どこからともなく響く声が、意識の底を小突く。
重たいまぶたの裏には、ただ黒だけが広がっている。夢なのか現実なのか、その境目すら曖昧なまま——。
「……おい」
その一言で、ようやく意識が浮上した。
銀八は不機嫌そうに眉をひそめ、深いため息をつきながら暗闇の中で体を起こす。
頭は重く、全身に倦怠感がまとわりつく。まるで徹夜明けの職員室だ。
「あぁ……? なんだぁ……」
半眼のまま、視線を前に向けた瞬間——
そこに立っていた“自分”に、思考が完全に停止する。
「……つーか俺?」
寝起きの脳が必死に情報を整理しようとするが、処理が追いつかない。
銀八の前にいるのは、見慣れた銀髪、見慣れた死んだ魚の目、そして——見慣れすぎた顔。
「いや、お前じゃないよ。俺は銀さんだからね」
さらっと言い切られるが、問題はそこじゃない。
「いや、ざっくり言うとお前も銀さんなんだけどさ」
「いや待て」
頭を押さえながら、言葉を選ぶ。
「ということは……俺ってお前?」
一瞬、空気が止まる。
そして次の瞬間、銀八はすべてを考えるのをやめた。
「……よく分かんねぇけど、分かったよ。じゃ」
そう言って、その場にごろりと倒れ込み、再び眠りにつこうとする。
理解より睡眠。教師として最も大事な判断である。
「ああもういいから!!」
すかさず怒鳴り声が飛ぶ。
「精神世界で二度寝すんのは昔の銀魂でもうやったから!!」
メタすぎる指摘に、銀八の眉がぴくりと動く。
「……ごほん」
わざとらしく咳払いをして、銀時は少しだけ姿勢を正した。
「いいか。これからお前には——」
その“前振り”の長さに、銀八は嫌な予感しかしない。
「作者が勝手に思いついて、勝手に始めちゃった
銀魂×三年Z組銀八先生×五等分の花嫁っていう設定の二次創作」
「――『嫁魂』で、俺の担任の先生になってもらう!」
しん、と静まり返る暗闇。
「……担任?」
一拍置いて、ゆっくりと顔をしかめる。
「俺が? お前の?」
「つーかクロスオーバーって言葉、ここまで来ると“オーバー”の部分が仕事しすぎだろ……」
頭痛をこらえるようにこめかみを押さえながら、銀八は深く、深くため息をついた。
「まぁそれも仕方ねぇよ。元々この嫁魂って作品上手くいかなくて再スタートから始めたんだから」
肩をすくめるような声音だった。
諦観と開き直りが混ざった、いかにも“銀さん”らしい軽さ。
しかしその裏には、失敗作を一度終わらせ、もう一度立ち上げる覚悟のようなものが、ほんのわずかに滲んでいる。
「ぶっちゃけ言っちゃうとピー県のピーに住んでるピーピーって奴が他のオタクども同様に頭焼かれてノリと勢いで描いちゃったのが全ての始まりなわけよ」
急に入り始める自主規制音。
伏せられているはずなのに、なぜか具体性だけはやたら高い。
語る銀時は楽しそうですらあり、まるで暴露トークのスイッチが入った芸人のようだった。
「初っ端から規制音入りまくってるじゃねぇか!つーか作者の個人情報丸出しすぎどんだけ晒す気満々なんだよ!」
思わず前のめりになってツッコむ。
この作品、大丈夫なのか。
第一話から作者を人質に取るスタイルは、倫理以前に正気を疑う。
「いや、ホントにこの前作書いてた作者、受験生ともあるまじき勢いで結末まで書こうとするからさ〜」
語り口は軽いが、どこか呆れが混じる。
“受験生”という単語が、妙に現実を引き寄せる。
「そこまでの過程とかそっちのけで書いたらもういいっしょ的な超テキトーな文になるからはたから読んでても」
「これ銀魂じゃねぇんじゃの?誰が花嫁になるかドキドキしながら先を気にする作品の良さ何一つ残ってねぇんじゃねぇの?やっぱパチモンだなってなっちゃったわけよ銀八だけに」
一息に吐き出される言葉。
自虐と批評とダジャレが、無秩序に混ざり合う。
そして最後に残るのは、作者本人に突き刺さる正論だけだった。
「上手くねぇよ!つーか記念すべき第一話で何ぶっちゃけてんの!?」
叫びながら、胃のあたりを押さえる。
メタが過ぎる。
いや、銀魂だから許されてきたが、それにしても限度というものがある。
「裏でも表でも、なんでもぶっちゃけていけばいいんだよ。
どうせ文●他が飛んできて、なんでも暴露されちまう世の中なんだ。大体リメイクなんて考えたのだってメインで書いてる小説の続きが思い浮かばねぇからだって作者がー」
「分かった!もう分かったからそれ以上暴露すんのはもうやめろ!」
「いや、それにいい意味でだよ。いい意味でパチモンって意味だよ。ただ俺は辞めといた方がいいよーって言っといたんだよ」
弁明するようで、まったく弁明になっていない。
むしろ火に油を注ぐタイプの言い訳だ。
「だってほら俺今さ、現在進行形で学園都市で先生やってるし〜」
その説明と同時に、背景がぬるりと切り替わる。
どこかで見たことのある、気迫満点の構図。
明らかに銀魂キャラなのに、作画のテンションだけがドラゴンボール画風という、著作権的に最も危険な合成映像が堂々と映し出されていた。
【挿絵表示】
「知らねぇよ!お前の他作品の事情をこちらの世界まで持ってくんじゃねぇよ!」
反射的に怒鳴る。
世界観の壁が、紙より薄い。
「つーかお前!背景に使ってるその映像何、ドラゴンボールだろ!?言ったそばから他作品に手を出そうとしてるじゃねぇか!」
指差す先で、銀魂キャラが気合を溜めている。
完全にアウトだ。
「いや、見えてるよ。しっかり見えてるよ。これからの、時代は銀魂GTの時代ですよ。ごめんなさい鳥山先生ですよ」
なぜか誇らしげに言い切る。
謝罪と開き直りを同時に成立させる、銀時特有の謎技術だった。
「つーかお前らの旧銀魂こそがごめんなさい鳥山先生だろうが!!」
魂の叫び。
