「ッシャアッ! ビーム!」
バレットシャークと化したビームにまたがり、時に振り回したりしてレゼと戦っていたデンジ。
その戦いの中で、動きがスキだらけ、というジョージからのよくわからないアドバイスをなんとなく理解していた。
昨日戦ったレゼは強かった。
上手く言えないが、レゼの言葉を借りるなら『自分の力を理解している』という奴だ。
それは心臓の悪魔の能力という意味だけではなく、思考の瞬発力や格闘の技量、手足のリーチなどなど……非常に多くの要素を包含する話だ。
そこから組み立てられる戦略。能力と迫撃を織り交ぜたコンビネーション。
総合力の相乗効果こそがレゼの本領である。
事実として、それらに劣るデンジとビームは一方的に嬲られ続けるだけだった。
だが、今戦っているレゼは違う。
ビームがパワーアップしているというのを差し引いても、レゼが弱い。
爆弾の能力だけで戦っている様な状態だ。
今のレゼは爆弾の武器人間というより、それこそただの爆弾だった。
とくれば、対処は昨日と同じである。
「上手いこと飲み込んどけ!」
「ぎゃう……ぎゃう……」
チェーンでグルグル巻きになったレゼが、ボムガールの姿のままビームの口の中にねじ込まれていく。
こうする事によってレゼの全身が濡れる為、結果として爆弾の能力がかなり減衰するのだ。
ビームとしては腹の中が何時爆発するかわかったものではないのだからたまらない。
しかしデンジが無茶苦茶であればあるほど、そしてビームに無茶ぶりをすればするほど。
”推し”のチェンソーマンらしくって嬉しいのだから、ビームも難儀なものである。
ビームは大コケするタイプの続編を楽しめるタイプだった。
「しっかし……これ全然使い方わかんねえな! 全く当たんねえし!!」
ビームの中にレゼをねじ込んだデンジが吐き捨てたのは、ジョージからもらった高分子ポリマー製の拳銃についてである。
なにせ元々が未来の武器、SF銃だ。チェンソーの振り方すら力任せなデンジには過ぎた武器と言える。
実際、ジョージとしても8割ぐらいはレゼが使う事を想定していた。レゼであれば拳銃の取り扱いについて訓練も受けているし、備え付けの説明書を読む事もできる。
その内容をデンジに教えて2人で使うという想定で2丁渡していたが、そんなのはある程度落ち着いた後の話。
結局、『このへん弄ったら弾が出るんだろ?』ぐらいの知識と、基礎もへったくれも無い曲撃ちが合わさり、ただ跳ね回るだけのレゼにすら一発も当たらなかった。
逆に、ビームが放つエネルギー弾……ビームビームはよく当たった。
明確な肉体的損傷を作らなかったので、若干ながら気楽に撃てたのもある。
「さて、どーっすかなぁ……」
そう言ってチェンソーの頭を向けた先には、何やら馬鹿でかい生き物が列を為して蠢いていた。
それはマキマが呼び起こした鼠の悪魔であったが、視界も通らぬデンジからは肉の津波の様にしか見えないのだった。
「まぁ、アッチの方にはジョージも行ったし、大丈夫だろ。ビーム! 海に行ってレゼを濡らしとくぞ!」
「ハァイ……おえっぷ」
◆◇◆◇
監獄の悪魔の異空間。
屈服するかのように頭を垂れ、しかしその下で俺は笑みを浮かべていた。
俺はマキマに殺されるつもりで戦っていた。
なぜなら、それが次善の決着だからだ。
勿論最善は俺がマキマを殺せることだが、それができないなら俺が殺された方がマシ。
となると『懲役50年』というのは、原作に絡めないという意味で殺されてしまったようなものだ。
最悪の事態は避けられた。
わざわざ降伏の言葉を求めているという事は、現時点でマキマは未だに支配の条件を達成できていないという事だ。
その言葉によって格下の実感を更に高める事で、支配の条件を達成させるつもりなのだろう。
まあ、条件といっても割とあやふやっぽいんだが……。
『参りました』の一言で50年……額面だけを見れば破格の取引だが、その一言に別の詰み条件が隠されている。
悪魔の取引とはかくあれかし、って感じだな。
「一応言っておきますが、監獄の悪魔の異空間は『閉じ込める』事に特化しています。仮に『恩赦』で解放されることなく収容された場合に『脱獄』なんてことができるとは思わないように」
