主な登場人物
東雲彰人
東雲絵名
東雲美凪
年齢 高校一年生
身長 150cm
体重 43kg
趣味 モモジャンの動画を見る
好きな食べ物 ショートケーキ
嫌いな食べ物 人参
花里みのり
桐谷遥
桃井愛莉
日野森雫
東雲美凪容姿イメージ
【挿絵表示】
10年前
「ねぇ。お父さん」
声をかけると、父は作業の手を止めることもなく、短く返した。
「なんだ?」
私は落ち着かず、つま先に体重をかけては戻し、を繰り返す。胸の奥がそわそわして、でも逃げたくなくて、意を決して口を開いた。
「私、遥ちゃんとか、愛莉ちゃんとか、雫ちゃんみたいに……アイドルになりたい」
一瞬、空気が止まった。
「……やめとけ」
あまりに淡々とした一言に、頭が追いつかなかった。
「え……? どうして?」
父はようやくこちらを見る。その目は、冷たく、遠かった。
「お前に、アイドルの素質などない」
心臓を直接掴まれたみたいだった。
「そ……そんな……」
気づいたときには、視界が滲んでいた。大粒の涙が次々とこぼれ落ち、止め方が分からない。
「うわぁぁん!!」
感情のままにリビングを飛び出し、自分の部屋へ駆け込む。
「うるさっ」
背後で兄の声がしたけれど、構う余裕なんてなかった。
バタン、と乱暴に扉を閉め、背中からもたれかかる。
「なんでよ……お父さん……!」
それからのことは、よく覚えていない。
将来の夢を否定された衝撃と、心の疲れで、私はそのまま眠ってしまったのだと思う。
「……いやな夢、見ちゃったなぁ」
震える声で、私は独り言をこぼす。
パジャマの袖で涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
カーテンの隙間から見える空は、茜色に染まっている。
「学校……めんどくさいなぁ。でも、明日は行かなきゃ」
学校が嫌いなわけじゃない。
いじめられているわけでもない。
ただ、気に食わないだけ。
“あいつ”みたいな人が、たくさんいるから。
何気なくカレンダーに目をやった。
「あ……今日、オーディションの日じゃん」
胸が、きゅっと鳴った。
「急がないと……」
運動不足で重たい体を無理やり動かし、準備を始める。
ガチャ。
玄関のドアを開ける。
「……」
いってきます、の一言も言わずに家を出た。
どうせ無駄だ。
父に否定されるだけ。
それなら、最初から期待なんてしないほうがいい。
何度、この道を通っただろう。
宮益坂。
学校へ行くときも、オーディションへ行くときも、いつもここだ。
昔は、どんな景色も新鮮だった。
でも今はもう、飽きた。
この街には、嫌な思い出しかない。
「……ついた」
慣れた手つきでドアを開ける。
(自動ドアにすればいいのに)
心の中で呟いた言葉は、音にならなかった。
「失礼します! 東雲美凪です! 本日はよろしくお願いします!」
明るく挨拶しながら、胸の奥では心臓が暴れていた。
待合室には、同年代くらいの女の子たちが何人もいる。
綺麗に整えられた髪、完璧なメイク、自信ありげな表情。
(……みんな、すごいな)
小さく息を吸い込む。
一人目の子が呼ばれ、部屋へ入っていく。
ドア越しに聞こえる歌声は、透き通っていて、迷いがない。
(上手……)
次の子は、キレのあるダンスを披露していた。
審査員が頷くのが見えて、胸がざわつく。
(ああ、やっぱり私なんか……)
自分の番が近づくにつれ、指先が冷えていく。
喉が渇いて、声が出なくなる気がした。
「次、東雲美凪さん」
名前を呼ばれ、背筋が伸びる。
(大丈夫。大丈夫……)
そう言い聞かせて、部屋に入った。
照明が眩しい。
審査員の視線が、一斉にこちらに向く。
「では、自己紹介を」
「……はい。東雲美凪です。よろしくお願いします」
声が、少し震えた。
「では、歌をお願いします」
マイクを握る手に、力が入る。
(……私、アイドルになりたい)
父の声が、頭をよぎる。
――お前に、素質などない。
それでも。
(それでも、私は)
音楽が流れ出す。
