それぞれの視点……のはず。
「まさかここまでの相手を沈めてしまうとは……!」
頭が弾け飛び、倒れ伏すむくろの前で黒服はそう呟いた。
「むくろさん…………っ!」
「おやおや……どうやら追いかけて来たようですね」
「黒服!!むくろさんに何を!!」
ホシノはその身体能力で一番にむくろを追いかけ、黒服が見ている所に遭遇した。
「落ち着いて下さい。彼は自害しました」
「だからどうして!!!!」
『なんでそんな事を!!!!』
ホシノの中で、ユメ先輩も声を上げる。それは届かないと分かっていても声に出てしまったのかもしれない。
「彼は内に渦巻く無念達の力を無理矢理使った反動で、廃人になる事は確実でした。ですから、廃人になる前に脳を吹き飛ばしその反動をなかったことにしました。その分記憶の摩耗は避けられませんが、本人はやむを得なかったのでしょう」
「え?……何を言って…………」
『そんな…………嘘……』
「ですが彼のお陰でアビドスに襲いかかる筈だった脅威は一つは撃退、もう一つに至っては討伐されてしまいました。しかも現在観測されている限りアビドスに危険を及ぼす2つを同時に相手して……神喰らいの継接の力は恐ろしいです」
「…………記憶の摩耗って?……」
「えぇ……そうですね……」
ホシノは黒服から理解出来る範囲で気になる事を、そして最も聞いてはいけない質問をしてしまった。返ってくる答えは、ホシノにとって受け入れ難い物だった。
「……今回ならほぼ確実に、アビドスにいる時に起きた事は忘れているでしょう」
『「は?…………」』
「残念ながら反動の大きさ故にその分脳を破壊した時の失われる記憶が多いでしょう」
「き、急にそんな事言われても…………」
『どうしてそんな事に……』
「ですがアビドスに潜んでいた危険因子はカイザー以外消え去りました。砂嵐の頻度も減ることでしょう。あなた方は喜ぶべきです。貴方方に興味を持たなかった存在がアビドスを安全にして忘れ去って行ったのですよ?何の問題もないでしょう?」
『そんな事言われたって……喜べないよ……』
「…………お前には分からないよ」
ホシノはユメ先輩が帰って来た筈なのに、瞳は光を宿していなかった。ホシノはむくろの行動を思い返し彼があの時ユメ先輩の存在を隠しておきたかったのもあの場で様々な問題を起こさせない為だったのかもしれないと思った。しかしホシノはその様な配慮もなく、ただ怒りに任せ問い詰めた。それを、深く後悔した。
「うーん……ここは?」
だが、全てを忘れ去ったむくろは頭が再生仕切る前に、未だに焼け跡の残る右腕で体を支えながらフラフラと立ち上がる。
頭の下の方は皮まで再生しているが、上の方は内側の器官が剥き出しで脳もまだ全て再生していなかった。しかしむくろが立ち上がる事で脳がじわじわと骨に包まれながら再生していく様子が黒服にもホシノにもよく見れた。
「ぁ…………」
ホシノはその内なる感情を色濃く現すように瞳は揺れていた。ホシノは話したい事が山程あったが、あり過ぎて言いたい事が纏まらなかった。
「おや、まだ再生しきっていないのに良いのですか?」
「大丈夫……ですが………………あぁ、すみません」
「
「本……当に…………?」
そしてその一言は、ホシノの縋りたかった一握りもない可能性を容赦なく叩き潰す。ホシノはそれと同時に以前黒服と共にむくろの身体検査を見た後の時の発言を思い出した。
『苦しんでいた時期、ですか……分かりません。昔の事はよく忘れてしまいます』
(そうか……そうだったのか…………彼はずっと力に苦しめられていたんだ。力が苦しみを生じさせて、せめて精神が表面上でも壊れないように、強制的に忘れようとしたんだ。それで感情もなくなって……)
ホシノは自分があの時手を差し伸べられていれば、何か変わったのかもしれないと強く後悔した。
先生から、そしてアビドスの皆から拘束を解かれた後に聞いたのだ。『彼はアビドスの為に戦っている』と。『彼はやっとアビドスの皆に心を開き始めている』と。『感情を取り戻し始めている』と。
