五月「起立、気をつけ、礼」
上杉「…………」(単語帳を捲る)
五月「って上杉くん、挨拶の時くらい勉強から離れたらどうなんですか?」
上杉「いくらこれが残り少ないストック分だからって共テ試験前なんだ。」
「茶番になんて付き合ってられるか」
五月「……そんな風だから私たちとコミュニケーションが取れず今回のような事態になっていると思いますけどね。痴漢行為に及んだ上杉くん」
上杉「な!それは誤解だとーー」
五月「もう良いです。時間も時間です。せいぜいらいはちゃんに謝っておいてください。」
「それでは嫁魂始まります。」
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くだらぬ話 永遠に続け
桜風が吹くまで
晴天 ニヤついて
ケンケンパーで歩いて
電柱衝突間一発で神回避
飛び出す車と猫ちゃんを飛び越えてお酒落ポーズのまんまで落とし穴へ Dive!
ラララ ラララ ラララ ラララ
聴こえてくる
みんな楽しそうな歌声が
ラララ ラララ ラララ ラララ
一緒に行こうぜ!
空に爆笑が竜巻く春へ
だから
くだらぬ話 永遠に続け
踊れ!騒げ!笑え!
二度とない今日を恥ずかしげもなく大人になろう(なりたい)
桜風が吹くから
笑え!笑え!笑え!
泥だらけでも
笑え!笑え!笑え!笑え!
いつだって側にいるんだ
曇天高まって
風船ガム噛んで
大胆不敵に目指せよ桃源郷
その魂で今日も気高くあれ
ずっと側にいるんだ
あいつらが
ほら
つまらぬ雨も耳を澄ませ
ポツポツポツとリズムになって風と一緒に踊ればいい
いつの間にかハレルヤ
爆笑が竜巻く春へ
感傷も吹き飛ぶギャグで
せーの!(笑え!)
くだらぬ話 永遠に続け
踊れ!騒げ!笑え!
ありふれた今日を見違えるほど
皺を増やそう (増やそう)
桜風が吹くから
笑え!笑え!笑え!
また会う日まで
笑え!笑え!笑え!笑え!
いつだって側にいるんだ
リビングのテーブルを囲むように、五つ子と上杉は等間隔に腰を下ろしていた。
空気は張りつめ、まるで本物の法廷のような重苦しさが漂っている――もっとも、その実態はかなり歪んだ“裁判ごっこ”なのだが。
「それでは、全員揃ったところで裁判を開始します!」
張りのある声が部屋に響く。
立ち上がった五月は背筋をぴんと伸ばし、手にしたノートを机に軽く叩いた。その瞳は真剣そのものだ。
「裁判長、発言の許可を!」
その様子を、やる気半分、面白さ半分といった表情で眺めながら、一花は椅子にもたれ、片手をひらりと挙げた。
「はーい。検察の五月ちゃん、発言をどうぞ〜」
どこか芝居がかったその声に、五月は満足そうに頷き、ノートを開く。
「裁判長、ご覧ください!
被告は家庭教師という立場にありながら、ピチピチの女子高生を目の前にして欲望を爆発させました!」
その瞬間、上杉の肩がびくりと跳ねた。
「なっ……!」
五月は畳みかけるように一枚の写真を高く掲げる。
「証拠写真です!
こちらに写っているのは、困惑した表情の被告・上杉風太郎。間違いありませんね!?」
写真には、まさに言い逃れできなさそうなタイミングで切り取られた上杉の姿が写っていた。
撮影者は言うまでもない。五月だ。
「え、いや、それは……!」
上杉が慌てて立ち上がりかけた、その瞬間。
「まあいいわ、裁判長!」
鋭い声が割って入る。
二乃だ。
一花はにこやかに頷いた。
「はい、原告の二乃くん。発言をどうぞ」
二乃は椅子を引き、勢いよく立ち上がる。その瞳には、怒りと警戒、そして少しの悔しさが混じっていた。
「この男は一度マンションから出たと見せかけて、私のお風呂上がりを待ち伏せしていたの!
極めて悪質な犯行よ!」
上杉の顔から血の気が引く。
「ちょ、ちょっと待て!話が――」
「だから私は要求します」
二乃は一切聞く耳を持たず、きっぱりと言い切った。
「上杉風太郎、そしてあの腐れ天パたちの、今後一切の出入り禁止を!」
「お、おい!それはいくらなんでも飛躍しすぎだろ!」
必死に声を張り上げる上杉。
だが、その横で一花は感心したように、うんうんと頷いていた。
「いやぁ……たいへん、けしからんですなぁ」
「一花!?」
上杉は縋るように彼女を見る。
「俺はただ、単語帳を忘れただけで――!」
しかし、一花はぷいっと顔を背け、無言を貫いた。
「……」
その態度が、何よりも堪えた。
上杉はがくりと肩を落とし、力なく椅子に座り直す。
「さ……裁判長……」
弱々しく助けを求める声。
その瞬間、一花がくるりと振り返り、いたずらっぽく微笑んだ。
「えへへ」
そのとき――
それまで沈黙を守っていた三玖が、静かに椅子から立ち上がった。
「……異議あり」
その一言は小さいのに、不思議とよく通った。
ざわついていた空気が一瞬で止まり、五つの視線が一斉に三玖へと集まる。
三玖は胸の前で拳を握りしめ、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「フータローは……悪人顔だけど……」
「そこ強調する必要あるか!?」
上杉の心が即座にツッコミを入れたが、三玖は続けた。
「でも、これは無罪」
「三玖~~!!」
救いの女神を見るように、上杉は感激の声を上げる。
しかし次の瞬間、その希望は容赦なく叩き潰された。
「はぁ!?」
二乃が机を叩いて立ち上がる。
「あんた、まだそいつの味方でいる気!?
