本番。
照明が落ち、舞台袖の空気が一気に張りつめる。
それまでざわついていた会場の音が、嘘のように遠のいた。
Cグループは、最後の発表だった。
すでに披露されたA、B両グループの完成度は高い。
特に、寸分の狂いもないフォーメーションと、感情の起伏まで揃え切った表情管理は、客席だけでなく、待機していたCグループの心にまで重くのしかかっていた。
――正直、凄かった。
認めざるを得ないほどに。
胸の奥に、かすかな焦りが滲む。
このあと自分たちが、同じ舞台に立つのだという現実が、遅れて追いついてくる。
……それでも。
ここまで積み上げてきた日々は、決して偽物じゃない。
転び、ぶつかり、すれ違いながら、それでも前に進んできた時間が、確かにある。
互いに視線を交わす。
言葉はない。
短く頷き合うだけで、十分だった。
「……よろしくお願いします」
軽い挨拶と同時に、軽快なリズムが会場を満たす。
音が鳴った瞬間、五人の身体は迷いなく動き出した。
最初の一歩。
足裏から伝わる床の感触。
照明の熱。
突き刺さるような観客の視線。
逃げ場はない。
それでも、美凪は逃げなかった。
すべてを受け止めながら、踊る。
それぞれ異なる温度を持つ五人の動きが、次第に一つの旋律へと溶け合っていく。
個性は削がれず、しかし誰か一人が突出することもない。
失敗ばかりで、何度も噛み合わなかった日々。
衝突し、立ち止まり、泣いた夜。
それらすべてが、ここにきて不思議な均衡を生み出していた。
呼吸が合う。
ターンが揃う。
歌声が重なり、音程が天井へと真っ直ぐ伸びていく。
汗が額を伝い、視界の端が滲む。
肺が焼けるように苦しい。
脚は悲鳴を上げている。
それでも、止まらない。
止められない。
――この瞬間だけは。
この短い時間だけは。
私たちは、確かに“アイドル”だった。
最後のポーズが決まり、音が止む。
一拍の静寂。
そして、次の瞬間。
拍手が、波のように押し寄せた。
耳がじん、と鳴る。
歓声と拍手が混じり合い、会場全体を包み込んでいく。
舞台を降りた直後、全員が大きく息を吐いた。
脚が震え、肩が上下する。
荒い呼吸を必死に整えながら、すぐに始まる結果発表を待つ。
心臓の音が、やけに大きく感じられた。
五人で手を合わせる。
まるで祈るような仕草。
周囲を見渡せば、どのグループも同じことをしていた。
――今回は、1チームだけが落ちる。
その事実が、遅れて重くのしかかる。
審査員の声が、静まり返った会場に響いた。
「2位、Aチーム」
安定感と完成度を評価するコメント。
その言葉と同時に、Aチームが歓喜に包まれる。
拍手の中で、美凪の胸の奥がきゅっと締めつけられた。
……だめだったのか?
一瞬、思考が沈む。
けれど、すぐに首を振る。
まだだ。
終わっていない。
残るのは、私たちCグループとBグループ、どちらが最下位か。
「1……」
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が、異様なほど大きく聞こえた。
時間が、引き伸ばされたように感じる。
「Cチーム!」
一瞬、意味が理解できなかった。
言葉が、頭の中でうまく噛み合わない。
次の瞬間。
「……やった……?」
「やったぁ!」
誰かの声をきっかけに、全員が叫んでいた。
抱き合い、肩を叩き、泣いて、笑う。
声にならない声が、喉から溢れ出す。
胸の奥が熱くなり、視界が滲む。
――嬉しかった。
心の底から。
残れた。
繋がった。
まだ、ここにいられる。
ふと視線を向けると、Bグループの方から、複雑な視線が向けられていた。
羨望と、悔しさと、そしてどこか刺々しい感情が入り混じった眼差し。
空気が、急に重くなる。
さっきまでの高揚が、嘘のように居心地の悪さを残していた。
勝った、という事実は、誰かの敗北の上に成り立っている。
その現実が、静かに胸に沈む。
こうして、残りは10人。
次回は、体力審査。
体力に自信のない美凪にとって、それはほとんど宣告に等しかった。
――喜びの余韻が、冷えるよりも早く。
次の不安が、すでにすぐそこまで迫っていた。