「で、勉強合宿が生まれたってわけ」
デンレゼのアパートにナユタとアサを連れ込み、これまでの経緯を大まかに説明し終わった。
「まぁ、大体わかったけど……なんでこっちに来たわけ? 別に東京で同じことすればいいじゃん」
「第一に、こういうのって1人でやってると鬱々とした気持ちになってモチベーションが沸かない。第二に、アサの他にデンジとナユタにも学校教育が必要だから纏めた方が効率的」
「理屈は分かるけど……」
「あと、三つ目が結構デカい所なんだけど」
「何?」
ちょっと憚られることなので、少し声を潜めて。
「お前、なんか勉強で弱ったデンジを見て発情して、進捗がカスになりそう」
「うえぇっ!?」
なに意外そうな顔してんだテメェ。
デンジが舌噛み切られたトラウマで怯んだ時に、ぼそっと『可愛い』って言ってたの覚えてんだぞこっちは。
何なら俺のビデオカメラもDVDも覚えてるんだぞ。
まあそういうのは無いにしても、レゼだと間違った甘やかし方……つまり、過度に休憩を挟むとかで進捗が間に合わない可能性は十二分にある。
俺はレゼがそういう女だと思っている。というかそういう女であって欲しい。
それで社会的なステータスをズタボロにしてから、『でも私が養うから大丈夫だよ』とか言って色んな意味で依存させてくる様な女であって欲しい。
デンジがそうなっている所はそれはそれで俺的にも美味しいのだが、そのエンドは別に学生生活を経験してからでも破綻無く到達できるのだから、一旦は学生ルートに乗せたいのだ。
純度100%の個人的願望である。
なぁに、ちゃんとどのルートをどう通っても撮影の準備だけは怠っていない。
俺のアルバムはきっと値千金の一品となることだろう。きっとその内にガンの特効薬になる。
「まあ分担しよう。まずデンジとナユタは学習進捗が概ね同じだ。小学校低学年あたりからだろ?」
「デンジ君は、まあそうだね」
「じゃあレゼがそっち担当してくれ」
「え? ジョージ君ってアサちゃんの範囲大丈夫なの?」
「まあ、答え見ながらなら大丈夫だろ。数学は多少分かるし、それ以外は大体暗記だし」
「……なんで数学分かるの?」
「弾道計算」
「あぁ……」
嘘である。
これでも俺は前世じゃ理系だったので、中学数学ぐらいは感覚で分かる。
でなけりゃこの時代にブログなんぞ作れるものかよ。
いやまあ、最近術式の解釈を広げたので、銃だけじゃなくて砲も作れるようになり、それに伴って弾道計算が必要になったことも事実ではあるのだけども。
日本の法律において、銃と砲は明確に別の定義がされていない。
銃の定義は存在するが、砲の定義は『大規模な銃』であり、ここで言う所の『大規模』の程度が定められていないのだ。
そして俺は日本人なので、日本の法律に準拠する。
よって、砲は銃の下位概念であるQ.E.D.
既に迫撃砲は作れたので、現在は戦艦大和に搭載されていた46センチ砲の創造が目標である。
アホの思い付きを賢者が実現しちゃったみたいな……狂っていなければ出来ないが、狂っていては出来ない代物である。
「でも『厳しくしたい』って意味だったら、むしろ逆じゃない」
「……というと?」
「だって私がデンジ君担当してジョージ君がアサちゃんでしょ? こっちに来た意味薄くない?」
お気づきになられましたか……
「チッ」
「え今舌打ちした?」
「はははそんなまさか。ただちょっとイライラして舌を鳴らしてしまっただけさ」
「世間ではそれを舌打ちと言うんだよ?」
そっすね。
「まあ確かにレゼの言う通りか。じゃあデンジとナユタは俺が、アサはレゼが頼む。学力的にも最適だろうからな」
「……なんで逆にしようとしてたんだろう……」
あーあ! デンレゼナユで勉強してるところ見たかったなァ~!
