キンイロリョテイは気性難   作:白老好太郎

1 / 12
『ウマ娘』。彼女たちは、何のために生まれてきたのか。
ときに輝かしく、ときに残酷な歴史を持つ別世界の名前と
共に生まれ、その思いを受け継いで走る――。
それが、彼女たちの運命。

この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果を、
彼女たちは知らない。
彼女たちは走り続ける。
自分だけのゴールを目指してーー。

※注意事項
この物語はフィクションであり
実在の人物・団体・事件とは一切関係がなく、
如何なる人物・団体・競走馬を貶める意図をもちません。
また、原作とキャラクター/ストーリーが異なりますがご了承ください。


R1「メイクデビュー」

◆オースミサンデー 1996年12月01日

 

阪神 第5R メイクデビュー(新バ戦)

 

ゲート前で阪神競バ場の芝を踏みしめていた。

空はあいにくの曇り模様。

せっかくのデビュー戦なんだから、晴れてくれたっていいじゃん。

まぁ、雨が降ってバ場が荒れるよりはいいかな。

ちょっと寒いけどこれくらいの気温ならへっちゃら。

さっき体を温めたし、走りだせば問題ない。問題ないはず。

 

メイクデビュー(新バ戦)。それは、ウマ娘達が立つ初めての晴れ舞台。

全国から選抜された俊足たちが、日々のトレーニングの成果を世界に公開する場。

 

私のトレセン学園での半年はここに詰まっている。

そう意識してしまうと、心臓が高鳴る。

「どーしたのオーちゃん、結構緊張してる?」

茶化すような梅コーチの声がインカムから聞こえる。

コーチはインカムを通して、レース中のウマ娘に戦術の指示ができる。

トレーナーがウマ娘の実力を鍛える仕事なら、

コーチはレースでウマ娘の実力を引き出すのが仕事と言える。

「みたいです。ここは初めて走るから」

「大丈夫、今回のレースに出走するウマ娘全員そうだし、メイクデビューなんて運試しみたいなもんだから」

「梅さんが言うと説得力ありますね」

梅さんは日本で名前をしならない人はいない、レジェントレベルのコーチ。

直近4年間連続で最もウマ娘をレースで勝たせていて、実力は折り紙つきだ。

「大丈夫、大丈夫、深呼吸してー」

ふぅーー

はぁーーー

ふぅーー

言われるがまま深呼吸していると、係りの人からゲートに入るよう促される。

やっとここまでこれた。

見ててね母さん、マキちゃん。私のデビュー戦。サクッと一勝とっちゃうんだから。

 

 

ゲートに入って待っていると、係員さんが枠入りが完了したことを教えてくれる。

そろそろ、レース開始。

ゲートが開けばレースが始まってしまう。そうなったらもう、取返しはつかない。

レースはいつも一本勝負。

この瞬間、息を吸ってるこの瞬間にもゲートが開くかもしれない、

そう思うとほんの数秒が何倍にも長く感じられた。

また、ふぅーと息を吐く。落ち着こう。

このメイクデビューの参加者のうち、私は全体2位の体重。

握力までは情報なかったけど、自身がある。

お母さんの言葉を信じるんだ。

『体重こそ走力、握力こそパワー』

コーチだってあの梅さんがついているし、評判も1番人気。

負けない。絶対に勝って見せる。

そう熱意を燃やしていると、声が聞こえた。

 

 

「はぁ、さっさと帰りてぇー」

 

 

◆キンイロリョテイ 同日

 

[どうしてここにいるんだろう]

 

ブルブルと体を震えさせながら、自問自答していた。

場所は9番のゲート内。他バの枠入りをゲート内で待っている。

震えの原因は、公式初戦への緊張や、ましては勝負前の武者震いではない。

それはもっと、オレにとって重要なこと……

 

[いや、単純に寒すぎる]

 

そろそろ昼になるという時間帯だが、阪神競バ場の気温はやっと10度にとどくかといった状況だった。

着ているジャージなど意味をなさずに、貫通した冷気が体を冷やす。

雨や雪でも降って中止になればよかったのに。

いや、弱い雨や雪程度じゃレース中止にならないんだっけ?

そう考えると、雨が降ってない今日はまだましだったのか。

だけど、今後レースを続けるなら雨の日も雪の日も走らなきゃいけないわけ?

とんでもない労働環境だ。アイツに見つからなければ、こんなことにもならなかったのに。

 

 

ーー数年前ーー

数年前、まだトレセンすら知らなかった頃。

下校中に突然声をかけられた。

「そこの君、ちょっといいかな」

振り返ると不審者がいた。

全身真っ黒な不審者が。

んーー?

