取り敢えず文をぶん投げます。
(次こそは……次こそは必ず!…………)
(ごめんね…… ちゃん……)
(まだ…………諦めたくない……!)
私の中の無念たちが呻く。飲まれてはならない。私が成すべきことを成すために。
ブーーーーッ…………
「…………」
ぼんやりとした意識を無理矢理起こす。瞳から入る光は足りない。視界の右端に鼻が見えて、嫌でも使い物にならなくなった右眼を思い出させる。眠たいが、そうも行っていられない時間であるとスマートフォンが訴えている。なれば起きなければならない。
「…………眠っていたい……」
だがすぐに起き、眼鏡をかけて支度を始める。口を濯ぎ、どんな夢を見ていたか考えながらシーシャを一服する。だが、どんな夢だったのか覚えていない。まるで、眠っていたのではなく意識を失っていただけかのように。
「…………また、無念達の追憶でも見たのかな?……」
そう呟いてすぐに、簡素ながらに朝食を作る。
フライパンに火を入れ、ベーコンを数枚乗せる。ベーコンの焼ける音を聞き、すぐに卵を割ってフライパンに入れる。そしてここで、水を入れて蓋をして蒸らす。これが美味しさを作る。
今日の朝食はベーコンエッグだ。料理は時間がなくてもする。
しなければ私は恐らく壊れてしまう。
私の内に混ぜ込められた誰かの無念に、飲まれてしまう。それは駄目だ。私が私でなくなっては為すべき仕事が出来ないから。
水を入れて蓋をしていたフライパンを開き、ベーコンエッグを置いておいた皿に乗せる。
「…………美味しい」
私はそれに醤油をかけて白米と共に食べる。本当は汁物もあったほうが良かったのだろうが、用意する気にはならなかった。
そして、私はスーツに着替える。黒い服の先輩から買って貰ったスーツだ。
それに袖を通す……前に、中にスポーツタイツを着ていざという時に戦えるようにする。そうしてから袖を通し、眼帯を付ける。出来る限りスーツは傷つけたくない。私が傷付いても金がかからないが、スーツは金がかかるから。
それから所々凹んでいる散弾銃を肩にかけて、玄関の扉を開いた。
…………………………………………………………
「おはようございます」
「おはようございます」
私はシャーレに着くと黒い髪の眼鏡をかけた人『七神リン』から挨拶され、それを全く同じ様に返す。
「貴方が連邦生徒会長の言っていた……」
「はい、そうです」
自分でも分かるほど機械のような返答だった。だがそれに構うことなくリンは続ける。
「先生はこちらにいらっしゃります。ついてきてください」
そう言われ、建物の中に入って行った。相変わらず大きい建物で、見る度凄いと言う感想しか出ない。
「先生?…………」
「…………?」
スーツ姿の大人はソファーで眠っていた。この人が先生だろう。リンの声に気づき、リンと話し始める。
「それで…………そこの人は……」
先生は私に興味を示した。
「どうも…………私は……『継接むくろ』と呼んでください。年齢は19歳、趣味はゲームです。よろしくお願いします」
私はセリフじみた自己紹介を淡々と話す。私がキヴォトスに来る以前の事は、覚えている。ここがソシャゲのブルーアーカイブの世界であることも知っている。でも、来た理由も自分が来る前に何と名乗っていたかは忘れた。それはきっと、忘れてしまっていいことだ。
そもそも思い出したのも、大人のカード擬きの力だ。
この大人のカード擬きは、自分の体を犠牲に何かを発生させられるものだ。だから右眼を犠牲にブルーアーカイブ等々の記憶を取り戻した。
私の身体は異常な程の再生能力を有する。だが、このカードで犠牲にした場所は再生しない。だから、このカードの扱いは慎重にならなければいけない。
「むくろ君?…………」
「…………すみません、考え事を」
一人で考え込んでしまうのは悪い癖だ。そう思いながら先生についていく。
「私の自己紹介をしてないよね」
リンについて行く先生について行きながら自己紹介を聞く。
「〜〜〜〜〜〜〜」
「…………よろしくお願いします」
…………自己紹介は聞き流したが、書類で頭に入れてあるから大丈夫。ここからは記憶が正しければ先生が指揮をして『シッテムの箱』を取り戻す筈…………私は