そのツッコミだけが、この世界で唯一、良心として機能していた。
暗闇の精神世界に、ため息とツッコミだけがこだまする。
こうして——
物語は、最もやってはいけない形で、堂々と幕を開けた。
「まぁ要はお前に依然と同じく俺の担任ってことで自分の役割果たしてねってことを言いたいんだよ」
そう言って、銀時はどこか投げやりに笑った。
責任を押し付けている自覚はある。だが同時に、「お前ならやれるだろ?」という雑で重たい信頼も、確かにそこにあった。
「ほらあっち見てろよちゃんとバトンタッチ始めてんだろ?」
顎で示された方向に、銀八は半信半疑で振り返る。
そこでは——
さっきまで見慣れた和装だった銀魂キャラたちが、妙に手慣れた動きで学ランに袖を通していた。
ボタンを留め、襟を正し、まるで最初からそれが正装だったかのような顔をしている。
「いや、普通に着替え出るだけじゃね?」
あまりにも淡々とした光景に、逆にツッコミの勢いも鈍る。
「まぁとにかく、これからよろしく頼むぜ。先生」
軽い調子で言いながら、銀時は銀八の肩をぽん、と叩いた。
その感触は、不思議なほど現実味があって——
「はっ!夢?」
次の瞬間、視界が切り替わる。
銀八は教卓に突っ伏したまま、勢いよく顔を上げていた。
腕の下には冷たい木の感触。
鼻先には、チョークと教室特有の埃っぽい匂い。
周囲を見渡すと、そこには——
学ランを着た生徒たちが、当たり前のように席に座っている。
ざわざわとした空気。
視線が一斉にこちらへ向けられていることに、遅れて気づく。
キンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
無情にも、始業を告げるチャイムが鳴り響いた。
「先生、いいですか?」
前の席から、真面目そうな眼鏡の男子生徒が手を挙げる。
その声には、遠慮と苛立ちが絶妙に混ざっていた。
「ずっと言いたかったんですけど、」
続いて立ち上がったのは、
成績優秀そうな佇まいと、どこか苦労人じみた雰囲気の男子生徒
——上杉風太郎。
「「いい加減本編始めてください。」」
教室が、一瞬だけ静まり返る。
銀八は教卓の前で固まりながら、心の中で思った。
(……あぁ、逃げ場ねぇわ)
夢だと思いたかった現実は、
どうやら正式に授業開始を迎えたらしい。
こうして——
銀八の教師人生(強制)は、
最悪な形で、しかし確実に、幕を開けた。
「嫁魂ぁ〜青春篇〜」
「「「「はっじまるよ〜」」」」
【挿絵表示】
ーーーーーーーーーー
くだらぬ話 永遠に続け
桜風が吹くまで
晴天 ニヤついて
ケンケンパーで歩いて
電柱衝突間一発で神回避
飛び出す車と猫ちゃんを飛び越えてお酒落ポーズのまんまで落とし穴へ Dive!
ラララ ラララ ラララ ラララ
聴こえてくる
みんな楽しそうな歌声が
ラララ ラララ ラララ ラララ
一緒に行こうぜ!
空に爆笑が竜巻く春へ
だから
くだらぬ話 永遠に続け
踊れ!騒げ!笑え!
二度とない今日を恥ずかしげもなく大人になろう(なりたい)
桜風が吹くから
笑え!笑え!笑え!
泥だらけでも
笑え!笑え!笑え!笑え!
いつだって側にいるんだ
曇天高まって
風船ガム噛んで
大胆不敵に目指せよ桃源郷
その魂で今日も気高くあれ
ずっと側にいるんだ
あいつらが
ほら
つまらぬ雨も耳を澄ませ
ポツポツポツとリズムになって風と一緒に踊ればいい
いつの間にかハレルヤ
爆笑が竜巻く春へ
感傷も吹き飛ぶギャグで
せーの!(笑え!)
くだらぬ話 永遠に続け
踊れ!騒げ!笑え!
ありふれた今日を見違えるほど
皺を増やそう (増やそう)
桜風が吹くから
笑え!笑え!笑え!
また会う日まで
笑え!笑え!笑え!笑え!
いつだって側にいるんだ
「はぁーい、まぁ兎にも角にも今年二年Z組を担当することになった銀八先生でぇーす」
気の抜けた声が、教室いっぱいに広がる。
やる気があるのかないのか分からないその挨拶に、生徒たちの反応もまちまちだった。
「まぁなんだ。転校生も来るわけだけども先生に迷惑かけないようにいじょうでぇーす。」
最後の「いじょうでぇーす」に、教師としての威厳は一切ない。
すでに数人の生徒は、これから始まる一年を悟ったような顔をしていた。
「つーわけで転校生を紹介しまぁーす。」
その一言を合図に、教室の空気がざわつく。
「いやぁ学年が上がって早々転校生ですか〜一体どんな子が来るんですかね〜お妙さん」
必要以上に大きな声で、近藤が隣の席に身を乗り出す。
「お妙さんなんて時代かかった呼び方やめてくれない?ここでは私たち高校生なんだから」
冷ややかな視線と共に放たれる正論。
だが、近藤の勢いは止まらない。
「まぁどんな子が来ようとお妙さんから乗り換えるつもりはありませんから安心してください!このケツ毛に誓ってーー!」
場の空気が一気に凍りつく。
「誓わなくていいわ。殺すわよ?」
笑顔のまま告げられる死刑宣告。
近藤の背筋が、目に見えて伸びた。
「ああまたやってるよ。」
呆れたようにため息をつきながら、新八は眼鏡を押し上げる。
「全く懲りないアルな……」
神楽も頬杖をつき、半ば他人事のように呟いた。
そんな騒がしい教室の中——
ただ一人、机と睨めっこをしたまま微動だにしない生徒がいた。
この作品の主人公の一人にして、学年一位。
——上杉風太郎。
周囲の騒音など存在しないかのように、彼の視線はノートと教科書の間を往復している。
シャーペンの音だけが、一定のリズムで刻まれていた。
転校生?
そんなイベントは、彼の優先順位のはるか下だ。
上杉心の中(学年が上がりクラスが変わろうとやることは同じだ。)
静かな決意が、胸の奥で形を取る。
(隙間時間の全てを勉強に費やしてやる!)
