ポケットから携帯を取り出し、事前に入力してあった番号にコール。
これにより『東京タワー』がジャックされ、この電波塔を介するすべての通信機器から、事前に収録しておいた音声が鳴り響く。
なんでも屋の連中に大枚はたいてやらせた仕事だが……日本の技術者は優秀だ。東京タワーは監視も厳しい。長くて30秒と持たないだろう。
だが十分。
『ハロー、親愛なる日本国民諸君! 私は銃の悪魔だ! 恐怖という名の糧を沢山捧げてくれる諸君に、ちょっとした粗品をプレゼントしようと思う。実弾がたっぷり入った拳銃だ! おおっと! 勿論喧嘩しなくても
連動したプログラムによって、同じく東京タワーに仕掛けられた、拳銃がたっぷり詰まった麻袋を弾にした特製大砲が発射される。
『憎いアイツを撃つも良し! 怖い隣人を撃つも良し! 撃ってきた奴に撃ち返すも良し! これぞまさしく三方良しだな!』
ここで、拳銃の銃声が3発。
『おおっと! 気の早い奴がいるなぁ……まあ良いか! 楽しんでね!』
放送終わり。
13秒って所か。
これだけだと悪質ないたずらか何かにしか思えないだろうが……残念、東京タワーには『実物』がいる。
江東区に略式顕現した銃の悪魔が、今の今まで何をしていたのかといえば、せっせと東京タワーの傍まで移動していたのだった。
肉片の量の割にはハチャメチャに巨大だが、あれはほとんど風船みたいなものだ。それこそ、拳銃で撃てば貫徹できるかもしれないぐらいに薄い。
だが、恐怖の本質は実像に非ず。
それが吹けば飛ぶような迷信であろうとも、必要なだけの根拠があれば容易く人は信じ、そして恐怖する。
この裏通りからでも喧噪が聞き取れるぐらいには、十分なパニックが起きている様だ。
「相当、備えているようですね」
「そりゃもう、入念にな」
薄く笑うマキマの内心は分からない。
『ぱん』といって発動する円形の衝撃波……アレは銃の悪魔の能力で間違いない。戦争の悪魔も使っていた。
この使いやすく威力が高くコストは低いアホ性能の能力を取り上げられて焦っているのか。
或いは、何か算段があって待ち構えているのか。
「まー……やってみるしかねえよなぁ?」
2本の角の間に、悪魔の力が充填される。
もはや特別な感覚など無くても目視できるほどに練り上げられたその塊が、やがて放たれる。
言霊を以って号砲とする。
偉大なる創造主と同じく、パロディもオマージュもたっぷりで。
「
マキマはもう一度大量の悪魔を召喚して守りを固めたようだが、関係ない。
その守りを諸共にぶち抜く。
起きた現象は円形の衝撃波なんて生易しいものではなかった。
筒。
眼に見えない巨大なそれが、万力を以って押し出され、街そのものを貫徹したかのような。
すぐに支えを失った『街』が音を立てて崩れる。
「……?」
違和感。
視界の先にいるマキマはきっちりダメージを受けている。と言うか、普通に致命傷だ。このままほっとけば30秒と持たず死ぬだろう。
だが仮にも防御を選んでこのダメージ? こちらの力を計り損ねた、とでもいうのか? ”あの”マキマが?
正直、俺としても少なからず予想以上のパワーが出ているが……そんなことあるのか?
いやしかし、思ったより銃の悪魔のトラウマはまだまだ色濃いらしいな。
ちょっとしたバフのつもりだったが、ここまで劇的にパワーアップするとは思わなかった。
次の瞬間、俺の視界がひっくり返る。
足だ。足が何かに引っ張られている。
視界の端で何かが動く。
腹に衝撃。
宙に浮いていた俺はそのまま吹っ飛ばされ、そこらのビルに縫い付けられた。
ようやく目視ができる……と思えば、視界が紅蓮に染まる。
熱い。火だ!