こいつ、ハッキリ『撮りに来た』って言ったのよ!?盗撮よ、盗撮!!」
三玖は眉をひそめ、感情を抑えたまま言い返す。
「……『取りに来た』でしょ。忘れ物を」
一瞬の沈黙。
二乃は悔しそうに唇を噛み、今度は裁判長席へと向き直った。
「裁判長~!
三玖は被告への個人的感情で庇ってま~す!」
「ち、違っ……!」
三玖は一気に顔を赤くし、言葉を詰まらせる。
「それは……その……別に、そういうのじゃ……」
「三玖……信じてくれると信じてたぜ……!」
上杉が胸を打たれたように声をかけるが、三玖はピシャリと言い放つ。
「それ以上、近づかないで」
氷の刃のような一言。
上杉の肩が目に見えて落ちた。
(ガーン……)
その様子を見て、二乃はますます調子に乗る。
「え~~?
それって警戒してるってことかな~~?」
三玖は視線を逸らしたまま、短く答えた。
「してない。二乃の気のせい」
だが、二乃は引かない。
立ち上がり、声を荒げる。
「言っとくけど!私は裸を見られたんだから!」
三玖は一瞬だけ二乃を見て、淡々と言った。
「見られて減るようなものじゃない」
「はぁ!?
あんたはそうでも、私は違うの!!」
「同じような身体でしょ」
火花が散るような視線の応酬。
空気が完全に姉妹喧嘩へと傾いた瞬間――
「ま、待ってください!」
五月が慌てて立ち上がる。
「い、今は私たちが争ってる場合じゃ――」
「五月は黙ってて」
三玖の一言で、五月は文字通り言葉を失った。
二乃はそのまま五月を指差す。
「てか、その写真消しなさいよ」
「なっ……!」
姉妹間の空気は、もはや裁判どころではない。
収拾がつかなくなった状況に、五月は再び裁判長へと縋る。
「裁判長~~!」
一花はその様子を面白そうに眺めていたが、やがて軽く頷いた。
「よーしよし。みんな頑張ってるね~」
そして、テーブルを指で軽く叩く。
「でもさぁ……
三玖の言う通りだったとしても、こんな体勢になるかなぁ?」
その言葉に、二乃は勢いよく頷いた。
「そうよ!
こいつ、いきなり私に覆いかぶさってきたの!」
三玖はゆっくりと上杉に向き直る。
真っ直ぐで、逃げ場のない視線。
「……フータロー。それ、本当?」
上杉は額に冷や汗を浮かべながら、観念したように答えた。
「そ……そうだが……それは……」
言い訳の余地を探す前に、三玖は小さくため息をつき、無表情で宣告した。
「有罪。切腹」
「三玖ァ!?」
一花も肩をすくめ、冗談めかして言う。
「うーん……それは庇いきれないよね~」
そして、裁判長としての結論を下した。
「よって――
上杉被告、有罪!!」
上杉の悲鳴が虚しくリビングに響く。
「――ああ、すいませぇーん。遅れましたぁー」
間の抜けた、だが妙に場違いな声がリビングに滑り込んできた。
全員の視線が一斉に玄関へ向く。
「来る予定だった下山弁護士がですねぇ……中居っちゃったせいで文春で盛大に晒されちゃいまして」
場の空気を読まない説明に、沈黙が一拍落ちる。
「……代打で来ました」
そう言って姿を現したのは、見慣れた銀髪の男だった。
「誰よアンタたち!」
反射的に声を上げた二乃が、次の瞬間、目を見開く。
「……って、待って。もしかして――」
「弁護士の坂田でぇーす」
軽く手を挙げる銀時の後ろから、ぞろぞろと三人が続いた。
「同じく新八です」
「神楽です」
「お妙よ」
そして――
四人同時に、キラリと光る仕草。
全員、一斉にメガネを押し上げた。
「「「「よろしくお願いしまぁーす」」」」
その瞬間、リビングの空気が一変する。
(ぎ、銀時!?)
上杉は目を疑った。
心臓が一気に跳ね上がり、思考が追いつかない。
(ど、どうしてここに……?)
銀時はきょろきょろと室内を見回し、気の抜けた声で言う。
「え、ここっすか?ここに座る感じです?」
「靴脱ぎなさいよ靴!!」
二乃の鋭い一喝が飛ぶ。
「へぇーい」
素直なのか雑なのか分からない返事をしながら、銀時は靴を脱ぐ。
(まさか……)
上杉の胸に、熱いものが込み上げる。
(俺のために……戻ってきてくれたのか?)
