プロセカ歌パロ集   作:七瀬ぴの

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仮初のステージ

土曜日。

今日は、初の MORE MORE JUMP! ワンマンライブ の日だ。

朝から胸が落ち着かなくて、自然と足取りが軽くなる。

浮いた気分のまま、私は家を出た。

もちろん、“あいつ”には言っていない。

アイドルのライブに行くなんて、言ったら最後、

面倒な言葉が降ってくるのは目に見えているから。

会場に着くと、人、人、人。

熱気とざわめきが絡み合って、空気そのものが重たく感じられた。

自分の席を探して腰を下ろした瞬間、また胸が高鳴る。

「……はぁ。楽しみ……」

今のこの気持ちを邪魔するものは、何もない。

ここにいる全員が、モモジャンを見に来た人。

同じものを好きで、同じ瞬間を待っている人たち。

みんな仲間。

言葉がなくても、気持ちは通じ合っている。

――最高の空間だ。

やがて、会場が暗転する。

ざわめきが一斉に息を潜め、

次の瞬間、眩しいライトがステージを照らした。

歓声が弾ける。

音楽が、身体の奥まで直接流れ込んでくる。

「みんなー!今日は来てくれてありがとう!」

みのりの声。

その声を合図に、

遥の安定した歌声、愛莉の堂々としたパフォーマンス、

雫の包み込むような存在感が重なっていく。

四人は、ちゃんと――アイドルだった。

キラキラしていて、眩しくて、

手を伸ばせば届きそうなのに、やっぱり遠い。

それでも、目を離せなかった。

特に、みのり。

以前よりも動きに迷いがなくて、

歌う声にも、確かな芯が通っている。

「……すごい」

思わず、零れていた。

あの“出来損ない”だと思っていた彼女は、

努力だけで、ここまで来ていた。

逃げずに、諦めずに、

何度も転んで、それでも立ち上がって。

――――私と違う。私は、あそこで止まった。みのりは、進み続けた。

そう思った瞬間、

胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

ライブは、あっという間だった。

最後の曲が終わり、

四人が深く頭を下げた瞬間、

会場中が拍手と歓声に包まれる。

感動した。

本当に、心から。

全部がすごくて、眩しくて、

みのりも、確実に成長していた。

……それが、嬉しくて、少し悔しかった。

 

そして、握手会。

長い列に並びながら、心臓がうるさくなる。

何を話せばいい?

いや、話す必要ある?

一言でいい?

そもそも、声出る?

そんなことを考えているうちに、

順番はすぐにやってきた。

まずは、遥。

柔らかく微笑んで、短い言葉をくれた。

愛莉は、明るくて、想像通りのオーラで。

雫は、優しくて、手が驚くほど温かかった。

そして――みのり。

「あ……」

一瞬、言葉が詰まる。

でも、みのりは気づかないふりをして、

いつもの笑顔で言った。

「来てくれてありがとうございます!」

その声を聞いた瞬間、

胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ溶けた。

「……すごかったです。

みのり先輩……本当に」

それだけ言うのが精一杯だった。

「えっ!?ありがとう!

……あれ?もしかして、この前の……?」

覚えてくれてたんだ。

その事実だけで、胸が熱くなる。

「はい……屋上の……」

「やっぱり!

来てくれてたんだ、嬉しいなぁ」

みのりは照れたように笑って、

少しだけ声を潜める。

「正直ね、今日もめちゃくちゃ緊張してたんだ。

ちゃんと届いてるかな、とか……」

アイドルなのに。

ステージに立つ人なのに。

そんな不安を、こんなふうに零すんだ。

「でも、こうやって言ってもらえると、

あぁ、やってきてよかったなって思えるんだ」

まっすぐな目で、そう言われて、

私は何も返せなくなった。

みのりは無邪気で、真っ直ぐで、

それでも確かに――“アイドル”の顔をしていた。

手を離した瞬間、

私ははっきりと理解してしまった。

――私、憧れてる。

アイドルに。

そして、花里みのりという存在に。

会場を出る頃、

胸の奥がじんわりと熱を持っていた。

楽しかった。

幸せだった。

でも同時に、

自分がどこに立っているのかを、

思い知らされた気もした。

それでも――

「……来てよかった」

そう呟いて、

私は夜の街へと歩き出した。

 