って事は、これ全部武器人間どもの攻撃か。
なるほど、こいつ等の復活を優先させたから、防御が若干疎かになったのか。
使ったのは幽霊の悪魔か? 確か操作に片腕が必要だったはず。
だが或いはこいつらと戦う必要性は無いかもしれない。
要するに、武器人間たちもマキマに支配されているだけなのだから、マキマが死ねば解放されるのだ。
盛大に『散らかした』以上はある程度譲歩してやる必要もあるかもしれないが、問答無用という事にはなるまい。なったらなったら殺せばいい。
まあそれはそれとして。
「BANG」
火炎放射器の武器人間の胸元が消し飛んだ。
制御を失って大暴れする両腕と、そこから生えた火炎放射器。そして炎。
「うわっちゃ!」
「あっち!」
腹に刺さった槍を引き抜き、足に絡みついた鞭も撃ち抜き、自由を取り戻す。
サムライソードの体が沈みこむ。
そしてそこから最速の居合。
「”動くな”」
が、放たれたが。
サムライソードの居合は、俺の遥か手前で空振りに終わる。
絶対にありえない間合いのミス。
その異常事態に困惑する数瞬で、5回は殺せる。
「BANG」
サムライソードが飛び散る。
奴の『居合』の強力さは他の面々も知る所の様で、それが完全に無効化された事実に困惑と動揺を隠せていない。
「どうした? 来いよ、旧態依然の骨董品ども」
そう言った次の瞬間、俺の周囲に何かが降って来た。
それは黒く、筒状で、ちょっとした紐がバチバチと……。
「ぼんっ」
◆◇◆◇
「思ったより遠くまで行ってたね、レゼちゃん」
当然の様にダメージを押し付けて回復したマキマが、クレーターの中から立ち上がる。
銃の武器人間。
理論上、あり得ない話ではない。
要するに、人間の心臓が悪魔のそれに置換されれば生じる、再現性のある現象に過ぎない。
どういう経緯でそうなったのか、については非常に興味があるが……今考える必要は無いとマキマは断じる。
何にせよ、支配してしまえば全て手に入るのだから。
それはジョージ・スマイルズの秘密という意味でもそうだが、全世界に対する絶大な影響力という意味でもあった。
東京タワーに出現している銃の悪魔を見れば、ジョージ・スマイルズが全ての銃の悪魔の肉片に絶大な命令権を有していることは間違いない。公安が保管する銃の悪魔の肉片とマキマの契約を、横紙破りの形で破棄させられたのも、この命令権によるものだろう。
例えるなら、子供同士のおままごとに大人が乗り込んで来て『危ないからやめなさい!』と場を完全に破壊した様なものだ。
即ち、『ジョージ・スマイルズの支配=全ての銃の悪魔の支配』という構図だ。
まさしく垂涎。
だが、そうした皮算用の上で、マキマは冷静だった。
マキマの戦力分析において、状況は3:7でこちらが不利。
武器人間を集結させても、彼らは所詮旧態依然の骨董品。全員合わせて二乗しても、『銃』とは比べ物にならない。
そこにマキマが加勢したところで、所詮マキマは支配の悪魔。
最も簡便な支配が暴力である以上、マキマもそれなりに戦闘は出来るが……やはり、『銃』の様なガチガチの武闘派には何枚も劣る。
おまけに、直前に行われた人間たちへの恐怖喚起が地味に効いている。
銃と悪魔と銃の悪魔に対する恐怖が、一時的とはいえ大きく喚起されたことで、ジョージの戦力が上がっている。
マキマも悪魔である以上は若干強化が入っているが、ジョージのそれと比べれば強化幅は雲泥の差。
このような単純な強化以上に厄介なのが、銃の悪魔再臨によって生まれた『混乱』という状態そのものだ。
混乱した状況下において、人間はまず真っ先に安定を望むようになる。
『安定』とは、言い換えれば『支配』だ。
何か強大なデウスエクスマキナが現れて、たとえ支配という形であってもまずはこの混乱を収めてくれと望む。
恐怖されているほどに強くなる悪魔でありながら、マキマの冠する『支配』が恐怖ではなく希望の言葉になってしまう。
それ即ち、
こうした背景を考えれば、3:7はむしろかなり希望的な見込みですらある。
では、根源的恐怖の悪魔を除いて、単騎で今のジョージを抑え込めそうなメンツといえば。
まず思いつくのはチェンソーマン。次が銃の悪魔の親とも言える戦争の悪魔。
そして銃の悪魔の姉とも言える、爆弾の悪魔。
この中で唯一手中にあった札が爆弾の悪魔……すなわち、レゼだ。
天使の槍で貫き、己が見下す中で息を引き取ったレゼは、既に支配の条件を満たしている。
爆弾の悪魔そのものではないが、それは銃の方も同じこと。
「でも……厳しそうかな」
マキマの視界の中では、空を飛んで爆撃に専念するレゼが、いともたやすく撃墜されたのを捉えた。
悪魔が人体と何らかの形で融合した時、その悪魔の力は目減りする。
