少年は空っぽだった。好きなものも、温かい言葉も、受けるべき愛情も何も無かった。
覚えているのは冷たく暗い雨の音。物心がつく前の、唯一の記憶。
がらんどうな人間だった。後ろ指を指されても無関心、褒め囃されても無表情。
ただ生きているから生きる。少年は生存理由を失っていた。
そんな中触れた、初めての感動。それは同じ孤児院で過ごす
ムチムチの女性、卓越な言葉回し、圧倒的画力。
そのどれもが、少年、今捲にかつてない幸福をもたらした。
しかし幸せは長くは続かなかった。ISが世に普及してから、女性権利団体の動きが活発化し男性が弾圧されだしたのだ。
サークルちんちん亭もその対象となった。誹謗、痛罵を浴びせられ、活動を収縮せざるを得なくなってしまった。
捲の中に残ったのは、ちんちん亭を排他した女性への憎しみ。それ故に彼は語録モンスターとなり、異性と会話する際は語録でしか話さなくなった。
「……以上が、捲くんの孤児院から聞き出した彼の来歴となります」
夜も更けた職員室にて、山田真耶は捲に関する情報を織斑千冬に伝えていた。
「……なるほどな。今の背景にあるのは、憎しみ、か……」
IS黎明期を文字通り切り開いてきた千冬は責務と罪過が己に課されていることを自覚していた。親友──篠ノ之束の願いを叶えた結果が、現在の世界なのだから。
今捲は、そんな世界の犠牲者の一人。贔屓はできないが長い目で見守っていくことを真耶と共に決意した。
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「そろそろクラス対抗戦だな」
「?なんだそれ」
「クラス代表同士がISで戦うイベント。つまり、お前さんが参加する行事だよ」
「へー……。……え、じゃヤバくないか?」
「一年生でオレとセシリア以外の専用機持ちはお前さんだけらしいし大丈夫だろ。……つっても、白式はめちゃくちゃ癖のある機体だが」
「その情報、古いよ」
「……この声……鈴!?」
昼休み、食堂で話し合っていた捲と一夏に介入したのはセカンド幼馴染みこと、
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「で、アンタが二人目の男子生徒?」
「ウホ……!エロすぎるでしょ。軽犯罪だよ」
「なんだコイツ」
「俺と話す時は普通なんだけどなぁ……」
凰鈴音。彼女は箒と入れ違う形で一夏の同級生となった少女であり、小学五年生から中学二年生まで学友だった。
「紹介するよ。コイツは凰鈴音。俺は鈴って呼んでる。初対面ではグーパンチされたけど気のいい友達なんだ」
「……」
「な、なによ」
「ひょっとしてお前……?真性のマゾメスか?」
「は?」
「ちょちょちょっと捲!お前なんで俺以外と話す時はそんな風になるんだよ!悪ぃ鈴。コイツ普段はいい奴なんだけど……」
「……まあ、詮索はしないわ。特に仲良くする気も無いし。そ、それより一夏……昔の約束覚えてる……?」
「ああ、毎日酢豚食わせてくれるってやつか?」
──瞬間、捲の全細胞が警笛を鳴らした。ここにいてはいけないと。
「オレはお邪魔そうだし、先行ってるわ。後でな一夏」
「?おう……」
そして数分後……
「最ッ低!」
「公共の電波には載せられないな」
怒りながら食堂を立ち去る鈴音に捲はそっと呟く。捲は理解していた。彼女も一夏に惚れていること、そして一夏がクソボケだということを。これもそんな痴情のもつれによるものなんだろうなぁと浅い見聞で計っていた。
事実それは的中していた。幼かった彼らが交わした約束。
『あたしがもっともっと料理上手くなったら、毎日酢豚を食べてくれる?』
これは日本で言うところの『毎日味噌汁うんぬんかんぬん』であり、要するにプロポーズだったのだ。一夏はそれをタダ飯を食わせてくれると勘違いし、こうして鈴を怒らせたというわけだ。
「よう、一夏」
一夏の頬には赤い手形がくっきりと貼り付けられていた。その威力は想像に難くない。
「あれ、捲?先行ってるんじゃなかったのか?……っていうか、どうしたんだよ鈴。なんで急に怒りだしたんだよ」
「まあ話くらいは聞いてやるよ。何がどうなったんだ?」
そして伝えられる、一夏の勘違い。恋心射止めダービーが更に面白くなってきたなと捲の外道暗黒面が顔を出したが、それ以上に。
「知りたいか」
「え?」