だが、すぐに現実が頭をよぎる。
(いや、もう裁決は出た。
今さら、ひっくり返るはずが――)
「さぁ」
新八が一歩前に出て、眼鏡の奥で目を光らせた。
「始めましょうか、裁判を」
「このふざけた茶番劇」
神楽が腕を組み、不敵に笑う。
「ここで終わらせてやるネ」
「私を敵に回したこと」
お妙が微笑む。その笑顔が、逆に恐ろしい。
「後悔するといいわ」
その圧に、五月は思わず喉を鳴らした。
「な、なんでしょう……
すごく……冷や汗が止まらないんですが……」
二乃も言葉を失い、歯を噛みしめる。
「ぐっ……」
そんな中、一花だけは楽しそうだった。
口元に笑みを浮かべ、軽く手を叩く。
「いいねいいね~。
それじゃあ――」
視線を全員に巡らせ、宣言する。
「再開しよっか」
そして、わざとらしく声を張り上げた。
「五つ子裁判・審議スタートォ~~!」
再び始まった法廷ごっこ。
だが今度は――
万事屋という、あまりにも予測不能な弁護団を迎えて。
五月が一度、深呼吸をしてから立ち上がった。
裁判長としての自覚を示すように背筋を伸ばし、少し震える声を抑え込む。
「そ、それでは……被告人・上杉風太郎は、本日夕方、このリビングにおいて原告・二乃さんの入浴直後を狙って待ち伏せし、無理やり接触した疑いがかけられています」
言葉を選びながらも、空気は一気に張り詰めた。
「証拠として、私のスマホには当時の写真が残っています。
状況証拠も揃っており、審議にかけるまでもなく……有罪が妥当だと考えます」
その言葉に、二乃は口角をつり上げた。
勝利を確信した者の余裕。視線をわざと上杉、そして銀時たちへと向ける。
――だが。
「異議あり」
間延びした声が、しかし確かな重みをもって空気を切った。
銀時だった。
一花が面白そうに眉を上げる。
「ほうほう、坂田弁護人どうぞ!」
銀時は肩をすくめ、気だるげに続ける。
「写真があるからって、それだけで決めつけるのは早計だと思いましてねぇ」
「そもそも人が誰かに飛びかかる理由なんて、二つしかないんですよ」
場が静まる。
「一つは強い好意。もう一つは、本能が暴走した場合」
そう言って、ちらりと新八を見る。
「たとえば、ここにいる新八がやったって言われたら
“メガネの奥に眠る本能が暴れた”って説明されても、まぁ納得は――」
「納得できませんからね!?
あと“メガネの本能”ってなんなんですか!!」
新八の抗議を軽く流し、銀時は視線を戻した。
「ですが上杉被告人には、そのどちらも当てはまらない」
「なぜなら――」
銀時は、裁判長席を見上げる。
「それは裁判長、あなたが一番よく知っているんじゃないですか?」
「え、えぇ~?ここで私に振る~?」
一花は苦笑しつつも、顎に指を当てて思い返す。
「まぁ……たしかにねぇ。
最初に私の部屋に入ったとき、私がかなり無防備な状態でも……」
「全っ然、反応なかったもんね」
三玖が静かに問いかける。
「……一花、本当?」
「うん。だから、そういう意味での興味は薄いと思うなぁ」
「ちょっと!!」
二乃が声を荒げる。
「一花、裏切ったわね!」
「え~?私は事実を言っただけだよ?」
三玖が低い声で言い切る。
「原告うるさい。私情を挟まないで」
「……っ!」
二乃は言葉を詰まらせ、歯を噛みしめた。
銀時は畳みかける。
「つまり、強い刺激があっても動じない男が、
わざわざ仕事の邪魔ばかりしてくるような醜女に、そんな行動を取る理由がない」
「よって――」
一拍置いて、銀時は言った。
「被告人が意図的に問題行動を起こしたとは考えにくい。
事故的な状況が重なった可能性が高い、と主張します」
一花は楽しそうに手を叩いた。
「なるほどね~。弁護人の意見を認めましょ〜う!」
その瞬間、上杉は思わず息を吸った。
(助かった……のか?)
だが、銀時は急に余計な一言を足す。
「ちなみに、写真の構図がいまいちなので、状況再現を希望します。
縛った方が臨場感があって――」
「それ完全にアンタの趣味ですよね!?」
新八が即座にツッコんだ。
リビングに再び笑いと怒号が混ざり合う。
上杉は、呆然とその光景を見つめていた。
裁判という名の茶番、その中心で、空気をねじ伏せるように立つ銀時の背中。
(……す、すげぇ)
内心で息を呑む。
ふざけ倒し、脱線し、好き勝手言っているようで――それでも、あの絶体絶命の空気を、いつの間にか“こちらの流れ”に引き戻している。
お妙が腕を組み、口元だけで微笑んだ。
「流石、部長ね。やるじゃない」
神楽も当然のように頷く。
「口先から生まれた男アル。これくらい当然ネ」
(なんて憎たらしい顔してやがる……)
上杉は苦笑する。
(原告側の二乃からしたら、ウザくて仕方ないだろうな……)
「ん、どうしたの?今まで邪魔ばっかしてたのが仇になったねこりゃあ」
「自業自得だねぇこりぁあ」
銀時が二乃を煽り散らかしてる間に
新八が眼鏡を押し上げながら言った。
「まぁ、部長が口喧嘩で負けるところ、見たことないですからね」
その言葉に応えるように、銀時はニヤリと笑い、懐から扇子を取り出してひらりと広げた。
そこには、達筆とは言い難いが妙に堂々とした文字で――
《糖然》
と書かれている。
(……いける)
上杉の胸に、かすかな希望が灯る。
(いけるぞ。あいつなら、必ず……)
だが、その流れを断ち切るように、二乃が一歩前に出た。
「ちょっと、いいかしら?」
一花が軽く首を傾げる。
「何かな?原告の二乃」
二乃は鋭い視線を銀時に向けた。
「さっきコイツ、言ったわよね。写真の構図が気に入らない、とかなんとか」
「言ってたねぇ」
「つまりよ」
二乃は唇を吊り上げる。
「今、弁護してるこの男――欲望の塊みたいな奴ってことでしょ?」
「そんな人間に、痴漢の容疑者を弁護する資格、あるのかしら?」
五月が思わず頷く。
「た、確かに……同じ穴の狢、という言葉もありますし……」
その瞬間。
神楽とお妙が、同時に顔をしかめた。
「あっ……」
銀時も引きつった声を漏らす。
「ゲッ……」
新八は頭を抱えた。
「ちょっとォォォ!!何やってんですかアンタァァ!!