昼休み、放課後、移動時間——
そのすべてが、彼にとっては「勉強のための資源」だった。
こうして、転校生の存在すら知らぬまま、
風太郎は黙々とペンを走らせ続ける。
——そして。
教室に再びチャイムが鳴り響き、
時間は、いつの間にかお昼を迎えていた。
彼の集中力だけは、
この騒がしい二年Z組で、異様なほど浮いていた。
昼休み。
銀魂学園の食堂は、今日も例外なく戦場だった。
昼のチャイムと同時に押し寄せた生徒たちが、トレイを手に列を作り、笑い声や不満の声が天井に反響する。揚げ物の油の匂いと、湯気の立つ味噌汁の香りが混ざり合い、いかにも“昼時”らしい空気を作り出していた。
その雑踏の中を、一人の男子生徒が無造作な足取りで注文カウンターへ向かう。
表情は硬く、視線は前だけ。周囲の喧騒など、最初から存在しないかのようだ。
彼の注文は、今日もすでに決まっていた。
「焼肉定食焼肉抜きで」
一瞬、時間が止まったかのように感じられる。
その言葉は、騒がしい食堂の中でも妙に通る声だった。
上杉はいつも、こんな注文をする。
貧しい家庭事情ゆえ、食費は極力抑える。その結果として編み出されたのが、この一風変わった頼み方だった。
焼肉定食は通常四百円。
だが焼肉を抜けば二百円引き。
つまり、二百円のライス単品と同じ値段で、味噌汁とお新香が付いてくる。
——知っている者だけが得をする、合理の裏技。
食堂に足を踏み入れた彼の表情は、相変わらず変化がない。
迷いも期待もない。ただ“最適解”を選ぶだけだ。
「焼肉定食、焼肉抜きで!」
再度、はっきりと告げられる注文。
その瞬間、周囲の空気がわずかにざわめいた。
「焼肉定食……焼肉抜き?」
「それって、ただの白飯じゃねぇか!」
「何だよそれ、節約術か?」
ひそひそ声と失笑が交じる。
だが上杉は一切気にしない。
他人の評価は、彼の腹を満たしてはくれないからだ。
カウンターの職員も、一瞬だけ手を止めたものの、すぐに慣れた動きでレジを打つ。
どうやら、この注文はもう“常連”扱いらしい。
差し出されたのは、白い湯気を立てるご飯、味噌汁、そしてお新香。
いつも通りの光景。
上杉は礼を言うこともなくトレイを受け取ると、静かに食堂内を見渡した。
席を探す視線は冷静で、効率的だ。
彼にとって、この「焼肉抜き定食」は、単なる白飯ではない。
コストと満足度を天秤にかけた結果の、最も合理的な選択だった。
「さてと……」
低く呟き、空いている席へ向かって歩き出す。
軽く息を吐き、無言のままテーブルにトレイを置こうとした、その瞬間——
カツン。
乾いた音が、同時に響いた。
別のお盆が、同じテーブルに置かれたのだ。
上杉が顔を上げる。
そこに立っていたのは、
長い赤茶色の髪の女子生徒
「……あの!」
彼女は一歩も引かず、真剣な表情で上杉を見据える。
「私の方が先でした。隣の席に移ってください」
まっすぐで、遠慮のない言い方。
その態度に、上杉はわずかに眉を動かした。
「は?ここは空いてたんだ。早い者勝ちだろ?」
淡々とした声。
感情は薄いが、譲る気もない。
しかし、赤い髪の女も簡単には引かなかった。
きっと、彼女なりの“正しさ”があるのだろう。
「早い者勝ちなら、私の方が早かったです!」
真正面からぶつかる視線。
周囲の生徒たちが、興味深そうに様子をうかがい始める。
数秒の沈黙。
やがて上杉は、短くため息をついた。
(……面倒だ)
彼は争いを好まない。
時間と労力の無駄だからだ。
「……分かったよ。どうぞお好きに」
そう言って、トレイをずらす。
譲歩ではあるが、感情的な負けではない。
ただの合理的判断だった。
こうして——
二人の奇妙な出会いは、
焼肉のない定食と共に、静かに始まった。
「ありがとうございます」
女子生徒はきちんと背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げて礼を述べると、すぐにトレイを自分の前に引き寄せた。
その所作には、育ちの良さと生真面目さが滲んでいる。
だが——
上杉は、思わず視線を彼女のトレイに落とし、目を見張った。
ご飯、麺類、揚げ物。
さらにデザートまで。
一人分とは到底思えない量が、隙間なく並んでいる。
「……お前、それ全部一人で食うのか?」
半ば呆れたように問いかける。
彼女は箸を止めることなく、きっぱりと言い切った。
「ええ、そうですけど?」
その即答に、上杉は一瞬言葉を失い、肩をすくめる。
「……すげぇな」
それ以上の感想は出てこなかった。
彼は視線を戻し、トレイの中央に鎮座する白飯へと向き直る。
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
食堂の喧騒だけが、耳に入る。
やがて、女子生徒がふと上杉の手元に目を向ける。
そこには——食事とは無関係な、テスト用紙と鉛筆。
彼は、食べながらもペンを走らせていた。
「行儀が悪いですよ、食事中に」
注意する声は、思ったより柔らかい。
上杉は顔も上げずに、短く答えた。
「テストの復習してんだ。ほっといてくれ」
にべもない言葉。
だが、彼女は引き下がらなかった。
「テストって……何点だったんですか?」
問いかけても、返事はない。
鉛筆の音だけが、規則正しく続く。
次の瞬間——
彼女は素早く手を伸ばし、テスト用紙を引き抜いた。
「あっ、おい!勝手に見るな!」
上杉が慌てて手を伸ばすが、一瞬遅い。
「……ひゃ、100点……?」
彼女の声が、かすかに裏返る。
目を丸くしたまま、彼女は上杉を見上げた。
頬が、わずかに赤く染まる。
「わ、わざと見せましたね!」
「何のことだか」
上杉は肩をすくめ、無造作にテスト用紙を取り返すと、何事もなかったかのように再び集中する。
その姿を見つめながら、彼女は小さく息を吐いた。
「……羨ましいです。私、勉強はあまり得意じゃないので」
本音が、ぽつりと零れ落ちる。
しかしすぐに、彼女は顔を上げ、少し明るい声を作った。
「あ、良いこと思いつきました!折角こうして相席になったんですし、私に勉強を教えてくださいよ!」
