デンレゼ過激派転生者   作:翁。弁当

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法、花、100点

「行ける、行けるぞ……」

 

 図書館で法律の本を閉じ、迷惑とわかりつつもその場でグルグルと歩き回る。

 

 正直な所、証拠はない。穴もある。

 それでも、日本国民を皆殺しにするよりは遥かに人道的で、愛を持って喰らうよりも遥かに現実的だ。

 

「まぁ……これで無理だったら、正直他に打つ手も思いつかないし、諦めるか」

 

 原作での描写を見る限り、マキマは恐らく武器人間を集めている。

 人権が無く、不死身で、しかし人間の自我しか持たず扱いやすい。マキマからすればあまりにも便利な駒だ。

 

 そもそも支配の力は入念な下準備があって初めて極上の威力を発揮する。

 岸辺を短絡的に排除しなかったのと同じ様に、たとえ失敗しても最低限命は繋げるはずだ。

 

「もしそうなったら、まあデンジ君にすべて託せばいいや」

 

 助けてチェンソーマンって言っとけば大体何とかなるだろ。

 

 ……一応、岸辺には相談しておくか。

 アドバイザーになってくれるなら、それだけで御の字だ。

 

◆◇◆◇

 

 しかし、岸辺との連絡手段は基本的にあっちからの接触待ち。

 とりあえずの行動方針は国会議事堂に張り込みで固めるとして、それ以外にやっておきたいこともある。

 

 特に大きなものが、デンレゼとの顔合わせと信頼の確保だ。

 

 マキマを殺すにあたって、ひとまず自分以外の戦力は不要であると踏んでいる。戦力なんてあって困るものでもないが、デンレゼの2人はその場から逃げてくれた方が良い。

 すると『チェンソーの心臓』と『ソ連製恋愛クソ雑魚女スパイ』を戦場から離すことができ、マキマの意識を分散させるデコイになってくれる。単純な戦力は足りているからデバフを入れて欲しい訳だ。

 

 なので、出来ればさっさと逃げて欲しいのだが、「ここは俺に任せて先に行け!」にはある程度信頼が必要なのである。他人がやっても「いやお前誰やねん」という話だ。

 

 次に、2人が生活を立て直すにあたっての援助をしたいのだが、その援助をすんなり受けてもらうためにも信頼していてくれないと困る。

 

 あと一段落付いたら戸籍を復旧して公安に入って、保護観察とかの適当な名目で定期的に2人の関係性を観察しに行きたい。

 更に理想を言えばナユタを確保して2人に預けたい。あわよくばそのまま疑似家族として過ごしててほしい。何なら良い雰囲気になって初夜を迎えそうになるたびにナユタに妨害されててほしい。

 そしてその空気感を定期的に摂取したい。

 

 ……まあそういう個人的な欲望をかなえるためにも、2人からの信頼を得る事はマストである。

 

 で、じゃあどうやって信頼を得るかといったら、これはもうシンプルに2人へ接触するしかあるまい。

 そして2人へ接触できる場所といったら、勿論『二道』しかない。

 

 しかしその二道には、物理的じゃない方の地雷女(三鷹アサ)が居る。

 

 いわゆるカオス理論という奴で、不確定要素が1つ加わるだけで必要な計算量が指数関数的に増加する。

 正直ここから一体何が起こるのか全く見当が付かな過ぎて怖い。

 

 アサから聞き出した限り、物理的な方の地雷女(レゼ)はもういるらしい。

 特に嫌ったりしているという感じではなく、むしろ先輩後輩として程良い関係を築けているそうだ。ちなみにレゼが先輩である。

 

 しかし看板娘がどちらも地雷とは『二道』の人材難は深刻である。

 アレだろうか、店名は結局男は女という名の地雷原を歩くしかない的な意味だったのだろうか。

 

「ふぅーっ、落ち着け……現段階で存在感を発揮する必要は無い……まずは客入りが唯一良い時間帯のモーニングに紛れて、大まかに雰囲気を掴むだけでいいんだ……わかる所から解いていくのがテストで高得点を取る正攻法なんだ……」

 

 誰に向けるでもない謎の気構えを念仏のように唱えて、路地から店の正面に出る例のルート上にいたネズミを念入りに踏み潰しつつ、アサから教えられた二道を店外から下見する。

 

 時刻はきっちりモーニングのど真ん中。

 店の外から見る限りでも、それなりに賑わっているのが分かる。

 

 劇中では信じられないほど閑散としていたが、バイトを2人も雇って採算が取れているのだろうか? 賑わっているモーニングの利益率なんてお察しだろうに。

 妻が手伝いに出る訳でも無くバイトを雇っているあたり、恐らくは何らかの手段で大金を稼いで、隠居がてらに喫茶店をしているといった所だろうか?