そして彼は皆の前に現れ、ユメ先輩を自身から切り離して拳銃に宿した後に謝罪と共に渡し、去った後に記憶を自ら消した。
その時に見せた彼の笑みは、何処か苦しそうで、悲しそうだった。きっとあの時から反動が来ていて苦しくて、記憶を失う事が悲しかったのだろう。
だからホシノは自身の浅はかさを呪った。自分があの時冷静に考えられていれば、黒服の提案を飲んでいなければ、彼はこうはなっていなかった。再び感情を失う事も、楽しかった思い出を失う事もなかった。
「ホシノさん、どうされましたか?」
「…………」
「……先輩、さては良からぬことを吹き込みましたね?」
「いえいえ。事実を伝えたまでです」
「…………ホシノさん……でよろしいですよね?」
「…………うん……」
「貴方が私とどういった関係なのかは知りません。ですが私が忘れてしまったのなら、貴方にも忘れる権利がある筈だ」
自分は他人に興味を持たないだろうからと言う前提で今のむくろは話す。まるでそれは過去の自分は死んだ赤の他人とでも言わんばかりの、冷淡な話し方だった。
「だから私のことなど忘れ、前を向いて下さい」
「分かった……でも、一つ言わせて…………ごめんなさい」
「そう…………ですか……」
未だに理解も心の整理も全く追いついていない彼女が辛うじて言葉を絞り出す。だがそれも最早他人も同然のむくろには、過去の自分が何かしたのだろうと言うぐらいにしか感じて居ないのだろう。
彼はもう、柴関が爆破されて憤慨することも、街を破壊しすぎて目を泳がす事も、感情を顕にすることもないのだろう。
「…………散弾銃は?」
「いえ、知りませんね」
「……無くしましたかね…………一先ずシャーレに帰りましょう。と言うことで先輩、お願いします」
「おや?貴方なら歩いて帰れるのでは?」
「いえ、なぜだか分かりませんが身体が立つのでやっとなレベルで動かないです」
「仕方がありませんね…………」
そして二人は何処かへ消えてしまった。
『ごめんね、ホシノちゃん。私が止められていれば……』
「いえ……大丈夫です」
そしてホシノと拳銃に宿ったユメは踵を返した。
…………………………………………………………
「むくろ君!!!!」
私はむくろ君が最も向かいそうなところへ向かった。そこはシャーレの事務室だ。彼はいつものように眼帯をしていた。まるで、いつも通り仕事をしているかのように。
「おや、先生。一体何処へ?」
「何処へって…………まさか!」
「どうされたのですか?」
「…………アビドスの事は……?」
「アビドスの……事?」
私は驚きを隠せなかったと同時に強く後悔した。彼を一人で無理させてしまったから、記憶をなくしてしまったのかもしれない。私が無理させなければ、彼を代償込みで力を使わせずに済んだかもしれない。
でも彼は、その事すらも忘れてしまった。
アビドスで感情を取り戻しかけた事も、喜びも悲しみも、全てを忘れ去ってしまった。彼はまた、初めからやり直しなのだろう。
「…………どうやら私は記憶をなくした……と言う認識をするべきでしょうか?……であれば、アビドスでの出来事について、教えていただけますか?」
むくろ君は酷く冷たい声で、そしてとても濁った瞳で質問した。興味はない、けれども確認しなければいけない事だろうからと言わんばかりに。
そして私は、むくろ君にアビドスで起きた私の知りうる事を全て話した。
「そうだったのですか……ご迷惑をおかけしました」
「……むくろ君は謝らなくていいよ」
「どうしてそんなに、暗い顔をしているのですか?」
「えっ?…………」
「私の記憶が失われるなど、
「でも…………それじゃあむくろ君が!!」
「…………もし、死んだ私の記憶を偲ぶのであれば、それを糧に先へ進むべきです。きっと亡くなった記憶もその方が喜ぶでしょう」
「…………」
むくろ君は、ずっと自分が幸せになることを考えていないように見えた。きっと感情はある。喜びも、怒りも悲しみも、彼は持っている。けれど、それを抑え込んで自身を犠牲にしてでも彼は誰かの為に戦おうとしている。それがどうしてなのかは分からない。