期待に満ちた瞳。
「断る」
間髪入れず、即答。
上杉は立ち上がり、淡々と告げた。
「ごちそうさまでした」
「ええっ!?」
驚きの声を背に、彼は食堂を後にしようとする。
だが、その足を止めたのは、背後から飛んできた声だった。
「ご飯、それだけでいいんですか?私の分を少し分けましょうか?」
振り返ることなく、上杉は答える。
「むしろあんたが食べ過ぎなんだよ。太るぞ」
その無神経な一言に——
彼女は頬を膨らませた。
「な、何なんですかあの人は!」
怒りを込めた声は、雑踏に紛れていく。
その声が、上杉の耳に届くことはなかった。
こうして、
二人の距離は、
縮まるどころか、はっきりと線を引かれたままだった。
食堂から離れた、人気のない廊下。
昼休みの喧騒が嘘のように薄れ、遠くで誰かの笑い声が反響しているだけだった。
上杉風太郎は、壁にもたれかかるように立ち止まり、ポケットからスマートフォンを取り出す。
画面に表示された名前を見て、ほんのわずかに表情を緩めた。
「もしもし……」
電話の向こうから返ってきたのは、無邪気で明るい——聞き慣れた、可愛らしい女の子の声。
「うちの借金がなくなる?」
思わず聞き返す。
冗談にしては、あまりにも現実的で、そして魅力的な言葉だった。
「お父さんがいいバイト見つけたんだぁ」
軽い調子の声とは裏腹に、その一言は風太郎の胸を強く打つ。
「最近引っ越してきた。お金持ちが娘さんの家庭教師を探してるらしくてね。」
「家庭教師………」
その単語を反芻する。
それは、彼にとって唯一と言っていい“武器”だった。
「アットホームで楽しい職場!しかも相場の5倍の給料!!」
胡散臭さが、一気に跳ね上がる。
裏の仕事の匂いしかしないんだが……」
即座に突っ込む。
うまい話には、必ず裏がある。
「人の腎臓って片方無くしても大丈夫らしいよ……」
「お、俺にやれと!」
思わず腹を押さえる。
笑えない冗談だ。
「アっハハ!うそうそ」
軽やかな笑い声。
「でもこれでお腹いっぱい食べられるようになるね!お兄ちゃん!!」
その瞬間——
ぐぅ、と、間の悪い音が廊下に響いた。
上杉のお腹が、正直すぎる反応を示してしまったのだ。
「……で、その娘ってどんなやつなんだ?」
観念したように、話を戻す。
「うーんとね〜転校生でぇ。お兄ちゃんの学校に転入してくるっていうか、朝にはもう転校生の挨拶ってあったんじゃないの?」
(そういえば!そんなことあった!!)
脳裏に、朝の騒がしい教室の光景が蘇る。
(もしかしてだが……まさかアイツが娘とか——)
一瞬、赤茶色の髪と、やたらと食べ物を抱えた姿が浮かぶ。
(……んなわけないか……)
必死に打ち消す。
「分かった。で、苗字はわかるか?」
「うん!苗字は中野——」
その瞬間、通話が終わるより早く、風太郎の背筋を冷たいものが走った。
―――――
教室。
自分の席に戻ると、隣に座っていたのは、昼に見たばかりの人物。
あの大食いの女。
何気ない素振りで席につくが、どうしても気になってしまう。
風太郎は視線を逸らしつつ、教卓に置かれた名表へと目をやった。
——中野 五月。
(中野五月!!嘘だろ!アイツがーー!!)
言葉にならない叫びが、頭の中で炸裂する。
小さく漏れた呟きは、周囲の誰にも聞き取られることはなかった。
だが、風太郎の思考はすでに先を走っていた。
(家庭教師……転校生……中野……)
嫌な予感が、一本の線となって繋がっていく。
まだ何も始まっていないはずなのに——
彼の胸には、早くも重たい不安が居座っていた。
この出会いが、
自分の日常を大きく狂わせることになるなど、
この時の風太郎は、まだ確信に近い“予感”としてしか、理解していなかった。
次の日——。
昼休み。
銀魂学園の食堂は、今日も変わらず騒がしかった。
トレイがぶつかる音、笑い声、呼びかけ合う声。
そんな雑踏の中で、上杉風太郎は一人、静かに闘志を燃やしていた。
上杉は、リベンジマッチを果たそうとしていた。
上杉心の中(昨日は失敗したが、あの転入生に拒否られたら家庭教師の話がなくなりかねん!)
脳裏に浮かぶのは、妹の声、借金の数字、そして——昨日の昼食時の惨敗。
(なんとしてもアイツのご機嫌を——!)
視線の先には、赤茶色の髪。
間違いない。中野五月だ。
上杉は昨日と同じように、彼女の近くの席へ向かおうとした。
——その瞬間。
先客が、いた。
「と、友達と食べてる!!」
思わず、声が漏れる。
「すみません。席は埋まってますよ?」
にこやかだった。
あまりにも、にこやかすぎた。
(めちゃくそにこやかに言うなぁコイツ!!)
断りの言葉なのに、笑顔が完璧すぎる。
逃げ場がない。
そのとき——
五月の隣に座っていた、ピンク色の髪の少女が、くいっと身を乗り出してきた。
「ちょっと君、行っちゃうの?」
突然の介入。
「五月ちゃんが狙いなんでしょ」
「別に狙ってるわけじゃない……」
即座に否定するが、声に自信はない。
「アハ!本当に五月ちゃんなんだぁ!」
誤解が、確信に変わった瞬間だった。
「ズバリ決めてはなんだったんですか!?」
手をマイク代わりに口元へ。
完全にバラエティのノリである。
「人の話を聞いてたか?別に狙ってない」
必死に軌道修正するが、相手は止まらない。
「ま、せっかくだし五月ちゃんに声をかけてあげるよ」
「余計なお世話だ。自分のことは自分でなんとかする」
言い切る。
本心だ。
だが、その強がりが裏目に出る。
「へえ!ガリ勉くんのくせに男らしいこと言うじゃん!」
——ベシッ
背中に軽く、しかし確実に衝撃。
「痛ッ!?」
不意打ちに、思わず声が出る。
「困ったらこの一花お姉さんに相談するんだぞ!」
明るく、どこか芝居がかった声。
「なんか面白そうだし!」
ピンク髪の女は満足そうに笑った。
「お姉さんって……、同学年だろ。多分……」
半眼で突っ込む。
(しかし困った)
視線の端で、五月がこちらをちらりと見ているのが分かる。
距離は、昨日よりも遠い。
(放課後までになんとかしないといけないというのに……)
胸の奥で、焦りが膨らむ。
(……こうなったら!)
