お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。 作:歌うたい
ストライプのネクタイ。グレーのスーツベスト。上から羽織った黒ローブ。ともすれば魔法学校の教師といった格好だったが、これがシレンの正装である。
馬子にも衣装。どうもパッとしない風貌のシレンでも、ちゃんとした格好ならば空気が締まるものである。つまり、準備は万端ということだ。
「さて、それじゃ出勤と行くか」
シレンの呟きに、答える声はない。
当然である。エスカリエは既に職場へと出ており、シレンはそれを見送った側だ。昨日はたまたまエスカリエの方が出勤が遅かった。それだけの理由なのだが、少し寂しさを覚えるシレンだった。
そうして向かったのは家の外、ではなく。エスカリエ宅内の、とある小部屋だった。小部屋の中には数々の本やフラスコなどの実験器具、そして中央には一冊の本が開かれたまま鎮座していた。
「⋯⋯よし」
小さく意気込みを呟き、シレンが胸ポケットから取り出したのはライム色の
「ありがたく使わせてもらうぞ、エスカリエ。【ブックマーク】⋯⋯【ブルーメイ邸】へ」
やがてある言葉を唱えたと同時にシレンの姿は光となり、そして小部屋から消失し──次にシレンが現れたのは、ブルーメイの屋敷にある一室だった。
「あ、きたきた。ふーん、ほんとに一瞬で来られるんだぁ。結構凄いじゃん」
「おはよう。凄いは凄いが、俺の【
急に現れたシレンの姿に、感嘆の声をあげたのはアヴィだった。
本と本との間を一瞬で行き来するエスカリエの【ブックマーク】の力。昨日説明した時から興味があったのだろう。
だからこうして、飛び先である本を安置した部屋で待ち構えていたのだ。
「噂の図書館の若き魔女さんのだっけ? うーん、そんな有名人さんと冴えないせんせいがお知り合いだなんてねえ。どういう関係だろ? まさか恋人とかだったり?」
「要らない詮索は無しな。さあ、授業を始めるとしようか」
「ちぇっ、ケチー」
好奇心はブックマークの方だけで我慢しろ。
そう言外に含みながら授業を始めるシレンに、アヴィは口を尖らせつつも微笑んだ。
◆
「『四つの旅路。原初の赤。属するのは火の蜥蜴』」
(アヴィ・ブルーメイ。性別は女性、十六歳。身長は大体百四十台の半ばほど。好物はスコーンと紅茶。趣味は風呂と読書とショッピング)
淡々と並べる詠唱に、常の嘲る色はない。
屋敷からほんの少しだけ離れた空き地に、彼ら二人の姿はあった。
桃色髪を風に揺らして、泰然と詠いあげるアヴィの横顔。シレンはじっと見つめながら、アムロンから参考にと教えて貰ったプロフィールを思い浮かべる。
「『赤い蜥蜴は火を吐いた。黎明の終わりを告げる、小さく大きな灯火を』」
(本人いわく運動は苦手。外出は好き。人混みが嫌い。愛読書は『エーデルワイスの妖精』)
赤く光る魔法陣が浮かび上がると同時に、周囲が熱気に包まれ始める。炎属性魔法の特性であり、発動への予兆であった。
「【
(王立魔法学院に在籍こそしているが、現在は休学中⋯⋯か)
なかでも一番気を引いた箇所を浮かべると同時に、空へと掲げたアヴィの掌から紋章が現れ、そして火炎が放射された。まさに魔法名の通りな灼熱は、青い空へと伸びて吸い込まれる。
一連を見届けて、シレンは良しと頷いた。
「⋯⋯うん。しっかりと発現されてるな。詠唱文の解釈も魔法陣の構築も問題ない」
「大袈裟だなぁ。『
「そんなところだ。優秀な教え子で何よりだよ」
「⋯⋯ふーん」
だからアヴィの言う大袈裟という表現も分かるのだが、シレンはあえて涼しい顔で流した。
「嘘は良くないなぁ。どうせアムロンから学院の成績も聞いてるんでしょ? アヴィちゃん、学院じゃ落ちこぼれって言われてるんだけどなぁ」
「⋯⋯それは、学院の先生方の見る目がなかったのさ」
「あはっ。なーんの実績もないひよっこ家庭教師が、魔法学院の先生相手にそんなこと言えるんだ。身の程知らず、ここに極まれりって感じぃ?」
「⋯⋯ま、まあ少し言葉が強かったかもな? でも通い始めは成績優秀だったんだろう? 今は調子が悪いだけだ。これからがんばれば良い」
「今更焦って取り繕っちゃうなんて、せんせい器ちっさーい。小心者のざこせんせいに励まされたって、なんにも心に響かないよー?」
休学直前のアヴィ・ブルーメイは成績不振だった。しかし学院入学当初はかなり優秀な成績を誇り、学院のホープであったという話を、シレンはアムロンから伝え聞いていた。
