デンレゼ過激派転生者   作:翁。弁当

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號奪戦の間合いですよ

「ん……」

 

 身をよじる。

 

 動かした体を押し返すのは、革とスポンジの2層構造ではなく、シーツとスプリングの2層構造だった。薄いながらも全身を覆う掛け布団は軽やかで、上着と違って寝覚めが良い。

 意識が覚醒した時の、あの脊髄が鉛になったかのような重みが無い。

 

 そうか、そう言えば、昨日は永遠の水族館では無くて、いつものベッドで眠りにつけたのだった。

 

 そして目を開いたアサの視界に広がる、ジョージの寝顔。

 

「……!?」

 

 辛うじて、大声を出すことは無かった。

 寝ぼけまなこ故に反射的な動きが遅く、理性で押しとどめるのに十分な時間があったからだ。

 

 おかげで、ジョージの眠りを妨げることなく、その寝顔は安らかなままだ。

 

「……」

 

 じっとジョージの寝顔を見る。

 

 思えば、アサがこうしてジョージの寝顔を見るのは初めての事だ。

 この男と来たら基本的に寝室を別に構え、アサより早く起きている。最初に泊まった時は違ったが、その時はクラムボンが顔の上に乗っていたし。

 

 奇矯な言動、飄々とした表情、臭い立つ悪徳。それらが渾然一体となって醸し出される奇妙な引力。

 毒々しさが全く無いジョージの姿は、アサをして新鮮な趣だった。

 

 ちょっと、頬をつついてみようか。

 

 そんなイタズラ心に従って手を動かそうとすると、何かを掴んでいることにようやく気付いた。

 

 手だ。ジョージの手とアサの手が、まるで握手をするかのように握られている。

 

 筋骨隆々とした『男』の腕。

 アサのそれとは明らかに別物の圧倒的な質量とエネルギーが、アサの手を通して伝わってくる。

 

 あの水族館を出る直前、ジョージは明らかに本調子ではなかった。

 いや、言葉を飾るのは止めよう。あの時のジョージは、間違いなく正気ではなかった。

 

 いつものジョージなら、たとえ肩を掴んだとしても、決してアサが痛がるような力加減などしない。まるで壊れ物でも扱うかの様に、肩を抱いて腰を導かれる。

 そう言うアサの経験則に基づいて、あの時のジョージはまともではなかった。

 

 だが、たとえ精神が不調であっても肉体は違う。

 

 あの時アサの肩を掴んだ力は、何も精神不調でリミッターが外れたとかではない。

 ごく自然に、それこそ呼吸をするかのように出せる腕力でしかない。なにせ普段から悪魔を殺すためにそれ以上の腕力を振るいまくっているのだから。

 

 そしてその腕力は、ほんの断片しか体験していないアサであっても、自分のそれを遥かに上回ることを難なく予想させた。

 同時に、ジョージはそれを完璧に制御できることも。

 

 つまり、もしも……もしもジョージが()()()になれば。

 

 アサは僅かな痛みも感じることなく、しかし一切の抵抗も許されずに、ジョージの『好きな様に』されてしまうという事だ。

 

 その見解の象徴こそ、この腕なのである。

 

「……」

 

 例えば。

 そう、あくまでも例えばの話だが。

 

 アサとジョージがそれぞれ入浴を済ませ、冷蔵庫から取り出した水を回し飲みとかして。

 それで『間接キスだなぁ』とか言って、適当に他愛無い雑談をして。

 さてそろそろ床に就くかという折に、アサの腰にジョージの腕が回されて。

 ただ困惑するばかりの、しかしすでに何かを察したアサを無視して、抵抗できないほどの腕力でベッドまで連れ込まれて。

 頑張って形式的に抵抗するも、その全てが何の意味もなく上から押さえつけられて。

 

「えぇいこのショッキングピンクの妄想を止めろォ!!」

「ギャフベロハギャベバブジョハバ!?」

「んぁ……なんだぁ? 猫の喧嘩か?」

 

◆◇◆◇

 

「なんで一緒に寝てるんだっけ?」

 

 なにやら奇矯な叫びをあげたアサを一旦落ち着かせて、昨晩の記憶を探る。

 

「……さぁ?」

「これってアレだよな。ハングオーバー回って奴? 朝目覚めたら隣に誰かいて、記憶ないけどヤッちゃったかもしれない、みたいな」

「半笑いでなんてこと言ってんの!?」

 