風太郎の目に、覚悟の色が宿った。
静かな昼休みの片隅で、
彼の次の一手が、今まさに決まろうとしていた。
放課後。
下校を告げるチャイムが鳴り終わり、生徒たちは一斉に校門へと流れ出していく。
夕暮れ前の空はまだ明るく、校舎の影が長く伸びていた。
帰宅の時間帯。
人の流れに紛れながら、上杉風太郎は少し距離を取って歩いていた。
上杉心の中(帰り道なら一人になると思ったんだが……)
予想は、あっさりと外れた。
視線の先。
そこには、数人の女子生徒の姿がある。
ツインテールの少女が、隣を歩く五月に呆れたように声をかける。
「五月、食べすぎじゃない?」
その問いかけに、五月はきょとんとした顔で返す。
「そうですか?まだ二個目ですけど?」
そう言いながら、彼女は手にした肉まんを美味しそうに頬張っていた。
白い湯気が、夕方の空気に溶けていく。
「この肉まんお化け〜!!」
冗談めかした声と共に、長髪の女はぐいっと五月のお腹を掴む。
「あ、や!やめてください!!」
慌てた声。
だが、そのやり取りはどこか微笑ましく、完全に仲間内の距離感だった。
その少し離れた場所で——
上杉は、歯を食いしばる。
「くっ!謝るタイミングがねぇ!!」
昨日の失言。
今日の昼の失敗。
今こそ挽回したいのに、完全に輪に入れない。
そんな彼の横から、ふいに声が飛んできた。
「何してるの?」
気配もなく現れたのは、首にヘッドホンをかけた無表情気味の少女だった。
「いや、ちょっと風景を眺めていた。まぁ趣味みたいなもんだ。」
とっさに、もっともらしい言い訳をする。
「ふーん、女子高生を眺める趣味…予備軍」
淡々と言い放つと、彼女はスマホを取り出し、操作を始める。
「通報するのやめて、友達の五月ちゃんにも言うな」
声を潜め、必死に制止する。
「分かった……」
一瞬、指の動きが止まる。
「でもあの子は友達じゃない」
そう言い残し、彼女はすっと走り去っていった。
「え?」
予想外の言葉に、思わず声が漏れる。
遠ざかる背中を見送りながら、上杉はもう一度呟いた。
「……えぇ〜?」
夕暮れの帰り道。
五人は一緒にいるようで、どこか噛み合っていない。
そして上杉風太郎は、
ますます状況が見えなくなっていくのだった。
三人の後を追って歩くうちに、風太郎は思わず足を止めた。
視界の先にそびえ立つのは——
空を切り取るような、とてつもなく高いマンション。
ガラス張りの外観、整然と並ぶ街路樹、入口に立つ警備員。
どう見ても、庶民とは別世界の建物だった。
(……まさか)
目的のマンションは、ここなのか。
そんな疑念が、じわじわと現実味を帯びてくる。
「ここが家じゃねーだろうな……マジモンの金持ちじゃねぇか」
呆然と呟いた、その直後。
三人が角を曲がる。
風太郎も遅れまいと同じ角を曲がる——と。
そこに立っていたのは、
ヘッドホンを首から下げた少女と、ツインテールの少女。
完全に、待ち構えられていた。
「なに?君ストーカー?」
冷たい視線。
一切の冗談を許さない声音。
「げっ……」
思わず声が漏れる。
風太郎は、言うなと念を押したはずの相手に視線を投げた。
(言うなって言っただろ……!)
「五月には言ってない」
淡々と返される。
「……確かに」
言い返せない。
「五月は帰ったわよ。用があるならアタシらが聞くけど?」
遮断。
完全な壁。
「お前達じゃ話にならない。どいてくれ」
苛立ちを隠さず、前に進もうとする。
「おい───」
だが、その肩に言葉が突き刺さる。
「しつこい。君モテないっしょ。早く帰れよ」
ツインテールの少女が、容赦なく言い放った。
——無理だ。
これ以上、正面からぶつかっても意味はない。
そう判断した風太郎は、何食わぬ顔で言った。
「帰るも何もここ、俺の家ですけど?」
一瞬、空気が止まる。
ツインテールの少女は目を瞬かせ、数秒考え込んだ後——
「そうなのマジ!?ごめん」
あっさり信じた。
(……よし)
だが、その安堵を粉砕する声が、背後から飛ぶ。
「……焼肉定食焼肉抜き。ダイエット中?」
——終わった。
それを聞いた瞬間、風太郎は反射的に走り出していた。
「ちょっとアンタ!やっぱり〜!!」
背後で叫び声が響く。
ロビーへ突っ込み、視界の端で——
エレベーターに乗り込む五月の姿を捉えた。
「っ……!」
手を伸ばす。
だが——
扉は、無情にも閉じた。
結局、風太郎は階段へと方向を変える。
エレベーターなんて文明の利器は、彼を待ってはくれなかった。
——三十階。
運動部でもなく、日頃から走ることもない身体で。
「うおおおおおっ!!!!!」
肺が焼ける。
脚が悲鳴を上げる。
(ここで謝れなかったら——)
家庭教師の話は消える。
借金問題は解決しない。
らいはが、悲しむ。
そんなのは、嫌だ。
「ああああああああ!!!!!」
ちくしょう。
赤の他人の顔色を伺う居心地の悪さも。
放課後に汗だくで走ってるこの状況も。
見透かしたような目で絡んできたあいつも。
しつこくて単純で、でも放っておけないあいつも。
何を考えているか分からなくて警戒されるこの感じも。
正義ヅラして突っかかってくる態度も。
全部。
「くそっ!」
全部——
あいつのせいだ!!
