【書籍化】お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。 作:歌うたい
嵐が過ぎ去った後ほど、空の青さは際立つものだろうに。魔剣との死闘から早三日。これでまた平穏な日々に戻れるなと肩の力を抜いていたシレンは、現在ポンコ宅にて絶賛困惑の真っ只中であった。
「身共は施しは受ける主義ですが、受けたご恩には報いたくあります」
「ああ。そりゃ結構なことだがな⋯⋯」
「これは再会の折にいただいたご恩のお返しです。どうぞご遠慮なく。お納めください」
「いや遠慮とかじゃなく⋯⋯何個あるんだこれ⋯⋯」
原因は言わずもがな、三つ指をついたトラブルメーカー・サザナである。
彼女とシレンの間に挟んだ丸机には、二番街の甘肉饅頭が山の様に積まれていた。
サザナの言うご恩とは、ポンコの店で再会した際に同じ饅頭を恵んだ件である。施しに報いたがる誠意は結構だが、オーバーな量で返してしまう辺りがいかにもサザナらしい。
嵐は過ぎ去ったが、台風の目は未だ健在だった。
「というか、よくもまあこんなに買ったもんだな。結構高かったろうに。ポンコのやつ、結構羽振り良いのか」
「はえ? これは身共が身銭を切って購入させていただいたものでありますが」
「自腹かよ。お前金に困っていたはずだろ。そんな余裕が本当にあるのか?」
「あは、お恥ずかしい。ですが今は多少なりとも解決しました。というのも先日、ふとした折にクローム殿と再会致しまして⋯⋯」
「クロームと?」
不意に出て来た名前に、シレンは訝しんだ。
シレンからすればサザナ以上のトラブルメーカーであり、サザナとの縁が生まれた発端である。そんな彼との再会が、サザナの資金難を解決に導いたとはどういうことなのか。
「はい。ばったりと。身共も驚きましたか、その際に以前いただいたドレスを売却してもいいかとお尋ねしたところ、元よりそのつもりで身共に譲ったらしく。構わないと了承をいただきました」
「ああ、そうだったのか。で、売却したと?」
「あ、いえいえ。実はクローム殿から、先の件では不義理だったと詫びられまして。当初の成功報酬をそのままいただきました。ただその際に、隣にいらっしゃられたメイドの方に脅えていたようなのですが⋯⋯」
「メイド⋯⋯ああ、あいつか」
サザナの説明に合点がいったのか、シレンは目を細めて頷いた。
「顔見知りの方ですか?」
「ああ。クロームの専属メイドなだけあって、いっつもセットで居たようなもんだからな。そういえば最近見かけなかったが⋯⋯」
「なるほど。ですが、従者の方ならばあれほど脅える必要はないのでは?」
「教育係だからな。多分、雇ったお前への対応について相当絞られたんだろ。勝手にお前の服を捨てた上にクビにした訳だし、そこら辺を気にする貴族なら、悪い評判が立たないようにしろって話だろうさ」
「ああ、確かにそのように仰られておりました。やはり貴族というのは大変なのですね」
「⋯⋯あのメイドの倒錯した性格上、教育の為だけじゃないんだろうがな」
「はえ?」
あのクロームに反省させ、償いを促すだけのメイドである。相当な傑物であるのは間違いないが、そうすんなり腑に落とすには、含みざるを得ない何かがあるのだろう。
なんでもないと濁したシレンの目は、妙に遠かった。
「まあともかく、いただいた成功報酬だけでも相当だったので、幸いながらドレスは手元に残せました」
「あれまだあるのかよ」
「ええ。シレン殿と鎬を削った思い出の衣服でもありますし。本当なら今日着てこの場に臨もうとしたのですが、残念ながらポンコ殿に止められました」
「英断だよ。良識のある家主に感謝しとこうな」
「ハリセンは痛かったであります」
