お荷物追放された俺に、バグキャラみたいなメスガキの弟子が出来ました。   作:歌うたい

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第9話『エーデルワイスの妖精』

 

 明くる日の午後。昨日と同じ屋敷近くにて、シレンとアヴィの姿はあった。

 為そうとする事もまた昨日と同様。アヴィの魔法の観察が目的であった。

 

「『四つの方角。原初の赤。司るのは火の巨人』」

 

 唱える序文は、炎精(サラマンダー)の一つ上の階。中級に位置する炎幻魔法(イフリートスペル)のそれであった。

 

「『赤き巨人は真理を抱いた。触れては燃えて灰になるなら。求めるべきは力だけ。侵略すること火の如く』」

 

 淀みなく紡がれていくにつれて、アヴィの魔法陣が出現する。SFに出てくるスキャンシステムの様に、足から頭へと昇っていく。やがて空へと掲げるアヴィの両手の先へと、赤い魔法陣が展開された。

 

「【イフリートフォース(巨人の灼腕)】!」

 

 陣より形成されたのは、赤く燃える大きな腕だった。天へと伸びる赤き腕は、まさに火の巨人のものといえるだろう。

 しかし纏う灼炎はその威容には不釣り合いなほど弱々しく、次第に腕も苦しむ様にもがき出し、ほどなくして霧散した。

 魔法の扱い方を知らぬ者が見ても、失敗したと分かる一幕だった。

 

「あーあ、失敗しちゃった」

「魔力が基準値を満たしてなかったな。慎重になり過ぎた結果だな」

「はぁ。さっきは注ぎ過ぎで、今度は足りないって。むっずかしいなぁ。せっかく詠唱文と魔法陣は上手くいったのになぁ」

「⋯⋯」

 

 唇を尖らせるアヴィの横顔を、シレンは静かに見つめていた。

 今回は魔力不足。その前は魔力過剰。更にその一つ前は詠唱文で、最初は魔法陣の形成が上手くいかなかったのだ。まるで一つの要素を丁寧に間違える事で、炎幻魔法の完全発動を防いでいた。

 良くやるよ、とシレンは溜め息を必死に堪えるしかない。

 

「あ、なにその顔。ざこせんせいの癖に。アヴィ悪くないもん。ざこせんせいの教え方が分かり辛いからいけないの」

「分かり辛いか。抽象的な説明になっていたか?」

「⋯⋯そういうわけでもないけどさ。それにもう一回のペース早すぎ! 少しくらい休ませてくれないと、上手く行くものも上手くいかないもんっ」

「⋯⋯そうか。あんまり根を詰めても仕方ない。休憩にしよう」

「! しょーがないなぁ。せんせいがそう言うなら休憩にしてあげようかなっ」

《ごめんね、せんせい》

(⋯⋯まあ、わざとだよな)

 

 たとえ届かずとも、シレンは見抜いていた。

 アヴィはわざと失敗しているに違いない。恐らく炎幻魔法を発動しようと思えば出来るのだ。しかし彼女はわざと失敗させた。順繰りに、原因も分かりやすく。

 もう一度やれといえば、今度はまた魔法陣の展開辺りを間違えるつもりだろう。最初の焼き直しをするぐらいなら、休憩にした方が良い。

 

「よいしょっと。ほんとならお紅茶とスコーンが欲しいところだけど⋯⋯アムロンも忙しいだろうし、仕方ないか。せんせい、ミルクと砂糖多めでよろしくね」

「かしこまれません、お嬢様。俺は執事ではなく先生ですので」

「きゃはは、なにそれアムロンの真似ぇ? 残念でした、せんせいみたいなしょぼくれた雰囲気じゃあ全然似合ってないもんねー! もっとピシッとしてくれないとさぁ」

「そうか、残念だな。似合ってたならいっそそっちの道で再就職しようかと思ったのに」

「此度はブルーメイにご応募いただきありがとぉございました。厳正なる審査の結果、せんせいはクソザコ過ぎて不合格です。今後より一層のご活躍をお祈り申し上げちゃいます」

「おいやめろ。ガチでやめろ」

 

 軽口ついでにうっかりトラウマを刺激されて、シレンは真顔になった。どっから仕入れたそんな文言と唸るシレンをケラケラと笑いながら、アヴィは平べったい岩に腰掛ける。

 するとどこからか取り出した一冊の本を、彼女はゆっくりと捲り始めた。

 

「⋯⋯『エーデルワイスの妖精』?」

「うわぁ、せんせいってば女の子が読んでるものを覗き見するなんて。えっちさいてーへんたいさんだー」

「取ってつけた罵倒だな。気持ちが入ってないぞ」

「えっ、本気で言って欲しいの? うわぁ、きもっ。変態だ⋯⋯」

「気持ち入り過ぎだろ」

 

 心に来るガチトーンにシレンは思わず唸るが、アヴィの視線は本から離れる事はなかった。よほど好きなのか、大きな瞳が忙しなく上下に文字を追っている。

 

「せんせいはこれ、読んだことある?」

「いや、ないな。ただ知り合いが昔に良く読んでたからな。少しぐらいなら知ってる。確か騎士と姫、それと二人を見守る妖精の話だったかな」

「あ、ほんとに知ってるんだ。そうそう、主役は騎士とお姫様。魔女に呪われたせいで国を追われたお姫様と、幼馴染の騎士見習いの、二人っきりの逃避行ってお話なの。なのにタイトルのエーデルワイスの妖精はただの語り部。しかも主役の二人は妖精のことに気付いてないから、観察日記みたいで面白いんだよねえ」

「へえ、そうなのか。お気に入りなんだな」

「うん! もう何度読み返したか、アヴィちゃんも覚えてないくらい! たとえばこの精霊樹のシーンとかぁ⋯⋯!」

 