最上階。
限界寸前の体で、ようやく辿り着く。
「っはあ……はあ……はあ……っ」
視線の先。
五月は、ちょうど家のドアに手をかけるところだった。
(間に合った……)
「はあっ……はあっ……」
「あ、あなたは!なんですか?私に何かようですか?」
警戒した声。
「き、き、昨日は……」
「え?なんですか?用がないなら帰りますよ」
冷たい。
「き、昨日は悪かった……そ、それで——」
「なんですか?要点をまとめて話してください!私たちも暇じゃないんです。これから私は家庭教師を迎えないと——」
「それ俺、」
「はい?」
「家庭教師、俺」
一瞬の沈黙。
「ガーン!!」
顔面蒼白。
「だ、断固拒否します!!」
「そんなこと言ってもどうしようもないだろ!!」
息も整わないまま、必死に食い下がる。
「ていうか、私たちって一体どういう——」
言葉は途中で途切れ、
物語は——完全に後戻りできない地点へと踏み込んだ。
ポーン。
乾いた電子音が、張りつめた空気を切り裂いた。
エレベーターの扉が開き、そこから現れたのは——
見覚えのある顔、顔、顔、顔。
四人の少女。
どいつもこいつも、今日一日で嫌というほど印象に焼きついた面々だった。
「あれ?優等生くん!」
真っ先に声を上げたのは、どこか芝居がかった笑顔の少女。
「五月ちゃんと二人で何してるの?」
——交渉だよ!
と喉まで出かかった叫びを、風太郎は必死で飲み込む。
「いたー!!」
次いで、鋭い声。
「こいつがストーカーよ!」
内心で即答する。
「ええっ!ストーカーだったんですか!?」
「違ぇよ!!」
即座に反射で叫んだ。
「二乃、早とちりしすぎ」
冷静な声が割って入る。
(ナイスアシスト!)
風太郎は心の中で拍手喝采した。
——だが、そんな安堵も一瞬だった。
「な、何でこいつらが……!?」
混乱のまま問いかけると、返ってきた答えはあまりにも当然のようで。
「住んでるからに決まってるでしょう」
「……住んでる?」
言葉を繰り返しながら、風太郎の視線は自然と玄関横の表札へと吸い寄せられた。
Nakano
ローマ字で整然と刻まれた名字。
(まさか……)
喉がひくりと鳴る。
(ははは、そんなわけないよな?)
必死に現実を笑い飛ばそうとしながら、口を開く。
「ど、同級生の友達五人でシェアハウスか……仲がいいんだな」
だが、その希望的観測は、あっさりと粉砕された。
「何言ってるんですか。違いますよ」
違う?
じゃあ、どういうことだ。
脳が必死に別の答えを探す。
だが——
「私たち───」
待て。
待て待て。
思考が追いつかない。
嘘だろ?
なあ、嘘って言ってくれよ。
待て待て待て待て!!
「五つ子の姉妹です」
——
うわああああああああ!!!!
嘘だああああああああぁぁぁ!!!!!!
悪夢だああああああぁぁぁ!!!!!
頭の中で警報が鳴り響き、世界がひっくり返る。
(五人……全員……!?)
家庭教師。
借金。
中野。
すべてが一本の線で繋がった瞬間だった。
***
「これから勉強を教えるというのに——」
「なぜまだ誰もいない!!」
広いリビングに、風太郎の声が虚しく響く。
教材を抱え、仁王立ちする彼の前には——
誰も、いない。
そのとき。
「はいはーい!私がいまーす!」
元気すぎる声と共に、床を滑るように現れた少女がいた。
トレードマークのリボンを揺らしながら、両手にお茶を持って。
「——っ!?」
「お前……誰だ?」
勢いに押され、思わず本音が漏れる。
「私ですか?私は四葉!」
にこっと笑って、胸を張る。
「四番目の四葉!幸せの四葉です!」
(なぜ二度言った?)
「あ、ああ?……よろしく頼む」
とりあえず、挨拶だけは返した。
「早速だが、残りの奴を呼びに行きたいんだが……」
四葉は一瞬で理解したように、勢いよく手を挙げる。
「お任せください!!」
元気いっぱいの返事。
その背中を見送りながら、風太郎は静かに悟った。
——これは、想像以上に面倒な仕事になる。
階段を上がりながら、四葉はまるで案内役のように指を折った。
「私たちの部屋は手前から五月、私、三玖、二乃、一花の順番です」
廊下の奥へ続く扉の列は、どれも同じ造りなのに、これから待ち受ける反応だけは同じでないことを、風太郎はすでに悟り始めていた。
「五月はすごく真面目な子なので、よほどのことがない限り協力してくれますよ」
——その言葉に、かすかな希望を抱いた直後だった。
コンコン。
ノックの音が静かに響く。
間髪入れず、扉の向こうから鋭い声が返ってきた。
「嫌です!」
間もなく、扉越しとは思えないほどの勢いで言葉が続く。
「そもそもなぜあなたなのですか!この街にはまともな家庭教師はいないのですか!」
「それでは」
バン!
拒絶の音が、物理的にも精神的にも突き刺さった。
「アハハ、気を取り直して次行きましょう!」
笑顔で場を切り替える四葉の前向きさが、逆に痛い。
「三玖は私たちの家で一番頭がいいんです。上杉さんと気が合うんじゃ?」
淡い期待を込めて、次の扉が開かれる。
「嫌」
即答。
「なんで同級生のあなたなの?」
「この街にはまともな——」
(イタイ、イタすぎる……!)
言葉にならない圧が、視線と空気そのものに乗って撃ち込まれてくる。
(視線から言葉のマシンガンが俺に向けて撃ちつけられているぅ!!)
「もういいさっきも聞いたそれ、俺のライフはもうほぼゼロだ。」
乾いた諦観だけが残った。
ーーーー
二乃に至っては、そもそも反応すらなかった。
存在を認識されていないのか、拒絶する価値すらないのか——どちらにせよ心は削られる。
「大丈夫ですよ!まだ一花が………残っていますから」
「なんだよ、その露骨に開いた間は」
「驚かないでくださいね」
「な、なんだこれ…」
扉を開けた瞬間、言葉を失った。
床が見えない。
いや、正確には床という概念が存在していない。
服、バッグ、小物、雑誌。
あらゆる「私物」が積み重なり、部屋そのものを侵食している。
(ここって……人が寝泊まりする部屋なんだよな……??)
