拳銃の射程距離はおよそ20m。
これは主に市街地での近距離対人戦闘を想定して設計された物であり、単純な殺傷力や銃器としての性能は低い。
ハッキリ言って、悪魔に向けて使う武器としては落第もいい所だ。
しかし、悪魔よりも人間から付け狙われている者たちにとって、これほど優秀な武器は存在しない。
20m。
剣や槍では到底届かない。訓練を受けなければ弓矢も難しく、投石など不可能に近い。
射程距離という圧倒的なアドバンテージによる、一方的な攻撃。
挙句に、その攻撃は全てが致命傷たり得る殺傷力。
それを全て掻い潜っての、20m。
クソゲーである。
だが、殺し合いにおいてクソゲーも神ゲーもありはしない。むしろクソゲーの押し付けこそ殺し合いの本質ですらある。
これを一方的に押し付ける側に回る努力に、非難される謂れなど全く無い。
ただし銃刀法を除く。
故にその練習は、人目につかぬ山奥にて行われる。
「じゃーん!!」
レゼがデンジにそう言って見せびらかしたのは、1つだけ穴が開いている紙であった。
紙にはナユタやヨルの瞳の様な同心円状の模様が描かれ、また十字状の線が走っている。
銃の照準にも似たその紙は、射撃訓練に使われる的である。
レゼはなんと、20mという拳銃の限界距離から、
ハッキリ言って人間業ではない。
銃弾の狙いというのは、射撃手本人がコピペされたかのように同じ動きをしたって、炸薬の微妙な偏りや風速に風向、銃身の熱膨張などでいくらでもブレるものなのだ。
ワンホールというのは、それを全て制御しきったという事に他ならない。
ドヤ顔で見せびらかすだけの事はある偉業なのだ。
「すっげぇ……こんなに集まるんだな」
「まあかなり運に恵まれたけどね! 多分ジョージ君だったらもっと凄い精度出してきそうだけどね!」
頑張って謙遜しているが、『凄いことしてやりましたよ』という自慢気な雰囲気を全く隠せていない。
本来であればいくらでも隠せるだろう感情の動きが素直に出ているのは、やはり側にいるのがデンジだけだからか。
ちなみに、ジョージだったら
信頼性を売りにしているAK-47の精度は低いが、銃の悪魔ならなんのそのだ。
尚、その際の評価は『凄い』ではなく『キショい』になる。
「じゃー、デンジ君もやってみよう!」
「おお!」
銃は確かに強いし、誰でも一定の殺傷力を得られる武器である。
しかし、その扱いはなんだかんだで結構難しい。適当にバラまくぐらいなら誰でもできるのだが、1人が扱う1丁で十分な戦闘能力を引き出すには、どうしても訓練が必要だ。
特に拳銃は発射する弾丸が軽量なものだから、きちんと急所に当てなければ大した殺傷力でもない。極端な例では観葉植物の葉っぱ一枚に弾道を捻じ曲げられることまであるのだから、その貧弱さは推して知るべし。
一発の殺傷力、という意味では弓矢が優越する事も多かったりする。
その分、銃は連射が利くし取り回しが楽なのが強みなので、そのあたりは一長一短だ。
デンジは三千年チェンソーという威力特化の権化みたいな武器があるので、取り回しの良い拳銃の扱いを習得しておきたいというのが、今回の訓練の発端である。
ちなみに、教科は『体育』という事になっている。
「正確な射撃は正確な姿勢から! 引き金を利き手側の人差し指で……」
レゼは基本的な射撃の姿勢を1つ1つ、デンジに噛んで含めるように説明していく。
実戦では、特にデンジとレゼがやる様な実戦ではこんなお手本の姿勢など取れる訳がないが、とにもかくにもまずは基礎からだ。
銃の扱いだけならレゼにも出来る事であるし、デンジの習熟はそう喫緊の課題と言う訳でもない。
基礎からゆっくりステップアップしていく時間は充分にある。
むしろ喫緊の課題は別にあるのだが、それはさておき。
「まー、最初は的に当たれば上出来って所かな」
さしあたり、いろはのいを教えたレゼは、そう言って10m先にある的を指差した。
これぐらいの距離でもほぼ全ての近接武器を封殺できる。
「まずは一発だけ撃ってみよう」
「もう引き金引いて良いのか?」
「もちろん」
「……おりゃっ」
クンッ。
「……あー、残念。ハズレだね」
「む、難しいな……」
「気長にやってこ。弾はたくさんあるんだしさ」
「おう」
といっても、ほんの60発だ。