 この本が愛読書だとアムロンから聞いてはいたが、愛好ぶりは想像以上だった。好きなシーンの頁を開くアヴィの純真な笑みは、普段の生意気さとは程遠い。

 

「それで、ここからがアヴィちゃんイチオシの⋯⋯⋯⋯、────」

「⋯⋯アヴィ? どうした?」

 

 不意にアヴィは言葉を途切らせると、本を閉じて俯いた。

 前髪に隠されて表情は見えない。しかし漂う雰囲気から、悲壮な想いが感じ取れた。

 

「せんせいはさ、聞かないの?」

「なにをだ」

「惚けないでいいって。昨日のお父様のこと、気になってるんでしょ?」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 何が引き金だったかは分からない。しかしアヴィは触れて欲しくないであろう所を自ら曝けた。昨晩のアンセム・ブルーメイの豹変。娘をただ才能だけで見ているかのような言動。アレを正常だと捉える者など滅多に居るものではないし、シレンとてそうであった。

 

「アンセム伯爵は昔から、ああだったのか?」

「⋯⋯あそこまで酷くはなかったかな。でも小さい頃から立派な魔法使いになれって。アヴィは凄いってこと、多くの人に知ってもらえって言われてたよ」

 

 幼少期の頃を語るアヴィ。その中身からシレンが即座に連想したのは『教育パパ/ママ』であった。

 読んで字の如く、勉強を第一と子供に強いる親のことである。勿論勉強は大事だし、将来を考えるならば勉学に励ませる事は悪い事ではない。

 しかし中には勉学にのみ集中させる為に子供の娯楽を取り上げ、友人と遊ぶことも許さないなど、眉を潜めざるを得ないやり方を行う者も居る。

 更にそういった事例の多くは、親の学歴コンプレックスや苦労からなるものであり、その苦悩を味合わせたくないと称しながら、我が子をコンプレックス解消の代行者にしたいという心理が働いていた。

 将来の為に。貴方の為に。そして私の過去と今の為にと。

 これはもはや一種の虐待であると、現代では深刻な社会問題にもなっていることだ。

 我が子は他の子と違う、とはそういう人間の常套句でもある。昨日のアンセムの言動などまさにであり、シレンも連想せずには居られない。

 

「多くの人に、か。じゃあアヴィは勉強漬けだったのか?」

「んー⋯⋯魔法を使えるようになりなさい、とはしょっちゅう言われてたけど。普通に外で遊んだりはしてたよ? ミッシェルにも同い年くらいの子供は沢山居るし」

「なんだ、そうだったのか。てっきり『他の子と遊ぶ暇があったら魔法使えるようになりなさい』って言われてたのかと思った」

「これでも領主の娘だし。田舎じゃ領民と関わらないと信頼して貰えないから、縁を作るのは大事なことだって、お父様が良く言ってたし」

「伯爵がか⋯⋯」

「意外? 昨日のアレを見てればそうかもね。けどお父様、アレでもミッシェルじゃ評判良いんだから」

 

 実際意外ではあったが、初日にミッシェルを軽く見回ったシレンは納得もしていた。領民達の多くは笑顔で活気にあふれ、長閑さの中の充実した運営を感じ取れたのだ。

 領主としてのアンセムは、決して悪いものではないのだろう。だから余計に、昨晩の姿が際立つのだが。

 

「お父様が今みたいになったのは⋯⋯多分、お母様が死んじゃった時からかな」

「夫人が⋯⋯」

 

 どうして、という思いが顔に出ていたのだろう。アヴィがアンセムの豹変への心当たりを紐解けば、シレンは目を見開いた。アリエス・ブルーメイ伯爵夫人。夫人が約三年前に流行病で没したことを、シレンは把握していた。

 

「あの頃から、酷くなったの。ことあるごとにアヴィは特別だって。アヴィは他とは違う才能を持っているって」

「⋯⋯」

「あは。だからって昔は良かったって言えないけどね。アヴィちゃん調子乗ってたし、そのせいで一緒に遊んでたみんな、魔法で泣かせちゃった事もあってさぁ⋯⋯」

「⋯⋯アヴィ」

 

 ぽつりぽつりと、降り始めた雨のように。

 こぼれていくアヴィの苦悩の過去と今。アヴィの生意気さは、もしかしたら子供の頃から特別だと言われ続けた弊害なのかもしれない。

 

「お父様も⋯⋯アヴィが自分のような凡才じゃない、って⋯⋯特別なんだって⋯⋯⋯⋯だから、だからアヴィは⋯⋯、──ッッッ!」

「アヴィ?」

「な、なんでもない。せんせいってば、人の事情にズカズカ踏み入り過ぎだよもぉ! いくらアヴィちゃんから言い始めたからって、もうちょっと遠慮しなきゃモテないよぉ!」

「⋯⋯そうか。モテないか。それは困ったな」

「そうだよぉ。ただでさえオーラがざこざこなせんせいなんだから、そういう気遣いぐらい出来なきゃ。ま、焼けた石に水をかけるようなものかもしれないけ〜どぉ♡」

 

 蝋の束に火をつけたような、急な明るさは無理矢理で痛々しい。しかしこれ以上は踏み込まないで、という悲鳴にも聞こえて、シレンはアヴィの軽口に乗っかるしかなかった。

 

「アヴィ、喉乾いちゃった。アムロン呼んで、お茶にしよ。ね、せんせい?」

「わかったわかった」

 

 平岩から飛び降りて、屋敷の方へと急かすアヴィ。

 仕方なしに頷いて、シレンはその小さな背中を見つめていた。

 華奢で折れそうな少女の背中が、今にも潰れそうに見えるのはどうしてか。

 シレンは静かに、拳を握り締めた。

 

 

 

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