「物理的にかよ。同居数日で、アイツにそこまでさせたお前の天然度合いに戦慄するべきか⋯⋯」
元鞘に収まるとは少し違うが、ポンコはまだしばらくサザナを居候させる事に決めたらしい。
一人でのんびりするのも好きだが、誰かが一緒に居る生活も意外と悪くないからと、そう照れ臭そうにはにかむポンコ。決闘前日にあったささやかな一幕を、頭の中で静かに思い出す。
人見知りと天然娘の同居生活。まだ指折りで数える日々の中でも、それなりの珍騒動が巻き起こっているのだろう。
案外上手くやれてるじゃないかと、シレンが目尻を和らげた時だった。
「シレン殿」
「ん?」
気付けば、サザナは居住まいを凛と正していた。遮るもののない美貌に、僅かな緊張の色を浮かばせながら。
「あれから⋯⋯色々と考えてみたのです。今までとこれから。為すべきことが身共には残っているのかと。為したいことが、身共にはあるのかと」
「見つかったのか?」
「ええ」
頷いて返すサザナに、魔剣を砕いた後のような儚さはない。真っ直ぐにシレンの顔を、決意の灯った双眸で見つめていた。
「身共の修める四雅流剣術とは元々、魔剣ムラマサの支配に抗い、制する為に興った流派だったのでしょう。その為に小さな世界に閉じ籠もり、被害を最小限に務めようとした。自己犠牲による封魔。きっとそれを美徳と謳う人も居るかもしれません。ですが⋯⋯それではまた、身共が起こした様な悲劇を招くと思うのです」
「⋯⋯なら、もう終わらせるべきだと?」
「いいえ」
そうとする選択もあったし、そうしかねないほどの疵もある。けれど彼女は、歩んできた今までに幕を下ろす事はしなかった。
「身共は、四雅流を生まれ変わらせたい。己を魔を封じる鞘とするのではなく、己が想いで、他を護る剣であれるような流派にしたい。それこそが父上に託された跡を身共の"為すべきこと"であり⋯⋯その為には、もっと多くを見て、触れて、知っていくべきなのだと思うのです」
「⋯⋯そうか。"冒険"ってやつだな」
「ええ、まさしく。故に身共は、今週末の冒険者登録試験に臨むつもりであります」
強い奴だなと、シレンは苦笑を忍ばせた。
痛みを逸らす為でも、不安から逃れる為でもない。
しっかりと考え、見つめ直して、道を選んだのだ。
儚く揺れながらも、強く咲き誇る花のように。
そして、その双眸が放つ光はまだ強い。この決意報告が本題かと思えば、どうやらまだ続きがあるらしい。
「シレン殿。お願いしたき事があります」
「⋯⋯言ってみろ」
「貴方の背を見て、学ぶことをお許しくださいますか? こうしたい。こう進みたい。そう考えるきっかけを下さった貴方から、身共は学びたい」
「⋯⋯」
つまりは、弟子入り志願ということだろう。
これからの四雅流の命題たる、他を護る剣。四雅流家元のサザナ・クロミナヅキは、シレンにそれを見出したのだ。
「生憎、俺の心はこれっぽっちも強くなんてない。学べるものなんて、なに一つないかもしれないが?」
「!⋯⋯ふふ。いいえ、構いません。ただ宙を駆る鳥に学び、揺れる花の有り様に技を見る心こそ剣術の真髄。その術を存分に使って、身共は貴方から学ぶであります」
「⋯⋯わざわざ教えてくれなくっても良いって事か。そいつは楽でいいな、まったく⋯⋯」
買い被りなんだと惚けてみるも、そんな事はないですと否定するどころか、さらりと受け流される始末。
まったくもって立つ瀬がない。おまけに、真摯な眼差しは簡単に諦めてくれるつもりもなさそうだった。
どうやら三日会わざれば刮目して見よとは、男子に限った話ではなかったらしい。
「好きにしろ」
「!」
口振りの割には、観念したようにシレンは頷いて。
「ありがとうございます────お師様」
美貌の剣士の唇は、月よりも美しい孤を描いたのだった。