【書籍化】お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。 作:歌うたい
「せんせい!」
「シレン!」
決闘に幕が降りると同時に、空飛ぶ箒に跨った二人がシレン達の元に駆け付けた。
「勝ったんだね、せんせい」
「⋯⋯ああ。けど、な⋯⋯」
アヴィの言葉に、シレンは頷く。
身体中が傷だらけの満身創痍ではあるが、確かに勝った。凄絶な死闘をなんとか制し、勝利をその手に収められた。だがその横顔に喜色は浮かず、シレンはじっと傍らにいるサザナを見つめていた。
「⋯⋯」
無数に砕かれた黒い破片が散らばる中に、彼女は座り込んだままだった。
意識はある。目も開いている。けれどサザナの虚ろめいた瞳は、呪いの残骸から動かない。
「サザナ」
「終わったのですね、これで」
「⋯⋯ああ」
物語ならば、勧善懲悪は果たされた。忌まわしき魔剣は打ち倒され、呪われていた少女は晴れて自由の身になった。めでたしめでたしで結ばれるのだろう。
けれど。
「シレン殿には、感謝をしなくてはなりません。迷惑をおかけした上に、身共を、クロミナヅキの呪いを解いていただいたのです。なにか御礼を、しなくては」
「⋯⋯」
紡ぐ音の一つ一つが重かった。沈めればもう浮き上がってこないほどに。
どこか儀礼的に言葉を並べながら、サザナは散らばる黒い破片を、ゆっくりと掻き集めている。
「⋯⋯ですが。ですが、どう、しましょうか。シレン殿。申し訳ありません。返せるものが⋯⋯身共には、ない。身共には、もう、なにも──」
分かっていた事だ。魔剣は自らを貶めた凶呪の源泉でありながらも、敬愛する父親との結び付きの証だった。
ムラマサの口から語られた真実を、彼女は知らない。
だが、たとえ真実を知ったとしても、サザナはイサヒへの親愛を薄れはしないだろう。
だが分かっていた上で、サザナはその引導をシレンに託した。
確かな自身の意思で、ムラマサを抑えた。父との絆であるのにと訴える心の悲鳴に蓋をして。
──サザナ・クロミナヅキはもう一度、父イサヒを斬ったようなものなのだ。
「⋯⋯」
破片が皮膚を傷つけるのも厭わず、サザナは掻き集めたものを両手で掬って、じっと見つめていた。
こんなにも近くにあるのに、眼差しは水面に映る月を見るように遠い。
縛るものはもうなにもない。魔剣の呪いも、家族との繋がりからも解き放たれた。今の彼女はどこまでも自由だった。
ふと見上げれば、高く広く果てしない空。たまらなくなって、サザナは視線を戻した。広過ぎる空に怯えたように、その肩が震える。
「!」
だがその時だった。ムラマサの破片が、ぼうっと光へと変化し始めていた。
「え。魔剣の残骸が、光って⋯⋯消えちゃうの?」
「魔剣は、名の通り剣ですから。その形を保てなくなった以上、存在を維持出来る力も残っていないのでしょう」
アヴィの問いに答えたのはエスカリエだった。
魔剣は存在としての定義を失った。それはつまり、生物における死と同じ。死を遂げ、形を失ったのなら、あとは還っていくだけなのだろう。
「でも、不思議だね。魔剣ってあんなに恐ろしいものなのに。この光。綺麗で、なんだかあったかい。そう感じちゃうアヴィは、おかしいのかな?」
「⋯⋯いいえ。これはきっと⋯⋯」
恐るべきもの。悍ましきもの。魔剣という実体を身をもって知ったからこそ、その散り際に暖かさを感じる自分に、不安を抱いたのかもしれない。
けれど、きっとそれは不安を覚えなくてもいいことだと。図書館の若き魔女は一度唇を引き結び、やがてゆっくりと見解を示した。