一つ確かなのは、むくろ君は自分の力に苦しめられている。私はそれをただ黙って見ている事はしたくない。それは、彼の相棒として。
「分かった」
だから今は、前を向こう。彼の記憶を取り戻す方法を、そして普通の人になれる方法を探そう。
…………………………………………………………
「ただい…………誰ですか?」
私が書類仕事を進めていると、むくろさんが帰ってきた。でも今日は様子がおかしい。帰ってきた瞬間、私の事を忘れているみたいに私の事を見てきた。まさか、この間言っていた事が本当だったなんて……そう思いながら、私はむくろさんに私とむくろさんの関係性を示す契約書を見せる。
「なんですか?…………これは……成る程…………」
むくろさんは契約書を読み込んで、何処か納得したような表情で契約書を私が作業する机の上に置いた。
「…………どうやら、私は貴方のことが大切だったみたいです。私が記憶をロストした時、以前の事を残す手紙など残される事はなかった。なのに私は貴方……いえ、ユズキさんに関して『手料理を作ってあげないと死んでしまう』と書いていたので」
「これ私の事なんだと思って書いた手紙なのかなぁ?……」
私は呆れながらそう言うけれど、何処か安心した。
私とむくろさんの出会いは突然で、今思うと無茶苦茶だったと思う。
まず私はトリニティに嫌気が差して、いいとこの生まれだったけどそれを捨ててトリニティを辞めた。私はヘルメット団にそのまま流れるままに進んで行ったけど、私がトリニティにいてあんな生活でいたいかなんて言われたら嫌に決まっている。
でも大好きな姉が数年前に失踪してから、学校の皆から私にかけられる期待は重くて耐えられなくなった。
姉は優秀な人だった。救護騎士団の所属で将来は医者になれるかもって言われるぐらいの人だった。そんな姉は、忙しそうだったけど私にとても優しかった。今思えば私は甘え過ぎていたのかもしれない。
話を戻して、ヘルメット団員として過ごしていたら、シャーレの補佐官ことむくろさんが、路地裏にいたから話しかけようとした。もしかしたら、私をこんな境遇から救ってくれるかもしれないって、思っちゃったんだ。でも、話しかけた時に分かったんだ。
私の姉と同じ目をしてるって。
私の姉が失踪する前日の朝、私が見た希望のない濁った瞳。それそのままだった。その瞬間から私はその目に興味を持ってしまった。輸血パックを飲んでたとか言っていたけど、そんなのどうでもよかった。
でもむくろさんにとってはどうでもよくなかったみたいだった。言った後にハッとした様子を見せた後に、散弾銃を持って私に振りかぶっていた。その時の雰囲気は、本気で殺す気だったんだろう。だけど、彼は取引を持ちかけて来てそれに乗った。
私からしてみれば願ったり叶ったりな内容だったし、寧ろ嬉しい位だった。
まあそこから色々あって、むくろさんちのほぼ居候としてかなりぐうたらな生活をしていた。その間に話してみて分かったけど、むくろさんは凄く優しいけど自分の感情には疎い人だった。
そして、私の姉には全然似てないのに何処か姉のような雰囲気を感じた。
何でかは分からない。姉と似て忙しいけれど私が甘えても許してくれるからなのかもしれない。
そういうのもあって、私も優しくしてもらった分何かしらやってあげたいって思った。でも、トリニティのお嬢様だった私は金で解決するという方法しか知らなかったしむくろさんはこう言った。
『貴方は契約内容に従っていれば良いのです。私は契約内容に従った行動を取っているだけなので』
むくろさんはまるで自分が機械みたいな、淡々とした表情でそう言っていた。それから、記憶を失うかもしれないからその時は頼むだって言われてさ。その時のむくろさんは、何処か悲しそうだった。きっと忘れたくないからなんだろうけど、私には記憶を失う事はどうにもできない。
そして今日、むくろさんは記憶を失って帰って来た。どうして失ってしまったのか、アビドスでの戦いはそこまで激しかったのか、色々聞きたかったけど忘れている以上聞いても意味がないことはわかっていたから聞かなかった。
だとしても、それがどうにもできないのが分かっていたとしても。