アレだけ自業自得だ何だ言ってたけどアンタが1番恥ずかしいよ!」
「煽り散らかして煽られるってめっちゃ恥ずいやつですよ銀さん!」
(くそ……!)
上杉は歯を食いしばる。
(二乃のやつ……俺だけじゃなく、銀時まで引きずり落とす気か!
どんだけ俺たちを追い出したいんだよ……!)
その時だった。
「異議ありアル!」
凛とした声が響く。
一花が楽しそうに笑う。
「おっ、どうしたの?弁護人の神楽ちゃん」
神楽は腕を組み、真顔で言い放った。
「確かに銀ちゃんは変態アル。
いや、男はみんな獣。性欲にまみれた化け物ネ」
「おい」
「いつ襲ってもおかしくない存在ヨ。そこのヘタレキノコ以外はな」
(なんで俺にも被弾してんだ!?)
上杉は心の中で叫ぶ。
「ヘタレキノコが、邪魔ばっかしてきた面食いウザ女を押し倒す理由なんてないアル」
「なら、偶然そうなった原因があるはずネ」
神楽は一歩前に出て、床を指さした。
「よく見るアル」
「そこら中に、本が散らばってるのが分かるアルか?」
一花が視線を落とす。
「うん……これがどうしたの?」
その言葉を引き継ぐように、お妙が静かに口を開いた。
「恐らく上杉さんは、棚から落ちてきた本から二乃さんを庇った」
「その拍子に、偶然……ああいう体勢になってしまった」
五月が頷く。
「……確かに。状況としては、筋が通っています」
一花も納得したように微笑んだ。
「うんうん。やっぱりフータロー君に、そんな度胸ないよね~」
「ちょ、ちょっと!!」
空気が一気に“解決ムード”へ傾く中、二乃が声を荒げる。
「何、勝手に終わった雰囲気出してんのよ!?
適当なこと言わないで!」
その瞬間、銀時が低い声で割り込んだ。
「テキトー言ってんのはテメェだろうが、高飛車女」
空気が凍る。
「百合だかシスコンだか知らねぇが、ギャーギャーうるせぇんだよ」
「お前一人の望みを、姉妹全員の望みだと思うな。
反抗期ですか?コノヤロー」
「二乃うるさい」
「……っ!!」
二乃は唇を噛み、三玖たちを鋭く睨みつけた。
だが、一花が静かに前に出る。
「まあまあ。みんな、そんなにカッカしないでさ」
柔らかい声。
けれど、どこか懐かしさを含んだ響き。
「私たち、昔は仲良し五姉妹だったじゃん」
「昔は、って……私は――」
言葉を途中で切り、二乃は顔を伏せた。
そして次の瞬間。
彼女は踵を返し、勢いよく走り出す。
ドアが開き、強く閉まる音が、リビングに残響のように響いた。
静寂。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
残された空気だけが、どこか痛々しく、重く漂っていた。
新八が、開きっぱなしのドアを気にするように視線を向けた。
「二乃さん、出て行っちゃいましたけど……追いかけなくて良いんですか?」
その問いに、三玖は即座に答えた。
「ほっとけばいいよ」
声音は淡々としているが、ほんのわずかに棘が混じっている。
上杉は何も言わず、俯いた。
その沈黙を破ったのは、ソファにだらしなく腰掛けていた銀時だった。
「何かあるなら、行きゃあいいじゃねぇか」
上杉は顔を上げる。
「……銀時」
銀時は天井を見上げるようにして、ぼそりと続けた。
「俺ぁな、アイツがなんでああなってんのか、正直わかんねぇ」
「だってよ、今日しか会ってねぇんだ。背景も事情も、何も知らねぇ」
一度、上杉に視線を戻す。
「だがな、お前は違う」
「俺たちの知らねぇ“何か”を、お前はもう見ちまってるんだろ?」
上杉の胸が、わずかに軋む。
「もし心のどっかに引っかかってるもんがあるなら――行きゃあいい」
銀時は肩をすくめ、いつもの軽い調子で言った。
「行かなくて後悔するより、行って後悔する方が、よっぽど上等だ」
しばしの沈黙のあと、上杉は小さく息を吐いた。
「……行ってくる」
「へぇーい」
銀時は間延びした返事を返す。
神楽がきょろきょろと周囲を見回した。
「そういえばキノコがいないアル」
「本当ね」
お妙も頷く。
三玖がふと銀時を見る。
「ギントキ、フータローは?」
銀時は即答した。
「知らね」
――――――――――
マンションの階段を下りる途中、上杉は二乃の背中を見つけた。
彼女は一言も発さず、一直線にエントランスへと向かっている。
軽やかな足音が、やけに大きく響いた。
自動ドアの前に立ち、勢いよく踏み出す――が。
ドアは、静まり返ったまま、微動だにしない。
「……」
二乃は立ち止まり、無言でドアを睨みつけた。
数秒の沈黙のあと、舌打ちが小さく鳴る。
「チッ……使えないわね」
その声には、怒りよりも、どこか自分を笑うような乾いた響きがあった。
(……えぇ~?)
