ぽわぁぁ……。
柔らかな光に包まれて、私は久しぶりにセカイへ足を踏み入れた。
懐かしい空気。
澄んだ風。
見慣れているはずの景色なのに、どこか少しだけ違って見える。
まるで、ここにも小さな変化が積み重なっているみたいだった。
「どうだった?美凪。……って、聞かなくても分かるわね」
振り向くと、ルカが穏やかな微笑みを浮かべていた。
「今までで一番いい顔してるよ!美凪!」
ミクが嬉しそうに声を上げる。
その声は、前よりもずっと明るくて――
まるで太陽みたいだった。
二人とも、以前ここで会っていたときより、どこか柔らかい雰囲気になっている。
そして――
「見ろよ!この世界樹!めっちゃ大きくなってるぞ!」
遠くを指差しながら、レンが大はしゃぎしていた。
目をきらきら輝かせている姿は、まるで子どもみたいだ。
「はぁ……」
思わず、ため息がこぼれた。
(なんでみんな、こんなに変わっちゃったんだろう……)
前はもっと、落ち着いた空気だった気がするのに。
このセカイも。
バーチャルシンガーのみんなも。
少しだけ、賑やかすぎる気がする。
そんなことを考えていると――
「みんな、変になっちゃったって思ったでしょ!」
突然、元気な声が空から響いた。
……いや、違う。
聞き慣れていないわけじゃない。
この声は――
バーチャルシンガー、鏡音リン。
「リン!?って、どこだよ!?」
レンが慌てて辺りを見回す。
「せーかいはここでしたぁ~!」
次の瞬間。
空の上から、ひょいっとリンが飛び降りてきた。
ふわりと軽やかに着地する。
「えぇ~!?そんなの分かんないよ~!」
レンが半ば呆れた声を出す。
「ちゃんと探してよー!」
リンは楽しそうにケラケラ笑っている。
本当に……。
色々と、変わったものだ。
「あ、そんなことよりさ、美凪!」
リンがぴょんと私の前に立つ。
「ここは美凪の想いが影響してるって言ったでしょ?」
「うん……」
「だからさ!美凪が念願のアイドルデビューを果たしたことで、このセカイも変わったってわけ!」
自信満々に言い切るリン。
なんて無責任な説明なんだろう。
……前の方が良かった、なんて言葉は飲み込んでおく。
「そう……なんだ。確かに、アイドルデビューは……私の心を、かなり変えたけど」
「そーいうことっ!だから私もここに現れたってわけ!」
リンは得意げに胸を張る。
「……あのさ、リン」
「なに?」
「そのテンション、やめてほしい。ちょっとうるさい」
「えぇ!?なんでよ~!」
リンが大げさに驚く。
「性格って、そんな簡単に変えられないんだよ~?」
「私は……前みたいに、もう少し静かな方がよかった」
すると――
「でも」
穏やかな声が聞こえた。
振り向くと、ルカがゆっくり歩いてくる。
「悪い気はしていないでしょう?」
その言葉に、少しだけ言葉が詰まる。
「……まぁ、それはそうだけど」
本当は。
ほんの少しだけ、嬉しい気持ちもある。
このセカイが変わったのは――
きっと、私が変わったからだから。
「ってそんなことより!」
レンがまた大声を上げる。
「見ろよ!世界樹!」
「ああ、さっき言ってたね」
何気なく視線を向ける。
そして――
「え?」
思わず声が漏れた。
「え?え?え?」
信じられなかった。
あんなに小さかった世界樹が――
いつの間にか、空へ届くほどの巨大な大樹になっていたのだ。
幹は太く、堂々としている。
枝は空いっぱいに広がり、光を受けて静かに揺れていた。
まるで、この世界そのものを支えているみたいだった。
「えぇーっ!?」
さすがの私も驚いた。
思わず声が裏返る。
レンが得意げに笑う。
「すげーだろ!」
「こんなに大きくなるなんて……」
私は世界樹を見上げる。
枝葉は空いっぱいに広がり、柔らかな光を受けて静かに揺れていた。
その姿はまるで、このセカイそのものを支えているみたいだった。
私の想いが――
ここまで形になるなんて。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
そのとき。
さわ、と。
風が吹いた。
世界樹の枝が、ゆっくりと揺れる。
無数の葉が、光を反射してきらきらと瞬いた。
そして――
その中の一枚が、ふわりと枝から離れた。
ゆっくり。
とてもゆっくりと。
空気に乗って、舞い落ちてくる。
まるで小さな星みたいだった。
私は思わず、手を差し出す。
すると――
ふわり。
その葉は、静かに私の手のひらに落ちた。
「おおー!」
レンが声を上げる。
「すげぇ!世界樹の葉っぱじゃん!」
ミクも嬉しそうに覗き込む。
「きっと美凪にくれたんだね!」
私は、そっとその葉を見つめる。
淡い光を帯びた、透き通るような葉。
まるで、小さな希望が形になったみたいだった。
「……どうして」
小さく呟く。
すると。
ルカが静かに言った。
「きっと、このセカイが応えてくれたのよ」
「応えて……?」
「あなたの想いに」
私はもう一度、世界樹を見上げる。
あの大きな樹は、風に揺れながら静かに佇んでいた。
まるで、何も言わずに見守ってくれているみたいだった。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
私はそっと、葉を握りしめた。
そのあと、バーチャルシンガーたちと少し話をして。
私はセカイをあとにした。
ぽわぁぁ……。
柔らかな光が広がり、景色がゆっくりと遠ざかっていく。
そして。
気づけば、私は元の世界に戻っていた。
手のひらを開く。
……そこには、もう葉はなかった。
けれど。
不思議と分かる。
あの葉は――
確かに、ここにあった。
胸の奥に、静かに残っている。
あの世界の温もりが。
そして。
新しく始まった、私の物語も。