 

 もしそうだとすれば、マスターは相当良い余生を過ごしているな。

 明るくて可愛い女子高生に『ケチケチケチケチ』なんて軽口叩かれながら喫茶店経営して、その女子高生と初心な男子のボーイミーツガールを特等席で観覧するとか、晴耕雨読の上位互換だろ。

 

「うし、行くか」

 

◆◇◆◇

 

 二道のドアを開けて店内に入る。涼やかな音を鳴らしたドアベルが俺の入店を知らせてくれる。

 

「あ、いらっしゃいませー」

「ぐはぁッ!!」

「うえぇッ!?」

 

 危ない危ない。

 危うく第三の人生が始まる所だった。

 

 おかしいなぁ、レゼが営業スマイルを浮かべているだけで胸が一杯なんだ。

 もしかしてこれが恋って奴か?

 

 多分成仏って言った方が近いと思うけど。

 

「だっ、大丈夫!?」

「だ、大丈夫大丈夫……ちょっと、心臓の持病がね……」

「はぇ……」

 

 分かった様な分からない様な、と顔に書いてある。

 いやもうわかんなくて良いからこんなの。

 

「失礼……あー、モーニング、頂けるかな」

「えっとその、大丈夫?」

「発作は収まったので」

「いや、ここ結構高いけど……」

「大丈夫ですから」

「あと苦いよ?」

「……ん? いや、それも大丈夫ですよ。コーヒーは良く飲んでるし」

 

 ほんとかなぁ、なんてイタズラ気に笑いかけてくるレゼを見て、ようやく思い至る。

 

 そういや、今の俺の体8歳児じゃん。

 

 そりゃこういう扱いにもなるよ。

 だって8歳児が喫茶店でモーニング頼んでたら、誰だってこういう反応するだろ。

 

 嗚呼、切に身長が欲しい。

 

「……じゃあやっぱりホットケーキとオレンジジュースで」

「はい、じゃああっち座っててねー」

 

 ここで押し問答しても迷惑だろうし、初対面の相手でないとまず起きない勘違いだし、ここは切り替えてドッキリを楽しむ方針で行こう。

 ネタバラシが楽しみである。図らずも、信頼を築くにあたって程良い接触ができたと前向きに捉える事にしよう。

 

 店の扉から入って左奥のカウンター席。

 着席してみれば、デンジの座った4番テーブルが右手に見える場所だ。

 

 間違いない。

 ここがベストポジションである。

 

 テーブル席からは余り意識が向かず、しかしこちらからはテーブル席が良く見える。

 奥の窓も十分に路地を捉えていて、潜伏ポイントとしても完璧だ。

 

 ちなみに、理由の比率は7:3である。

 

 注文の品が届くのを待ちながら、横眼でレゼを盗み見る。

 たくさんの客からの注文を聞き取り、メモに書きつけ、マスターへ渡す。料理やコーヒーを注意深く運び、何か言い付けがあれば素早く対応して、店中をくるくると走り回る。

 

 作中では決して見る事の出来なかった『店員としてのレゼ』だ。

 言い換えれば『アルバイトを生活費の足しにする普通の女子高生のレゼ』だ。

 

 彼女の生い立ちを考えれば、なんとまあ輝きに満ちた光景だろうか。

 

 ドカン!!!

 

「ほぁ?」

「お水です」

 

 そうだった、この店にはアサも居るんだった。

 完全に眼中に無い時の動きをしてしまっていた。

 

 もうそういう攻撃としか思えない勢いで水の入ったコップを叩きつけたアサは、俺がうっかりマキマの名前を零した時と同じ目をしていた。

 

「何デレデレしちゃってんの」

「あんな美人相手にデレデレしない方が無理があるね、実際」

「言っとくけど、レゼ先輩にはちゃんとジョージのこと言ってあるからね」

「ぐはぁっ!!」

「え、え、え?」

 

 備え付けの紙ナプキンを使って口元を清め、体勢を整える。

 

「悪い悪い、急に発作が……で、なんだって?」

「だから、レゼ先輩にはジョージの事言ってあるって……」

「……はぁ、そうか。ならドッキリは意味無かったかもな」

 

 ちなみに、先程ダメージを受けた理由はアサはレゼの事を「先輩」という敬称付きで呼んでいる事実と、こなれた様子から普段からそうである事実を察したことと、レゼが「自分を慕ってくれる後輩」という「普通の女子高生」を更に補強する要素を得た事実によるものである。

 

 もうマジムリ尊過ぎて死ぬ(語彙)

 

 イカンな、この調子だとデンジが合流した暁には本当にくたばっちまうぞ。

 何か対策を考えなくては……事前に一回死んでおくか? いや、ワクチン的な感じで、もっと濃度の薄い所から摂取できれば……しかしレゼ編の中に濃度の薄いデンレゼなんてあったか……?