装弾数12発という仕様を考えると、フル装填から使えるのは5回だけ。練習に全部使う訳にもいかないのだから、今ある2丁でリロード無しの24発ぐらいは残しておくのがボーダーラインか。
可能なら、訓練は『普通の銃』で行いたい。
ジョージに貰った特殊拳銃は色々と高性能すぎて、どうも『拳銃』を使っている感触になれないのだ。銃声は静かすぎるし、反動は妙に弱い。
誤解を恐れずに言うなら、これでは拳銃の訓練にならないとすら言える。
適当な裏社会の人間と接触して調達できればいいのだが、変に腹を探られるだろうことを考えると、上手い手ではないだろう。
かつての自分たちと比べれば、自由ではある。比べるべくも無いほどに。
だが、兵站という意味合いでは、ジョージに縛られている節もある。
『与える事こそ支配の過程』とはよく言ったものだ。
「わ」
「うん?」
レゼが突然声を上げたのは、ポケットの中の携帯が着信音を鳴らしたからだった。
この携帯はジョージから借りている端末である。稀に無作為っぽいメッセージが来たことがあるぐらいで、それ以外の着信は無かった。
であれば今回もそうなのかと思えば、今回来たのはメッセージではなく電話であった。
表示は『銃と笑顔』。ジョージの事である。
「「うわぁ……」」
奇しくも、2人の声は完全に一致した。
デンジからすれば、レゼを口説きかねない危険人物として。
レゼからすれば、お仕事なら普通に殺しに来る危険人物として。
そして2人とも、微妙に処理に困る奇行種として。
ジョージという男に抱く思いは、色々と複雑なのだった。
しかし、同時に着信拒否を許さないほどには恩義がある相手でもあるので、それなりに渋々電話に出ることにした。
なんかの間違いでまた口説かれても困るので、レゼはスピーカーホンにした。こうしておけば、いざって時はデンジが上手く介入してくれるはずだ。
「……もしもし?」
『ジョージだ。今大丈夫か?』
「大丈夫。周りにはデンジ君しかいないよ」
『おっ、デンジもいるんなら都合がいいな。デンジには聞こえてるのか?』
「聞いてるぜ」
『
「用事?」
『2泊ほどそっちに泊まりたい。今から行くんで準備しといてくれ』
そう言われて、デンジとレゼは顔を見合わせた。
◆◇◆◇
未来の悪魔との契約という奇妙な一夜が明けてから、なんだかちょっと不思議な事が起きている。
「お~い、ナユタぁ~?」
「……」
ソファの影に隠れて、ナユタが出てこない。
時々横から少し出てきては、しばらくこっちを見つめてからまた戻るという事をさっきから繰り返している。
おかしいな、いつもだったら廊下辺りで『おはよう』の挨拶と一緒に抱き上げて、そのまま朝食を吟味するんだが。
場合によってはクラムボンも付いてくる。
だが、今朝は俺よりも早々に起きて、この狭い1人部屋でくるくると俺から逃れるかのように動いている。
クラムボンも、まるでナユタを守るかのように付き従って行動している。
すると、俺の肩にポン、と掌が置かれた。
「何したの?」
「……あぁ、アサ。おはよう」
「おはよう。ナユタちゃんに何したの?」
「ナニモシテナイヨ……?」
困惑しているのはこっちも同じなのだ。
昨晩のアサはしばらくぶりの1人眠という事で若干不機嫌なのもあるだろうし、変化のタイミング的に俺と寝ている時に何かあったとしか考えられないのも分かる。
だが俺が何もしていないのも本当だ。
途中で変な闖入者がいたし、それに伴って少しベッドから抜け出してコンビニ行ったりもしたが、その間のナユタはノンレム睡眠の熟睡状態だった。機嫌を損ねる損ねない以前の話である。
いや、確かに当時の俺は眼球運動が無い事しか確認していなかったので、もしかしたら狸寝入りだったという可能性も0ではない。
それは認めよう。だが、あの状況でナユタが『最後まで』狸寝入りを決め込む理由がない。
例えば未来の悪魔に目を付けられたくないというのであれば、奴が去ってすぐに声を発すればよかっただけだ。男と同衾していることに警戒するというのであれば、そもそも一緒に寝るなんて契約を提示しなければよかっただけの話でしかない。
「アサおねえちゃん」
「ん? どうしたの?」
俺に向かっては戦争の悪魔みたいな目をしていたアサだったが、ナユタに声を掛けられると一瞬で『優しいお姉ちゃん』の顔に豹変して歩み寄っていった。
それはそれで怖いんだけど、ナユタのトラウマとかになって無いよな?
