お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

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第8話『妄信ディナー』

「ミッシェルの名産といえば、質の良い乳製品と甘い星葡萄だ。つまりは濃厚なチーズとワイン、これがセットで楽しめる。ミッシェル出身が自ずと晩酌好きになるのも、自然なことだとは思わないかね?」

「まったくもって。ワインを嗜まれる伯爵の顔を見ていれば一層思いますよ。アルコールがダメな自分にとっては、噛むためのハンカチが必需品になりそうなんで、是非布製品に力を入れていただきたい」

「ははは、ユニークなことを言う」

 

 ワイングラスを傾けながら、アンセムは愉快そうに笑った。くるりと弧を描いた髭は、窓の外で傾く三日月の形とよく似ている。

 シレンはブルーメイ邸の夕食にあずかっていた。誘ったのは他でもないアンセム伯爵である。

 

「一度先生とはじっくり話してみたかったのだよ。どうも指導師は娘と相性の悪い輩が多くてね」

「⋯⋯アヴィは個性的ですからね、対人関係の相性というのは仕方のない事もありますよ」

「個性的か、言い得て妙だ。父の目から見ても跳ねっ返りであるからな。そう受け取ってくれる先生で良かったとも」

「⋯⋯はいはい、個性的で悪うございましたぁ」

 

 アンセムの隣ではアヴィが静かに食事を取っていた。その所作は成程、貴族令嬢だと頷けるくらい上品であったが、あのメスガキ然とした態度は鳴りを潜めている。現にじっとりと抗議の視線を寄越すだけで、メスガキ定型句は飛び出して来ない。

 父親の前では猫を被るタイプなんだろう。居心地悪そうに身動(みしろ)ぐアヴィは微笑ましかった。

 

「ところで先生。娘の教導はどうであろうか。順調ならばそれに越したことはないのだが」

「順調、というか。まだ始まったばかりという事もあります。分かったこともあれば、まだ分からない事もある。恐らくご存知の通り自分は未熟者ですので、無責任な事は言えません。お許しを、伯爵」

「ふむ、正直だな。しかし、急いては事を仕損じるとも言う。慎重に進めたいというならば、それを尊重しよう」 

「ありがとうございます」

「必要なものがあれば遠慮なく申し付けてくれて構わない。可能な限り融通しよう」

「⋯⋯ご配慮に感謝を」

 

 頭を下げながら、シレンは溜め息をつきたい気持ちだった。シレンの言葉は慎重とも取れるが、仕事を請け負った身にしては頼りないものだ。伯爵からの印象を下げかねない応答だった。

 しかし伯爵はそこを突かず、融通まで約束した。シレンからすればそこが怖い。ちゃんとしろと詰められるよりもずっと。口当たりこそ優しく協力的だが、失敗は許さないという言外の圧力を感じざるを得ない。教員職ならではのプレッシャーに、改めてシレンは肝を冷やした。

 

「そうだな。せっかくだ、先生の目から見た娘の印象を教えて貰いたい」

「ちょ、ちょっとお父様、恥ずかしいってば」

「はは、しおらしい事を言うじゃないかアヴィ。しかしこれも父の楽しみなのだ、許しておくれ」

「もぉ⋯⋯」

 

 変な事は言わないでよ、と訴える眼差しだった。

 勿論そんなつもりもないが、借りてきた猫の様に大人しいアヴィの様子は、シレンの肝を暖めてくれたものだ。メスガキに癒されるなどある意味真逆な現象である。その礼代わりではないが、アヴィの印象を語る口は好印象ばかりだった。

 

「そうですね。第一印象はなかなかに強烈でしたが、知っていけば中々に聡く、また気遣いも上手な娘さんですね」

「ほう。気遣いが」

「ええ。伯爵にも話を通してあると存じますが、都から此処までの移動を短縮する術があります。馬車で三時間というのはやはり辛い。故にその術を使わせて欲しいという旨を伝えた所、即断で良しといってくれましてね」

「た、ただ便利そうな【唯一法(オンリー)】だから、見てみたかっただけだもん」

「ははは、そう照れなくても良いではないか、アヴィ。他にもあるかね?」

「それこそ昼間ですね。門前で騒いでいたあの馬鹿は私の知り合いなのですが、そいつに口汚く罵られたところをアヴィに救われました」

「ほほう。それはそれは。娘が正義感に芽生えたようで何よりだよ。それとも、アヴィも先生の事を思った以上に気に入ってる証かな?」

「うう⋯⋯」

 

 親の前で第三者から褒めそやされるのは、いつの時代でも世界が違えど恥ずかしいものなのだろう。恨みがましくシレンをギンと睨むも勢いがなく、可愛らしさが勝つだけであった。

 

「では先生。アヴィの魔法の方は、どうだったであろうか。分かる範囲で結構なのだが」

「まだ炎精魔法を軽く見せて貰っただけではありますが、問題は⋯⋯なかったですね。『詠唱解釈』『魔法陣展開』『魔力制御』の三元素も基準値をしっかり満たしていましたし」

「そうか。そうだろうな」

「私の目から見ても優秀な魔法使いだと思います。はは。そんなもので、アヴィには魔法学院の先生方に問題があるんじゃと、つい軽口を叩いてしまって────」

「何を言っている。そんな事は当たり前であろう?」

《何を言っている。そんな事は当たり前であろう?》

「っ!」

 

 途端。口と心が一言一句重なって、ゾクリと肌が泡立った。

 談笑の場は、水底の様な重苦しさに塗り潰された。その筆を取る手は言わずもがな、目の前のアンセム・ブルーメイ伯爵であった。

 

「アヴィは優秀だとも。天才だとも。そこいらの雑草とは比べものにならぬほどの才能の大輪だとも。勿論分かっているともさ、私はこの娘の親なのだから」

「は、伯爵」

「しかし如何なる花であっても、環境次第では枯れもしよう。アヴィの現状は私の失態だよ。アヴィの不調の原因すら分からぬ学院の盆暗共(ぼんくらども)に、預けた私が愚かだった。あのような者共に囲まれては、アヴィの才に悪影響が出るのも頷けようというものだ」

「⋯⋯つまり、学院に居たこと自体が、アヴィの不調の原因だと?」

「それ以外にあるまい。なによりアヴィ自身が休学を願い出たのだ。私は許可したとも。アヴィの才が悲鳴を上げたのだと確信したよ。環境を整えるのは親の仕事だ。そうだろう? そうだろうとも」

 

 息継ぎの間も少なく、伯爵は親心を並べた。しかし口々に漏れる不穏さに、シレンは怖気を感じずにはいられない。

 先程までの伯爵と、まるで別の生き物のようだ。目元が窪んでさえ見えた。

 同調を求めるようで自己で完結するアンセムの姿は伯爵ではなく、狂信者である。娘の才能への妄信。あるいは狂信。

 視界の隅で、暗い顔して俯くアヴィの肩が震えていた。

 

「そう。アヴィは必ずや一流の魔法使いになれる筈なのだ。"私のような凡才と違って"、アヴィは特別なのだから」

 

 そんなアヴィに気付くことなく、アンセムはそう締めくくった。

 アヴィは天才である。揺らぎなく言い放ち、疑う事などあり得ないとする父親は、悍ましい怪物にすら映る。

 

『毒親』

 目の前の怪物の名札が、シレンの脳裏へと浮かび上がっていた。

 

 

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