声をかけられた気がするけど、いや、たぶん聞き間違え。

気にせず帰ろう。

「いや、君に向けて言っているんだよ」

すたすたと、帰り道を急ぐボクに不審者はまた行く先に立ちはだかって声をかけてきた。

黒ずくめだと思ったけど、よく見るとかぶっている帽子と顔がやけに白かった。

白くて、幽霊っぽくて……不審な不審者だった。

「だれ?」

「よくぞ聞いてくれた」

不審者はニコっと嬉しそうに微笑むと、まるで演説するかのように両手を広げて言う、

「私はサンデーサイレンス、君をスカウト、いや君の夢の手伝いをしに来たんだよ!!

 さぁ、これから夢の実現に向けて---」

「あ、ボクそうゆうの結構です。十分ですから」

不審者の言葉は聞かない、かーちゃんが言ってた。

ボクはテキトウに話を流して、逃げようとする。

が、そんなボクを逃がさまいと、不審者が腕を掴む。

「オイ、やめないか。今君の人生にかかわる話をしているんだぞ!!」

え、怖い、まじで怖い。

さっきの、上機嫌とは打って変わって鬼気迫る声だった。

大の大人が大声出さないでほしい。怖くて数秒声がでなかった。

「あ、ごめんごめん、取り乱した。でも本当に重要なんだこの出会いが」

「不審者さんにとってですか」

「ふし?! いや、君の人生にとってだよ。あと私はサンデーサイレンスね」

「サンデーサイレンス?聞いたことない、けど毎年すごい人数に声をかけて回ってる不審者なら学校でも噂になってるよ」

「だから最近の生活安全課のマークがキツイのか!

じゃなくて、だから不審者じゃないって、ほらこの耳見える?

 君と同じ、ウマ娘。そしてこれがURA公式のスカウトバッチ」

不審者は帽子を外してウマ耳をみせたり、胸のバッチをみせてきた。

「でも、かーちゃんが不審者のいうことは聞くなって」

「だから、不審者じゃなくてせめてスカウトね。なんならURA公式の」

「でも、かーちゃんがスカウトのいうことも聞くなって」

「あ、そのパターンもあるんだ、君のお母様って結構用意周到だね」

「あと、親を通さずに直接スカウトするやつなんて、まともなやつじゃないって言ってた」

「うん、お母さんのいう通りだ。じゃあ一緒にお母さんのところまで案内してもらおうかな」

「わかった」

不審者さんが不審なことを確認すると、迷わず防犯ブザーを鳴らした。

 

 

今でもあれは、人生最悪の出会いだったと思う。

その後二人共ども警察のお世話になったが、URA公式スカウトなのは嘘でなかったらしく

なんとかトレセン入学までこぎつけられてしまった。

あの当時の俺の最善策は、話も聞かずに全力で逃げることだったが、

アイツも成人したウマ娘、どのみち逃げ切ることは不可能だっただろう。

アイツに目をつけられた時点で避けられない運命だったのかもしれない。

 

「リョテイ、ダイジョウブ? ready ready」

ふと我に返る。

インカムから聞こえた英語混じりの日本語はコーチのピエリが発したものだ。

フランスの一流コーチだか何だか知らないが、

コイツの声を聴いていると英語の授業を受けているようでイマイチ集中できない。

準備しろってことなかな。

枠入りは順調に進んでいて、気が付けば自分の番になっていた。

そそくさとゲートに入る。

しばらくすると補助官が声を上げる。

「次、大外入りまーーす」

ゲート入りは大外枠が入ってしまえばすぐスタートだ。

だから、補助官も親切心でゲート全体に声かけをする。

慌てて、スタートダッシュの構えをとった。

あと、数秒すればゲートが開く。

そうなったらもう、取返しはつかない。レースはいつも一本勝負。

「大外入りました」

補助官が声をあげる。もうレース開始まで本当に時間がない。

今になって緊張が押し寄せてきて、鳥肌がたつ。

またこれか。このタイミングになるといつも周りのウマ娘の緊張というか、

そういう雰囲気に飲まれてこっちまで肩に力が入ってしまう。

まったく、補助官も枠入り完了したならさっさとゲートを開けろよ。

じれったい思いが、口から出た。

「はぁ、さっさと帰りてぇー」

 

バタン、ゲートが開く。スタートだ。

幸い、愚痴とは無関係で体は動いていた。やや出遅れたが悪くもないスタートダッシュ。

少し気になるのは、ゲートが開く前。声が聞こえた気がした。

左隣から「え」って驚く声が。いや、多分聞き間違え。

 

『いや、君に向けて言っているんだよ』

 

心の中で誰かがそう言った気がした。

そんな雑念は走っているうちにすぐに消えた。

 

◆オースミサンデー 同日

 

「はぁ、さっさと帰りてぇー」

 

 

「え?」

一瞬何を聞いたのか理解できなかった。

それが、同じレースに参加してるウマ娘から発せられたものと理解するのにも。

少し時間がかかった。

直後、ゲートの扉が開く。

しまった!