 

 今の体調だと、正直紅白のガーベラが並んでるだけで吐血しそうなんだが。

 

「ドッキリ? ドッキリって?」

「あぁ、伝票見たらわかると思うんだけど、マジで8歳児みたいな注文したんだよ」

「……それだけ?」

「それだけ」

 

 驚きはするだろうけど、そこまでリアクションが期待できるドッキリではないと自分でも思う。

 この調子だと、ネタバラシもアサがやってしまうだろうし、咄嗟の判断は所詮咄嗟の判断でしかないわけだ。

 

「オレンジジュースでーす」

「ありがとうおねえさん!」

 

 レゼが運んできたオレンジジュースを8歳児の笑顔で受け取り、アサに向き直る。

 

「本気出しゃこんなもんよ」

「だからなに?」

「そっすね」

 

 猫を被る必要がなくなったので、改めてコーヒーを追加注文することにした。

 

◆◇◆◇

 

「えっ!? この子アサちゃんとそんなに変わらないの!?」

 

 レゼのリアクションは思ったより良かった。

 

 モーニングの客入りの良さはどこへやら。

 8時の時点から新しい入店客が居なくなり、8時半には大半が居なくなって、9時現在では閑古鳥が鳴いている。

 

 それに伴って一気に暇になる店員2人と店主1人。

 そこに店員の知人が居て、おまけにそいつまで暇を持て余しているというのだから、仕事でも何でもない雑談も盛り上がるというもの。

 

 女三人寄れば姦しい、とはよく言うが、その内の一人が男でもあまり変わったりはしないのかもしれない。

 

「そうそう。あ、俺種ヶ島ジョージね。気軽にジョージって呼んでよ、レゼ先輩」

「ジョージ、ジョージね……ジョージ君かぁ。っていうか私の事知ってるんだ」

「アサから聞いてたんだ。美人で働き者で仕事ができる先輩が居るって」

 

 その割には特に嫉妬などをしている様子は無く、その感情には憧れが多く配合されているのだろう。

 実に健全な先輩後輩関係である。

 

 そう、まるで普通の女子高生……

 

「かはッ」

「ジョージ!?」

 

 自家中毒か……もしかして俺は俺が想像している以上に末期なのか?

 いや、発作の規模感としては微弱なものだ。

 

 これはむしろ良いワクチンになるかもしれない。

 

 結局碌に飲んでなかったオレンジジュースを一気飲みして気を鎮める。

 

「ふぅーッ……ごめんごめん、持病の発作が」

「そんなになってるところ見たことないんだけど」

「へぇー、2人って付き合い長いんだ」

「総合量で言うと結構なもんになるか」

「泣かされた回数とかもね」

「おいおい、俺がお前を泣かした事なんて……まあ一回はあるか」

「うっそぉなにそれ! 聞きたい聞きたい! アサちゃんの恋バナ聞きたい!」

「えっ!? えーっと、その……」

 

 『レゼ先輩』からの攻勢をあうあう言ってどうにか回避しようとするアサ。

 

 そこで全ての食器を洗い終わったマスターが一言。

 

「……仕事しなよ、2人とも」

 

◆◇◆◇

 

 折を見て二道を出た俺は、確かな手応えを感じていた。

 ひとまず、現状の目標はほぼ全て達成できたものと見ていいだろう。

 

 マキマを殺す方法に見当も付いたし、アサが仲介になってレゼからの信用も種は得られた。

 あとはこのまま、デンジが来るのを待つだけである。

 最も、マキマを殺すために必要な仕事もまだいくらか残っているが……しかし、暗中模索であったこれまでと比べれば劇的な進展だ。

 

 その必要な仕事を始末するために歩き出したが……しばらくしたところで、岸辺に捕まってしまう。

 