合流した2人は、アサを盾にするナユタという構図を取って、すすすとソファに着席した。
更に俺も座り、俺、アサ、ナユタの順番に並んで座った。
ぐいぐい。
「……アサ、どうした?」
「いや、ナユタちゃんが……」
見ると、ナユタがアサを俺の方へ押し込んでいる。
アサはそれを押し返すこともできず、かといって倒れ込むほどの力でもなく……結果、アサはその場でゆらゆらと揺れているだけだ。
徴発するかのようなパーソナルスペースへの出入りに思う所が無いわけでもないが、それ以上にナユタの奇行に対する疑問が勝る。
お前が言うな? それはそう。
「ナユタ~? どうしたんだ~?」
「ジョージはアサお姉ちゃんこと好き?」
急にどうした。
「大好きだぞ? それがどうかしたか?」
「ほあっ!?!?」
アサが奇声を上げた。
急にどうした。驚くようなことでもないだろ。
俺の普段の言動で分かりそうなもんだけど……もしかしてアサって自分への好意に鈍感系のラブコメヒロインか?
「じゃあ私の事は?」
「大好きだぞ? それがどうかしたか?」
「うぅん……」
ナユタが変な唸り声を上げた。
俺の普段の言動で分かりそうなもんだけど……もしかしてナユタも自分への好意に鈍感系のラブコメヒロインか?
小学校に通い始めたらマキマみたいな
それで寂しさを埋めるために男から男へ……なんてことになるかもしれん。
今の内に貞操観念はガチガチに固めさせた方が良いか?
しかしそれで行き遅れたら、いよいよ昨晩の『おとナユタ:
『マキマみたいにならせない』という観点で見れば、この
いや、支配の悪魔な以上はほぼ不老長寿だろうから、結婚適齢期の年齢帯も相応に広いから大丈夫か……?
「じゃあヨルの事は?」
「大好きだぞ? それがどうかしたか?」
「……」
何故だろう、アサの眼差しがどんどん戦争の悪魔みたいになっていく。
「そういえば私、昨日1日の記憶がないんだけど……私にも何か変なことした?」
「『にも』ってなんだ『にも』って。誰にも何もしとらんわ」
強いて言えば、ヨルの腰を抱き寄せたぐらいか?
正直シーちゃんの印象強すぎて、あんまり覚えてないんだよな。
ていうか仮に俺がヨルに何かしていたとして、その場合アサはどういう立ち位置になるのだろうか。
やっぱり俺が2人分の責任を負うことになるのだろうか。
「実際、昨日したことつったら……起きた時にヨルとちょい話して、ナユタと契約して、レゼん
「めっちゃ色々やってるじゃん!」
改めて洗い出すと俺もそう思う。これが箇条書きのマジックって奴か。
非常に充実した1日であったが、同時に酷く疲れる1日でもあった。主にシーちゃんのせいで。
つーか四姉妹の内の3人とそこそこ親密になってるけど、ここに飢餓の悪魔まで絡んで来たらいよいよ過労死しそうだ。
「ていうかレゼ先輩って昨日誕生日だったの!?」
「実際の所は不明だけどな。戸籍上はそうなってる」
「あとヨルとデートって何!? 私知らないんだけど!?」
「そこはヨルが共有してないのが悪いと思うが」
「ちょっとヨル! 聞いてる!? ……寝たふりなんか通じるわけないでしょ!!」
はぐらかそうとしたって事は、ヨルとしては若干気が引ける要素があったのか。
だとしても、精神世界を共有している同士で狸寝入りは雑過ぎじゃないか?
そんな風にアサがヨルと格闘している中、ナユタが口を開いた。
「それで、誰が一番好き?」
「んー、一番? ……特に順番とかは考えたことなかったなァ……」
俺って、生態的には箱推しなんだよね。
で、その箱の中にカップリングがあればあるほど良いと思っている。
明確な優劣を語るのであればデンレゼが最初に来るが、映画を観るまではアキ姫だったし、交流が増えてきてからは岸クァも結構捨てがたい。
うん? そりゃあノマカプ限定に決まってるだろう。
俺男だし、BLは『熱い友情(意味浅)』ぐらいが限界。
百合は好きだけど、まあこの世界に期待するには色々とマッチしないのも分かってるしな。
ぶっちゃけ、レゼとアサに面識がある現状は新たな知見過ぎて未だに処理しきれてない。
その上で、カップリングではない1人をあえて選ぶ。
正負を問わない感情の総量で言うと、恐らくはマキマだろう。
ここ数年は四六時中マキマの(弱点のついて殺す)事ばっかり考えてたからな。前世でも普通に大好きなキャラの1人だったし、こっちに来てからは特に『第二の盾』を整備していた周到さなんかには正直尊敬すらしている。
殺す事でしか止められないから殺したが、そうでなければ同僚としてそこそこ上手くやっていけたのではないだろうか。勿論支配の上下関係は抜きにして、だ。