上杉は思わず心の中で呟く。
(鍵、持って出てきてねぇのか……)
(しかも今さら中に戻って、三人に開けてもらうのも気まずい、と)
(……ほんっと、めんどくせぇやつ)
だが、不思議と苛立ちは湧いてこなかった。
上杉は小さくため息をつくと、二乃の少し離れた横に腰を下ろした。
ポケットから単語帳を取り出し、ぱらりと開く。
カツン、と床に当たる背表紙の音だけが、静かなエントランスに響いた。
二乃は何も言わない。
上杉も、何も言わない。
二乃が、ぶっきらぼうに声を投げた。
「何してるの?」
エントランスの静寂に、その一言だけが落ちる。
上杉は単語帳から目を離さず、淡々と答えた。
「どうしても“解けない問題”があってな」
「解けない問題があったまま帰るとスッキリしないんだ。」
二乃は鼻で笑う。
「あっそ、勉強勉強ってバカみたい。」
上杉はページをめくりながら、わずかに口角を上げた。
「勉強がバカとは矛盾してるな」
一拍置き、静かに続ける。
「いや、バカだから勉強してるとも言える。」
「うるさいっ!」
二乃は感情を叩きつけるように叫んだ。
「みんなバカばっかで嫌いよ」
その言葉に、上杉の手が止まる。
彼は顔を上げ、二乃を見る。
「嫌い?姉妹のことか?」
「!」
二乃の肩がびくりと跳ねる。
上杉は視線を逸らさず、静かに断じた。
「それは嘘だ。」
彼女をじっと見つめながら、低い声で言葉を重ねる。
「姉妹のこともか?それは嘘だろ。」
二乃は目を見開き、すぐに言い返した。
「……!! 嘘じゃない!あんたみたいな得体の知れない男を招き入れるなんてどうかしてるわ……私たちの――」
言葉が途切れる、その隙間を縫うように、上杉が続けた。
「五人の家に、アイツらの入る余地なんてない。」
「お前はそう言ったな」
二乃は一瞬だけ視線を逸らす。
けれど次の瞬間、感情を押し返すように顔を上げた。
「もういい、黙って!」
それでも上杉は引かなかった。
声を荒げることもなく、淡々と、しかし確実に核心を突く。
「俺たちが嫌いってだけじゃ説明がつかねぇんだよ」
「姉妹のことが嫌い?むしろ逆じゃないのか。五人の姉妹が大好きなんじゃないのか。だから異分子の俺たちが気に入らないんだ。」
二乃の顔が、かっと赤く染まる。
「何それ……見当違いも甚だしいわ!人のこと分かった気になっちゃって!」
声は強いが、その奥に揺らぎが混じる。
「そんなのありえないわ」
エントランスには再び沈黙が落ちた。
自動ドアは相変わらず開かない。
だが、二人の間に張りつめた空気だけは、確かに動き始めていた。
二乃が腕を組み、ぶっきらぼうに言い放った。
「何よ」
上杉は一歩も引かず、胸の内を吐き出すように声を張った。
「分かるぞ、その気持ち!」
間を置かず、続ける。
「俺にも妹がいる!」
その一言に、二乃の瞳がわずかに揺れる。
「そうよ!」
感情が決壊したように、言葉が溢れ出す。
「私悪くないよね?」
「バカみたい!なんで私が落ち込まなきゃ行けないの!?」
気づかぬうちに、彼女の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
それは勝ち誇った笑みでも、嘲る笑みでもない。ただ、張り詰めていた糸が一瞬だけ緩んだ証のような、不器用な微笑みだった。
「私は、アンタらを認めない。たとえそれであの子達に嫌われようとも!」
その宣言に、上杉の顔色が一気に青ざめる。
「は?」
次の瞬間、背後から気の抜けた声が割り込んだ。
「よぉ、オメェら話しあいは終わったか?」
振り返ると、そこには銀時が立っている。
上杉は縋るように振り向いた。
「いや、銀時それがーー」
その言葉を遮るように、オートロックの自動扉が静かに開いた。
現れたのは三玖、神楽、新八、そしてお妙だった。
「二乃。いつまでそこにいるの、早くおいで。」
三玖の声に、二乃は一瞬だけ驚いたように目を見開く。
だがすぐに表情を引き締め、何事もなかったかのように口を閉ざした。
三玖は続けて、上杉と銀時に気づき、軽く手を挙げる。
「あ、フータロー、ギントキもいたんだ。早く出るものだから話せなかった。ちょうど明日なんだけど――」
その言葉を、鋭い声が切り裂く。
「三玖!帰るわよ!」
二乃だった。
三玖は戸惑いながらも言葉を続けようとする。
「でもまだ話が――」
「いいから!」
強い調子で、二乃は三玖の腕を掴み、引き寄せる。
そのままマンションの中へ戻ろうとし、オートロックをくぐったところで、ふいに立ち止まった。
振り返り、風太郎たちに向かって――
べーっと舌を出す。
その幼稚な仕草に、場の空気が一気に抜けた。
銀時が肩をすくめる。
「何、お前失敗したの?」
上杉は呆然としたまま呟く。
「もう何がなんだか」
神楽が拳を握りしめ、憤慨した。
「アイツめっちゃムカつくアル!いつか叩き潰すネ」
新八が慌ててツッコミを入れる。
「神楽ちゃん、これ一応学園ものだからね」
銀時はニヤリと笑い、どこか達観した口調で言った。
「ま、いいんじゃね?いつかこの作品の化けの皮も剥がれるわけだし」
新八は即座に返す。
「いや、アンタらのせいでもう半分剥がれてんですけど」
夜のエントランスに、いつもの万事屋らしい騒がしさが戻っていた。
けれどその奥では、確かに――二乃の心も、少しずつ揺れ始めていた。
後日――
三玖は一人、銀時の家へと向かっていた。
五つ子たちが(ほんの半日だけとはいえ)世話になったお礼として、父が用意した給料袋を届ける。その役目を引き受けたのが三玖だった。
だが、彼女にとってこの街は見慣れない場所だ。地図を片手に歩いてはいるものの、同じ景色が何度も視界を横切り、不安がじわじわと胸に溜まっていく。
(ここで曲がるっぽいけど……これで合ってるのかな……?)