「魔剣は古くから存在し続けている呪具です。強大な力を与える代わりに、持ち手を呪い支配して、悲劇を何度も招いた歴史がある。それほどに恐ろしい代物なんです。けれど危険と分かっても、強大な力が魅力に映ってしまう人も居る。絶やそうにも、人の心の闇がそうさせなかった」
「⋯⋯うん」
「でも、魔剣を利用しようとする人々もいれば、魔剣の悲劇を防がんとする人々も居たんです。魔剣を壊す、或いは制する。たとえ自分の心を犠牲にしてでも。きっとサザナさんの修める四雅流は、そういう封魔の一族だったんじゃないかと、私は思います」
「心を犠牲に⋯⋯じゃあ、この光って⋯⋯」
「これまで四雅流の方達が、魔剣を制する為に削ってきた魂の一部⋯⋯なのかもしれませんね」
「──!」
古き本を閉じるように、エスカリエが語り終わる。
残っていた魔力も尽きたのか、散らばった破片達がゆるやかに淡い光へと変わっていく。
「⋯⋯ぁ」
サザナが伸ばした掌を、するりと抜けて舞い上がる。
空へと還っていく光達。まるで季節外れの雪のよう。
その中の一つに、サザナは懐かしさを覚えた。
伸ばした指先に触れて、仄かに熱を伝える小さな光。
『⋯⋯すまなかったな』
「!」
心に届いた聞き覚えのある声に、サザナは目を見開いた。低く、少し老いた男のもの。何度も聞いた父の声。
『私は、私の道を生きた。お前も、お前の思う道を生きなさい』
「父上⋯⋯」
遺せたのはほんの僅かだった。
雪よりも儚い、ひとひらの言の葉。
けれどそれは確かな熱を持って、溶けてじわりと広がった。
あどけない娘を撫で付ける、不器用な掌によく似た温かさがあった。
「⋯⋯ちち、うえ⋯⋯あ、あぁ⋯⋯」
最後の光が、空へと昇る。
とどかない彼方へと、還っていく。
「う、ああ⋯⋯ああぁぁぁあっ⋯⋯」
道標を失い、帰る場所をなくした迷い子の瞳は、途方もない空へ手を伸ばした。
光が蒼穹に溶けるまで。
ずっと、ずっと、手を伸ばし続けるのだった。
◆
「来週の末日」
「⋯⋯え?」
光が去って、どれくらいの時間が経ったのか。
座り込んだまま立ち上がらないサザナへと、おもむろにシレンはそう言い放った。
「忘れた訳じゃないだろう? 次の冒険者登録試験が行われる日だよ」
「あ⋯⋯い、え。忘れた訳では。しかし⋯⋯身共には、冒険者になる理由も、目的も⋯⋯」
冒険者登録試験。当初の彼女の目的である、稼ぎを得る為の手段の第一歩。
けれどとサザナは目を伏せる。そもそもそれは、母がサザナを遠ざける為の方便だったのだ。そこに気付いた今、理由も目的も見失ったようなものだった。
「人間ってのは面倒だよな。雁字搦めは誰だってごめんだって思うのに、身軽になった途端、自由が不安でしょうがなくなる」
「⋯⋯シレン殿?」
「今のお前もそうなんだろ。抱えたものが全部なくなって、これからどうすればいいかも分からない。いっそどうもしたくないってくらいに、自由を怖がってる」
「⋯⋯!」
シレンは、より深くへと突き付けた。
家族。繋がり。立場。目的。多くのものを失って、自分自身さえ見失っている。
閉じ籠もる殻さえなくなって、ただ漠然と広がる空に怯えているのだろう。
「でも、忘れるな。お前は"生きている"。生きている限り、失いもすればまた集められもするんだよ。全部が終わったような顔をするには、まだ全然早いと思うがな」
「⋯⋯、⋯⋯」
それでも座り込んだままのサザナに、シレンは手を伸ばさなかった。
優しさはあれど甘くはない。ただひっそりと浮かぶ月みたく、シレンはサザナの傍らに立つだけだった。
「ま、強制はしない。お前が選んで、お前が決めることだ。じっくり考えてみるのも良いだろう」
「⋯⋯身共が、決める⋯⋯」
「ああ。といっても、人間なんて結構単純でな。がむしゃらに何かをしてる内に、案外道ってのは勝手に拓ける事もある──"俺は"、少なくともそうだったから」