 いやまあ、ぶっちゃけただのブラックジョークだし。

 下ネタ寄りの。

 

「ふふ、まあまあ見てみろって。2人とも昨日の服のままだ。寝巻どころか部屋着にすら着替えず、外着のままベッドに直行したと見える。着衣の乱れや不審な水濡れも無し。そんなことは100%ありはしないさ」

「よっぽど疲れてたのかな」

「だろうな。なんだかんだ気を張りっぱなしだったし、解放感もあるだろうさ」

 

 俺に限って言えば、『異空間の創造』なんて不慣れな芸当をやったのだから尚の事だ。

 面白半分で領域展開とか言っちまったのは多分関係ないだろうが、とんでもなく消耗する事は実感として理解できている。心臓の稼働率を相当に引き上げたからな。

 

 元ネタもそうだが、こいつは目的外使用に近い。

 デフォルト搭載されているわけでも無ければ、ゴリ押しでどうとでもなるほど基礎ステがぶっ壊れているわけでもない身としては、致し方無しだ。

 反動で心臓(じゅつしき)一時的に機能不全(オーバーヒート)に陥る、なんて事は無いようだが、それでも大きな負担がかかっていたはずだ。

 

 まぁ、おかげで永遠の悪魔を秘密裏に始末できたのだから文句は言うまい。

 

 永遠の悪魔を外で倒すことになったら、警察の事情聴取をはじめとした諸々の手続きで、家に帰るのが3時間は遅くなったはずだ。戸籍が無い事やナユタの事がバレればさらに伸びる。

 岸辺の名前を出せば多少はゴリ押せるだろうが、コネの切れ味は使うほどに摩耗するもの。

 

 岸辺とのコネは、もっと良い使いどころがある。

 

「どれ……じゃあひとまずは朝食だな。何か腹に入れないと回復するものも回復しない」

「賛成。今は魚以外なら何でもいい」

「元からそうだろ」

「魚嫌いはもう克服したようなもんでしょ」

 

 実際、アサは『代替的食料源』の不穏さを察してか、かなり頑張って魚を食べていた。

 

 一応魚っぽさを出来るだけ軽減できるようにもしていたが、あの環境では限度がある。

 しかし魚以外の食料も無い以上はどうしたってそれで我慢してもらうしか無かった。原作通りにヒトデを食べても良かったが、あれでは効率が悪すぎて結局は元の木阿弥になっていただろう。

 

「おろ、いたのか」

 

 寝室のドアを開いてリビングに向かおうとすると、その足元をクラムボンが走り抜けていった。

 どうやらクラムボンも寝室の中に居たらしいが、全然気づかなかったな。どっかに隠れてたのか?

 

 リビングでは、既にナユタが起きていた。ソファで俺の蔵書(主にマンガ)を読んでいたようだ。

 1995年というだけあって、名作の初刷りも絶版した幻の作品も手が届くもんだから、ついつい買い込んでしまうのだ。

 正直ずっと積んでいた奴ばかりだが、ナユタを預けた後はしばらく消化に専念してもいいかもな。

 

「あ、起きた」

「おはようナユタ」

「おはよう」

「おはようナユタちゃん」

 

 ナユタはすぐに気づいてこちらに挨拶を返した。

 笑みによってそのことを迂遠に褒めつつ、ナユタを少し観察する。

 

 瞳には生気の光が爛々と輝き、何かに興奮しているのか頬は上気しているし、口角も少し上がっている。

 

「……どうした? 何かいいことでもあったか?」

「あった」

「そうか、よかったなぁ。何があったのか教えてくれる?」

「秘密!」

「あらら」

 

 何だったんだろ。

 読んでた本が佳境とかかな。にしては俺たちが部屋を出たことに即座に気付いたし、違うか。

 

 電話を使ってフロントに連絡する。

 

「もしもし、朝食Aを3つとBを2つとCを1つお願いします。あと成猫向けのペットフードも一食分」

「あとちゅーるも!」

 

 ナユタが声を上げた。

 この手の金が絡む場面で主張をしてくるのは珍しいな。

 

「……聞こえてましたか? ではちゅーるもお願いします」

 

 電話を切った。

 

「全く、いきなり言うんじゃないよ」

「ごめんなさい!」

「はい賢い。よく謝れました……なんか理由とかあった?」

「クラムボンにお礼!」

「ふーん? ま、いいけど……これからはちゃんと事前に言うように」

「わかった!」

「えらいえらい」

「うぶうぶうぶうぶ」

 