「先生、よければ私を使って下さい」
「え!?大丈夫だよ!」
「?…………大丈夫です。私は傷付いても体が治るので……」
「え?」
「戦う時になったら分かります」
そう言って私達は人の待つレセプションルームに案内された。
「ちょっと待って、代行!見つけた、待っていたわよ!連邦生徒会長を呼んで来て!」
「主席行政官、お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました、風紀委員長が現在の状況について納得のいく回答を要求されています」
「トリニティ自警団です、連邦生徒会長に直談判を……」
彼女らは口々に質問するが、それにリンは顔を歪める。大変そうだ、そう言う他人事のように思いながら私は聞き流す。私は、こういう会話を聞きたくない。面倒事は好きではない。
私は、私の為すべき事をする。ただ、それだけでいい。
「…………むくろ君、行くよ」
「…………分かりました」
そして私は、先生と他の生徒達と共にシャーレへ向かった。
…………………………………………………………
私達はD.U地区、そこの道で車から降ろされた。
「では、後は任せます、くれぐれも先生をお守りする様に、主席行政官は後程別働隊を率いて合流しますので」
そう言うと、リンはサンクトゥムタワーへ帰って行った。
「……何で私達が戦場に出ないといけないのよ!?」
「……まぁ、サンクトゥムタワーの制御権を取り戻す為に、部室の奪還は必須ですから」
「いや、それは聞いたけれど! なんでミレニアム所属の、しかもセミナーの私がっ……!」
ユウカが何か文句を言っていたが、私はそれをスルーし先生に一つ頼んだ。
「先生、眼鏡とスーツと靴を預かって頂けますか?」
「え?どういう事??」
「私が道を開きます。ですがスーツと靴は汚したくない」
「でも貴方はヘイローがないでしょ!もういいわよ、私が……」
「大丈夫です。死んだりはしません」
「本当に?……」
ユウカの代わりに先生が聞く。きっと先生は気が気でないのだろう。
「はい」
「…………信じていいんだね?」
「はい。大丈夫です」
「……分かった。じゃあ、お願いね」
それを聞いた私は上着を脱ぎ、ベルトを外した。
「ちょっ!……下まで脱ぐの!?」
「中に服を着ているので問題ありません」
そしてズボンを脱ぎ、シャツとネクタイと中に着ていたスポーツタイツだけになった。そして背中に背負った散弾銃を手に取り、左手を噛み出血させる。私の準備は整った。
「連邦生徒会所属ともなれば、主要な生徒は把握済みでしょうか? ですが一応、自己紹介を……正義実現委員会の羽川ハスミです」
「あぁ、えっと、ゲヘナ学園、風紀委員の火宮チナツです、よろしくお願いします」
「トリニティ自警団の守月スズミです」
「わ、私は早瀬ユウカです、ご存知の様ですが」
「宜しく。私の事は気軽に先生と呼んで欲しい」
「私は『継接むくろ』と申します。お好きな名前でお呼びください」
「よろしくね、むくろさん」
「よろしくお願いします」
そう短く挨拶を済ませて戦おうとしたが、指揮を執る者がこの場に居ない。
「戦闘を行うのであれば、先生を守る事が最優先……シャーレの奪還は二の次ですね」
「えぇ、先生はキヴォトス外の方、弾丸一発でも致命傷に成り得ますから、どうかご注意を」
「分かっているわ、先生、戦闘は私達に任せて、後方の安全な場所に……」
「先生、指示を」
だから私は先生の指揮を乞う。私は知っている。先生の指揮は卓越している事を。
「えぇっ!?」
「先生の指揮能力は卓越しています。ですよね?先生」
「まあ、そう……だけどどうしてそれを?……」
「書類は目を通してあります。今は時間が惜しいです。早く行きましょう」
「分かった」
そうして先生が指揮を執ることになった。だが未だに私に不安の目線が向けられていた。
私は男性にしては小柄であり現にハスミと頭1つ分は小さい。しかも、細くヘイローもない。そのような者が戦場で生き残れるのか……そう言う目線なのだろう。
だが、それは関係ない。私は散弾銃を担ぎ不良達に突っ込む。
ダダダダダダ!!!