「確かに、魔法陣の上に10秒だからな……取り込むのにすらこれほど重い条件だ。さぞかし堅牢なのだろうな」
実際、少し周りに視線をやっただけでも、貫徹する事は難しそうな空間的断絶が肌で感じられる。
具体的にどういう感覚なのかを説明する事は難しいが、こればっかりは距離が大切な銃の悪魔の本能みたいなものだ。
せっかくの緊急脱出の準備が無駄になってしまったな。
「えぇ、勿論。公安でもこれに収監される悪魔は、特に反抗的な極一部です。そうした悪魔たちですら、ただの一度も脱出を許していない事実を鑑みて、賢明な判断をしなさい」
さて、降伏の言葉は言わないものとして。
実際どうすれば確実に収容してくれるだろうか。
「ほ、本当に、降伏すれば……自由にしてくれるのか?」
「えぇ約束しますよ。必ず解放します」
『自由』にはしませんと。
本当に悪魔みたいな奴だな。
「アナタの働きと引き換えのギブアンドテイクです。さぁ、言いなさい」
「だが断る」
「……なに?」
「この種ヶ島譲司が最も好きな事のひとつは自分で自分のことを強いと思ってるやつに……『NO』と断ってやる事だ」
一度は言ってみたいセリフ第4位。
ここまで完璧に、そして全力で言える機会が来るとはな。
「そうですか……では、50年後までサヨウナラ」
「釈放の時には、看守の面が変わってることを祈るよ」
中指を立てて不服従を表明するが、マキマに感情の揺れ動きは見られない。
まぁ、そりゃそうか。多少惜しいとはいえ、それだけの事だ。
さて、じゃあ最後に1つ捨て台詞でも吐きますかね。
「助けてチェンソーマン」
しかし、当然デンジが乱入してくるようなことは無く、俺の脳裏には悪魔の声が無慈悲に響く。
「『ジョージ・ピストルズ』」
……ん?
聞こえてきた声の文面に、何かがおかしいと疑問に思ったその瞬間。
俺の体は、いともたやすく監獄の悪魔の異空間から脱出し、そのまま地上へとぶっ飛んでいった。
「うおおおおおお!?」
理解不能理解不能理解不能!
なんだなんだ!? 何が起きた!?
肉体全てが引っ張られている。しかも、何か銃以外の悪魔の力が浸透しつつあるのを感じるぞ。
よくわからんが、不味いッ!
「
脳と心臓を銃弾に、そして肋骨を銃身とした銃が西南西に向けて発射される。
同時に、狙撃銃の悪魔の能力発動。いつでも新鮮な脳をお届けだ。
発射時点で全ての感覚器を喪失したが、問題無い。
着弾したのは、太平洋上空。
アメリカとロシアから引っ張って来た銃の悪魔の肉片、合わせて48%と合流する。
心臓込みで、ジャスト50%って所かな?
そのまま元の生体構造を再構築。
なに、肉片を消費して銃を作るのと同じ要領だ。
1分ちょい程、海の上で全身をべきぼきぐちゃむちゃと捏ね繰り回して、ようやく完成した。
「ふむ……再現率は100%といってよさそうだ」
海面に反射する己の姿を見て出来栄えを確認する。
勿論、それは外見だけの話。実際には、脳以外のすべてが銃の悪魔の肉片になっている。
「いよいよ武器人間ともいえない様な状態になったな……まぁ、良いか」
ひとまずは、脱出の幸運を喜ぶとしよう。
しかし、一体全体何があったんだか。
それを確認するためにも、まずは戻らなければ。
「ってあれ?」
マキマに付けた銃の悪魔の肉片から反応がない。
というか、それ以外の肉片とのつながりも相当薄れているな。
だが、逆に少し離れた別の場所には明快な反応がある。
ひとまずそっちに行ってみるか。方角は大体同じだし。
能力発動。
「……っと」
能力自体はちゃんと発動したのだが、体が奇妙に波打っている。
黙れ、と念じれば簡単に静まったが……どうも、肉体に不具合が出ているらしい。
当然と言えば当然の事。
今この肉体に存在する『人間』の要素は、柔らかな自我を駆動させるちっぽけな脳ミソ1つ分だけ。他は心臓まで含めて全部が銃の悪魔だ。
いや、心臓は出所が銃の悪魔だったというだけで、ずっと俺の心臓なのだが……なんにせよ、不具合の原因はそのあたりにあるだろう。
反乱というには大人しいし、暴走というには制御が効く。
指揮系統の混乱……ぐらいが一番妥当か?
脳は持ってきたが、中枢神経系は切り離したからな。そのせいで伝達が上手く行っていないのか?
或いはもっと抽象的な……人間性が足りてない、とかか?
