ナレーションが頭にいてうるせえ   作:正気 零

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2006年8月7日

 

 

 

『説明しよう! 海は綺麗なのである!』

 

 見りゃわかる。なんだそら。

 

「きゃ、うわ冷た!」

 

 げんなりとするような気持ちも氷解する。視界の先では波打ち際に、焼けた肌をさらした裸足で立ち、濡れた足ではしゃぐ。可愛らしい子。

 

 そうだった。俺は今友達と、…うん。好きな人と海に来てるんだった。

 

「きゃってなんだよ。きゃってよ」

「べつによかろー!? 私だって出るわんな声も!」

「はいはい」

 

 深夜に何故か日の出を見ようなどと言い出し、車を飛ばして海に。

青春なのか、もどきか。しかしなんでも良いだろう。というか寝てない頭でそこまで難しいことはわからない。

濡れないように砂浜へ向かう階段へ腰を下ろしてまだ少し暗い海を見る。

慣れてきたのか音を立てて走る姿、それをぼうっと見つめる。ときおりこぼれる嬉しそうな声と漣だけがそこにあった。

 

『幸福とは揺り返しだ。それこそ波のように寄せては返す』

 

 無作法に、ぶち壊すように入り込む不細工な声。舌打ちしかねないが、眉間に皺を寄せるのみで抑えた。なによりも内容に気がさわる。

眠気を覚ますような動作で皺を誤魔化す。眉間を揉んで、先ほどからよく喋るそれに意識を傾けた。

 

『柊遥は、今年の秋に死んだ』

 

 歯が軋む。ムカつくほどに無感情で無感動な声だ。

 この頭の声は以前から予言じみたことを喋る。そしてそれはよく当たった。少なくとも、断定的な物言いの時は外れたことはない。

行きようのない気持ちが暴れるのを抑えて、ゆっくりと吐いた。

 

「…はあ…」

 

 生まれた時から隣にいた。言葉の意味も知らないうちからそれはいて、幼少の頃は幻聴として診断された。小学に入るころにみんなの頭に声はいないと知った。

 

「…あぁ〜…」

 

 頭を少しかきむしる。

予言。人生のネタバレ。

覆そうと努力しようとも嘲笑うかのように実現していく予言ども。変えられなかった苦々しい記憶が立ち上がる。それが今まで19年間ぴたりとつかず離れずについてくる。

 その声に。

 

「…まあ、いいか」

 

 見鷹一は諦めることを選んだ。

 

「おぉーい! 蟹いるぞ! 食えんじゃねーのこれ!?」

「…おう、今行くよ」

 

 少し遠くにいる柊の方へ、ふらりとする足取りながらも向かう。帰りの運転だってあるだろうに、靴のまま、靴下のままに海へ入った。

 

「冷て!?」

「わははは! 言ったろが。てか靴! 靴濡れてんぞ!」

 

 いんだよ。

 足元のふわりとしたような、冷たい海水がどこか浮遊感を誘うようだった。

 

『海月。海を浮遊する硬腸動物。夏頃の海になると黒潮などの影響で北上し浅瀬にも現れる』

 

 急に喋るなコイツ。

 

「ん。なんかいるのか?」

「ああいや…」

 

 頭のバカが何か説明し始めたなら、なにか周りに関係がある時だけ。周辺をキョロキョロと見ると、ゆらりと影が踊る。

 瞬間、ぱしりと柊の手を取って走った。

 

「わきゃ! おい転ぶだろ!」

「クラゲくらげ! お前刺されたらいてえぞ!」

「まじ? はやく言ってよ!」

 

 手を取って走り出したのに、手を離したかと思うと自分よりも遥かに早いスピードで砂と海水を巻き上げて駆けていく。

 うそ…砂の上で裸足なのに…?

 

「ふふ、捕まえてみな!」

 

 回転するように振り返り、眩しいくらいの笑顔が覗かせる。

にやける顔のまま叫んだ。

 

「これ立場逆だったりしねえかな!?」

 

『たしかに! すでに息が切れ始めている見鷹の様相は不審者そのもの!』

 

 殺すぞてめえ!?

 

「足速いなお前…! すこし手ごろってヤツを!」

「たり前だろ! 私陸上部だぞ!」

 

『完全論破!』

 

 それは違うだろうがよお!

 

 頭の外と中がうるさい。外は楽しげだとして、中はなんだこれ。

 

 やがて疲れて——柊の場合は飽きたからかもしれないが——走るのをやめて、向かうのに使った車のトランクシートに座る。足についた砂などを入れないために横向きになりながら、買った水で砂を流していく。

 

「はあ。でも見鷹、足挫かなくてよかった」

 

 乾いた笑いがこぼれる。

 

「走り方危うかったよ?」

「…あそう」

 

 まだ息が落ち着かないこともあり上の空のような返事が続く。

 

「…ありがとな。車」

「…ああ」

「久しぶりに走ったし。楽しかった」

「…おん、俺も」

 

 波の音と呼吸だけが隣にあるような静けさ。

 目的にしていたはずの日の出は走っている途中にすでに上がり、車に横向きに座る二人を照らしていた。

チラりと目線が合い、少し見つめ合う。間を置いて、はにかみながら言ってくれた。

 

「また来ような」

 

 日の出の色が染めている。見鷹は少し感謝した。自分の顔が赤くなっている気がしたから。柊の顔も、赤かった気がしたから。

次はいつになるのだろう。夏。今はお盆になる前。

今年の秋に死ぬという。この子と再びいつ来るのだろう。

 そんな疑問へ、すでに答えを持ったものはやはり、そうなのだろう。

 

『見鷹一は諦めている』

 

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