「っ!!!」
ユウカよりも早く、最前線で敵に突撃する私に弾丸が襲いかかる。恐らくはユウカに向けられたものなのだろうが、私が当たったほうがいい。
そう考え、私はユウカの前で撃たれ赤く汚い体液が道に撒き散らされる。ヘイローがないのだから、そうなるのは当たり前だ。
それがどうした。
それが足を止める理由にはならない。後ろの方が引いているかもしれないが、構わない。これが
「何でっ!……」
そして私を撃ったであろう物陰に隠れた不良に獣の如く飛びかかり、散弾銃の銃口辺りを持って力をある程度セーブし殴る。
ゴスッ!…………
「うっ!……」
私達の戦い方は、技術もへったくれもない。ただひたすらに執念で敵を殴る。残念ながら私が銃で狙ったとて散弾銃でも殆ど当たらない。なら、身体の再生性能を生かし散弾銃で殴ったほうが良い。無念達のせいかは知らないが、戦う時は平常時より力が強いというのもある。
そしてすぐ近くにいた不良もすぐに銃でぶん殴る。
ゴスッ!……ゴスッ!……
「っ!…………」
「うぁ!…………」
ダダダダダダ!!!
先程より弾丸の量が少ない、となれば私が撃たれても倒れていないからだろうか。だが、撃っているなら場所が分かる。私の中の無念達の力で走り、音のする方向へ向かう。
走り、叩き潰す。
きっとキヴォトスの人間でなければ死屍累々の惨状だろう。そうでなくとも全力で殴ればただでは済まないだろう。時に拳で、時に銃をギロチンの如く叩きつけ、不良達の陣形を破壊し尽くす。悲鳴が上がるほど混乱しているからか、後ろから付いてきている人達がクリアリングだけして付いてきている。
今回は、楽に終われそうだ。
そう思った時、私を目掛け何かが飛んで来た。私に当たりそうだったのでキャッチし、相手に投げようとした。
ドォォォン!!!
が、残念ながら投げる前に爆発した。どうやら手榴弾だったらしい。
左腕の感覚がない事を鑑みるに左腕の肩辺りから下が吹き飛んだのだろう。
面倒だ。右腕だけで暫くは殴らなくてはいけない。
「むくろ君!…………道路左の車の裏にいる!」
言葉は返さず、代わりに先生の言ったフロントガラスをぶち破って不良に勢いそのままに銃を当てる。
ゴスッ!…………
「っ!…………」
不良は気絶した……が、何やら先の方で音がする。
「あれは……巡航戦車クルセイダ2型!? まさか、トリニティの正式採用戦車と同じ……」
戦車……建物の壁を突き破って出てきた、鋼の装甲に覆われたそれは銃相手には厳しい物だった。私に出来ることはない。だから、私は不良を叩き潰し続けた。
そうしている内に敵は全て沈黙し、シャーレに着いたようだった。
「シャーレに着きましたね」
「着いた……けど……」
「どうしてそんなっ!……」
先生と生徒達は私から目を背けたそうな顔をしていた。きっと私のその姿が悍ましいからなのだろう。少しづつ左腕が骨と筋繊維から構築され治されていた。
「私は私に今出来る事をしただけです」
「だからって……そこまでする!?」
「幾ら再生するとしても……痛くないのですか?」
「最低限の痛覚はあります。怪我の程度は把握出来ないといけません」
「そういうことじゃなくて……」
「これが私のやり方です。私のやり方で『先生の職務を補佐する』というやるべき事をしただけです。だから早く先生もやるべき事をやってください」
私の声は酷く冷たく、きっといつも以上に声にも顔にも感情がなかっただろう。私のことは心配しないで欲しかった。せめてこの場で心配する事を諦めさせたかった。
「………………分かった」
「先生!?」
それが伝わったようだ。いや、きっと違う意図があったのだろうが、尤もらしい理由はこれしか思い浮かばなかったのでそうだとした。
「その代わり、シャーレの中には私一人で行く。これでいいかな?」
「承りました」
そして先生は建物の中に入って行った。生徒達は文句を言わなかったのは、私の異常性に気を取られていたからだろうか。