なんにせよ、事前に準備しておいて助かった。
心臓と脳を銃弾にするのは流石に時間がかかるからな。咄嗟の状況では無理だ。
その気になれば心臓に人格を移転する事もできるし、それを打ち込んだ肉片を本体に変える事もできただろうが、その場合は今よりも更に制御が困難になっていただろう。
まあ、それを言い始めたら、今も人格が地続きな事が奇跡みたいなもんか。
他の悪魔の力が浸透する前に脳と心臓を脱出させられたんだからな。あのままだったらどうなっていたことか。
いやまあ、現時点でもこの体がどうなっているんだかよくわからんけど。
……他に特別大きい肉片も無いし、次の緊急脱出は不可能だな。
さらに慎重に事を進めなければ。
「いずれにせよ、まずは状況把握からだ」
◆◇◆◇
しばらくの間飛行して日本に到着した。
まずは適当な衣服を纏ってから、行動を再開。
銃の悪魔の再臨、銃の悪魔の通過、鼠の悪魔の氾濫。
都市全体にわたる混乱の原因はこの辺りだが、それぞれ1つだけでも深刻な事態だというのに、若干の時間差を置いて連発したものだからえらいことになっている。
というか、一周回って混乱が落ち着いてすらいる。つまり、混乱する人間が居なくなったから。
「……これ首都移転まであるな」
軽く上空から改めて状況を俯瞰すると、なんとも見事な更地である。
やっぱり中国から呼んだ銃の悪魔が悪かったな。上空から見ると一直線に抉れてて笑える。
まあ台風の悪魔が大暴れした時もなんだかんだでさっさと復興してたし、そもそも悪魔に対して変に楽観的な所があるし、案外ここから持ち直すかもしれないな。
一応、日本の国家公務員はあんまり殺してないし何とかなるかもしれん。人は石垣って武田信玄も言ってたし。風水的に完璧な地形ってテラフォー〇ーズで読んだし。
「まあ、どうでもいいが……」
ここからマキマとの追いかけっこが始まる、とかやめて欲しい。
なので早急に追撃をしたいところだが、同時に色々確認しないとさっきの二の舞になりかねない。
「まずは取り急ぎ、唯一ある肉片の反応からだな」
◆◇◆◇
「はっ!?」
路地の中。
薄暗く血の腐臭が湧きたつその場所で、アサは突如として目覚めた。
「うぅ……ここ何処……?」
きょろきょろと周囲を見回すと、馬鹿でかい獣の死体が眼に入る。
「ひっ」
先ほどからこの空間に充満する血の匂い、その根源はその死体であった。
どうも頭部と思しき部分が消し飛んでいるため、具体的にどのような獣であるかは不明だが……骨格は、ネズミやハムスターといったげっ歯類のそれの様に思われた。
そして、隣には少し酸っぱい匂いを放つ吐瀉物。
「なに、これ……夢?」
「夢じゃないぞ」
「ヴャアっ!?」
ちょっと人語なのか疑わしい様な声を上げたアサが、その勢いのまま振り返る。
そこには自分にそっくりな……しかし、同心円状の瞳と巨大な面傷が違いの誰かが居た。
「だっ、誰? 私?」
「私は戦争の悪魔だ。この体は、お前が死んだので私がもらい受けた」
「も、もら……? えぇ……?」
「とっとと理解しろ馬鹿め。ここは戦場だぞ。私の本能がそう言っている」
「も、貰ったんなら、なんで私はまだ自由に動けるの……?」
「お前の脳ミソを半分残しておいてやったからだ」
「……なんのために? 私なんかいても……」
「聞きたいか? 聞きたそうだな? 聞きたいんだろう? では教えてやろう!!」
いきなりテンションがぶちあがった戦争の悪魔に、アサはちょっと引いていたが、そんなことはお構いなしに戦争の悪魔が続ける。
「その理由は! ズバリ!! これだ!!!」
アサの腕が勝手に動いて、何かを目線の高さに持ってきた。
うわぁ本当に体が奪われてるじゃん、などと変な感動をしつつ、持ってきたものを見る。
「……これ、拳銃?」
アサの手に握られていたのは、マンガとかドラマとかでたまに見かける事のある拳銃だった。
武器どころか刃物すら包丁止まりのアサは触れたことも無い代物だったが……その拳銃からはアサとの親和性と言うか、何とも言えない一体感と言うか、まるで銃そのものがアサに配慮しているかのような奇妙な馴染み深さがあった。
「その通りだ! 名付けるなら、『ジョージ・ピストルズ M95』といった所か! 全長18㎝、重量470g、装弾数6発のリボルバー式ダブルアクション拳銃! 弱点であるリロードの手間を、銃が弾薬そのものを生成する事で解消! その弾薬だって色んな種類が出てくる! ハイパワーなマグナム弾も、悪魔だって一撃で仕留められるエネルギー弾に、適当に敵を止める散弾も、弾薬そのものが消音機能を有するサイレンス薬莢まで! 勿論普通に持ってきた弾薬をそのまま装填して撃つ事もできるし、口径やリムの有無などは勝手に忖度してくれる! 撃ち終わった空薬莢はそのまま消化吸収してくれて環境にも優しい! いつでもどこでも『
