結論から言えば、私の個性は性質が悪い
強いとか弱いとか、希少だとか扱いやすいとか、そういう次元の話ではなく、純粋に「人格形成に悪影響を及ぼす」という意味で、非常に質が悪い
私は四歳になった時点で、それをほぼ確信していた
きっかけは単純で、これまで「なんとなく強くなっている」「危険な時ほど頭が冴える」という感覚的な理解しかしていなかった個性について、ある日ふと、これはちゃんと調べないと後で死ぬなと冷静に思ったからだ
前世の私が病室で散々学んだことがあるとすれば、それは「分からないものを放置すると、だいたい碌な死に方をしない」という一点に尽きる
つまり、私は自分の個性を、実験対象として扱うことにした
もちろん、四歳児が「よし、個性の検証をしよう」と言い出したら、それはもうただのホラーなので、私は隠れて調査を始めた
まず最初に分かったことは、この個性、常時発動しているということ。これは意外だったが、同時に非常に納得もした
私は普段から、前世に比べて状況判断が早く、危険察知が異様に鋭く、反応もわずかに速いが、これまでそれを「個性が発動した瞬間」として意識したことがなかったのは、単純にオンとオフの差が存在しないからだ
言い換えれば、私の基礎性能そのものが、すでに個性込みで最適化されている
……これは便利だが、同時に気持ちが悪い
次に分かったのは、条件が複数あり、それぞれ性質が微妙に違うという点だった
私はまず、「自分が危険な状態にあるかどうか」を基準に観察した
高い場所、足場の悪い場所、逃げ道の少ない場所、周囲に不確定要素が多い状況
そうした環境に身を置くと、確かに思考は明瞭になり、身体の反応は鋭くなり、視界に入る情報量が増える。ここまでは、想定内だった
問題は、その次だ。私は次に、「相手の感情」に注目した
正確に言えば、相手が抱いている闘争心・敵意・殺意が、私にどう影響するのかを、可能な限り安全な範囲で観察した
まず分かったのは、闘争心は対象を選ばないということだ
誰かが誰かに対して抱いている「戦いたい」「勝ちたい」「負けたくない」という感情は、それが私に向けられていなくても、近くにいるだけで、私の個性を刺激する
たとえば、大人同士が口論している場にいると、私は無意識のうちに集中力が上がり、音や視線の動きがやけに鮮明に感じられる
この時点で、私は一つ確信した
――この個性、平和な家庭環境だと腐る
次に、敵意
これは分かりやすい。相手が「嫌い」「邪魔」「近づくな」といった感情を、明確に私に向けた瞬間、個性の出力が一段階上がる
思考速度が上がり、反応が鋭くなり、身体の動きが軽くなる。正直に言えば、少し楽しい
……いや、正確には「非常に効率が良い」と言うべきだろう
問題は、殺意だった
私はこれについて、かなり慎重に観察した。というより、観察しようと試みた
だが結論から言えば、分からなかった。なぜなら、四歳児の日常生活において、他者から向けられる純度の高い殺意など、基本的に存在しないからだ
存在しないものは測りようがない
結果として、私は自分の個性について、以下のような結論に至った
私の個性は常時発動型であり、基礎性能を底上げしている
自分が危険な状態にあるほど、出力は上がる
周囲に存在する闘争心は、対象を問わず反応する
敵意は、私に向けられた場合のみ
殺意については、未確認
……うん、碌な個性じゃない
私はその結論を出した直後、ベッドに寝転びながら天井を見つめ、思わずため息をついた
だが同時に、私は気づいてしまった。この個性は、使いようによっては、どんな修羅場でも生き残れる。逆に言えば、修羅場に身を置き続けなければ、本領を発揮しない
非常に面倒だ。しかも、精神的によろしくない
私は自分の将来像を想像してみた
平和な日常で退屈し、危険な状況で生き生きし、他人の敵意を感じ取っては頭が冴え、戦いの気配に心が躍る
……最悪だな
思わず、笑ってしまった。これ以上なく分かりやすい「ダメな才能」だ
現実として抱えるには、あまりにも重い。私は布団の中で丸くなりながら、結論を一つ追加した
この個性は、絶対に制御が必要だ。放置すれば、私自身が壊れる。だが、正しく理解し、管理し、使い道を選べば――この世界で、私は自由になれる
前世では、何もできなかった。今世では、できすぎる。
だからこそ、選ばなければならない
そんなことを考えながら、静かに目を閉じた。少しだけ、大人びた思考だという自覚はあったが、この世界では、それくらいでちょうどいい気がしていた