…………………………………………………………
スゥー………
一連の騒動は一先ず収束し、シャーレが発足されるらしい。
態々権力を連邦生徒会に返したのは別にしなくても良かったと思うけど、それは何も言わない事にして先生にバレない様に一服する。
一服したら仕事しよう。そう思っていた時の事だった。
ブーーッ……ブーーッ……
私のスマートフォンが震えた。電話だろう。スマホを見ると、電話してきたのは黒い服の先輩だった。
「もしもし……どうでしたか?」
「『シッテムの箱』は無事奪還されました」
「そうですか…………それはよかったです」
「………………先輩、私はこのまま潜伏でよろしいでしょうか」
「えぇ。ですが、そのカードは使わないで下さいね?」
「分かっています。先輩の作品を頼りすぎないように」
「いえ、そういうことではありませんが……」
「?………………」
「いえ、いいです。所でそちらの先生ですが、貴方から見てどうですか?」
どうですか……私達にどれ程の価値があるのかということだろう。
「高い指揮能力、各学園と円滑に動くためのコミュニケーション能力、知性を兼ね備えた…………正しく連邦生徒会長が選んだ人材に相応しい人です」
「クックックッ…………成る程、いずれ我々と関わることになりそうですね……」
「…………ですが、仲間にはならないかと」
「どういう事でしょうか?」
「彼の仕事量…………私もそうですが尋常ではないようです。それを彼は『生徒の為だから』といい喜んで引き受けました。恐らく私達とは…………何か違う部類の生き物と考えていた方が良いのかもしれません」
「成る程…………分かりました。それでは、良い報告を待っていますよ。神喰らいの継接さん?」
「…………期待に添えるよう精進していきます」
ピッ…………
電話が終わった。シーシャを吸い切って先生の元へ行こうと、私は静かに一口吸った。
「…………忙しくなりそう」
私はこれから雪崩のように襲いかかるだろう仕事に憂鬱になりながら、シーシャを吸い切った。
…………………………………………………………
着任して私は、シャーレで『先生』という職に就くことになった。着任早々から激務になる事がほぼ確定しているのが少々心配だけど、未来ある生徒の為に頑張る覚悟を決めていた。
でも激務になる事は正直大した問題じゃない。今私が心配しているのは、私の補佐官に就いている子『継接むくろ』君だ。
彼は会ったときから表情筋は死んでいたし、声も抑揚のない冷たい声だった。それだけならまだ『この人は初対面で緊張する人なのかな?』と思うだけで済んだ。
彼の片側だけ見せる瞳は何処までも濁っていた。まるでこの世界に絶望し切ったみたいに……いや、そんな例えすら生易しい物を見てきたのかもしれない。そして彼はシャーレを奪還する際に『戦うからスーツと眼鏡を頼む』と私に言ってヘイローもないのに敵に向かって突撃して行った。
彼は撃たれても何事もなかったかのように突撃して、生徒達に散弾銃でぶん殴っていた。それも洗練さの欠片もない、まるで化け物のような動きで殴っていた。
彼は『自分はそういう体質だ』と言っていた。事実彼の腕は手榴弾で欠損し、ゆっくりと治っていた。だとしても限度がある。私は心配したけれど、『これが私のやり方だ』と酷く冷たい声で言っていた。それはまるで、自分に心配するなと言わんばかりに。
私はその瞬間理解した。彼は今までまともな環境で過ごせていないのだと。人として、育てられていないのだと。
だから、私はこれから付き合いの長い相棒を『先生』として『ちゃんとした大人』にしないといけない。その上で彼の過去を知らないといけないし、上手くやれるか分からないけど……
「…………私に出来ることはやろう」
私はそう決意を固めながら、シャーレを運用する上で必要な書類の手続きを進めて行った。