 考えてみれば、この場所は岸辺からも聞いていたのだった。

 場所がハッキリしていて、潜入・滞在のしやすい二道は絶好の張り込みスポットと言う訳だ。

 

 岸辺との連絡手段もある意味で整備されているなと思いつつ、そのまま岸辺について行った。

 

◆◇◆◇

 

 またも例の部屋に入ってから口を開く。

 

「いや、有難い。ちょうどあなたのご意見を聞きたいと思ってたんですよ」

「……まぁ、良いだろう。なんだ?」

「以前に述べさせて頂いた、『マキマへ攻撃が日本国民に押し付けられる契約』についてです」

「言っておくが、俺が疑わしいと言ってるのは、そのマキマの契約そのものもそうなんだぞ」

「そうですか。では仮にその契約が存在すると仮定したうえで、現実的にアリかナシかの判断だけで結構です」

 

 その点については、俺の中では既にあるものとして結論付けられている。

 故に、その真偽については論じるつもりはない。賭けに乗れないと思ったなら、そのまま身を引いてくれた方が望みがある。

 

「ヒントになったのは、アメリカと銃の悪魔です」

 

 まず、そこから切り出して行く。

 

「もしも、の話ですよ? 酷く物騒なことを言いますからね……?」

「さっさと言え」

「もしアメリカ大統領が、自国で確保している『銃の悪魔』と契約して、国家戦力としてどこかに派遣するとしたら……その時の代償は誰が払いますか?」

「大統領本人……ではないな。個人が保有できるものでは足りない」

「そうです。悪魔との契約は同意さえあればどんな条件でも良い……しかし、アメリカ大統領と銃の悪魔の間に信頼関係など無い。相場通り、或いは割高な代償を要求するはずです」

 

 この世界における銃の悪魔とは、核兵器の代役だ。

 そんな役目を背負える存在が、そんな役目を割安で唯々諾々と受けるだろうか?

 ましてや、自分の肉体を千々に引き裂き、寄せ集め、閉じ込めた者からの頼みを。

 

 勿論、収容とは保護でもある。

 完全に露出した己は別の存在から攻撃されてしまう以上、その収容房に再度収容されるべく、頼みを聞きはするだろう。

 

 間違いなく、盛大にぼったくった上で。

 

「私の個人的な見積もりとしては……アメリカ国民の寿命を1年ずつ」

「大体、2億3000万年強、か……戦争行動としては、まぁ、妥当な所か」

 

 これは倫理や道徳ではなく、算数の問題だ。

 60歳まで生きる20歳の人間を1人殺せば、その寿命損失は40年。

 その損失を575万人で行えば、40×575万で、2億3000万年。

 

 第二次世界大戦の戦死者数は7000万人から8500万人と推定されている。

 この世界では第二次世界大戦の悪魔がチェンソーマンに喰われたせいで無かったことになっているが、それでも第一次世界大戦の戦死者数は概算で1000万人程度だ。

 

 あくまでも数字だけに限定した話だし、この数字自体どこまで正確かは疑わしい。

 それでも、説得力のある数字ではある。

 

「さて、ここで1つの疑問……アメリカ国民は、全員がその事実を認識しているのか?」

「無いだろうな。いくら政治に関心があっても、選挙絡みの法律を網羅してる奴は少ないはずだ」

「そうです。しかし認識している人間だけから徴収するにはやはり厳しい数字でしょうし、認識していない人間からも徴収しているハズです」

「……」

 

 岸辺は沈黙の中で思考を回す。

 政治、戦争、悪魔、契約……多くの事柄を網羅的に反芻し、主張の妥当性を考える。

 

 結果、出した結論は。

 

「仮説に仮説を重ねているが……まぁ、その前提で良いだろう」

「ありがとうございます。ともかく私が言いたいのは『契約を結ぶ契約者と代償を支払う遂行者は別でも良い』と『遂行者は契約の内容を知っている必要は無い』の2点です」

「あぁ、それなら確かに、どちらもそうだな」

 

 改めて抽象化してみれば、確かに言うまでもないぐらいよくある事だ。

 銃の悪魔以外なら、サンタクロース(偽)とその養子3名を捧げた契約もこれに分類される。

 

「私が思うに、現在の首相である村山首相は契約者ではありません」

「何?」

「もっと以前……マキマがこの国に根を張った頃の首相が、本当の契約者ではないかと考えています」

「根拠は?」

「こうすれば、契約を更新する必要が無くなるからです」

 

 俺の考える契約内容はこうだ。

 