 何のお礼だろ。

 ずっと抱き枕にしてたとかかな。

 

 そんなささやかな疑問を残し、俺たちは朝食を待つことになった。

 

◆◇◆◇

 

 翌日。

 

 俺は黒塗りの高級車に追突されていた。

 庇う様な後輩もおらず、全ての責任を負うべきである公安の岸辺に対し、デビルハンターの種ヶ島譲司が提示した示談の条件とは……。

 

「銃の悪魔の追討作戦が決定した」

「えぇ……? 止められなかったんですか?」

 

 残念ながら俺は大抵の場合押し付けられる側である。なるべく耐えてくださいね。

 戸籍はまだ復旧できてないんだから、示談もへったくれもありはしない。

 

 車の運転席に座る岸辺を横目に見ながら、助手席に座って呆れた声を出す。

 都心の方で俺を捕まえた岸辺は少し辺鄙な場所まで車を走らせ、海を眺めながら話している。

 

「無理に決まってるだろ。今回でどれだけ被害を被ったと思ってるんだ。マキマの正体を知らない連中からすれば、銃の悪魔が世界中を同時多発的に襲撃しただけ。マキマに対する偏向評価にやや違和感も覚えるが、銃の悪魔への憎しみが塗りつぶしてる」

「……言わんとすることは分かりますが、無駄でしょ」

 

 東京・中国に出現した奴は戦争の悪魔の銃になったし、ソ連・アメリカの奴は俺の肉体の素材になった。

 この時点で大体70%程がなくなった計算だ。

 

 一応、他の先進諸国で肉片を確保している所はあるし、人間や悪魔の中には何らかの理由があって肉片を保持している奴もいる。

 したがって完全に消滅したわけではないにせよ、『銃の悪魔』のネームバリューに応えられるだけの存在はもはや地球上に存在しない。

 

 肉片の割合や心臓の都合上、敢えて一番銃の悪魔に近い存在を挙げるなら俺という事にはなるが……俺が相手では公安の皆々様もイマイチ気が乗らないだろう。

 

「まあ確かに無駄だな。だから追討というよりは、掃討戦……憂さ晴らしの悪魔狩り強化月間って感じだ」

「ほーん、不健全な事で」

「誰のせいだと……」

「マキマでしょ?」

「……」

 

 存分に使い倒しておいて言う事じゃないかもしれないが、俺は別に『銃の武器人間』なんてけったいな存在になりたくてなった訳ではない。

 だが、マキマはああなりたくてああなったのだ。意図的に行動していたマキマの方が有責比率は重いだろうさ。

 

 それを殺すために色々と巻き込んだ俺に非が無いとは口が裂けても言えないが、それでも精々が7:3って所だろう。

 

「で、だから何だって言うんです? 東京から(ガラ)を躱しておけとでも?」

「いや……」

「……?」

 

 なんかやたらと言葉を濁すな。

 言いづらいことでも聞きたいのだろうか?

 

「お前男だよな?」

「そりゃそうですよ。何をいまさら」

「そうか……そうだな……」

 

 酔ってるのか?

 別にアルコールの臭いはしないが……?

 

「お前のブログを見たんだが」

「すっかりファンですね。サイン要ります?」

「黙れ。で、最新の記事の写真なんだが」

「あぁ、あれですか。結構綺麗に取れてたでしょう?」

「よく……クァンシとツーショットを撮れたな」

 

 そっち?

 

「……別に普通に撮ってくれましたけどね。表に出ないだけで、あの人割とひょうきんな節があるんで」

「そうか……お前を殺す」

「えっ」

 

 咄嗟にレバーを引き上げて背もたれを倒すと、鼻先を岸辺の正拳がかすめていった。

 

「……っぶねぇ~~~」

「なに避けてんだ」

「なに殺しに来てんだって話でしょうよ」

 

 おかしいな。俺の認識だと、岸辺隊長は『一見ネジの外れたイカレ男と見せかけて、酒で強引にネジを緩めているただのオッサン』って感じの、比較的対話が成立するタイプの人だと思っていたのだが。

 

「今世界で一番銃の悪魔に近いのはお前だ。で、俺は公安のデビルハンターで、今は悪魔討伐の強化月間だ……後は分かるな?」

「それが後付けの理論武装だという事だけははっきりと」

 