「鈴音が怒った理由。知りたいか。多分、お前さんは戸惑う。後悔するかもしれない。それでも知りたいか」
いつまでも入れ違いになるのは可哀想だ。きっかけぐらいは与えられてもいいだろうと、妙な仏心が捲に芽生えていた。
「……ああ。アイツには、ちゃんと向き合いたい」
「……鈴音はな──」
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「鈴!いるか!」
「わ、隣のクラスの織斑くんだ」
「鈴音ちゃんに用?」
一夏は鈴音が所属する隣のクラスにダッシュでやってきていた。しかしそこにはいない。
「鈴……どこだ……!鈴!」
「……一夏?」
昇降口の隅で鈴音は一人泣いていた。長らく募らせていた恋心を蔑ろにされてしまったからだ。そんな彼女を真っ直ぐ見つめ、一夏は思いの丈を吐き出した。
「ごめん鈴!俺、お前のこと好きだけど、それが友達としてか異性としてなのか分からない!だから、待っていてくれないか?」
「……朴念仁なアンタにしては思い切ったわね。……いいわよ。待ってる。ちゃんと答え出してね?」
そうよね。アンタを簡単に奪えるわけないもんね。──だからこそ、本気で落とす。鈴音は内心そう意気込んでいた。
あのキングオブ朴念仁な一夏が独力でこの答えを出したとは考えづらい。あのもう一人の男性操縦者の提言だな、と女の勘が告げる。
まあ、名前を覚えるくらいはしてやってもいいか。彼女はそう考えた。
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時は遡り昼休み中の男子トイレ。どこか誰にも聞かれない所がいいと言う捲に従い彼らはその場所を選んだ。
「単刀直入に言うと、凰鈴音はお前さんに惚れている。念のため言っておくが恋愛的な意味で、だ」
「……………………え?」
「ついでに言うと箒とセシリアもお前さんに惚れている。もちろん恋愛的な意味で」
「…………ちょ、ちょっと待ってくれ。惚れてる……?アイツらが、俺に……?」
よほどの衝撃だったのか、穏やかでない一夏。この様子だと自分の与り知らぬところでも女を落としてきてるな、と捲は確信した。
「……わ、分かった。お前がそんな真面目な顔で言うなら、嘘じゃないんだな。……しっかし、どうするか……」
「お前さんは鈴音や箒たちのことどう思ってる?」
「そりゃ当然好きだよ。けど、恋愛なんて考えたこともなかったし……」
「じゃあそれでもいいんじゃないか。無理に答えを出されても、お互いのためにならない」
「……俺、行ってくる!」
「おう。今度は間違えるなよ」
そして、現在に至る。
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「……そろそろ昼休みも終わりね。いい?一夏。あたしはアンタが本気で好き。他の誰にも渡すつもりないから」
「……ああ。分かった!」
「それと、クラス対抗戦。本気で行くから。手加減なんてしたらぶん殴るわよ」
「ああ!出し惜しみは無しだぜ!」
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クラス対抗戦、当日。全ての迷いを振り払い、少年と少女は向き合っていた。
「行くわよ、一夏!」
「おう!」
決着前から爽やかな空気が吹き抜ける。青春の味に酔いしれるように、捲は観客席から二人を見ていた。
試合、開始。
「──ぐあっ!」
初被弾は、一夏から。
(なんだ……!?何をされた……!?弾は見えねえ。しかも砲身も無い……)
(『
見えない空気砲、『龍咆』による不可視の攻撃。更に二本の青竜刀、『双天牙月』による近接戦闘。凰鈴音という努力の天才による天性の勘。その全てが破壊的な威力を誇っている。
──しかし、一夏は″特別″だった。
(推察するに空気の衝撃を打ち出している!近寄れば二本の刀!だけど、これまで捲や箒と特訓してきた!近接なら俺に分がある!)
(……気づかれたようね。けど、タネが分かったところで対処できるわけが──ッ!?)
「オラァッ!!」
「は、や──」
白式は燃費が悪い。武装も剣一本という貧弱さ。しかしそれを補ってあまりある程の破壊力がその機体には残されている。
零落白夜。そして、敏捷性の高さ。
(千冬姉なら、一撃で決められた!仕留め損なったけど、俺だって……!)