立ち止まり、地図と周囲を見比べた瞬間――
肩に、コツンと硬い感触が当たった。
「……!」
思わず顔を上げると、片目を眼帯で隠し、学ランを着た男が立っていた。
「ごめんなさい」
反射的に頭を下げる。
だが男は彼女を見ることもなく、低い声で答えた。
「ああ、悪かったな」
そのまま背を向け、通り過ぎていく。
三玖はしばらく、その後ろ姿を目で追っていた。
(…あの人も、どこかで見たことがあるような……)
胸に小さな引っかかりを残したまま、再び歩き出そうとした、その時だった。
「……あれ?」
聞き覚えのある声とともに、視界の端で何かが動く。
道の真ん中でご飯ジャーを抱えてそのままご飯を頬張りながら、神楽がこちらを見上げていた。
「三玖ちゃん!」
続いて、新八も気づいたように目を見開く。
「あ、三玖さんじゃないですか!どうしたんですか、こんなところで?」
その顔を見た瞬間、三玖の肩から力が抜けた。
知らない街の中で、知っている顔に出会えた安心感が、静かに広がる。
「……あの、ギントキの家を探してたんだけど、道に迷っちゃって」
神楽は米を口に入れたまま、ケラケラと笑う。
「そりゃ無理アル。銀ちゃんの家、看板も出してないし、だいたいボロい建物ネ」
新八も苦笑しながら頷いた。
「確かに、初めて行く人には分かりにくいですよね。でも、どうして銀さんの家に?」
三玖は鞄を開け、小さな給料袋をそっと取り出す。
指先に力を入れ、少しだけ差し出した。
「これ……家庭教師のお給料。ギントキに渡しに」
新八は目を丸くして袋を見つめる。
「お給料ですか?へぇ……銀さん、こういうの滅多にないから、相当喜ぶと思いますよ」
神楽はご飯を飲み込み、ぐっと距離を詰めた。
「じゃあ銀ちゃんの家、案内してやるネ。でも給料袋持ってるなら、ご飯袋おごってほしいネ!」
三玖は一瞬困ったように目を伏せる。
その横で新八が慌ててツッコミを入れた。
「神楽ちゃん、いきなり物をねだらない!」
けれど三玖は、小さく息を吐いて微笑んだ。
「……いいよ。お世話になってるお礼だから」
神楽の目が一気に輝く。
「よし!いい子ネ、三玖ちゃん!その気持ちに感謝して、銀ちゃんの家まで最短ルートで案内するアル!」
新八は呆れたように肩をすくめながらも、三玖に向き直る。
「じゃあ、行きましょうか」
こうして三人は歩き出した――
神楽が先頭を歩き、軽やかな足取りで路地を進む。その背中を、新八と三玖が並んで追いかけていた。
夕方の風が細い道を吹き抜け、どこか古い街の匂いが漂う。
ふいに神楽が振り返り、いたずらっぽく目を細めた。
「ところで三玖ちゃん。その給料袋、いくらくらい入ってるアルか?」
不意を突かれ、三玖は一瞬だけ視線を泳がせる。
それから、手にした袋を見下ろし、確かめるように小さく答えた。
「……たぶん、ギントキの分が一万五千円で……神楽と新八の分が、それぞれ七千五百円ずつ……」
その瞬間、神楽の表情がぱっと明るく弾けた。
「私たちの分もあるアルか!?」
ぱん、と両手を打ち鳴らす音が路地に響く。
「それなら酢昆布もっと買うネ!」
「えっ、僕の分まで!?」
新八は目を丸くし、思わず声を上げた。
「いや、普通こういうのって銀さんにまとめて渡すものじゃ……」
三玖はゆっくりと首を横に振る。
その仕草は控えめで、けれど確かな意志を感じさせた。
「……みんなで頑張ったお礼だから。直接渡したほうがいいかなって……思って」
その言葉に、神楽はぐっと拳を握る。
「やっぱり三玖ちゃんは分かってるアル!」
満足そうにうなずきながら、胸を張る。
「銀ちゃんに全部渡すと、どうせパチンコに消えるネ。だから先に私たちが確保するアル!」
「ちょっと神楽ちゃん!」
新八は半ば呆れたように声を上げる。
「それ、銀さんが聞いたら――」
だが神楽は団子を頬張りながら、けろりと笑った。
「聞いても何も言えないネ。だってあんなマダオーー」
その一言に、三玖は思わず吹き出した。
肩に入っていた力が、ふっと抜けるのを感じる。
(……この人たち、不思議だな)
騒がしくて、いい加減で、それなのにどこか安心できる。
そうして歩き続け、ようやく目的の場所にたどり着いた。
三玖は目の前の建物を見上げ、言葉を失う。
「……ここが、ギントキの家?」
年季の入った木造。外壁はくすみ、今にも傾きそうな気配すらある。
神楽はそんな視線など気にも留めず、胸を張った。
「そうアル!ここが銀ちゃんの家ネ!」
新八は苦笑しながら補足する。
「…まあ、ただのボロ家です。でも、意外と居心地はいいんですよ」