つまり『何か』が理由で、アヴィの成績が落ちた。ならばその何かを解決する事が、シレンの役目であり仕事だろう。
しかしである。いざ目の前でアヴィの魔法を見せてもらって、強烈な違和感が湧いたのだ。
確かにアヴィが使った魔法は炎精魔法の初歩の初歩。魔法を形成する三元素たる『詠唱文の解釈』、『魔法陣の算出と展開』もクリア。そして『注ぐ魔力』も基準値を満たしていた、のだが。
──魔力の使用量が、ぴったり過ぎる。
シレンが着目したのは、魔法を形成する為の魔力量だった。通常、魔法を形成する為の魔力は理想基準値より多少は上下するものだ。いわばコップのグラスに水を注ぐようなものである。
しかし、シレンがこっそり探知した結果によれば、アヴィは基準値ぴったりだったのだ。一滴も零さず、一滴も欠かさず。そこいらの冒険者では逆立ちしたって出来やしない、抜群の魔力制御だった。
そんな事をしでかしたアヴィが、落ちこぼれと呼ばれ休学中。ここでシレンはとある疑念を抱き、あえて察しの悪い教師を演じたみたのだ。
《⋯⋯うん、やっぱりこの先生、大したことなさそうだね。これなら手を抜いたって見抜かれないだろうし、よかったぁ》
(⋯⋯やっぱり、手を抜いていたか)
結果届いたアヴィの心の声に、シレンは疑念を確信に変えた。
間違いない。アヴィは優れた魔法の才を持っている。だがそれをあえて隠し続けているのだと、シレンは見抜いた。
実に奇妙な話だ。メスガキとは、相手を下に見た言動をする生き物である。生意気な口を叩いてこそメスガキのメスガキたる所以。逆説的に考えれば、メスガキは自らの価値を高く自認しているといってもいい。
いわゆるナルシズムにも近いが、そういう人間は得てして承認欲求も強い。だからあえて実力をセーブするなんてしないはずだし、自分から落ちこぼれだよなんて下げた事は言わない。
(本来の実力をあえて隠す⋯⋯目立ちたくないって性格でもないだろうし、目的が見えないな)
メスガキという性分に合わない実力隠し。受け持つ生徒だけあって秘密の中身が気になるが、まだ会って日も浅い内に踏み込むべきではないだろう。気付いた上で指摘は避けたシレンだったが、頭の中では考察の蝶が、ぐるぐると渦状に飛んでいる。
そんな折に、ふと耳に届くものがあった。
「⋯⋯ん?」
「どうしたの、せんせい。冴えない顔しちゃって」
「そりゃ生まれつきだ⋯⋯じゃなくてだな。なにか、声が聞こえないか?」
「声?」
シレンの言葉に促されて、アヴィもまた耳を澄ませる。
すると今度はアヴィにも分かった。男の怒鳴り声が、屋敷の門の方から聞こえてくるのだ。
「⋯⋯揉めてる?」
「らしいな。ちょっと様子を見て来る。アヴィはここで待っててくれ」
「ええ、やだやだ。置いてけぼりなんて心細いもん」
「⋯⋯その割には目がキラッキラしてるが?」
「わ。せんせいってば急に口説くなんてどうしたの? 時と場くらい選ばなきゃモテないよー?」
「そりゃ悪かったな」
「まあせんせいは選んだってモテないかもねえ。ざんねんでした」
いつなんときも大人をからかう事を忘れない。そんな態度だけは一貫しているアヴィの様に「大人を舐めやがって⋯⋯」とならない辺り、シレンもなかなかに大物なのかも知れない。ある意味では、心に常に余裕を飼っているともいうが。
「だーかーらーぁ! このAランク冒険者のクローム・モーブフォーディが、こちらの令嬢を指導してやると言っているんだ! 分かったらそこを通せ!」
「ですから、当方には既に家庭教師の方をお招きしている次第でして」
「知ってる、ああ知ってるとも。だがそいつよりも俺の方が圧倒的に優れていると断言しよう! 正規指導師の資格だって持ってるぞ! だったら俺が指導した方がそちらの為だろうそうだろう!」
「いえ、そう申されましても⋯⋯」
しかし。
類は友を呼ぶというか、面倒事は連鎖するというか。
ブルーメイ邸の門にて待ち構えているトラブルは、そんなシレンでも頭を抱える案件であった。
「は? クローム。なんで、お前が此処に⋯⋯」
「!⋯⋯現れたな、巨悪シレン・グレイジュライ! ここで会ったが百年目だ! 今日こそは貴様のその間抜け面、悔悟と苦悩に塗れさせてやるぞ!」
ここまでお読みいただきありがとうございます、作者の歌うたいと申します!
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