「シレン殿⋯⋯」
二度目の人生、だなんて途方もない自由を突然に与えられた男は、そう苦笑した。
まっさらな自由の中に、ちょっとした目印を置く。きっとそのくらいが、彼にとっての塩梅だったのだろう。
七月に吹く風のような身軽さで、助言はするりとサザナの心を吹き抜けていった。
「ああそれと、ついでに一つ伝言を頼まれていてな。あーっと⋯⋯『今日は早めに店を閉めてから、さっさと帰ってくるっすよ』だと。人見知りが随分世話焼きになったもんだな」
「っ。ポンコ殿が⋯⋯」
「ああ。だからサザナ。もうなにも、なんて言わない方が良い。あのポンポコ狸、割と根に持つタイプだからな」
「⋯⋯、⋯⋯そう⋯⋯ですね。それは⋯⋯困ります」
この街に来て、なにもかもを失った訳じゃない。
いつのまにか手に集まっていたものがあったのだと、やっと気付けた微笑みはまだか細い。
だがそれで充分だったのだろう。
薄く笑みを忍ばせるや、シレンは「またな」と一言置いて、街の方へと踵を返した。背は草臥れたように丸まっていて、もう振り返ることはないと察せられるものだった。
「え、ちょっと⋯⋯シレン!」
去っていくシレンの背。どうしようとばかりにエスカリエはサザナを見る。貴方は傍に居てあげた方が、と優しく甘い彼女は思ってしまうのだろう。
急に落ち着きを無くしたエスカリエに、苦笑がちに助け舟を出したのはアヴィだった。
「⋯⋯追っかけていいよ、エスおねえちゃん。せんせい、なんか格好つけてるけどボロボロみたいだしさ」
「え? ですけど⋯⋯」
「大丈夫。こっちはアヴィに任せて⋯⋯ね?」
「⋯⋯え、ええ。分かりました。じゃあ、お願いしますねアヴィちゃん」
「はいはーい」
そこに小さくない羨望を滲ませながらも、アヴィは猫のように伸びをした。
「⋯⋯」
強がっていたのはアヴィも同様だった。
恩師の身に起きた惨劇の時から今この時までずっと、アヴィの心は張り詰めていた。今度こそせんせいを失うんじゃないかと、気が気じゃなかったのだ。
だからこそ今、アヴィの心は大きな安堵に包まれていた。少なくとも彼女にとっては、めでたしめでたしで結べた落着だった。
(ま、気になる事は出来ちゃったけど⋯⋯)
しかしである。決闘の中でのある一幕は、アヴィの心に引っ掛かりを残してもいた。
シレンが追い詰められ、アヴィが駆け付けようとした時に感じた空気の変貌。そして瞬く間に形勢はシレンに傾き、魔剣を砕くに至った逆転劇。
あの瞬間、何が起きたのだ。
シレンが並外れた底力がムラマサを超えたのかもしれない。覚醒したサザナが支配を打ち破ったのかもしれない。
だが、もしかしたら──それ以外の何かしらの力が、あの瞬間に働いたんじゃないか。
そんな根拠も材料もない推測を、アヴィの感覚が強く訴えていた。
(⋯⋯ま、いいか。もしかしたらアヴィの勘違いかもしれないしさ。一旦それは置いといて、とぉ⋯⋯)
とはいえ推測は推測。今、こうして座り込んだままのサザナへそれを問うのは、この落着に水を差す事と同じだろう。
だから疑念は一度奥にしまい込んで、アヴィは水を差す代わりに、指をさすことにした。
サザナの頬に。
「えいや」
「はえ?」
「わ。サザナちゃんのほっぺやーらかい。ちょっと」
「あ、あの、アヴィ殿。何故、身共の頬をつんつんと突いて⋯⋯」
唐突なアヴィの悪戯に、サザナは戸惑うばかりである。きっとシレンから貰った言葉を彼女なりに噛み締めているんだろう。
そこにほんのりとした嫉妬心を抱きつつも、アヴィはあえてこの場に残った目的を達するべく、サザナへと小首を傾げてみせた。
「んふふー⋯⋯ねえサザナちゃん。明日さ。アヴィとちょっとお話しない?」
少しもったいぶった言い回しと、悪戯めいた微笑みを添えて。