「こんなの、あんまりじゃん…………」
「?……何でしょうか?」
「……いや、なんでもないよ」
「そう言えば、私は明日休みなのでアビドスで美味しいと言われているラーメン屋に行ってみたいのですが、一緒にどうですか?」
「ラーメン…………」
むくろさんの表情は一瞬、笑みを浮かべていた気がする。そう言えば、むくろさんは食事の時と料理をしている時はいつも楽しそうだった。
「私も行きたいなー」
「では、明日一緒に行きましょう」
そしてその日は眠って、次の日を迎えた。
「おはよー!」
「おはようございます」
そして私とむくろさんは別の部屋で着替えて朝ご飯を食べるべくテーブルへ向かった。
「えっスーツ????私服は?」
「…………ないです」
「えぇー…………」
「……残念ながら私は私用で外出することは想定していないので」
「もう!いいよスーツで!」
そして私達は家を出て、D.U.地区をフラフラと歩いた。
「…………あのたい焼き美味しそー!」
「たい焼きですか?昼にラーメンを食べるのに?」
「……確かに」
「ですが私は買います。私は食べられるので」
「えぇ!?」
むくろさんがラーメンの前に食べ歩きしていることに衝撃を覚えたり…………
「これ安すぎない!?」
「これは高い方です。トリニティ基準で考えないで下さい」
「いや、安いに越したことはないでしよ。品質が良ければだけど」
「まるで品質が悪いみたいじゃないですか…………」
「取り敢えずその辺は良いの!むくろさんの私服を決めなくちゃ!」
むくろさんの私服選びに付き合ったり、意外と濃厚な午前を過ごした。意外とむくろさんは記憶を失う前と変わっていなくて私は安心した。記憶を失ってもむくろさんはむくろさんだったのが、嬉しかったのかも。
そして私達はアビドスのある場所へ向かった。
「あんたは……むくろさんじゃねえか」
「……お久しぶり……で良いのでしょうか?」
「いや、そんなに時間は経ってねぇが忘れてるんだったな」
「はい」
その場所は柴関と書かれた暖簾を下げた屋台だ。正直男女二人のお出かけの昼食とは思えなかったが、個人的にあのカップラーメンが初ラーメンだったので本物の味はどんなものか少し楽しみでもあった。
「注文は?」
「柴関ラーメンで」
むくろさんは何故か慣れたようにそう返した。やっぱりむくろさんは本当は覚えているんじゃないのか?…………そう疑念が浮かぶが、それは心の中に留めておくことにした。
「私は……むくろさんと同じので」
暫くして、私とむくろさんの分のラーメンが来た。ラーメンの香りも量もカップラーメンと段違いであり凄く美味しそうだった。
私はむくろさんの食べる様子を真似ながら麺を啜った。ラーメンの香りが口いっぱいに広がり、あっさりとした味ながらコクがある深い味わいだった。
むくろさんの目はこの時だけ、光を帯びていた様な気がした。
「
「むくろさん……今なんて…………!」
「?……今私は……?…………」
そしてむくろさんの発言は、前に一度来たことがある様な口振りだった。それにむくろさんは困惑したような素振りを見せた。
「私はどうして……やはりと?…………」
「なあ、むくろさんよ」
「……大将?」
「もしかしたら、頭では忘れていても体が覚えてるんじゃねぇか?」
「体が……成る程」
むくろさんは何処か納得したような仕草をして、また口を開いた。
「そう……なのかもしれませんね」
「むくろさん」
「……なんですか?」
「いつか、忘れなくてよくなる様な方法探そうね」
「いつか…………そうですね」
そうして私達はあの日の夜みたくラーメンを啜った。私はむくろさんと過ごす時間が楽しかった。だから私は、むくろさんの記憶をなくさなくて済むように…………むくろさんが私と同じ様に楽しいとは限らないけど…………せめて楽しかった思い出だけは失われない様にして欲しかった。
(この時間が、この平穏が続きますように)
そして私はトリニティにいた頃には欠片も縋らなかった神に、そう願った。
でもこの小説の神は筆者なので容赦しません。てか曇らせってこれでいいの?教えて曇らせマスターさん。