(……ああもう、アンタに追いつくために代表候補生になったのよ!何急に迫ってきてんのよ!)
剣戟が止み、再び膠着状態に陥る。相手の出方を窺う両者の間に──
────黒い、
▫▫▫▫▫
「ハッキング完了!あ、と、は……ちーちゃんたちが介入できないようにロックして……よし!準備できた!頑張ってね~いっくん。それと──捲」
兎は笑う。
▫▫▫▫▫
観客席の全入り口がロックされた。加え、アリーナにはシールドバリアを破る程の強さを持った襲撃者。生徒たちがパニックを起こすのは必然と言ってもよかった。
『み、みなさん落ち着いてください!落ち着いて避難を──』
「あ、開かない!なんで!わ、私たち……!」
「お退きなさい」
「ビョルルン♡ピッピョルロパロ♡」
セシリアと捲の判断は早かった。かたやブルー・ティアーズ、かたや盂涙を展開し、各入り口の扉を破壊し避難場所を確保した。
「急ぎましょう、捲さん。お二人とも消耗しています。最悪の状況になるより早く!」
「焦るな!このマゾメスが!急いては事を仕損じる。イチャイチャしようね♡」
「……こんな時でも変わりませんわね、貴方は」
▫▫▫▫▫
一方、千冬と真耶は。
「山田先生、状況は?」
「全扉がロックされてますが捲くんとセシリアさんのお陰で生徒たちは避難できています。ですが教師部隊が間に合うかどうか……」
「……あいつらに賭けるしかない、ということか」
アリーナを改めて眺める千冬。そこでは、二体の黒いISに翻弄されながらも奮闘する二人がいた。
▫▫▫▫▫
「鈴!コイツら多分無人機だ!」
「無人機ィ!?そんな、人が乗らないと動かせるわけが──」
「驚くのは後にしてくれ!コイツら……強い……!」
劣勢だった。ただでさえエネルギーを消耗しているというのに、無人機──ゴーレムⅠの打撃は重かった。
加え、強力なビーム兵器。超攻撃的破壊者の猛攻に曝される二人。やりすごすだけで精一杯だった。
「せめて、シールドエネルギーが全快だったら……!(いや、無いものねだりしても意味はねぇ。千冬姉なら、こんな時……!)」
「一夏さん!」
「セシリア!……と、捲!皆は!?」
「全員避難完了しました!」
「助かったわ。ええっと……セシリア!捲!コイツらぶっ倒すわよ!」
四対二。有利ではあるが、頑強な敵を前に言いようのない不安感が漂っている。
──一通の通信。
『今、織斑、凰、オルコット。増援は見込めない。お前らが倒せ』
「「「はい!」」」
「それでも先生か?それが人にものを教える態度か?」
『……後で覚えていろ、今』
▫▫▫▫▫
「捲!遠隔ハッキングできるか!?できた隙に零落白夜を叩き込めばいける!」
「今からやるが、一対一じゃないと厳しいな。もう一体の足止めができりゃいいんだが……」
「なら、あたしたちの出番ってことね!セシリア!引きつけるわよ!」
「はい……ッ!」
即興の作戦だが及第点にはなるだろう、と全員確信し、実行することになった。
「こんな乳でどうやって生きてきたんだ。お前ケツしか見えねぇぞ」
無人機にセクハラをかます捲だが、内心では会話を試みていた。
(愛情たっぷりのビームとヌルヌルモーション……俺達本当は仲間なのでは……?心配になってきた)
遠隔ハッキングは、心の中で念じることでも可能である。口頭と内心という両方からのアプローチで攻略を始めていた。
『ボクハ、タタカウ。ソレガ、オカアサンノメイレイ』
「わかったよ無人機♡ちくちくとうるさいババアだなぁ」
わかり合うことはできない。破壊するしかない。捲は自身すら知らないところでその事実を憂いでいた。付け加えると、何故か分からないがこのISは自分を求めている。捲の脳内にそのような確信があった。
「無人機様ぁ♡ボクだけのママ!セッ○スしたい!交○がしたい!パイ○リフ○ラチオ生中○し!」
「……にしても本当に酷い攻略法ね」
「……ですが、効果は確かですわ」
『……?』
「今だ一夏ァ!行けェ!」
「うおおおおっ!!」
必殺の一撃、零落白夜。今回は無人機相手なため手加減をする必要が無かった。故に沈黙。故の破壊。