 というか、仮に暴力沙汰になっても理論武装はできるように、伏線を張っておいたとでもいうべきか。

 

「ついでに、本当に、真剣親身にぶち殺したがってるわけじゃないって事も」

「……」

「もし本気なら、連撃(コンビネーション)も契約悪魔の力も飛んでこないのがおかしいんですから」

「……嫌になるな。嫌になるほど、冷静だ」

 

 懐から取り出した煙草に火をつけた。

 

「ふぅーー……確かに、言っちまえば憂さ晴らしみたいなもんだ」

「他の悪魔相手にやってくれ、と言いたいところですが……半分ぐらいは俺の所為ですしねぇ」

 

 なにせ銃の悪魔を召喚したのも、その銃の悪魔で東京を平らにしたのも、その流れでマキマ含む公安デビルハンターの多くを虐殺したのも。

 全部が俺の仕業なのだ。しかも岸辺も大なり小なり片棒を担いでいる。

 

 とくれば、無邪気に悪魔へ八つ当たり、って気分にもなれないのだろう。

 

「で、そこにクァンシ様と仲良くやってる嫉妬が合わさった、と」

「お前なら都合よく蘇生できるしな」

 

 否定しないのか……やっぱり岸クァ来てるんじゃないか?

 

「ま、分かりましたよ。俺も徒手の技術は磨きたかったのでちょうどいい……しかし野放図に盛り合うというのも無粋というもの。1つルールを決めませんか?」

「どんなだ?」

「そうですね……3つ縛りましょう。1つ目は悪魔及び契約悪魔の力、そして武器の禁止です」

「素手限定か。そのままだな」

「ルールは明言しておきませんと。2つ目は空間です」

「空間?」

「この車の中だけで済ます……と言う訳です」

「これ公安の車だぞ」

「では物損禁止も加えましょうか」

「分かった。最後は?」

「時間です。我々であれば……10秒。それだけあれば十分楽しめるでしょう」

 

 携帯を取り出して、あるところに電話を掛ける。

 

 ポーン。

 

「……これは、時報か」

「えぇ、一回目のポーンで開始、二回目で終わり。分かりやすく正確で信頼がおけて不正の余地が無い」

「同感だ」

 

 時報に繋いだままの携帯を、後部座席の更に後ろにある荷台へ放り込む。

 これから始まるのは、如何に超越的とはいえ素手(ベアナックル)の勝負。あそこなら巻き込まれてしまうことはあるまい。

 

 ポーン。

 

「……次のをスタートにしましょうか」

「ああ、分かった。ところで」

「なんです?」

「お前、クァンシとはどこまで行った?」

「……怒らないで聞いてくださいね? あと、当時のガワが8歳ぐらいだったことも合わせて」

「で?」

「……Bまで行きました」

「そうか」

 

 ポーン。

 

「やはり殺す」

 

 0。

 

 後ろに倒れ込んでいる俺の貫き手がヘッドレストをすり抜け、岸辺の首を狙う。

 岸辺は俺のリーチを見極めてわずかに首を傾けるだけで危害範囲から離脱。伸びきった俺の指をそのまま鉄拳で狙う。

 

 更にそれを感知した俺は腕を引っ込めてそのままシートの側面をグリップ。

 下半身を起こして左足での蹴りを胴体狙いで放つ。

 

 1。

 

 シートベルトを使って蹴りの威力を殺した岸辺は、そのまま足を絡め取って極め技に移行。

 それを両腕が埋まったと見て、俺は岸辺の脳天に唐竹割りの如き手刀を放つ。

 

 これを致命傷になり得ると見た岸辺はサブミッションを解除。

 クロスガードで急場をしのいだ。

 

 2。

 

 運転席のハンドルとヘッドレストを両腕で掴んで、両膝を合わせて岸辺の顔面に膝蹴り。

 岸辺はこれを頭突きで迎撃。

 

 勝ったのは岸辺だ。上手いことインパクトをずらされた。

 

 これを好機と見てか、岸辺が攻めに転じる。

 コンパクトなボクシングスタイルのコンビネーション。

 

 防ぎ辛い胴への連撃を4発貰ってしまった。

 

「ぐふっ……」

 

 これが足も腰も使えない体勢で放った手打ちの威力かよ。

 5発目以降は防げたが、それでも防いだ腕がびりびりする。

 