「ふぁぁ……人の部屋を未開の地扱いしてほしくないなぁ…」
眠たげな声が、魔境の中心から響く。
「もうまた散らかして」
軽く呆れた声。
「と、とにかく、そろそろ授業を始めるぞ早く出ろ!……」
「えー?お姉さんまだ服着てないから時間かかるよー?」
「……何でだよ!」
「寝る時の癖で脱いじゃうんだよ」
(なんて癖があるんだ……)
「とにかく!四葉、一花に早く服を着せて降りろ。さっさと勉強だ。」
「はい!」
「ねえ、同級生の女の子の部屋に来て勉強勉強って…。それでいいの?」
「いいから居間に来い!」
「ったく」
魔境から逃げ出すように廊下へ出ると、そこに三玖が立っていた。
まるで待ち伏せのように。
「どうした?」
「フータローだっけ?聞きたいことがあるの。私の体操服がなくなったの。赤のジャージ」
「そうか…。見てないが?」
「さっきまではあったの。フータローが来るまでは。」
その瞬間、風太郎の血の気が引いた。
「まさか、盗っ——」
「てない!」
必死の即答。
そのとき、階下から軽い声が響いた。
「おーい、クッキー作りすぎちゃったんだけど、食べる?」
——ん?
視線の先。
二乃の手元にある赤いジャージ。
よく見ると、そこには小さく刺繍が入っていた。
『中野三』
「……見つけた」
静かな一言が、すべてを物語っていた。
誤解は解けた。
だが、風太郎の精神的消耗は、すでに限界寸前だった。
(……先が思いやられる)
家庭教師初日。
前途は、限りなく多難だった。
とにかく、ひとまず問題は解決した。
誤解も解け、空気も……良くはないが、最悪ではない。
ようやく「授業」という本題に入れる状況になった。
風太郎は深く息を吸い、教師としてのスイッチを入れる。
「よーし、これで全員集まったな!まずは実力を把握する為にテストを実施する!!」
その瞬間だった。
「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」
声が重なり、同時に箸が動く音が響く。
「やる気あんのかお前ら!?」
机を叩く勢いで叫ぶが、誰一人として動じない。
「大丈夫ですよ上杉さん!私はもう始めてます!」
風太郎は一瞬、希望を抱いた。
——だが、その紙を覗き込んだ次の瞬間、即座に打ち砕かれる。
「うん!!名前しか書けてないけどなッ!!」
一花は大きく伸びをし、目をこすりながら欠伸を漏らす。
「ふぁ〜…。食べたら眠たくなってきちゃった…」
三玖は淡々と言い放った。
「勉強するなんて一言も言ってない」
二乃はソファに身を投げ出し、軽い調子で提案する。
「ねー?折角の土曜日なんだし、どこか遊びに行かない?」
「ダメ絶対ッ!!」
即答だった。
もはや反射に近い。
「……クッキー嫌い?」
「いや、そういう気分じゃ…」
一瞬の沈黙。
その隙間に、二乃は一歩踏み込んでくる。
「警戒しなくても、クッキーに毒なんて盛ってないから。食べてくれたら勉強してもいいよ?」
——その言葉に、風太郎の理性がぐらついた。
「……よし、食うか!」
「わっ!モリモリ減ってる!嬉しいなぁ!」
満足そうに微笑みながら、ふと思い出したように続ける。
「あ、そだ。パパとどんな約束したの?」
「!……特に何も」
胸の奥が、わずかに軋む。
「うっそ〜!君ってそんなことするキャラじゃないでしょ?」
探るような視線。
軽い口調とは裏腹に、妙に核心を突いてくる。
「ぶっちゃけ家庭教師なんていらないんだけどね〜……」
「…!!」
心臓が、嫌な音を立てた。
(……あれ?)
(やっぱり、歓迎されてない……?)
だが次の瞬間、二乃は何事もなかったかのように笑う。
「なんてね、はいお水」
「お、おう。サンキュー…」
「……」
違和感。
口の中に残る甘さとは別の、じわりと広がる嫌な感覚。
「ばいばーい」ニヤッ
——その笑顔を最後に、意識がふっと遠のいた。
目を覚ますと、そこは——
タクシーの中だった。
揺れる車内、流れる窓の外の景色。
頭が重く、状況を理解するのに数秒かかる。
ガタッ
車体が小さく揺れ、風太郎は完全に目を覚ました。
(……やられた)
体を起こそうとして、助手席に人影があることに気づく。
「五月!どうしてここに……」
タクシーの助手席には五月が座っていた。
「今回は一泡吹かされましたね。これに懲りたら諦めることです」
淡々とした声。
だが、どこか呆れと勝ち誇った響きが混じっている。
「それはできない」
即答だった。
考えるより先に、言葉が出た。
「どうしてそこまで……」
問いかけに、答えようとしたその時。
「あ、やっぱお兄ちゃんだ」
「らいは!?どわっ!?」
玄関先から飛び出してきた妹の姿に、思わず声が裏返る。
「この人ってもしかして生徒さん!?」
「な、なんでもない人だ…さ、行くぞ」
慌てて話を切り上げようとするが——
「ああ嘘だ!良かったらうちで食べていきませんか?」
「ええ!?」
「ら、らいは!」
らいは「だ。だって〜ダメですか?」
潤んだ瞳で見上げられ、言葉が詰まる。
「……!」
——ズッキューン。
明らかに心を撃ち抜かれた音が、空気に響いた気がした。
*
上杉家。
らいは、「はーい上杉家特製のカレーと卵焼きです」
湯気の立つ皿を並べながら、満面の笑み。
「お口に合うといいな」
「お嬢様にお口が合うかね〜」
「コラ!」
「アッハハ!そんなこっだから俺みてたくモテねぇんだぞ」
軽快な笑い声が、狭い居間に広がる。
「それにしてもまさかお前が女の子を連れてくるとはな〜」
「親父!」
「ところでお兄ちゃん、ちゃんと家庭教師やってきた?」
「「!」」
一瞬、空気が凍る。
「その件について——」「もちろんバッチグーよ」
被せるように言った。
「なぜです?」
