【書籍化】お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。 作:歌うたい
グリムイータのグリップが、ミシリと軋んだ。これまで内側に抑え込んでいた激情が、栓を抜いたように溢れ出す。
張り詰めた剣幕のシレン。肩がわなわなと震えていた。しかしそれは溢れる怒りによるものだけでなく、消えない傷の痛みを堪えるようでもあった。
「【きひっ】」
「ッッ!」
だが感情に囚われる事は同時に隙を生むことに繋がり、それこそムラマサの狙いだった。獣の如き姿勢でシレンの側面に回り込み、強烈な斬撃を魔剣は放つ。
受けられはしたが完全ではない。無理な防御姿勢では勢いを殺し切れず、シレンの表情が歪んだ。
「【カカカ、怒ったか。腹を立てたのか小童めが!】」
「ムラマサ!」
「【感情。実に下らんな。そんなものに容易に囚われ、振り回されるからこそ貴様ら人間は脆いのだ。そうらっ!】」
「づッ⋯⋯!」
激情も感傷も、死合においては不純物だと魔剣は嗤う。放たれる凶撃にシレンも剣を合わせるが、拮抗は生まれず押し負けた。
拍子に斬りつけられ、鎧越しに襲い来る痛み。食いしばったシレンの奥歯が、鈍く軋んだ。
「【どうしたどうしたァ! 先と比べて踏ん張りが効かなくなっているぞ!】」
「チィッ!(くそっ、押されてる。アンブロシアが時間経過で抜けていってるせいかっ)」
「【やはりこのムラマサの見立て通りか。あの果実で施す強化は長続きはしない! 愚かなクロミナヅキも少しは役に立つではないか。彼奴らの下らぬ末路を聞かせてやったことで、このムラマサに機運を持ち込む一手に成るとはな】」
「こいつ、どこまでも⋯⋯!」
哄笑を響かせるムラマサの憶測を、シレンは否定出来なかった。
アンブロシアは簡単に使用者へ力を齎してくれるレアアイテム。だが奇跡は長続きなどしてくれないように、効果が持続する時間も短い。
対峙するムラマサも、そう見抜いていたのだろう。ムラマサが呪いにまつわる真相を長々と語った理由は、時間稼ぎでもあったのだ。
敵を相手に手を止めたその若さが命取りとなったのだと、殊更に怒りを誘う老獪なムラマサ。しかしその猛攻に、シレンは着実に追い詰められていた。
「【愚かなり。所詮は付け焼き刃の浅知恵で、貴様如き人間が⋯⋯このムラマサに及ぶとでも思ったかァ!】」
「っ!!!」
趨勢を決してやるといわんばかりに放たれた刃は、ムラマサの全霊だった。黒い稲妻にも似た縦面割りが、神速でもってシレンに落とされる。
「ぐ、かは⋯⋯」
電光石火の必殺剣。グリムイータで迎えるも、その威力は痛烈の一言に尽きた。
片膝をつくシレンの足元は衝撃だけで陥没し、余波が走った鎧は所々が弾け散る程の威力。身体へのダメージも大きく、シレンの口端からは鮮血が伝い落ちていく。
「【カカカ、そうだ。そうして膝をつく無様こそ貴様ら人間に相応しい。道理にして真理よ】」
「ぎ、あ⋯⋯!」
ギチギチと刀と巨剣が軋み合う音を立てる中、嬲る様な嘲りを浮かべるムラマサ。
鍔迫り合いと呼ぶには傾きは一方的であり、もはや勝利は手中に有り。押し返すどころか堪えるだけしか出来ない姿を、それこそが人間のあるべき姿だと魔剣は揶揄する。
「【貴様ら人間という種はいつの世も勘違いを起こす。意志も持てぬ鈍らに振り慣れたせいかな。このムラマサが、魔なる剣が、貴様らごときの手に余る存在であるはずがないというのに】」
「な、に?」
「【全くもって滑稽よ。このムラマサは、人に使われる鈍らなどではない。逆だとも。貴様ら人間こそがこのムラマサに使われる為の消耗品であり、肉を斬り血を啜る為の家畜に過ぎぬ】」
「⋯⋯か、ちく」
ムラマサは気分が良かった。
長い時、封じ込められた鬱憤を今まさに晴らしてやれている現状。封の中で企んだ奸智が見事に嵌まり、憎き器を我が身とし、愚かな者に力を示せているこの光景。
痛快だった。魔剣が見下ろし、人が見上げる。この現状こそが真理の縮図だと、魔剣は優越の美酒に酔い痴れている。
「【痛みと共に理解せよ! 愚かなクロミナヅキ共も、今まさに地を這う貴様も、我らの魔の剣への贄であるのだと!】」
「────」
だから魔剣は気付かなかった。