なんて、そんな本音を表に出したりはしないのだ。
多少は漏れ出たけど。
◆◇◆◇
さて、そんなわけで。
二手に分かれての勉強合宿の開始である。
「まあね、勉強なんて言うと身構えるかもしれないけども。ぶっちゃけ凄く簡単です」
「え? マジで?」
「日本における学生というのは、ひとえに『数学から逃げた奴』と『打ち勝った奴』の2つに分かれます」
偏見である。
「なので、数学さえ抑えておけば、後は本でも読んでるうちに勝手に付いてきます。というか大体全部暗記です」
「ハイ! 俺本読みたくねー!!」
「はい理想的なドパガキ仕草をどうもありがとう。昭和も終わって間もないというのに何を平成の次までぶっ飛んでいるんだこの粗製がぁ!」
「なんか怒られた……」
「ハイ! 私マンガしか読まないけどそれでもいいですか!」
「まあマンガだけでも全く読まないよりは幾分マシです。それでもやっぱり活字主体の本を読みましょう。娯楽に特化した小説なんかでも十分ですので、まずは『大量の文字に触れる』ことから始めてみてください」
自主学習の話はこれくらいにして。
「では、早速具体的な数学、というか算数の勉強を始めていきましょう」
「「はーい!」」
うむ、デンジとナユタが並んでいるだけでも結構感慨深いものがあるな。
「まず確認ですが、2人とも数字は読めますか?」
「「読めまーす!」」
「それでは……こう言った演算子は分かりますか?」
紙に『+』『ー』『×』『÷』を書く。
ちなみに手癖で『*』『/』と書きかけて、ついでに『%』『^』を足しかけたのは内緒である。
「前2つしかわかんねえ!」
「全部分かるよ!」
「はいナユタちゃんはお利口ですねぇ、えらいぞ~。デンジ君もね、まあ学習開始からの日数を考えれば十分です」
「……褒められたのか?」
「褒めてますよ」
「あとその口調は何?」
「切り替えの一環です。私が先生役の時はこうして丁寧語を使いますが、お二人はまあ好きにして良いです。素行教育は別売りなのでね」
一人称と口調が変わっている時の俺は碌でもない事しか考えていない、などと言う偏見をぶち壊してやるぜ!
「さて、今回こういうものをご用意させていただきました」
ぺらりと持ってきたのは、四則演算の全てを網羅したドリル。
「御存じ、『百マス計算』でございます」
「……んだコレ?」
「こっちの列に入ってる数字と、こっちの行に入っている数字を、ここの演算子に従って、交わる所で計算し続けて全てのマスを埋める……計算処理の基礎能力を養う訓練ですね」
「あ、全部で百マスだから百マス計算なんだ」
「そういう事です。ハッキリ言いましょう、これをやっているかどうかだけで、数学の得点力は大きく変わる。そもそも数学は『どういう風に解けばいいのか』を考える教科という側面が強く、計算などと言う単純作業に費やして良い時間はそう多くありません。であればその時間を圧縮できれば、その分だけ解法を考える時間が増える訳ですし、進捗での部分点も取りやすくなるといいことずくめ。明確な得点源があれば他の教科にもリラックスして挑めますし、その得点源が他の受験生と違うのであればこれは大きなアドバンテージを言えるでしょう」
デンジは少し呆然として。
「……何言ってんのかはよくわかんねーけど、とりあえずジョージがガチなのはわかったぜ」
「まあそれだけわかってくれればこの際十分でしょう。私はこうして教鞭を取った以上はビシバシ教え込んでいくつもりですのでお覚悟ください」
では、ひとまず足し算の百マス計算から。
◆◇◆◇
ジョージがデンジとナユタに百マス計算ドリルをやらせている頃。
別のテーブルでは、アサの宿題の残量を確認し終わったレゼが冷や汗を垂らしていた。
「なる、ほどぉ……」
「うぅ……」
まあ、レゼであれば正攻法でやっつけられなくはない、という程度の量だ。
しかしそれは、レゼであれば九九を諳んじるのと同じレベルで処理し続けられるような問題が大量にあるからであって、アサの場合はその割合は大きく下がる。
現実的には、『答えを写す』という外法に手を染めなくてはならないだろう。
勿論それはアサのためにならない。
宿題は所詮宿題で、分からない部分はちゃんと教師に聞けば、宿題なんぞやって無くてもテストの点は取れる。
そういう意味ではあまり意味がないが、宿題で育てられるのは『納期を守る意識』と『そのための計画性』だ。
どちらも大切なものだとレゼは知っている。報告書なんかを上げる為に再三言われたものだ。
しかし現実的に達成不可能な量のタスクをどうするべきか。
そんなもの『他人に振る』以外に無いのだ。
これだって人脈という立派な武器である。
「じゃあ……うん、国語は、私がやろうかな。これだったら私の勉強にもなるし」
「お手数おかけします……」
レゼはロシア人だ。
そして国語の成績を上げる方法は場数を踏む以外に無いのだ。
そういう意味では、レゼとしても得るものがあるといえるだろう。
レゼはレゼで、高校生をやっていくだから。