気づいた時にはすでに遅く、急いでゲートを出る。

やっちゃった完全に出遅れた。

 

 

【さて、阪神第5レースの新バ戦スタートしました。おっと一番人気のオースミサンデーちょっと出遅れました。

7番オースミサンデー大きく出負けした形になりました。

さぁ先行争いはマキハタスパートと外からテイエムトッキューが上がってくる】

 

 

「落ち着いて、どっしり構えて行こう」

インコムから梅コーチの指示が飛ぶ。レジェンドの言葉が心強い。

幸いこのレースは新バ戦にしては長めの2000メートル。

一旦スタートは最後尾か。

最序盤の出遅れは痛いけどまだ致命傷じゃない。切り替えよう私。行ける行ける。

第一コーナで1人ずつ抜いていく。

5人くらい抜いたところで第一コーナーが終わった。

中団くらいにはつけているはずだ。

「いい感じだよ。上り(ラストスパート区間)のスピード勝負は勝てるから、今のうちに好位置に寄ろう」

良かった。体力を使ってはしまったが出遅れはカバー出来てそう。

まだ、勝ちを狙える。開幕で落ち込んだ分、かなり気分が上向いてきた。

まだまだ楽しめる。苦しい状況だけど、やっぱりウマ娘たるもの勝ちを見ないと。

少し息がつらいけど、上りまで何とかスピードを保ちたいな。

目の前に、黒くて細身な娘が見える。

うまく風よけにしてスタミナを確保すれば終盤でスパート出せは行けるかも。

「逃げ切りが怖い、早めに前に寄りたい」

細身な娘の後ろで少し息をついたのもつかの間、コーチから指示が飛ぶ。

中団にもまれて見えてなかったものの、俯瞰してみたら逃げのペースに飲まれているみたい、

外を回って中団を抜きにかかる。

 

 

【逃げを打ったマキハタスパートがが相変わらず先頭ではありますが、各バが差を詰めてかかります。

 そして、オオスミサンデーが外をついて一気に差をついて参りました】

 

 

二回目のコーナーで何とか先頭集団が見えた。

コーナーが終われば最終直線、ゴールまでもう距離がない。

「行け、そのままスパートだ」

興奮気味な声が聞こえる。

最終直線に入り先頭の娘が目に入る。

踏み出す足の力を強める。足の回転数を上げてスパートに。

いつもより息が苦しい。

それでも足を動かし続ける。

完全に息は上がってるけど、あと数秒もって私の肺。

キツイけど、もう一歩。あと一歩。

その時、隣から黒い娘に抜かされた。

そんな、あんな細身の娘に上がりの加速力で負けるなんて。

 

「さぁ直線コースに差し掛かります。

何が抜け出すか。懸命に外をついたオオスミサンデーが先頭に出ようとするが伸びない。

変わらず先頭は逃げをとったマキハタスパート、粘っている。マキハタスパートが粘っている。

そして、中をついてキンイロリョテイが一気に差を詰めてきた。

だが先頭までは3バ身ほどある。さぁ先頭はマキハタスパート、

懸命にオースミジャイアン追ってくる、外をついてキンイロリョテイが一気に差を詰めたところで

ゴールイン!!

一着は逃げ切りマキハタスパートです。」

 

 

勝てなかった。着順は7位。掲示板(1~5位までの順位表)にも載れないなんて。

皆に期待されて、梅さんもいるのに。

悔しさよりも、絶望感が強かった。

「ごめんなさい」

息を整えたあとに出た、精一杯の謝罪だった。

「ドンマイドンマイ。出遅れが響いたけど、初戦にしては上出来だよ」

「でも私」

「反省会は後。トレーナーとね。それより怪我無い?」

「特に異常はないと思います。さすがに疲れました」

「お疲れ、府中に帰ろう」

気は沈んだものの、梅さんが言う通りだ。無事にトレセンまで帰るのがレース。

 