なーんか言動の節々に『同族』っぽさがあるから、同僚ぐらいの親密度だったらいけると思うんだよな。
しかし、実際に接した相手の中から選ぶとすると。
「クァンシ様、かなぁ……」
「……誰?」
「同僚、じゃないけど……ライバル、って訳でもないか。まあ、たまに一緒に仕事するビジネスパートナー?」
「なんでその人なの?」
「……減点法?」
いやまあ、クァンシ様はクァンシ様で結構色々とツッコミどころの多い御仁ではあるのだけれども。
無表情、レズ、ハーレム、白痴主義ぐらいしか地雷要素が無いのだ。人によっては特に気にならないだろう。
それらさえ流せるなら、彼女は非常に付き合いやすく、信頼のおける仕事相手である。
要するに、クァンシ様は『地雷要素が相対的にマシ』なのだ。
「嘘とかつかないし、めっちゃ強いし、割と何でもできるし、結構冗談通じるし、思いのほかひょうきんだし、雑に振ってもちゃんと返してくれる信頼感がある」
「……そういうことじゃない!」
「おおう!? あ、そうか」
考えてみれば当たり前の事だ。
思わず全体の話をしてしまったが、文脈的には『アサ、ヨル、ナユタ』の三人の中での順位付けの話だわ。
ここに順位付けする意識が全く無いかったせいで、変な方向にぶっ飛んでしまった。反省しなくては。
「ごめんごめん、もちろんナユタの事が一番大好きだぞー」
「……本当に?」
「あれ信用が0。なんで?」
「そりゃ私にもヨルにもナユタちゃんにも大好き大好き言ってたらそうなるに決まってるでしょ」
アサが帰って来た。
どうやらヨルとの話し合いは決着がついたらしい。
「そうは言うがな、大佐。実際みんな大好きなんだからしょうがないだろう」
「誰が大佐よ。全員の事が平等に大好きだったら、それってただの無関心だからね?」
「……あぁ、それは、確かにそうだな」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
俺は
そうした連中の存在をアサは知らないし、アサが観測し得る範囲にいる俺の交友関係に対しては、俺は大体全員が『大好き』だ。
つまり、アサから見た限りでは、確かにそういう事になってしまう。
「んー……まあ、敢えてこの3人で順番を付けろって言われたら……」
2人の顔を見る。そしてアサを通してヨルの顔も思い返す。
ナユタは支配の悪魔だが、同時に非常に弱い存在である。
彼女自身の幼くも美しい容貌と合わさり、庇護欲を掻き立てられているという自覚がある。
性格も素直で聡明で険がなく、性癖も『わかってる』奴だった。
あと未来の悪魔に曰く、将来性がデカすぎんだろ……。
乳児期などが無かったし、俺の中では姪っこぐらいの分類だ。
ヨルはアサと肉体を共有している戦争の悪魔だ。
ベースになっているのがアサというだけあって顔面偏差値は高い。面傷や異形の瞳にはやや面食らう所もあるが、むしろ小奇麗に纏まり過ぎているアサよりもこちらの方が好ましい人間もいるだろう。
思考回路はやや物騒だが、原作のそれと比較して血の気が少ない様に思われ、最終的には『アクティヴで強引』ぐらいに収まっている。
性癖は知らないが、昨日遊びに行った限りでは『昼夜逆転(意味深)』って所ではなかろうか。
結構積極的に案出ししてくれるし、今のところは気のいい友人ぐらいに思っている。
とはいえ、だ。
「強いて一番を上げるなら、やっぱアサかなぁ……?」
アサはヨルこと戦争の悪魔に寄生(?)されている。
しかしながら俺としてはそんなものは標準装備と言うか、むしろ『そうじゃないとな!』ぐらいは思っているぐらいなので全く気にならない。
全体的に受け身で消極的な面だが、その割には自分の趣味趣向にそぐわないと不機嫌になるというクソ面倒臭い奴だが、まあ他の連中に比べれば愛嬌の範疇だ。なんだかんだ付き合いも長いので、アサの好みぐらいは大体なんとなく分かるしな。
それ以外は割と一般人的な感性が強いので、デビルハンターの物騒な思考を掣肘してくれるという意味でも重宝している。
ゴリマッチョ好きの性癖もこの年代なら主流である。俺の様な細マッチョは未来の流行りだ。
「は、はぁ!? 今更そんなの言われても全然嬉しくないし! というか信用できない!」
「多重債務者並みに信用が無いな俺……」
「そんなこと言うんなら、今度私とデートしてみてよ!! ヨルよりもすっごい奴!」
「クソアバウトだな……別に良いけど、アサ」
「な、なに……?」
興奮なのか憤りなのかで顔を紅潮させるアサに、1つ聞いておくことがあった。
「お前、夏休みの宿題って終わった?」
アサの顔は一気に青ざめていった。
なんてタイムリーな話題なんだ……
ん? レゼ編が公開されたのが去年の……うっ頭が。