普遍的な現象、常識として根付いているこの摂理を理解してなお、人間の死体に取りつく悪魔は後を絶たない。それにはなんらか理由があるのだろうが、それはさておき。
だが、ジョージ・スマイルズは、本来のスペックをかなり引き出している。
武器人間としては異形の変身形態がまさにそれだ。
両腕が銃になるわけでもなく、頭部が銃で埋まるでもなく、人体の機能性を完全に維持したまま変身している。
『銃を生み出す』という銃の悪魔としての力も日常的に行使している様だし、そもそも世界中に散らばる銃の悪魔の肉片を全て自由に操作できる時点で何かがおかしいと言わざるを得ない。
しかも、これでも世界中に銃の悪魔の肉片……つまり、力の余剰在庫が分散している状態。
マキマとしては武器人間たちを前面に押し出し、その不死性を利用してじわじわと持久戦のつもりだったが……。
「あ」
◆◇◆◇
銃、とは何か。
ある意味での自問自答の果てに至った結論は、『対象に運動エネルギーを与える道具』であった。
一般的な銃は火薬を爆発させることでエネルギーを取り出し、そのエネルギーで銃弾を飛ばすわけだが、同時に火薬を使うことなく、電磁力を利用した銃も存在した。
コイルガンやレールガンと呼ばれる銃である。
勿論これらが実際の軍で採用されたことは無い。しかしこれらを民間人が製造した場合に逮捕の根拠となるのは銃刀法だ。
火薬を利用する銃と、電磁力を利用する銃。
これらの共通点を抽象化した表現こそ、対象に運動エネルギーを与える道具、なのだ。
故にジョージは自分自身に運動エネルギーを与える事で、やや直線的な軌道を描く以外はほぼ無制限の飛行を可能としている。
武器人間特有の高速移動方法の一種といえば、そう驚くようなことでもない。
しかし爆発を起こさないために無音であり、運動エネルギーでしかないために予備動作が無く、銃弾を思わせるスピードを出せるものだから、あらかじめ知っていなければ対処不能の早業である。
レゼがこれを見るのは2回目なので、或いは対処されるかと思いながらの肉薄であったが……レゼの動きは明らかに精彩を欠いており、これまた同じくかかと落としで簡単に撃墜できた。
そしてレゼを撃墜するために飛びあがった時、視界の端に収めた『復活したマキマの姿』。
「クソがよォ!!」
失敗した。
そう結論付けるしかない。
放った12発の鉄球には、全てに『必中』の効果を与えていた。
従って、着弾までは確定している。
裏を返せば、『着弾した後は何ら保証されない』という意味だ。
心臓と脳に同時に着弾したら死んでて欲しいものだが、それこそ『人間の悪魔』の様な高度な治療能力を持つ悪魔やその契約者がいたとか、死体に悪魔が取りついて魔人になったせいで生存判定になっているとか、考えられるケースはいくつかある。
そもそも、『内閣総理大臣およびその業務の代行権利者を皆殺しにすれば、契約が不活性化する』という前提が間違っていた可能性もある。
だが、もはや原因の追究に意味は無い。
ここからは負け試合。
しかしただやられるつもりはない。最大限の嫌がらせをしてからだ。
そう割り切ったジョージは、地面にめり込んだレゼを放置して、まず火炎放射器の武器人間……バルエムに襲い掛かる。
「許さねえ、殺してやる……殺してやるぞ、バルエム!」
「なんで!? なんで俺!? 名前覚えられてるし!!」
「知らね」
よしんば首尾よくマキマを殺し切れたとして。
じゃあそれでデンレゼが安泰かといえば、勿論そんなことは無い。
チェンソーの心臓はそもそも多くの悪魔が求める代物であるし、レゼもソ連に追われる身だ。
しかしそれらを全て退けたとしても、『チェンソーマンのファン』を自称するバルエムがいる。
こいつはマキマとはまた違った意味での厄介オタクであり、チェンソーマンが活躍する場を作るためにナユタを殺す様な厄介ファンである。
そのためデンレゼ……というか、デンジがまともな生活を送るためには、確実に始末しておく必要がある存在と言う訳だ。
多分、デンレゼの間に子供とかできたら殺しに来るか、何かしらの魔人に変えようとしてくるだろうから。
バルエムの命ぐらいは貰っておかないと完全敗北になってしまう。
マキマがいる以上は焼け石に水とジョージもわかってはいるが、それでもこれぐらいしかできることが無い。
「お前は磔刑だァーーー!!」
「怖い怖い怖い!!」
なんてバルエムは怯えた風に振舞うが、実際の所、その内心はそこまでビビったりはしていなかった。
当然と言えば当然の事で、バルエムは武器人間だからだ。どう殺されたって、奥歯を押し込めば簡単に復活できる。
この戦場においては、同じ武器人間の仲間が4人も居る。お互いの変身トリガーは共有しているし、死んだらトリガーを操作して復活させると打ち合わせてもいる。
