次の日も、その次の日も、私はオーディションを受けに行った。
結果は、全部惨敗。
笑ってしまうほど、ひどい有り様だった。
帰るたびに、父から浴びせられる言葉は増えていく。
否定。失望。皮肉。
とめどなく流れ込むそれらに、心はすり減っていった。
それでも——
“あいつ”にも、オーディションにも、屈したくなかった。
何回転んだって、まだ諦めない。
そう言い聞かせて、立ち上がる。
正直、分かっている。
私は、アイドルに向いていない。
今も、そう思っている。
ただ、強がっているだけだ。
でも、アイドルのオーディションに合格するという目的がなければ、
私のアイデンティティそのものが、消えてしまいそうだった。
それが、怖かった。
自分でも不向きだと分かっているくせに、
それを認めてしまったら、今まで泣いてきた意味がなくなる気がして。
父にあれだけ反発しておいて、
今さら諦めるなんて、惨めすぎて。
だから、目を逸らした。
現実から、必死に。
「……ほんと、あいつの言ってること……全部、当たってんじゃん」
独り言が、やけに重く落ちる。
夢なんて、見なければよかった。
希望なんて、持たなければよかった。
それでも私は、
アイドルのオーディションを受け続ける。
それはもう、夢じゃなかった。
任務みたいで、使命みたいで、
最初から決められていた“さだめ”みたいだった。
そんな中、街を駆け抜けるように、一つのニュースが現れた。
「桐谷遥、ASURAN脱退」
「桃井愛莉、QT脱退」
「日野森雫、Cheerful*Days脱退」
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
彼女たちは、ずっと目標だった。
何度も、何度も、希望をもらってきた。
だからこそ、余計に苦しかった。
アイドル脱退なんて、珍しくない。
そう分かっているのに。
——アイドルって、楽しいだけじゃないの?
——希望を届けるだけじゃ、だめなの?
そんな疑問が、ふと浮かぶ。
もしかして。
アイドルって、本当は——
とても、つらいものなんじゃないのか。
……でも、私はまた目を逸らす。
ここで立ち止まったら、
今まで泣いてきた意味が、全部無駄になる気がした。
今さら諦めたら、
自分が、自分じゃなくなる気がした。
「初志貫徹……」
最後まで、貫き通そう。
それが正しいかなんて、分からない。
ただ——今の私には、それしかなかった。
そこで、またもや驚くような出来事が起こった。
スマホでASURANの楽曲を再生しようとして、
ふと、見慣れないタイトルが目に入る。
「……Untitled?」
一瞬で分かった。
——これは、危険なものだ。
意味の分からないことはしない。
無駄な行動は取らない。
それが、今の私の生き方だった。
なのに。
どうしてか、無性に気になってしまった。
止めようとする理性と、勝手に動く指が噛み合わない。
気づいたときには、再生ボタンを押していた。
——次の瞬間。
「……なんだろう、ここ」
吐く息が白くなるような、肌に刺さる冷たさ。
足元から、じわりと不安が這い上がってくる。
目の前に広がるのは、
明るくて、豪華で、きらびやかなステージ。
なのに——
その奥には、触れてはいけない闇が眠っている気がした。
「こんにちは」
背後から声がして、思わず肩が跳ねる。
「……ミク!?」
自分でも驚くほど、高い声が出た。
今の私らしくない。
こんなふうに反応する余裕なんて、ないはずなのに。
「驚かせてごめん。
私はこのセカイのバーチャルシンガー、初音ミクだよ」
淡々とした口調。
人間らしさが、どこか欠けている。
——異物。
「……そう。早く帰りたい」
正直な感想を、そのまま口にした。
「待って。もう少し、このセカイの紹介を——」
「急いで。時間ない。あと十分でオーディション」
言葉が、自然と早口になる。
「えっと……ここは“セカイ”。
君の想いから、生まれた場所なんだよ」
「……セカイ?」
私の、想い?
こんな場所が?
意味が分からない。
非現実的で、筋が通っていない。
そもそも、
どうして“Untitled”なんて曲を聴いただけで、
こんなところに来ることになる?
気味が悪かった。
「今は信じられないよね。
でも、私たちは美凪の味方だよ」
……なんで、私の名前を知ってる。
「困ったら、いつでも頼って。
それにここは、さっきの“Untitled”を再生すれば、また来られるから」
——“私たち”。
他にも、誰かいるの?
……いや、違う。
何を考えてるんだ、私は。
こんな存在に頼ったところで、意味なんてない。
悩みなんて、ない。
立ち止まる理由も、ない。
時間の無駄だ。
そう自分に言い聞かせて、
私は“Untitled”の再生を止めた。
「本当の想いを見つけられるように、頑張ってね。美凪」
……本当の、想い?
その言葉だけが、耳に残る。
気づけば、私は現実に戻っていた。
気味が悪い。
頭も、少し痛い。
最悪だ。
このあと、オーディションだっていうのに。
——それにしても。
あのミクって、何だったんだろう。
もし、あのセカイが本当に、
“私の想い”でできているのだとしたら。
あそこでは、
私は——主人公なんじゃないか。
私は、あのセカイの主人公。
……そう思った自分自身が、
少しだけ、怖かった。