片膝をついた男の纏う空気が、変貌していくことを。
自らが嗤った
「⋯⋯ふざけるな」
どこまでも冷えた呟きだった。
さながら赤く燃え盛る火炎から、幽玄に揺らめく青き火へ。どちらがより肌を焼く熱なのかは、無知ならば分からぬ理だろう。
だがそうしていざ触れたとしたのなら、その時にはもう後悔は残らない。
「ふざけるな。犠牲になった人達が────"アイツ"がッ。餌だと。贄だと。家畜だと? ふざけるなよ
魔剣ムラマサは、シレン・グレイジュライの逆鱗に触れた。
全てを燃やし尽くしてしまう程の青炎を、魔剣は呼び醒ましてしまったのだ。
「──俺は、お前の全てを否定する」
◆
小さな手から滑り落ちて、箒がカランと地に転がった。
「せん、せい?」
あの時と同じように、ムラマサの凶刃がシレンを貫かんとしている。
喪失の予感に、強い焦燥に駆られたアヴィにとって、もはや決闘の流儀など知ったことではない。
今すぐにせんせいを助けに行く。そう決意し、ティンクルを取り出したアヴィを止めたのは、他ならぬアヴィ自身の感覚だった。
「アヴィちゃん、大丈夫ですか?!」
「わ、わかんない。でもなんだか⋯⋯寒気が、して」
アヴィの肩は小刻みに震えていた。彼女自身にさえ、なにがなんだか分からないでいるのだろう。
困惑の中に居るアヴィを落ち着かせようと、エスカリエが彼女をそっと抱き締める。しかし、アヴィの視線は決闘の場から微動だにすることはなかった。
──あそこで、なにかが起きようとしている。
漠然とした予感だけが、アヴィの内側で響き回っていた。
◆
「【否定するだと? 無力な人間が、このムラマサを。カカカカカッ! この期に及んでまだ囀るか、笑わせる!】」
シレンの宣言に対し、魔剣はせせら笑う。だがその心に湧き出るものは苛立ちであった。
否定してやろうなどと。この男がまだ口を動かせるのは、己の慈悲に過ぎないというのに。
なんという無知蒙昧。現実逃避ここに極まる。
「【いくら貴様が喚こうと真理は変えられぬのだ! それを捻じ曲げ、長くも封じた代償は払わせてやらねばならんのだ。貴様なぞ手始めよ。あの丘の小娘共も、あの街に巣食う人間どもも! 存分に斬り刻んでくれようぞ!】」
故に、ムラマサは改めてこの愚かな人に真理を刻みつけてやらねばなるまいと決意した。
この男を断ち、その絆を断ち、居住に群がる贄どもの一切合切さえ斬り捨ててやろう。死を与えた上で、それ以上の屈辱の山を重ねてやろうと。
「やらせるものかよ、絶対に」
「【ならば妄言に溺れ死ねい!】」
夥しいほどの悪意をもって、ムラマサは己が化身たる刀に全力を込めた。
彼の者の持つ不出来な巨塊ごと、この愚者の全てを叩き潰さんとしたのだ。
「【⋯⋯、⋯⋯っ。なぜ、押し、切れんのだ⋯⋯!】」
「ッッ⋯⋯!」
だが、有り得ぬことが起きていた。
もはや速さどころか贅力までも、ムラマサの方が上回った──いや、元々の優位に戻った。彼我には絶対的な程に力の差があったはず。
ならば奇跡がとうに枯れ落ちた今、シレンがムラマサの全力に抗えるはずもないのに。
ムラマサはシレンを押し潰せない。己が全霊を前に、目の前の男は驚異的な抵抗を見せていた。
「が、あ、あァァァっ!!」
「【!?】」
否。それどころか、天秤の傾きは水平にまで戻ろうとしていた。
ついていた片膝を立ち上がらせ、気炎を吐くシレンの贅力に、ムラマサは押し返されはじめていたのだ。
「【ば、馬鹿な。火事場にしても⋯⋯くうっ。き、貴様ァ! 一体なにをしたァ!】」
「知るかァァ!!」
「【ぐ、ぉ、おおォォ⋯⋯!?】」
有り得ない。何かが起きている。幾百を生ける魔剣の眼にも捉えられない変数が、先程までの力関係を崩している。
だがその原因が分からない。圧力を増す正面のシレンに、いっそうムラマサの思考が不理解に覆われていく。
しかしその最中。ムラマサは、己が内側で起きた変化に気が付いた。
「【こ、この内側の違和感は⋯⋯まさかっ】」
《シレン殿⋯⋯!》
「⋯⋯サザナ?」
世界の焦点がぐるりと入れ替わる。
同時にシレンへと届いたのは、魔剣に意識を渡していたはずのサザナの声。紛れもなく、リードマインの発動によるものだった。
