ヒロアカに転生したターニャ・デグレチャフ   作:椎名カナタ

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【2話】ターニャの幼少期

赤ん坊という存在は、合理性の対極に位置する

 

泣く理由は自分でも分からない。眠いのか、腹が減ったのか、暑いのか、あるいは単に世界が気に入らないのか

 

――その判断を下すための思考能力すら与えられていない状態で、身体だけが勝手に感情表現を開始するのだから、これはもはや拷問に近い。

 

 

私はその状態で、生後一年近くを過ごした。

 

思考することはできる。だが、身体がそれに追いつかない

 

前世では病弱で、動きたくても動けなかったが、今世では「動きたくないのに動く」という、別方向の地獄が用意されていた

 

ただし、一つだけ前世と決定的に違う点がある

 

――私は、健康だった

 

これがどれほど重大な意味を持つか、理解できるだろうか

 

心臓は強く、肺は問題なく、骨も筋肉も正常に発達していく。医師からは「とても丈夫な子です」と言われ、両親は嬉しそうに微笑み、私は内心で「そりゃそうだろう、前世との落差が激しすぎる」と冷静に評価していた

 

ちなみに、ここで一つ情報を追加しておこう。私は、日本人だった。前世では、間違いなく日本という国で生まれ、日本語を母語とし、日本的な価値観と合理性の中で生き――そして死んだ

 

 

だが今世で、私が最初に耳にした言語は、日本語ではなかった

 

She’s calm today(彼女は今日穏やかだ)」「You are so cute(貴方はとてもかわいい)

 

英語だ。私はアメリカに生まれた

 

これには多少、混乱した。なぜなら転生とは、往々にして「前世と似た環境」に配置されるものだと、勝手に思い込んでいたからだ。だが現実は違った。見事なまでに違った

 

食事も、生活様式も、周囲の価値観も、何もかもが異なる。これは適応コストが高い。ただし、幸いなことに、私は英語をまったく知らないわけではなかった

 

前世、日本で生きていた頃、病室の暇つぶしに英語教材を齧った記憶がある。会話が流暢とは言えないが、簡単な単語や文法、日常会話レベルなら理解できる

 

もっとも――

 

生後半年の赤ん坊が英語を理解しているなどと、誰が思うだろうか。私は、聞くだけ聞いて、何も言わない赤子として過ごした

 

結果

 

「この子、すごく静かじゃない?」「泣かないとは少し変ね」

 

と、母親に若干警戒されることになった。納得はいかないが、理解はできる

 

一歳、二歳

 

言葉を覚え、歩き始め、周囲の世界を観察する余裕が出てきた。

 

ここで、私は重要な事実に気づいた

 

この世界――

 

どう考えても、私の知っている「僕のヒーローアカデミア」の世界だ

 

最初は偶然だと思った。だが、テレビに映るヒーローの姿、街中で堂々と個性を使う人々、ニュースで流れる「ヴィラン」という単語

 

一致点が多すぎる

 

決定打は、街中で見かけた巨大な男性が、当たり前のように腕を伸ばして信号機を直していたことだった

 

間違いない。私は内心で深く息を吐いた

 

「……なるほど」

 

ヒロアカ世界。つまり、戦闘が合法で、強さが職業になる社会だ

 

前世では、動けず、選択肢すらなかった私にとって、これほど都合のいい世界があるだろうか

 

もちろん、危険も多い。ヴィラン、事故、社会的リスク

 

だがそれを差し引いても――

 

退屈ではない。この時点で、私はすでに決めていた。

今世では、自由に生きる。少なくとも、「何もできなかった」という後悔だけは、絶対に繰り返さない

 

そして、四歳になる少し前にそれは起きた。個性の発現である

 

きっかけは、実にくだらないものだった。公園で、同年代の子供と遊んでいた時のことだ。向こうは個性持ちで、手から小さな火花を出せるらしく、それを自慢げに見せつけてきた

 

――正直、羨ましかった

 

だが同時に、冷静に思った

 

「危険だな」

 

火花とはいえ、火は火だ。周囲には乾いた芝生もあるし、制御が甘ければ事故になる

 

その瞬間、私の中で何かが「切り替わった」

 

危険を認識した。相手の得意げな顔を見た。

この場に潜むリスクを、はっきりと理解した

 