「アサちゃんは数学ね。分からないところあったら私に聞いて」
「はい……」
アサがしょぼしょぼと落ち込んでいるが、ここは心を鬼にしてちゃんとさせなければ、アサのためにならない。
ふと思う。
こうしてしょぼくれるアサを見ていると、自業自得とはいえ同情を誘う。そして同じ様な表情をしているデンジは確かにレゼの集中を奪うだろう。それは容易に想像がつく。
そこから、思わず間違った甘やかし方をしてしまう可能性も、まああると言えるだろう。
しかし、それは本当にレゼだけなのだろうか。
もしかしたらジョージにもそういう心配が……つまり、しょぼくれるアサを見て思わず間違った甘やかし方をしてしまう可能性がある自覚があったから、わざわざこんなところまで遠出してきたのではなかろうか。
なんて風に考えても見るのだが。
そもそもの話、レゼの事を『仕事なら殺せる』と言いはなった男に、そんな情があるとは正直思えない。
まあただのフカシという可能性もあるが、ジョージにはやると言ったらやる
やはり、ただの考え過ぎだろう。
そう思いなおしたレゼは、気を取り直して国語のテキストを開くのだった。
勿論、まずはアサの筆跡をコピーするところからだ。
◆◇◆◇
「できた!」
ナユタが可愛らしい声と手をあげた。
「おぉ、どれどれどんなもんか見させて頂こうジャアありませんか」
「はい!」
むふー、と擬音を錯視するレベルで自慢げなナユタ。
普段なら頭を撫でて抱きしめて場合によっては頬擦りまでするところだが、今の俺は教師モードなので、あくまでもクールに答案を受け取る。
それに、早く解けりゃあ良いってもんじゃない。
百マス計算は『スピード』と『精密動作性』の両立を目指す種目だ。テストでの得点力を主軸に置いている以上、正答率が伴わなければむしろマイナス。
褒めるとしても、答え合わせをしてからだ。
チラリと確認したデンジの答案は、まだしばらくかかりそうだ。
時間的にはデンジも充分平均帯に収まりそうではあるものの、やはり素の演算能力はナユタが勝りそうだ。
「マル、マル、マルマル……」
しばらくの間丸付けに没頭していると、デンジも声を上げた。
「俺も終わったぜ!」
その声に返答しつつ、手を伸ばして答案を受け取る。
「よぉし、よくやった! 時間的にはまずまずって所ですな!」
「へへ、まあナユタには負けちまったけどな」
「ナユタちゃんは3年ありゃあ大学だって行けるぐらいには頭が良いんです。それと比べるのは意味がないので止めておきましょう。比較は不幸の片道切符ですよ」
「そういうもんかなぁ?」
「では、答え合わせが終わるまでしばしご歓談ください」
そして
できればそこそこのタイミングでレゼが昼食休憩を提案しに来てくれ。
その偶然だけで俺は3か月は戦える。気がする。
「『シバシゴカンダン』ってなんだ? 食いもんか?」
「一個の言葉じゃなくて、『しばらくお話しててください』っていう意味の文章なんだよ」
「そうなんか。ナユタは物知りだなぁ」
「デンジもマンガを読んでたら分かるよ」
「文字が沢山あるだけでも頭痛くなるんだよなぁ……」
「そうなの? 変なの」
「変かぁ?」
「変! 面白い事いっぱい書いてあるのに」
「おもしれー事なぁ……」
おい会話が詰まってしまったぞ。
レゼェ~~~!!! はやくきてくれーッ!!
時計は……クソが、まだ10時じゃねえか。昼休憩なんて挟まる余地もねえぞ。
アサの方もまだまだひと段落しそうに無いし。
つーかデンジもデンジだろうが。
なんだその受け身すぎる会話の展開方法は。途切れたらちゃんと繋げろよ。接ぎ木の貴公子ぐらい接ぎまくれよ。
「例えば?」
よおし良いぞデンジ。
上手い質問だ。相手に考えさせる質問は会話を上手く繋ぐ基本中の基本。
いろはのいだよ!
「子供の作り方とか」
「「「ぶっふぉあッ!?!?」」」
ナユタの返答に、全員が吹いた。
いや、デンジだけは微動だにしてなかった。
そしてデンジの空気を読まないスキルが無駄に発揮される。
「おー、それなら本なんて読まなくても俺だって分かるぜ」
「本当にぃ?」
「えーっと、まず……」
2人ともある意味で純真無垢と言える所為か、悪気や恥ずかし気もなくその話題に堂々と触れていく。
まずい。この話題が続くと、どういう飛び火がこっちにやってくるか分からんぞ。
可及的速やかに、この2人も興味の矛先を別の所に持って行かなければならない。
幸い、この2人にとってこの話題の位置づけは他の話題と同列。
この話題に執着が無いのだから、別の話題で上書きする事は可能。
だが俺は対外的には丸付けの真っ最中で話題を振ることができない。
かくなる上は、最高速度で作業を終了させ、答案返却という話題を提供する。これしかない。
未来の悪魔の能力、発動!!
『俺がこのまま答え合わせを続けた未来』を予知する事により、正誤判定の結果を取得。
そして数が少ないバツが付いている所だけを模写して、確認作業の過程を
『結果』だけだ! この世には『結果』だけが残る!!