「めっちゃ早口」
顔を赤らめて興奮気味に発射されるマシンガントークを聞いていたアサが唯一返せたのがそれだった。
『ジョージ』という名前にかなり気になるものもあったが、まずは当初の質問を解消してからだ。
「で、これがなんなの?」
「この銃なのだが、実はお前から作ったのだ」
「わ、私? 私から?」
「私は戦争の悪魔。私は『自分のもの』だと思った存在を武器に変える力がある。だが、私が私の意志で作ると、どうしても武器の性能に天井があるんだ」
「天井?」
「簡単に言うと、私が作る武器には『素材』でしか成長余地がない。武器の性能を決めるのは素材と……罪悪感」
その言葉に、どこか不吉なものを感じた。
「私は何かを武器にすることにそんなものを抱きはしない。だから素材の価値を高め、厳選する事でしか武器の性能を上げられない」
罪悪感。最高の武器。
そして、銃の名前。
いろいろなピースが、アサの中で組み上がっていく。
「しかしお前は違う。お前は人間だから罪悪感を抱く。お前が死んで夢現の間に……お前の一番大切な
「そ、れ……って」
アサが手の中の拳銃を見る。
『ジョージ・ピストルズ M95』……ジョージ。
「種ヶ島譲司、だったか? そいつを武器にした」
「う……げぇッ……」
うずくまる。
冷たいアスファスト、臭い立つ血、誰のものかも分からない吐瀉物。
そして、ジョージの……家族の、死体。
説得力があった。
この拳銃がジョージそのものなのだと言われても、すぐに『確かにそうらしい』という納得が心の奥底で燻った。
それが手元にあって、しかも武器の形になって、葬送の1つもされない。
挙句、それをしたのは自分。
「げぇ……うぅ、が……」
違うちがう、自分じゃない。
悪魔だ。戦争の悪魔がやったことだ。自分じゃない。
何度も何度も地面に向けてえずくが、朝食どころか胃液すら出てこない。
「またか、これで3回目だぞ」
「さん……?」
「3回目だ。お前は目覚めてからさっきの説明を受けて、失神するという流れを既に2回やってるんだ。その度にわざわざ健忘まで発症してな。おかげで我が愛銃の説明が随分と達者になってしまったぞ」
では、この路地にぶちまけられていた吐瀉物は自分のものだったのか。
どこか他人事の様にそんなことを思うアサ。
「正直な所、罪悪感は成長余地としての価値はあるものの、ここまで劇的に変わるものだとは思っていなかった。これからもお前の人格を残して、上手い事罪悪感を引き出し、乗りこなすことができれば……もっともっと強力な武器が手に入る!」
「ぁから、私を……?」
「そうだ! お前は愛しく恋しい、私だけの
武器職人。
その言葉を聞いて、ちらりと銃に目をやる。
こんな……こんな思いを、何回も?
「まあ、流石にこれほどまでのモノがそうホイホイと作れるとは私も思っていない。だがその可能性があるという事が大切なんだ。実績、という奴だな」
そうだ、確かにジョージが居なくなった今、アサに大切な人なんていない。
本当に全くいない、という事も無いが……それでもジョージ程の、となると絶無だ。
そう考えれば『こんな思い』を何度も繰り返すことはきっと無い。
無い、ハズだ。
そうだと思っていないと……頭が、おかしくなる。
「い、いやもうおかしくなってたりして……フフ……」
「不味いな。発狂されると罪悪感が生まれないぞ」
いや、更に確実に、『こんな思い』をしなくて良くなる方法がある。
まさに、今まさに、手の中にある。
「ちなみにだが、勿論この理由は後付けだ。本命の理由じゃない」
「……あとづけ?」
その言葉に、アサが少し興味を持つ。
「その通りだ。強い武器を作れるというのは体に入った後に分かった事だからな。実際にはもっと別の理由があったのだ」
「……その理由って?」
「ズバリ、お前が美しかったからだ」
「はぁ?」
「やはり私としても、どうせなら眉目秀麗な方が良いからな。私が入ってしまえば内部的な性能などどうとでもなるのだから、まずは外見的な性能を重視したと言う訳だ」
その言葉を聞いて、アサは。
「なにそれ、すっごい、迷惑……」
とだけ言って、座り込んでしまった。
失神はしなかったが、酷く疲れてしまった。
「そりゃあ迷惑に決まっているだろう、悪魔なんだから」
戦争の悪魔の軽口は、誰が返すでもなく虚空に溶けて行った。