最初の一音を、恐る恐る紡ぐ。
でも、歌ううちに、不思議と体が軽くなった。
上手じゃないかもしれない。
完璧でもない。
それでも、この気持ちだけは、本物だった。
歌い終え、深く頭を下げる。
部屋を出た瞬間、足から力が抜けた。
(……どうだったんだろ)
分からない。
でも、少なくとも――逃げなかった。
そう思えたことだけが、少しだけ、救いだった。
結果発表は、思っていたよりもあっけなかった。
ホールの前方に貼り出された紙。
整然と並ぶ番号と名前。
私は、無意識に笑顔を作っていた。
口角を上げて、目を細めて、いつも通りの「明るい私」。
「えっと〜……」
軽い声で呟きながら、指でなぞる。
(あるよね。あるはず)
一回、二回、最終。
視線を何度も往復させる。
……ない。
どこにも、東雲美凪の文字はなかった。
「あれ?」
思わず、間の抜けた声が出る。
もう一度、最初から見る。
ゆっくり。丁寧に。
それでも、やっぱり、ない。
「あは……」
喉の奥が、ひくりと引きつった。
「そっかぁ……」
周りでは、歓声が上がっていた。
「やった!受かってる!」
「ママに電話しなきゃ!」
明るい声。泣き笑いの声。
祝福の空気。
私はその中で、ちゃんと笑っていた。
「おめでとう!」
「すごいね〜!」
自分でも驚くくらい、声は明るかった。
まるで、本当に平気みたいに。
でも。
胸の奥で、ガラスに細かい亀裂が走るみたいな音がした。
(……私、落ちたんだ)
そう理解した瞬間、
世界から色が抜け落ちたみたいだった。
控室を出て、廊下を歩く。
足取りは軽いふりをしているのに、膝が震える。
「今日はありがとうございました〜!」
スタッフに頭を下げる。
完璧な笑顔。
ドアを出た瞬間。
——ぷつん。
何かが切れた。
「……っ」
息が、詰まる。
人気のない場所を探して、非常階段へ駆け込む。
ドアを閉めた途端、足が動かなくなった。
「……あ、れ……?」
笑おうとしたのに、顔が歪む。
「なんで……?」
ぽた、と床に雫が落ちる。
「……がんばったのに」
次の瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。
「……っ、うぅ……」
声を殺そうとしても、無理だった。
「やだ……やだよ……」
肩が震える。
明るい私も、元気な私も、
ここには置いていけなかった。
一緒に、壊れた。
「……っ、アイドルに……なりたかった……」
そのとき。
「……だから言っただろう」
低い声が、階段に響いた。
「……え?」
顔を上げると、そこにいたのは——父だった。
「……お、お父さん……?」
どうして。
なんで、ここに。
「結果は見た」
淡々とした声。
「やはりな。無駄だった」
心臓が、ぎゅっと掴まれる。
「……っ」
「努力した“つもり”でそれか?」
父は、冷たい目で私を見る。
「明るくしていれば才能があると思われるとでも?」
「……や、め……」
「現実を見ろ、美凪」
一歩、近づかれる。
「お前は、アイドルには向いていない」
「……っ、ちが……」
「夢を見るのは勝手だが、
叶わない夢にしがみつくのは、ただの愚か者だ」
その言葉が、深く突き刺さった。
「……う、ぁ……」
膝から崩れ落ちる。
「……なんで……そこまで……」
声が、震えて、途切れる。
「夢、希望にはいわゆる賞味期限がある。まだ持ってんのか?もうそろそろ捨てたらどうだ?」
「私は……っ、ただ……」
——認めてほしかった。
それだけだったのに。
「……うわぁぁ……!」
堪えていたものが、一気に溢れ出す。
「……もう……やだ……」
泣きじゃくる私を、父はただ見下ろしていた。
「泣いても、結果は変わらない。大人になれ。」
そう言い残し、背を向ける。
足音が、遠ざかる。
残されたのは、
夢を否定されて、
仮面を剥がされて、
ぼろぼろになった私だけ。
「……っ、ひっ……」
非常階段に、私の嗚咽だけが響いていた。
風向きはいつでも真逆だった。
リクエスト募集してます!どんどんだしてください。