神楽は勢いよく扉を開け、三玖を手招きした。
「さぁ、入るアル!銀ちゃんをびっくりさせてやるネ!」
引き戸の向こうには、薄暗い室内と――
ソファに寝転び、漫画を読んでいる銀時の姿があった。
「……ん?」
ページをめくる手を止め、銀時は顔を上げる。
三玖を見つけると、漫画をパタンと閉じ、いつもの気の抜けた声で言った。
「おー、ヘッドホンじゃねぇか。どうした?」
「だから、ヘッドホンじゃない。三玖………」
三玖は一歩前に出て、両手で給料袋を差し出す。
その指先には、ほんの少しの緊張が宿っていた。
「……家庭教師のお給料。みんなへの、お礼」
その言葉に、銀時の表情が一瞬だけ変わる。
袋を受け取り、中を覗いた彼は、わずかに目を見開いた。
「……おいおい。これ、本当に入ってんのか?」
神楽は得意げに笑い、銀時の隣にどっかと腰を下ろす。
「もちろんアル!私と新八の分も、きっちり三玖ちゃんが持ってきたネ!」
銀時は眉を少しだけ上げ、面倒くさそうに袋を閉じた。
「チッ……そうかよ。俺の取り分、減ってんじゃねぇか」
その瞬間、新八が間髪入れずにツッコミを入れる。
「銀さん!それでも一番多くもらってるの、あなたですからね!」
室内に、いつもの万事屋らしい騒がしさが戻る。
三玖はその様子を眺めながら、静かに息を吐いた。
(……来てよかった)
そんな思いが、胸の奥で小さく、けれど確かに灯っていた。
三玖が銀時の家に辿り着き、神楽や新八と並んでリビングに腰を下ろし、ようやく一息つこうとした――その瞬間だった。
階下から、建物全体を震わせるような怒号が突き上げてくる。
「おーい!!この天然パーマァ!!今日はきっちり滞納してる家賃、払ってもらうからねェェェ!!」
空気が一気に張り詰める。
次の瞬間、ソファに寝転がっていた銀時がバネ仕掛けのように跳ね起き、窓際へと駆け寄った。
「うるせぇなァァァァ!!」
窓から身を乗り出し、喉が裂けるほどの声で怒鳴り返す。
「もうちょいでまともな給料が入るって言ってんだろ!?もうちょい気長に待ちやがれ、クソババア!!」
その返答が導火線だった。
「何が気長にだァ!!」
お登勢の声は、さらに一段階ボリュームを上げて返ってくる。
「学生料金より安くしてやってんのに、家賃半年滞納してる時点で、他だったらとっくにスクラップ行きなんだよ!!」
新八は額に手を当て、心底疲れたように息を吐いた。
「あぁ……また始まった……。」
状況が飲み込めず、三玖は小さく首を傾げ、新八に視線を向けた。
「……あれは?」
神楽が団子の串をくるくる回しながら、軽い調子で答える。
「あれは下のお店、スナックお登勢のオーナーアル。」
新八も肩をすくめて補足する。
「訳あって、銀さんはお登勢さんからこの部屋を借りてるんですけど……競馬とかパチンコとかでお金使い切って、家賃を半年も滞納してて。」
三玖は言葉を失い、そのまま固まった。
「……半年も……。」
一方玄関では、なおも激しい言い争いが続いていた。
「天然パーマが生意気に言い訳してんじゃないよ!今すぐ耳揃えて払えってんだ!!」
「そっちだって客にしつこく酒すすめてぼったくってんだろ!そのくらいの器量で俺を許せ、ケチババア!」
「ぼったくりじゃないよ!サービス料だよ!!」
「じゃあ俺の家賃もサービス料でチャラにしてもいいだろうが!!」
「何言ってんだい!!サービスにならねぇ奴が何言ってんだい!!」
神楽は腹を抱えて笑いながら、三玖に顔を向ける。
「三玖ちゃん、こんなの普通アルよ。銀ちゃんが本気で焦ることなんて滅多にないネ。」
三玖は驚きを隠せないまま、再び玄関に視線を向ける。
「……これで……普通……。」
最後に、お登勢のとどめの一言が飛んだ。
「今日払えないなら、◯玉でも何でも売って金にしてこい!!」
その喧騒の中で、三玖は静かに鞄から給料袋を取り出し、銀時の前にそっと置いた。
「……ギントキ。」
銀時はそれに気づき、深いため息をつきながら袋を手に取る。
「……はぁ……今回は潔く払うか。」
袋の重みを確かめるように軽く振り、
「まあ、ありがとな。おかげで何とか乗り切れそうだ。」
ただそれだけの言葉だった。
それなのに、三玖は頬が熱くなるのを感じ、思わず俯いてしまう。
ほどなくして、銀時は給料袋を持って階下へ向かい、お登勢に差し出した。
お登勢は中身をちらりと確認し、鼻を鳴らす。
「……一万五千円かい。家賃の一部としては、まあマシな方だね。でも残りはちゃんと払ってもらうよ?」
銀時は戻ってくるなり、面倒くさそうにソファへ寝転がり、横を向いた。
