最終審査に向けた、グループ練習。
私たちのチーム――月グループ。
メンバーは三人。
Cチームのエース、月島乃愛。
そして、子役として活躍していたと言われる、風間春陽。
実力者ばかりのチームだった。
スタジオの鏡の前。
音楽が止まり、三人とも息を整えていた。
「ねぇさ~」
乃愛が突然言った。
妙に含みのある声だった。
「もしかしてだけどさ~」
私と春陽が同時に顔を上げる。
「花グループ、ひいきされてない?」
「え?」
春陽がきょとんとする。
「なんで?」
乃愛は腕を組み、天井を見上げながら言った。
「だってさぁ。花グループってさ~」
指を折りながら数える。
「元モデルの白鷺玲奈でしょ?
背高いし、スタイル良すぎだし」
「それにダンス強い子もいるし」
「あと歌めちゃくちゃ上手い子もいたよね」
「そうそう」
乃愛はため息をついた。
「なんかさぁ……」
床にぺたっと座る。
「強キャラ感すごくない?」
「ゲームのラスボス前の中ボス感ある」
「わかる」
思わずうなずいてしまう。
乃愛は続ける。
「正直さ~。勝てる気しないんだけど」
その言葉に、空気が沈む。
ほんの少し。
でも確かに。
私は思わず床を見る。
たしかに、花グループは強い。
目に見えて。
圧倒的に。
そのときだった。
「乃愛ちゃん」
春陽の声。
さっきまでの軽さとは違う、
少しだけ真剣な声だった。
「それ、本気で言ってる?」
「え?」
「勝てないって思いながら踊るの?」
乃愛が眉をひそめる。
「いや、そういうわけじゃ――」
「じゃあ何?」
スタジオの空気が、ぴんと張り詰める。
春陽が続けた。
「私はさ」
少しだけ笑う。
でもその笑顔は、どこか強かった。
「負けるつもりでここ来てないよ」
「……」
「勝てないかもって思うことはあるよ」
「でも」
春陽が鏡を見る。
そこに映る自分たちを見ながら言った。
「だからって、最初から諦めるのは違うでしょ」
静かな言葉だった。
でも、重かった。
乃愛はしばらく黙っていた。
それから、ふっと笑った。
「……やっぱ春陽ってさ」
「うん?」
「意外と熱いよね」
「そう?」
「子役ってもっとクールなイメージあった」
「偏見!」
三人で少し笑う。
そして、乃愛は立ち上がった。
「まぁでも」
腕を伸ばして、体をほぐす。
「そうだよね」
そして、にやっと笑う。
「勝てないって決めつけるの、ダサいか」
その言葉に、
胸の奥が少し熱くなる。
「よし」
乃愛が言った。
「やろう」
春陽が音楽を流す。
「通し!」
曲が流れた。
私たちは動き出す。
踊る。
跳ぶ。
回る。
乃愛の動きは鋭くて、
春陽のダンスは軽くて、
私は必死で食らいつく。
――二分後。
「ストップ!」
春陽の声。
「今のフォーメーションズレてた」
「どこ?」
「美凪ちゃん半歩前」
「えっ」
「でもそのせいで乃愛ちゃんとぶつかりそうだった」
「ほんとだ」
乃愛が笑う。
「危なっ」
「すみません!」
「いや」
乃愛が首を振る。
「いいよ」
少し真剣な顔で言った。
「こういうの、今やっとかないと」
「うん」
春陽もうなずく。
「もう一回」
「また!?」
「また」
「鬼!」
「本番もっと鬼」
「うわぁ」
三人で笑った。
それから――
何度も。
何度も。
踊った。
汗が落ちる。
息が荒くなる。
脚が重くなる。
それでも、
止まらなかった。
そのときだった。
ターンの途中で、
ふっと。
体が軽くなる感覚があった。
(あれ……?)
音楽が、
はっきり聞こえる。
リズムが、
体の奥まで流れ込んでくる。
足が、
自然に動く。
さっきまで必死で追いかけていた振りが、
今は――
体の内側から溢れてくる。
乃愛が驚いた顔をした。
「……今の」
春陽も目を見開く。
「美凪ちゃん」
私は止まらない。
踊る。
回る。
跳ぶ。
音楽と体が、
ぴったり重なる。
鏡の中の自分が、
さっきまでとは違って見えた。
――軽い。
――自由だ。
曲が終わる。
スタジオが静かになる。
「……」
乃愛が口を開く。
「今の、やばくない?」
春陽がうなずく。
「うん」
そして私を見る。
「今、完全にゾーン入ってた」
私は息を整えながら、
鏡を見る。
そこには、
少しだけ違う自分がいた。
まだ未熟で。
まだ遠くて。
それでも――
確かに一歩、近づいた自分。
胸の奥が、
静かに熱を帯びていく。
その夜。
家に帰ってからも、
鏡の前で踊った。
歌って、
踊って、
また最初から。
何度でも。
納得できるまで。
その頃からだった。
ときどき、脚が震える。
力が抜けるみたいに。
(どうしてだろう)
すぐに答えは出た。
怖いんだ。
次で、全部決まるから。
ここで終わるかもしれない。
夢が、ここで途切れるかもしれない。
その可能性が、
胸の奥で静かに広がっていた。
でも――
もう、わかっている。
あの瞬間。
踊ったとき。
確かに感じた。
限界の向こう側。
まだ名前のない場所。
そこに、
もう片足は踏み込んでいる。
だったら――
もう止まれない。
私はもう、
ここまで来た。
限界だと思った場所を、
何度も越えてきた。
それでもまだ――
終わりたくない。
諦めきれない。
もっと。
もっと先へ。
自分の臨界点。
その境界線を越えた先、
まだ名もない領域へ。
光も、痛みも、全部引き連れて。
私は――
この身が燃え尽きるその瞬間まで、夢を燃料にして走り続ける。