仮に全滅したとしても、マキマの操る『幽霊の悪魔』がトリガーを操作する。そしてそのマキマは武器人間たちと違って、活動停止が起きない不死身。
これで『死を真剣に恐れる』なんてできる訳がない。
「もーマジ死んでくれ~」
せめてもの抵抗として、バルエムが火炎放射をジョージに撃つが、やはり実弾ではない以上ストッピングパワーに劣る。
むしろ、ただ自分の視界を塞ぐだけの悪手。
銃撃による四肢の破壊。
体を支えられなくなったバルエムが崩れ落ちる。
ジョージはそんなバルエムを足で胴を挟み込み、マウントポジションに移行。
「BANG」
バルエムの頭部がグチャグチャになった。
これでバルエムは絶命。しかし勿論奥歯を押し込めばそれだけで復活してしまう。
そこで一工夫。
抵抗の無くなった肉体に銃剣を突き刺し、胸元を
すると、拍動の止まった火炎放射器の悪魔の心臓が発見できる。人間のそれとは明らかにデザインが違うので簡単だ。
これを、銃剣で抉り出す。
勿論、これでもまだ生きている。この心臓に十分な量を人血を与え、何かしらの刺激を与えれば多分復活できるだろう。
熟練した武器人間であれば、レゼがそうであったように『心臓で考える』ことができるので、何なら刺激すら要らないかもしれない。
流石に心臓を抉り出していると光景が猟奇的だし、パッと見の印象だけでも『ヤバい状況』って伝わるからか、他の面々が攻撃を加えてきたが……。
「”動くな”」
ジョージの言葉に、全員がその場で立ち止まる。
唯一攻撃できた槍の武器人間の投擲を回避して、下半分だけになった仮面をずらす。
そして。
「マジか……?」
サムライソードが思わずそう零す。
ジョージ・スマイルズは。
火炎放射器の悪魔の心臓を、喰った。
「お、おい……あれって……戻るのか?」
誰かがそう言った。
誰も、その疑問に答えを持っていなかった。
悪魔の力の源泉は心臓である。
これを破壊されることは悪魔にとって致命傷となり、よほど強力な個体でも無ければそのまま死んでしまう。
では、悪魔の心臓によって不死となった彼らは?
結論から言えば、心臓を破壊されただけでは死なない。
脳と心臓を破壊され、全身をグチャグチャにされても復活できるという意味で、彼らは死なない。
死体をある程度元通りに並べて、心臓に人血を供給し、トリガーを機能させれば復活する。
では、その心臓が切り離され、どこかに封印されたら?
「……」
復活の条件が満ちない。
であれば、それは事実上の『死』だ。
「あと、4人」
彼らはジョージの右腕が変形していく。
それはやはり銃の形をしていたが……文字通りに、
「は?」
炎の壁が鞭の武器人間に襲い掛かる。
比較的燃えやすいと踏んだジョージの推測は正しかったようだが、即座の出血とリセットで治されてしまった。
だが。
「なん、だ今の……」
「火? 火炎放射?」
「バルエムの、バルエムが、バルエムで……アレ?」
彼らに植え付けられた恐怖はリセットされない。
ジョージ・スマイルズは自分達を殺せる。
そして、喰い殺されたら……その力は、ジョージ・スマイルズのものになる。
無限の寿命、死から復活、悪魔の力を持ちながら人間のままの自我。
彼らは間違いなく特別な存在で、そしてそれを誇りに思っている。
だからこそ、それを破壊し強奪できるジョージ・スマイルズの存在は、アイデンティティの否定に近かった。
彼らの自我は悪魔ではなく人間。
故に、その精神には破壊の余地がある。
◆◇◆◇
銃について考えた時、ジョージはもう一つの疑問を抱いていた。
『どこまでが銃なのか』と。
弾倉は銃か? 引き金は? 撃針は? バネは? 銃剣は? スコープは? 三脚は? ストラップは? じゃあ、それらの悪魔は何処に居る?
そもそも『銃の悪魔』ってなんだ? 銃と一言で言ったって、拳銃も機関銃も狙撃銃も散弾銃もあるだろうに。
銃の悪魔の能力は、銃を生み出すことでも銃撃を生み出すことでもない、としたら。
銃の悪魔の本当の能力は、『他の悪魔の概念を喰らい、銃の概念で塗りつぶすことで自らの糧とする』……
「いけません」
ジョージが何かを防ぐように腕を掲げ、そこにマキマが天使の寿命武器を使って攻撃してくる。
武器人間たちが呆然としている中、誰よりもマキマが早かった。
「
マキマは頭が良い。そして、チェンソーマンの大ファンだ。故に、辿り着いてしまう。
目の前の人間が、出来損ないが、半端者が。
という結論……否、断じて、仮定に。
そしてその可能性が少しでもチラついたら……もう、否定するしかない。
全身全霊を以って、何もかも蕩尽して、目の前の
そこに『支配の悪魔』という、後方での暗躍に特化した邪知はいなかった。
その姿は、ただただ解釈違いに怒り狂う、1人の厄介オタクだった。