齧りすれば無くなる果実だが、想像以上の効果だな)

 

 全身に漲る力に、シレンは静かに口角を吊り上げた。一時的に全能力を倍以上に引き上げるアンブロシア。初めて口にしたその効果の凄まじさ。相応の心労を対価に手に入れた甲斐があった。

 だが、そうまでして漸(ようや)く拮抗。魔剣を打ち砕くにはまだ一手足りなかった。

 

「【おのれ、これは先の果実による増強か。小童が、味な真似をしてくれたものよ。だがこの程度の小細工で、このムラマサを打ち破れるなどと思うな!】」

「ああ、だろうな。だから俺も出し惜しみはなしだ。見せてやるよ、もう一つの奥の手──────コア接続。モード・チェイン起動⋯⋯吠えろ、グリムイータァ!!」

「【!?】」

 

 続けざまに起きた光景に、ムラマサは目を見開いた。

 シレンはいつのまにか手にしていた赤い球体水晶を、大剣の根元にある歯車の中心へと嵌め込み、グリップ(握りの部分)を捻ったのだ。さながら現代の乗り物、バイクのハンドルを回す様に。

 すると可視化された動力が巡っているかのように、刀身に血管みたく複数の赤い光線が走る。そして竜の唸り声の如き稼働音が鳴ると同時、大剣の刀身位置にあたる凹みから鋸歯状の刃がガキンと現れ、けたたましく回転し始めたのだ。

 凹みの奥に内蔵されてた鋸歯刃が火花を散らして、超高速で的回り続けるその様。シレンの他に現代からの転生者が居たのなら、グリムイータと銘を叫ばれた漆黒の大剣を指して言うだろう。

 あれは大剣でもない。鈍器でもない。

 "チェーンソー"だと。

 

「ハァァァッ!!」

「【ぐうッ、く、く、このっ⋯⋯なんだ、その面妖な刃は! このムラマサが、ぐっ、弾かれるだとォ!?】」

「ハ。高速で振動回転する剣なんざ、まともにかちあった経験もないだろう。お前の知らない文明ってやつだ、年寄りが!」

「【貴様ァ!】」

 

 放たれる暴虐な一撃を、ムラマサは斬り流そうとするも、高速回転する刃に弾かれ、呻き声をあげた。あまりにも大剣と呼ぶには奇怪な構造と力学。恐るべき技量をもつムラマサにしても、対処は容易ではない。

 この『グリムイータ』は他にはない武器を造りたいと悩むポンコに、シレンがうっかり現代知識を元に彼是とアイデアを出し、その末に完成した名作にして、迷作にして、傑作だった。

 

「砕けろぉ!」

「【チィッ!】」

 

 唸りをあげて黒き牙が空を食む。暴なる凶悪、グリムイータ。まともに斬り合うは下策と判断したムラマサは、逃げを選択した。

 襲い来る破壊の権化を回避に徹し、ひたすらに後退。とにかく距離を作らんとするムラマサに、シレンもさせぬと追撃をしかけ続ける。

 だが鎧に大剣の重装備。いかにアンブロシアのブーストがあっても、速さはムラマサに軍配が上がる。徐々に引き離し、充分な距離が生まれたその時。ムラマサは居合の構えを作り、放った。

 

「【四雅流奥義──死風(しにかぜ)】」

「ッッ!」

 

 ムラマサを追うシレンの前に現れたのは、幾重もの斬撃によって生まれた壁だった。四雅流奥義の『死風』。同じく奥義である『咲散華』が飛ぶ斬撃ならば、こちらは留まる斬撃で作られた壁である。

 このまま突っ込めば、ミキサーの如く切り刻まれる事は必須だろう。そうと分かって直進するシレンではない。脇を擦り抜けるように壁を避け、ムラマサへと接近する。

 だがそこに更に仕掛けるのは、ムラマサであった。

 

「【四雅流奥義、燕がえ──】」

「グリムイータ!」

「【!?】」

 

 放たれる直前の神速二連撃。だが度々此方を嘲る様な気性のムラマサが、逃げに徹する事を良しとする性分でない事は明白だった。必ず仕掛けて来る。そう読み切ったシレンの方が、ほんの僅かに速かった。

 二連撃の一撃目にグリムイータを合わせ切ったのだ。驚愕に染まるムラマサ。心理で上を行かれた事実に緩んだせいか、今度は拮抗しなかった。

 力負けしたムラマサの身体は刀ごと弾き飛ばされ、丘の上を激しく転がり回ったのだった。

 