肩を落として地下バ道へ向かうとする時、コースに残ってる二人のウマ娘が目についた。

「誰が、10番人気やボケェ!見たかワシのこの走りを!」

今回の勝者マキハタスパートだった。拳を高くあげ、観客スタンドに向けて吠えている。

体格は大きめで確か体重は私よりちょっと軽いくらい。やはり体重。体重は裏切らない。

ウマ娘にとってレースに勝つのは至上命題。

緊張感のあるメイクデビューを勝ちで飾れたんだ。

興奮であんな事も言いたくなる……のかな、流石に私だったら恥ずかしいけど。

対する観客も笑顔や拍手で答えている。ファンサービスとして受け取られたらしい。

「あれ、黒いのもう帰るんか。アンタも3位なんやろ、この後のウイニングライブ楽しみやな」

マキハタスパートはコースに残ってた黒くて細身な娘に話しかける。

あの子は確か上がりで私を抜かした娘。

「は?新バ戦にウイニングライブなんてないけど」

「え、ホンマに?」

「ホンマに。昔はあったらしいけどね。今はG1くらいしか、ライブしないよ。

競バ場で一日何回レースしてると思ってるの」

「じゃあ、ワシめっちゃ恥ずかしい事言ってもうてるやん」

「まぁいいんじゃない。それより次のレースが始まるし、早くコースから捌けな」

2人を尻目に地下バ道へ一足先に向かった。

 

黒くて細身な娘、名前は何だっけ。

地下バ道を歩きながら、さっきのレースの事を考えていた。

体重は今回のレースでビリではないものの最軽量レベルだったはず。それで3位はすごいな。

そんな余計な事を思い出していると、記者たちの声が聞こえた。

パドック側の地下バ道を出た辺りで会話しているようだ。

「先輩、マキハタスパート勝ちましたね。」

「ちょっと意外だけどスカウトがタマモクロスなら今後が楽しみね。

逆にオースミサンデーは出遅れで、実力がわからないままなのはちょっと残念だけど」

「意外で言えばキンイロリョテイはどうですか。

あの細身だったからレースでケガしないか心配してたんですが、3位に食い込んでましたよね」

「あぁ、キンイロリョテイね。あの子は逆に問題ありかも。他のウマ娘と違って」

そうだキンイロリョテイだ。あの細身なウマ娘の名前。やっぱり3位には食い込んでたんだ。

「え、あんなに良いスパートを見せてたのにですか?」

「新バ戦は勝つに越したことはないけど、2位以降の結果はそこまで当てにならないわね。

あと、キンイロリョテイは小柄な体格よりも気性の方が問題に思えるわ。

マキハタスパートに比べて、勝ちへの執着と言うものがあまり見えなかった。」

「よく見てるんですねぇ」

「ほら、次のレースに向けて準備するわよ」

それ以降、記者たちの会話は聞こえなかった。

ふぅーー、自分の名前が出た時は酷評されるかと思って身構えてしまった。

大きな失望はされてないみたい。

ふと振り返ると、キンイロリョテイは地下バ道に入ったばかりだ。

良かったさっきの会話は聞こえてなさそうだった。

基本的にウマ娘の聴覚は人間より3倍良いと言われている。

それは関係者も当然の知識としては知ってる。

けど、ウマ娘に囲まれない一般的な社会で過ごしてきた人々が、

そういった知識から「この会話が当のウマ娘へ聞こえているかもしれない」と言った配慮へ、

行動に移すのは難しい。

私も手加減が出来なくて、駆けっこやケンカで同学年の男子を何回泣かせたことか。

誰しも、自分のものさしで物事を捉えがちなんだろう。

ってダメダメ、デビュー戦の負けで変なスイッチ入ってる。切り替えないと。

だけど、一つの疑問だけ心に残った。

記者に勝ちへの執着が見えないとまで言われた彼女は、

どんなものさしでこのレースを見ていたのかな。

そんな疑問を抱えながらトレセン学園へ向かった。

 

 

◆オースミサンデーのヒミツ

→母親は現役時代に地方でブイブイ言わせていたらしい。

 

◆キンイロリョテイのヒミツ

→ピエリコーチの言うことは半分も理解できないが、ノリと勢いで誤魔化している。

 

◆サンデーサイレンスのヒミツ

→真っ白の中折れ帽と真っ黒のスーツ、ワイシャツを愛用している。

 本人曰く、「マイケルジャクソン並みにcool」とのこと。

 

◆×××のヒミツ

オースミサンデー(競走馬)

生涯成績5戦2勝。 ラストレースとなる皐月賞で骨折し競争中止。この骨折が原因で予後不良。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。