 『マキマへの攻撃を全て日本国民が肩代わりせよ。そしてこの契約を秘したまま、以降の首相へ継承させよ』

 

 アメリカの大統領には緊急時に銃の悪魔と契約する権利が認められていた。

 これと同じ様に『国家元首の特権を用いた契約』は、日米に限らず多くの国で行われているものと思われる。

 

 そして特権とは、常に義務が付き纏うもの。

 

 その義務の中に、こそりと忍ばせておけばいい。

 具体的な文言を誤魔化し、契約悪魔との関係を維持せよ、とでも書いておけば十分。

 

 更にこの契約で素晴らしい点は、実質的に内閣総理大臣という役職そのものを契約者にできる点だ。

 内閣総理大臣、つまり首相の業務は、首相本人の意思表示が不能になったとしても、その代行者を用意する事が法律で定められている。

 例え災害や悪魔などのトラブルで首相が急死したとしても、その代行者に首相の業務が引き継がれる。

 当然、契約悪魔との関係維持という『業務』も、同じ様に。

 

「こうすれば、首相が交代する度に契約を結び直す必要は無く、契約内容の忘却という曖昧で不確実な方法も取らなくて済み、知る者がマキマだけになれば情報漏洩の可能性も消滅し、トラブルが起きても何ら問題無く機能し続ける」

「……確かに理想的だな。だが明確な物的証拠じゃない」

「はい、状況証拠だけです。それも、そんな契約があるとしたら、の話です」

 

 さて、ここまでをどう思うか。

 そういう意図を込めて岸辺に視線を送る。

 

 岸辺はしばらく虚空を見上げ、何度も紫煙を吐き出す。

 やがて火が煙草を登り、フィルターをじりじりと焦がしたころ。

 

「……まぁ、説得力はある。それに、俺の中のマキマ像なら、これぐらいはやるだろう」

「そうですか……安心しました」

「だがこれじゃまだ半分だ」

「半分?」

「マキマを守る盾、その輪郭は分かったとして……しかしその盾を攻略しなけりゃ話にならん」

「なるほど、攻略法も言ってみろと?」

「採点してやるよ」

 

 まるで初対面のデビルハンター相手へそうするように、岸辺はそんなことを言った。

 そういわれるとなかなか燃えるものもあるが、しかし俺に思い付く攻略法なんて、言ってしまえば単純なものだ。

 

「ここまでの話を前提として……もしも首相が行動不能になった場合、その業務は誰が代行しますか?」

「……内閣官房長官だ」

「じゃあ、その次は? それ以降は?」

「……外務大臣、総務大臣、国土交通大臣、経済産業大臣だ」

「その、次は?」

「次は……」

 

 岸辺は答えない。

 当然だ、答えられるわけがない。

 

 なぜなら、首相業務の代行権利者の人数は内閣官房長官、外務大臣、総務大臣、国土交通大臣、経済産業大臣の5名。

 

 それ以上は居ないのだから。

 

 仮にこの代行権利者たちを、内閣総理大臣本人含めて6人同時に皆殺しにした場合。

 それ以降、日本から『首相業務』ができる人間が消滅する。

 

「現内閣総理大臣と、この代行権利者5名。合わせて6名が死んだとして……さて、次の内閣はどうやって決めます? 議員を招集して国会を開きますか? 仮にマキマが全ての議員を支配しているとしても、次の『内閣総理大臣』が生まれるまで、どう考えても2時間はかかる」

 

 役職そのものを契約者にしたとはいえ、それはあくまでも実質的な話。悪魔の契約は、どこまで行っても人間と悪魔、もしくは悪魔と悪魔の間で結ばれる物だ。

 そのどちらかが居なくなれば契約は白紙になる。これはナユタが天使の悪魔の能力を発動しなかった事から間違いない。

 

 即ち、『契約者不在による契約の非活性化』が起こりえるという事。

 

 もし、この役職に該当する者も相当する者も居なくなったとしたら、それは契約者の不在に他ならない。

 

「つまりこの2時間に限り、マキマを殺せる」

 

 思わず持ち上がっていた口角を強引に引き下げて、人好きのする営業スマイルに表情を矯正する。

 

「……と、考えたのですが、どうですか?」

「……一つ聞きたいんだが、それ失敗したらどうなると思ってんだ?」

「新しいお人形が配置されて、俺も支配されるでしょうね」

「じゃあ成功したら?」

「支配の悪魔から逃れられてやったー、ってだけでしょう?」

 

 岸辺はしばらく間を開けて一言。

 

「お前……100点だ」

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