そして――

 

世界が、やけに鮮明になった。音が近くなり、視界が広がり、相手の呼吸のリズム、重心の位置、火花の出るタイミングが、まるで数式のように理解できた

 

同時に、身体が勝手に動いた

 

距離を詰め、手首を掴み、火花の出る向きを逸らす。完全に無意識だった

 

相手の子供は尻餅をつき、私は――なぜか、笑っていた

 

「楽しい」

 

純粋に、そう思った。これが私の個性だと理解するまで、時間はかからなかった

 

「自分が危険な状況にあるほど、相手の闘争心・殺意・敵意が強いほど、身体能力・思考能力・反応速度などが最適化、増幅される」

 

危険極まりない個性だ。だが、私はその危険を嫌だとは思わなかった

 

むしろ

 

「……なるほど。悪くない」

 

四歳児の口から出るには、あまりに可愛げのない感想だが、これが正直な評価だった

 

両親は、その後しばらくして、私を「少し変わった子」と認識するようになった。泣かない。騒がない

 

医者に相談し、検査を受け、「知能が高いだけでしょう」という結論が出て、一応は納得していたが、私は内心で思っていた

 

――いずれ、隠しきれなくなる

 

この世界はヒーロー社会だ。個性を隠して生きるには、私は向きすぎている

 

四歳の私は、夜、ベッドに横になりながら天井を見つめ、そんなことを考えていた

 

前世では、未来を考えることすら無意味だった。だが今世では、未来を考えるだけで、胸が少し高鳴る

 

危険があり、戦いがあり、刺激がある。そして、きっと私は、その中で笑っている

 

私にとって、これは最高の環境だ

 

 

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私の見た目についても触れておくべきだろう。これは後々、確実に誤解と面倒事を生む要素だからな

 

まず、鏡を見て最初に思ったことを正直に言おう

 

「……幼女だな」

 

それも、かなり出来のいい部類の

 

髪金髪。正確には、太陽光の下では淡い金色に見え、室内ではやや白に近い、いかにも「向こうの血統です」と主張してくる髪色で、柔らかく、癖が少なく、放っておくと勝手に整うという、前世の私からすれば羨ましさを通り越して敵意すら湧く仕様だった

 

瞳は青。これもまた分かりやすいほど青で、空の色をそのまま閉じ込めました、と言われたら「はいそうですか」と頷くしかない程度には主張が強い

 

前世で黒目黒髪だった私にとっては、鏡を見るたびに「ずいぶん西側に振り切ったな」と内心で突っ込みを入れる要因になっている

 

顔立ちは、総じて整っている方ではある。鋭さはなく、むしろ幼さと中性的なバランスが前面に出ており、無表情でいると「人形みたい」「天使みたい」と評されることが多い

 

――なお、本人の中身は全くの別物であるため、その評価はだいたい詐欺である

 

体格は年相応。いや、正確に言えば「やや小柄」。健康ではあるが、筋肉質というわけではなく、線は細く、力もまだ弱い

 

ただし、動きに無駄がなく、明らかに同年代と一線を画している

 

結果としてどうなるか

 

「大人しくて可愛い子」

「静かで手のかからない良い子」

「ちょっとぼーっとしてるけど、賢そう」

 

――という評価が、ほぼ自動的に付与される

 

非常に都合がいい

 

少なくとも四歳時点では、私が多少、他人よりも冷静に周囲を観察していようが、危険な場面で異様な落ち着きを見せようが、「賢い子だから」「怖がらない性格だから」という便利な一言で処理される

 

もっとも、その評価は、私が笑った時点で一変するのだが

 

戦闘的な状況、危険な出来事、トラブルの予兆。そういったものに反応した瞬間、私は無意識に口角を上げてしまう

 

私は、表情管理が甘い。だが、前世で「感情を表に出す余裕すらなかった」反動もあり、今世ではどうにも制御が効かない

 

可愛らしい外見。無害そうな印象。それと正反対の思考回路

 

――このギャップは、将来的に確実な武器になる

 

四歳の私は、鏡の中の自分を見つめながら、そんなことを考えていた

 

「悪くないな」

 

幼女の口から出るには、やはり可愛げのない結論だったが、この個性で、この世界。かなり有利な盤面だ

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