今日も、私は屋上にいる。

でも今日は、モモジャンの配信を見るためじゃない。

ギターを弾くためだ。

ギターは、私の数少ない趣味の一つ。

家で弾くと父から文句を言われるから、

自然と場所は学校になった。

持ってきていいのかは、正直よく分からない。

でも、今のところ誰にも何も言われていない。

軽音楽部でもない人間がギターを持ってくるなんて、

普通は想像しないだろうし。

屋上の隅で、そっと弦を鳴らす。

指先から広がる振動が、

音になって、空気に溶けていく。

たったそれだけなのに、

胸の奥がじんわりと熱くなった。

——音楽って、すごい。

そう思った、そのとき。

「今日も配信、頑張りましょう!」

聞き覚えのある、少しハスキーな声。

「……え?」

顔を上げた瞬間、

そこにいたのは――雫だった。

今日も、モモジャンの配信があるの!?

驚きで、思わず息を呑む。

慌ててギターを止め、

私は四人のほうへと視線を向けた。

「あ!美凪ちゃん!

今日はギター弾いてるんだ!」

一番に気づいたのは、みのりだった。

「すごく綺麗な音色だね!」

推しにそんなことを言われて、

私は一瞬、どう反応していいか分からなくなり、

照れ隠しみたいに、こくりと頷いた。

「あら?

みのりと美凪ちゃん、知り合いなの?」

愛莉が、少し不思議そうに聞く。

「うん!

私のファン一号なんだ!」

「えっ……」

その言い方はやめてほしい。

恥ずかしすぎる。

「美凪ちゃんも、アイドルに興味があったのね~」

雫が、いつもののんびりした口調で言う。

「は、はい……

私も、アイドルを目指してて……」

言った瞬間、後悔した。

——なんで言っちゃったんだろう。

現役のアイドルを前にして、

こんな夢みたいな話。

どうせ、侮辱される。

才能がない人間が口にするなって、

そう思われるに決まってる。

最近は、

「アイドル」って言葉を口にするだけで、

胸の奥が、ちくっと痛む。

何十回も、オーディションに落ち続けて。

才能がない現実から、目を逸らしたかったのに。

……なのに。

「美凪さんも、アイドル目指してるんだ!

頑張ってね!」

最初にそう言ったのは、遥だった。

——え?

想像していた反応と、全然違う。

「……あ、はい……」

戸惑っていると、

「大丈夫だよ!」

今度は、みのりが勢いよく言った。

「私ね、51回もオーディションに落ちてるんだ!」

「……51回!?」

「うん!

でも今、こうしてアイドルとして

みんなに希望を届けられてるでしょ?」

みのりは、胸を張って笑う。

「才能があってもなくても、

情熱があれば、その想いはちゃんと伝わるよ!

努力は、絶対に無駄にならない!」

胸が、じんと熱くなった。

ただ、認めてもらえただけなのに。

それだけで、涙が出そうになる。

「それなら――」

愛莉が、にやっと笑う。

「私たちと一緒に、

オーディションに受かるための練習、してみない?」

「……え?」

「先輩と、ですか?」

頭が追いつかない。

「だって、受かりたいんでしょ?」

「それは……そうですけど……

先輩たちの予定とか……」

「そこは問題なし!」

愛莉は即答した。

「ね?みんなもいいでしょ?」

「うん!」

「もちろん」

「楽しそうね~」

三人が、迷いなく頷く。

また、胸がいっぱいになる。

「じゃあ決まりね!

早速、練習開始よ!」

愛莉の明るい号令で、

状況は一気に動き出した。

——待って。

ちょっと待って。

脳が、全然ついてきてない。

なのに、音楽が流れ出すと、

私の身体は自然と動いていた。

「美凪ちゃん、リズム!頭じゃなくて、体!」

愛莉が、鋭く指摘する。

「……はい!」

「遥、テンポ合わせて!」

「了解」

遥は、無駄のない動きで手本を見せる。

一切の妥協がなくて、思わず背筋が伸びた。

「雫、立ち位置ずれてる!」

「あら~?……ほんとだわ~」

「“ほんとだわ~”じゃない!」

愛莉のツッコミが飛ぶ。

「……あっ!

ごめんなさい!転びそう……!」

みのりは、ステップを間違えて、

危うくバランスを崩す。

「みのり!大丈夫!?」

「だ、大丈夫です!

今のなしでお願いします!」

思わず、笑ってしまった。

必死で、

でも楽しそうで。

完璧じゃないのに、

だからこそ、眩しかった。

気づけば私は、

夢中で音楽の中にいた。

——ああ。

私は、

アイドルになれなくても、

アイドルを愛してしまった。

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