「いいから、らいはが悲しむ」
「良かったーこれで借金問題は解決だね」
「コラ、らいはお客さんの前だぞ。」
「ああごめん」
気まずさと温かさが入り混じる、不思議な時間だった。
*
「らいはちゃんご馳走様、」
「お邪魔しました。」
「五月さん!」
玄関で呼び止め、少し照れたように、けれど真剣な表情で続ける。
「お兄ちゃんはクズで自己中でサイテーな人間だけど」
「ら、らいは……」
「でも、良いところもたくさんあるんだ。だからその……また来てくれる?」
その言葉に、五月は一瞬驚き、すぐに優しく微笑んだ。
「もちろんです!」
*
帰り道。
「勘違いしないでください。あなたの事情は大方分かりましたが、私はあなたに教えはこいません。」
「そうかよ」
素っ気なく返すが、胸の奥は少しだけ軽い。
「ですが、家庭教師をやるなら勝手にどうぞ。」
「え、いいのか?」
「別に教えはこいませんからね!」
強がり混じりの言葉。
それでも——拒絶ではなかった。
五月は、家の事情を察してくれていた。
らいはたちには何も言わず、俺の手を借りずとも卒業までやり遂げてみせる、と意気込んでいる。
(……頑固で、面倒で、でも)
(悪くない生徒だ)
家庭教師と生徒。
その関係は、ようやく——スタートラインに立ったばかりだった。
学校・万事屋部室
ガラッ。
「はいはーい戻ったぞ〜」
だらしなく引き戸を開け、コンビニ袋をぶら下げた銀時が部室に戻ってくる。
「あっ、銀さん!新学期始まって二日間どこで何してたんですか!?」
腕を組んで詰め寄る新八。
その背後では、神楽が机の上に寝転がりながらポテチをむさぼっていた。
「何って、今日発売の新刊のジャンプを探しに行ってたに決まってるだろうが」
「二日間も!?別に後日買えばいいだけじゃないですか!」
「甘いアル新八。銀ちゃんクラスになると“立ち読み用”“保存用”“布団の下用”で最低三冊は必要ネ」
「そんな用途聞いたことねぇよ!?」
「最近どこも売り切れ早ぇんだよ。転校生ラッシュのせいで人口密度上がってんのか知らねぇけどよ」
「そこ関係あります!?」
「知らないアルか?銀ちゃん、銀ちゃん!聞いてよ今年だけでもう五人も増えたネ」
「五人?」
「しかも全員そっくりな女の子だったアル。ドッペルゲンガー量産工場かと思ったネ」
「先生連中も混乱してましたからね。“えーっと中野さん……あ、いや違う中野さん……”って」
「それもう混乱を超えてホラーじゃね?」
「銀ちゃんは誰かタイプの女の子いるアルか?」
「さぁな、俺はな、転校生より今週の巻頭カラーの方が大事なんだよ」
「あの、話すり替えるのやめてくれません?」
「だいたい学園モノで転校生増え始めたら、もう作品的にテコ入れ入ってる証拠だろ」
「始まって早々にイタイ所を使うとするな!」
「つまりこれからラブコメ展開が加速するアルな」
「安心しろ新八、お前には一切関係ない」
「な、なんで断言するんですか!?」
「メガネが主人公のラブコメは、最終的にメガネ外した別キャラが主人公になるって相場が決まってんだ」
「そんな残酷な法則あります!?どんだけメガネの人権ないの!」
「じゃあ私は?」
「お前は食堂イベント要員」
「ふざけるなアル!!」
部室にいつもの騒音が戻り、
転校生騒動も、結局は万事屋部にとって“よくある日常”の一部に過ぎなかった。
——少なくとも、この時点では。
教えて!シャーレの先生!!
銀時「はぁーい。
銀八先生が忙しくて来られないので、代打で出張してきました坂田銀時でぇーす。」
銀時「今回はキヴォトスからのリモート対応でお送りしまーす。
……つってもな、どうせ小説だからリモートもクソもねぇけど。」
銀時「画像? 動画? そんな豪華なもん付くわけねぇだろ。
ただでさえ時間という名の資金が足りてねぇんだから」
銀時「え? 早くコーナー始めろ?
はいはい、視聴者が一番偉いってやつね。分かってますよ〜。」
銀時「えー、このコーナーではですね。」
銀時「読者の皆さんが“これどうなってんの?”って思ったことや、
作者が“今のうちに言い訳しとかないと後で怒られるな”って内容を
追加でお知らせしていきまーす。」
銀時「さっそく作者様からの質問っと……なになに。」
銀時「なぜクロスオーバーが
『銀魂×銀八先生×五等分の花嫁』なのに、
銀魂と銀八先生が分かれてるんですか?
同じじゃないんですか?」
銀時「はい、ズバリ言っちゃうとだな。」
銀時「銀八先生の世界線の俺たちは、
銀魂時代と比べると性格がかなりマイルドになってる。」
銀時「まぁ、アブナイネタがあるとはいえ、学園ものだからね
そこんとこ気を遣ってんだろ」
銀時「でもな、それだと――」
銀時「強いエピソードが作れねぇ。」
銀時「だから、銀魂側の“個性が暴走してる連中”を残すために、
わざわざ
『銀魂×銀八先生』って分けたわけだ。」
銀時「要するに、
作者の技量不足って話だ。」
銀時「はい次いこ次〜。」
銀時「なんで銀さんと銀八、二人いるんですか?
一人にした方が楽じゃないですか?」
銀時「……正論はやめてくんない?作者に効くだろ?。」
銀時「はい、これもズバリ言っちゃうと――」
銀時「銀時と月詠のカップリングがあるからです。」
銀時「原作でも色々絡みあったし、
イベントもそれなりに濃かったしな。」
銀時「だから作者が」
銀時「“くっつけるまではいかなくても、この関係は残したい”
って思った結果、
銀時と銀八、二人残すことになったわけだ。」
銀時「つまり――」
銀時「全部、作者の都合だ。」
銀時「まぁそんなわけだから次回も楽しみにしながら廊下で立ってなさい!!」
次回「天然パーマはクセが強すぎる」
挿絵
-
カラー
-
白黒