 3。

 

 岸辺の連撃がヒートアップしていく。

 

 4。

 

 防戦一方。

 だが段々慣れてきたぞ。

 

 腕で防ぐだけでなく、掌で撃ち落とすのも織り交ぜ、防御のコストを下げていく。

 

 5。

 

 岸辺もそろそろ封殺できなくなると察してか、最大ダメージを取るべくと大ぶりの一撃。

 だがそれこそ俺の望んでいた一撃。

 

 カウンター。

 岸辺の腕そのものを目隠しに、滑るようにして頬骨の辺りを狙う。

 

 岸辺が消えた。

 

「!?」

 

 6。

 

 いや違う。シートの背もたれを倒したのだ。

 背もたれを倒して空間を作り出し、その中に逃げた。

 

 虚しく空を切る俺のカウンター。

 対して、岸辺は倒れ込んだ勢いを足に乗せて蹴りを放つ。

 

 直撃の割にダメージが少ない……?

 かと思えば、弾かれた俺の腕は岸辺の腕が届くところにまで誘導されていた。

 

 そして手を取って固定し、腕を伸ばしてから肘に一撃。

 肘関節を破壊するはずのその一撃は、しかし突如尖った肘関節によって迎撃される。

 

 手を取られた瞬間、座面から飛び出して肘を曲げる余地を作った。

 

 7。

 

 横倒しになったままで岸辺の顎に拳を放つ。

 腹筋でその重い上体を起こすか? だがそれよりも早く俺の拳が届くぞ。

 

 しかし俺の拳は届かなかった。

 後ろから何者かに引っ張られたからだ。

 

 同時に、岸辺は異常な体勢で宙に浮いてマウントポジションに移行しようとする。

 

 視界の端でグルグルと回るハンドルが眼に入る。

 足でアクセルとハンドルを操作して、車を思いっきり蛇行させて慣性を生み出したのか。

 

 飛び掛かってくる岸辺の下側をすり抜けて、位置が逆転する。

 

 8。

 

 ハンドルは放置しているだけで勝手に戻る。アクセルはもう踏まれていないから、こっちもほっとけばいい。

 

 大切なのは、飛び掛かりをからぶった岸辺の背中を殴ることだ。

 

 拳を飛ばそうとすると、どしんと強烈な衝撃の後に、俺の足が何かに弾き飛ばされた。

 

 一体何が、と思わず足を見れば、それはハンドルから飛び出したエアバッグ。

 あの一瞬で『地雷』まで仕掛けたってのか!?

 

 9。

 

「はっ」

 

 気を取られていた間に、岸辺は既に体勢を整えていた。

 俺も逆立ちになって強引に蹴りの構えをとる。

 

 岸辺の鉄拳は俺の顔面に突き刺さり、俺の振り下ろした足が岸辺の肩にクリーンヒットした。

 

「ごばぁッ」

「ぐッ……」

 

 僅かな怯み。

 そして10秒。

 

 ポーン。

 

「……終いだな」

「……そうですね」

 

 どさっと運転席に体を沈める。

 

「お前、加減してただろ」

「あ、バレました? まあ同程度ですよ」

 

 ドアのスキマからズルズルと這い登ってくるのは、銃の悪魔の肉片だ。

 敢えて量を減らすことで、肉体のスペックを落としていたのだ。

 

「あと言っとくと、Bまで行ったのは『男相手でも反射的に拒絶しないように』って訓練目的でしたよ」

「だから何だよ」

「踏み台前提じゃいくら美人でも気が乗らないって話ですよ、色男さん」

「……」

 

 酒の力込みでも成果は微妙な所だったので、今から会いに行っても殴られはすると思うが。

 まあ、それはそれでこの2人らしくていいんじゃなかろうか。

 

 そもそも岸辺が中国に渡航して、その秘蔵戦力であるクァンシに接触できるかは知らないが。

 

「じゃ、そろそろ『本題』を受け取りましょうか」

「……ほらよ」

 

 無造作に岸辺が投げつけた茶封筒を受け取り、中身を改める。

 

「……確かに」

「お前とはこれっきりである事を祈る」

「無理に決まってるでしょ、同業者なんですし……『これ』の事もありますしね」

 

 茶封筒を振りながら、車を降りる。

 物損事故を起こしているが、やったのは岸辺だ。

 

 精々始末書に苦しむがいいと笑って、俺は帰路に就いた。

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