《シレン殿、聞こえているのですか。身共です、サザナであります!》
「サザナ。お前、意識が戻ったのか」
《はい!》
「【間違いない。器が、ムラマサの支配から醒めようとしている? だが、馬鹿な。以前の時とは違い、ムラマサはそんな事許しておらぬ! 何故。何故だ⋯⋯!】」
ムラマサの支配により奥底に沈まされていたはずのサザナの意志が、リードマインで読み取れる程に浮上している。
本来ならば魔剣の加減によっては起き得ぬ事なのだろう。ムラマサの反応を見れば、それは顕著だった。
だが、異変はソレだけに留まらなかった。
「【ぬ、う。な、なんだこの不愉快な感覚。力が、漏れていくだと⋯⋯!?】」
サザナの意識が覚醒すると同時に、己の力が徐々に鈍く、弱まっていく感覚がムラマサにはあった。
ムラマサの力が弱まれば必然、シレンの力に抗する事も出来なくなっていく。先程までの立場をそっくり入れ替えた様にムラマサは膝をつきながら、狼狽を喚き散らした。
「【どういうことなのだ。よもや内に囚えた器が、我が力を制そうと意志を叩き付けているのか?! ふ、ふざけるな。出来るはずがない。器の心は未だ未完。この瞬間に、我が狂気を制するに到ったなど──"決して有り得ぬ"!!】
まさか、この盤面でサザナが明鏡止水に至ったとでもいうのか。脆く未熟な心が至境へと達し、魔剣の支配に抗い始めたのか。
そんなはずはないと、ムラマサは断じる。そんなふざけた奇跡など起こり得る余地も、予兆もなかったと。
しかしムラマサの叫びに反して、魔剣の力の衰退は止まらない。それこそが今、起きている"真理"だった。
《理屈は身共にも、分かりません。ですが、出来るのです! 今ならば、ムラマサの力を抑える事が出来る⋯⋯!》
「サザナ!」
「【や、めろ。やめろォォ!! 贄たる器如きが、このムラマサに牙を向くつもりかァァ!】」
《⋯⋯シレン殿。お願いです。どうか、この呪いに終止符を!》
「⋯⋯、──ああ。お前の意志は、分かった」
伝わる願いに、シレンは唇を引き結び、頷いた。
サザナの祈り。サザナの意志。シレン自身の感情に加えて、サザナ・クロミナヅキの想いも双肩に載せる。
長く続いた呪いそのものに、引導を渡す時が来たのだ。
「【有り得ぬ。有り得ぬゥ! このムラマサが、贄に、家畜にィ! 人間如きに敗れるはずがない! そんな
「どうでもいい。確かなのは、お前の吐き捨てた高尚な真理とやらは今、否定されるんだ。他でもない、お前自身の敗北によって」
どこまでを人を嘲り、人を呪い、人を弄び続けた魔なる剣の叫びを、シレンは知ったことかと断じた。
彼は言った。全てを否定すると。ならば無様な泣き言に、付き合ってやる義理もない。
ただ静かに揺らめく青き火の如き眼差し。凍えるような冷たさと、地獄の業火でさえ生温い灼熱でもって、許し難き
お前の負けだと。
「恨むんなら、お前の不運を⋯⋯いいや。サザナの幸運を恨みやがれ、
「【キサマァァァァァ!!!】」
「グリムイータ、モードチェイン再起動──この忌まわしい呪いを、喰い殺せ!」
シレンは再びグリップを捻った。
鳴り響くは駆動音。静止していた鋸歯状の刃が再び起動し、ムラマサの刀と密接したまま回転する。
すると、どうなるか。
【が、あ、あ、ァ、ァ⋯⋯から、だが。このムラマサの、身体が! 馬鹿、な。馬鹿な、馬鹿な。馬鹿なァァァァァ!!!】
ガリガリ、ガリガリと削れる音が響き渡る。
刀はムラマサの本体。グリムイータの無数の牙が、その黒い刀身を食い破る。
人智を越えし至上の剣。それこそが己と呼ぶ魔剣の矜持すら、ただの土塊のように打ち砕いた。
「【ぐあああああァァァァァ!!!!】」
残虐なる暴に刀は折れ、粉々に砕かれ、黒い塵となって宙を舞う。
かつて、多くの人を狂わせ、斬り、血を啜り、悪鬼の限りをつくした災禍の化身、魔剣ムラマサ。
しかしその辿る末路は、人の作りし大剣に微塵の容赦もなく喰い荒らされるものだった。
『シレン。エスを、頼んだぞ』
「────」
壮絶な死闘に幕が降りる。
役目を終え、グリムイータは無音に眠る。
静寂の中、さっと風が吹いた。
まるで慰めるように風を肩を撫でられて、シレンはただ静かに、誰かの名を呼んだのだった。