「よしっ!四対一!」
「……悪い。俺もう限界だ」
「ですが、三人がかりなら──!」
もはや白式を展開する力すら残らなくなった一夏。だが、状況は優勢。三人で畳んでしまえば片がつく。
「おい貴様ら!気を抜くな!どこから敵兵がやってくるのかわからないのだぞ!変態攻防で重イキするか!それとも勝利をこの手に掴むのか……!どっちなのだ!?」
その言葉を念頭に置きながら地道に攻めていく三人。トドメは捲の彼岸にエネルギーを纏わせた一撃──『極夜』で、ゴーレムⅠは完全停止した。──筈だった。
「ハァ……ハァ……終わった、の?」
「お疲れさまでした、皆さん。ここまで破壊されれば起動しないでしょう」
「……待て。この無人機……いつの間にか近づいてないか?」
「「「ッ!」」」
一夏の言葉に弾かれるようにしてISを再展開する三人。しかし、一夏にはもう纏う程の力は残っておらず、
『オネエチャン、モウ……』
『ソウダネ。ボクタチハ……
「危ないッ!」
「めく、る?」
咄嗟に一夏を攻撃外に放り投げる捲。そして、膨大な光が彼を包む。聞こえてきたのは、あの雨の音──
▫▫▫▫▫
雨が降っている。
『捲』
呼びかけられている。
「オレ……生きてる、のか?」
『うん。生きてるよ』
「お前が……守ってくれたのか?」
『絶対防御は発動したけど、守りきれなかった。ごめんね』
「雨……」
『ああ、これ?これは私とキミが唯一覚えているものだからね』
「なあ……盂涙」
『なあに?』
「これから先も……オレはお前を酷使するけど……ついてきてくれるか?」
『もちろん。だって私は、キミだけのモノだからね』
「違う」
『え?』
「お前はモノじゃない。お前は、この世界に生きている、オレのISだ」
『……そういうのは織斑一夏だけかと思ったけど、キミもなかなかの誑しだね』
暗く、執拗な雨の音。彼が目覚めるまで、あと幾何か──
▫▫▫▫▫
「ちくしょう……!」
一夏は無力感にうちひしがれていた。やっと、やっと誰かを守れるようになったと思ったのに。また守られてしまった。自分だけ、のうのうと。
学園の病室で今捲は眠っていた。ISの絶対防御ですらも防ぎきれなかった特大のビームは、彼の顔に消えない火傷痕を刻んだ。
「……もっと、強く。強くならねぇと……!」
決意する一夏の横で眠る捲。彼の指がピクリと動いたかと思うと──
「……あ……ぇ?」
「ッ!?捲!?気づいたか!?待ってろ、すぐに先生呼んでくる!」
脱兎の勢いで病室を後にする一夏。捲はぼんやりとしながら空中を眺めていた。
▫▫▫▫▫
「「「捲くん、退院おめでとう!」」」
「……どうしたの?そわそわして」
「発情しすぎて交○欲求が収まらないドスケベエ・シンドロームですね。これは末期だ」
「あ~、めくるん照れてる~」
照れ隠しの語録に気づいたのはのほほんさんこと『布仏本音』。捲にドン引きしていない数少ない一人だ。
それからは一組の面々で小規模の退院おめでとうパーティーが開かれた。捲の顔には消えない火傷痕が残っていたが、誰一人遠巻きにすることは無かった。ちなみに鈴音は別クラスなため、パーティーには参加していない。
▫▫▫▫▫
「改めてだけど、ありがとう、捲」
「気にすんな……つってもお前さんは引き摺るだろうしな。でもあれはあの状況がベストだ。オレが犠牲になっても悲しむ人はいないし」
そう言った途端に泣きそうな表情を見せる一夏。あー、地雷踏んだか……?と捲は焦るも、一夏はゆっくりと口を開いた。
「……捲。お前は俺の友達だ。お前がいなくなるのは、嫌だ。そんなこと言わないでくれ」
(あー……こんな時、どうすればいい?盂涙)
『私からも説教だよ。キミが消えたら私の生きる理由は無くなっちゃうんだからね』
あれから、捲は異性である盂涙に語録ではなく心からの会話をするようになった。全てを賭して守ってくれた自身のISに対する感謝や好感を込めて。
その行動がどのようなバタフライ・エフェクトを発生させるかは、例の兎ですらも知らない。