「よぉし点が出たぞ! ナユタは94点だ! まずまずって所だな!!」
「口調は?」
「おっと失礼」
わざとらしく大声を出すことに気を取られて、丁寧語口調までが気が回らなかった。
だがまあ、それでデンジの興味もこっちに引けたので結果オーライだ。
いやしかし、世界で一番未来視を無駄遣いしたな……使い放題のサブスク契約で良かった。
「まずまず?」
「百マス計算はスピードと正答率の両立を目指すものですからねぇ。正答率94%は、もちろん優秀な範疇ですが、安っぽい計算ミスで点を落としたくはない以上、出来るだけ100点満点を狙ってください」
「はーい」
「ですがナユタちゃんの学習期間を考えると、精度スピード共にこれ以上ないレベルと言えるでしょう。後は反復練習で少しずつ成長していきましょうね。大丈夫、継続した努力があなたを裏切ることは決してありません。それはちょうど筋肉の様に」
「筋肉?」
「まあ関節はたまに裏切りますが」
それはさておき。
「ともかく、たいへんよくできました」
「むふー」
ナユタが両手をこっちに向けてきた。
ので、ひとまず答案用紙を返却する。
「……?」
受け取ったナユタは、何か疑問を抱く様に小首を傾げた。
「……どうしました? 何か分からない所があったら、ドンドン質問してくださいね。抱え込んだらあなたの責任ですが、報告すれば上司の責任に出来ますから」
「……なんでも、ない……」
「そうですか」
そこまで腑に落ちないって顔で何でもないわけねえだろとも思ったが、まあ敢えて発言をしないのであればこっちから踏み込む事はあるまい。
ナユタの知能を考えると、どのタイミングでどう思春期に入るかなんてわからないのだし。
「さて、次はデンジ君の答案ですが……」
「おう!」
「100点満点中55点でした。デンジ君は百マス計算以前の、普通の計算から始めましょう」
「えぇ!?」
「何を驚いてるんだこの粗製がぁ! さてはナユタに負けまいと見栄張ってスピードに特化したでしょう。何度も言いますが、これはあくまでもスピードと正答率を両立させる訓練です。そしてどちらかと言えば、正答率の方が重要度は高い。である以上はスピードに特化した解答をするのはハッキリ言って本末転倒。これからはとにかく正答率を追求していってください」
「はぁ~い……」
デンジにも答案を返却した。
素直に受け取ったデンジが席に着くのを確認してから、次の授業に移る。
「では準備運動はここまで。ここからは国語の勉強です。というか漢字の勉強です」
「漢字?」
「ひとまず『書き』は捨てて『読み』だけ勉強しましょう。漢字が読めるようになれば、教科書は勿論マンガも小説も読み放題。日本人が勉強をするにあたって、必ず習得している必要があります。しかし勿論、常用漢字を上から順番に暗記していくのは面倒ですよねぇ俺もそう思う。そこで今回、このようなものをご用意させていただきました」
テーブルの上にどんと乗せたのは、『SLAM DUNK』と『金田一少年の事件簿』の2つ。
どちらも後々の世にまで語られる名作漫画……その初版である。
令和であればとんでもないプレミアがついているだろう品だが、今なら書店に行って少し漁れば結構見つかり定価で買える。
少年漫画は多くの漢字に読み仮名が振られており、読みだけならこれらを読みまくるだけで結構何とかなる。
全部ルビ付きの小説だとなんか馬鹿にされてる感もあるが、漫画であればそこまで気にもならない。
漢字はどうしても暗記でしかないので余り面白くない一方、知識の元手としてはこの上なく重要なので勉強計画の冒頭に持ってこざるを得ない。
結果として『勉強=退屈』の第一印象が生まれてしまうのだと思う。
金田一の方は結構ルビが省略されているので、こっちはスラムダンクの後に読んでもらうつもりだ。
いくら頭が良くても知識問題はどうにもならないからな。
まあ『寄生獣』を単独で読破したっぽいナユタには、不要な配慮かと思うが。
「え、これ読めってこと?」
「その通りです。大丈夫、マンガなので文字数は少ないですし、読み方も全部書いてあります」
「すっげえ厚みだけど……」
「なぁに見た目だけですよ。ささ、デンジ君はこっちのバスケの方から、ナユタちゃんはこっちの推理ものの方からどうぞ」
「「は~い」」
「あ、読み終わったら感想を……どうしよっかな、まあ2000文字ぐらいで書いてもらうので、そのつもりで読むように」
「2000文字!?」
「はい! 基準値がおかしいと思います!」
「……じゃあ1500文字で良いです。あと、感想を書くときは別に漢字を使わなくてもいいですよ? とにかく自分で文章を考えるという作業そのものが大切なので」
相変わらず話が進んでねえぜ!
もしかしたら、これ日常ものだったのかもしれねぇ……