「チッ……払ったんだから文句言うなよ。これで半月くらいは持つだろ。」
お登勢はそんな銀時を無視し、今度は三玖へと視線を移す。
その目つきが、ふっと柔らいだ。
「で、誰だい、アンタ?えらいべっぴんさんじゃないかい。」
突然向けられた視線と声に、三玖は一瞬たじろぎ、目を泳がせる。
「えっと……その……私は――」
言葉を探す彼女の胸に、妙な緊張と、ほんの少しの期待が入り混じっていた。
お登勢は口元に指を当て、ふと何かを思いついたように眉を上げた。その視線が、ゆっくりと三玖へと向けられる。
「……もしかしてアンタ、この天然パーマに脅されて、こんな場所まで給料袋を届けに来たんじゃないだろうね?」
その言葉に、三玖ははっと息を呑み、慌てて首を横に振った。
「ち、違う……! ……お、脅されてなんかない」
否定の言葉は小さかったが、そこには確かな意思がこもっていた。
しかしお登勢は納得しない。鋭い視線を銀時へと投げ、低く腹に響く声で詰め寄る。
「おい、天然パーマ。まさかこの子を巻き込んで、碌でもないことしてるんじゃないだろうねぇ?」
銀時は深くため息をつき、気だるそうに視線を返す。
「何もしねぇよ。つーか、コイツは俺の客みてぇなもんだ。勝手に疑ってんじゃねぇ。」
そのやり取りに、部屋の空気がぴんと張りつめる。
三玖はその緊張を和らげるように、一歩前へ出て静かに頭を下げた。
「……はじめまして中野三玖です。ギントキたちには、私たち姉妹の家庭教師を少し手伝ってもらっていて……今日は、そのお礼を届けに来ました。」
慎重に紡がれた言葉。
それを聞いたお登勢は目を細め、再び銀時を見やる。
「家庭教師だぁ? アンタが? この天然パーマが?」
神楽が待ってましたとばかりに笑い、団子の串をぶんぶん振る。
「銀ちゃん、全然仕事してないネ。ずーっとジャンプ読んでただけアル!」
お登勢は腕を組み、さらに胡散臭そうに銀時を睨む。
「昨日? 一日で一万五千円って、どういう計算だい。それに、この子……ずいぶんアンタに感謝してるみたいじゃないか。」
その言葉を聞いてちょっと怒りを覚えた三久はお登勢を睨んだ。
お登勢は三久の様子をじっと見つめ、ふっと息を吐く。
「……ふぅん。まぁ、こいつが役に立ったって言うんなら、それでいいさ。」
そう言って、給料袋をポケットにしまい直し、銀時へと向き直る。
「これじゃ足りないけどね。まぁ今日は、この子の顔に免じて勘弁してやるよ。」
そして再び三玖を見ると、少しだけ柔らいだ声で忠告する。
「アンタも、こんな男にあんまり近づきすぎないようにしな。どこまでも面倒ばっかりかける奴だからさ。」
三玖は小さく微笑み、静かに首を横に振った。
「……ギントキは、私の恩人で、家庭教師だから」
その言葉に、銀時は一瞬だけ目を逸らし、照れくさそうに鼻を掻いた。
だがすぐに、いつものニヤリとした笑みを浮かべる。
「ほらな。俺だって、悪いだけの男じゃねぇってことだ。」
お登勢は呆れたようにため息をつき、踵を返す。
「まぁいいさ。アンタがどれだけマシな男かは、次の給料袋が来たときに判断してやるよ。」
階段を下りる足音が遠ざかると、リビングには束の間の静けさが戻った。
新八は急須を手に取り、湯気の立つ茶碗を三玖へ差し出す。
「三玖さん、帰る前に少し休んでいきますか?」
三玖は小さく頷き、両手で茶碗を受け取った。
「……ありがとう。」
神楽はその様子を見てから、にやりと銀時を見る。
「銀ちゃん、次の給料袋はもっと増えるアルか?」
銀時はソファにごろりと寝転び、天井を仰いだ。
「んなもん期待すんな。俺の労働力は世界一高いんだよ。それをこれっぽちで済ませようなんて、安すぎんだよ。」
新八は呆れたように肩を落とす。
「いや……ジャンプ読んでるだけでこれは、世界一割のいい仕事だと思いますけど……。」
三玖はそんな万事屋のやり取りを聞きながら、湯気の向こうで静かにお茶を口に運ぶ。
胸の奥に残っていた緊張が、少しずつほどけていくのを感じながら――。
次回予告
銀八「えぇ〜と次回予告、次回予告ってめんどくせぇなぁ」
「まぁなんか花火大会の話だそうだ。」
「見回りめんどくせぇ」
「つーか俺の出番初めの方から出てなくね?」
「つーか、新年の挨拶もしてなくね」
「開けましておめでとうございます」
挿絵
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カラー
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白黒