「【ぐ、うう⋯⋯おのれぃ。面妖な果実に、剣とも呼べぬ下品な鉄塊⋯⋯小癪な小手先ばかりを弄しよって。ふざけるなよ。このムラマサが、幾百もの年月を重ねた魔剣たるムラマサが、このような小童にしてやられるなど⋯⋯認められるものかぁ!】」

「⋯⋯ロートルは新技術に頑固で困るな。とはいえお前なんぞに認められるかどうかなんてどうでもいいか。このまま引導を渡してやる」

「【ふざけるな⋯⋯ふざけるな小童! 血塗られた一族。そうまでして我を鎮めようと命をかけてきた愚か者共が、付け入る隙を晒したのだ。思うがままに斬り、思うがままに殺す。その機会がようやく我の手に渡ったのだ。邪魔なぞさせぬぞ、小童!!】」

「思うがままに、ねえ。どうやら随分と昔に暴れ回ったみたいだな。四雅流は、そんなお前を封印する為に興った流派だったって事か」

「【⋯⋯ふん。いかにも。クロミナヅキ。忌々しい封魔の一族め】」

 

 クロミナヅキの口を使って、クロミナヅキを侮辱するムラマサ。並々ならぬ怨恨がそこには込められていた。

 

「【クク。だが全くもって、狂った業と思わぬか。このムラマサを封じ続ける為に、師と弟子とで血の階をいくつも繋ぎ合わせ、人でありながら人を外れし鋼となるまで、心を摩(す)り続けたのだからな】」

「⋯⋯師を斬ったとて揺らがぬ明鏡止水の境地ってやつか。確かに、並外れた所業だよ。だがその所業に封じられ続けたお前の言えたことか」

「【フン、小童が生意気な口を叩くものだ。ああそうとも。忌々しい事に永き時の間、四雅流の者共に封じられてきた。だが同時にこのムラマサは人の心を理解した。人の心は脆い。我欲を律し鋼鉄の如き心に磨こうとも、些細なきっかけさえあれば容易に崩れ、柔となるとな】」

「なに?」

「【そう。例えば、親愛などという下らぬ感情よ。封印装置として子を、弟子を育てようとするならば、そんなものは不要。このムラマサの干渉を跳ね除ける心には、親愛などを持ち続ける余裕などない──なれば、余裕をくれてやればどうなると思う?】」

「⋯⋯まさか」

「【そうとも。あえてこのムラマサは、先代への干渉を緩めてやったのだよ! するとどうだ。先代の器は子への親愛を示し、この器もまた父への親愛を抱いた。師越えによって至る明鏡止水に綻びが生じたのだ! 情を斬り捨て魔封に徹した一族が、情を取り戻し破綻するのだ。カカカ、なんとも滑稽で愚かな末路よなァ!】」

「⋯⋯!」

 

 魔剣の語る真相に、シレンは息を飲んだ。

 確かに疑問だったのだ。これまで幾度も師越えを果たして来た四雅流。言ってしまえば、恐るべき魔剣を封じる『仕組み』の為に、自らの心を削ぎ落とし鍛えてきた者達だ。きっと親愛さえも犠牲にしてきたに違いない。

 そういった道を越えて来た者達の為人(ひととなり)は、たとえ会った事がなくても多少は想像が出来る。極限まで鎚で叩かれた、冷たく鋭い鋼の様な人格を有していたのだろう。

 しかし、実際シレンと会したサザナは違った。歪さは見え隠れしていても、彼女は温度のある人間だ。四雅流の『仕組み』とするには邪魔なはずの、人間味に溢れている。それはきっと、父イサヒからの親愛があったからだろう。

 

 何故サザナだけが今までの四雅流と違ったのか。その疑問は、最悪な形で晴れた。

 サザナが抱き続けた親愛の情すら、魔剣ムラマサに利用されたものだった。

 

「【履き違えるなよ、人間共。貴様らは担い手ではない。貴様らこそムラマサらに振るわれるだけの器であり、貪られるだけの餌なのだ! たとえ幾百の時が過ぎようとも、変えられぬ理よ! カカカカカッ!!】」

「⋯⋯⋯⋯、────お前、だけは⋯⋯!」

 

 魔剣の呪いに髄まで食い潰されようとしている女の顔で、口で、当の魔剣が狂い嗤う。

 サザナ元来の瞳の翡翠色を塗り潰した、紅色の妖しき光。呪いの証。奪い喰らう魔の光。

 その色は、シレン・グレイジュライにとって決して忘れられぬものだった。

 

「魔剣。お前は。お前らの存在だけは、許さない。俺がッ、決して許さない!」

 

 男は吠えた。いつかの怒りを、悲しみを重ねて。

 

『シレン。エスを、頼んだぞ』

 

 忘れたくても忘れられない喪失が、耳の奥で囁いた。

 

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