同じレースに出た、キンイロリョテイとオースミサンデー。
キンイロリョテイは競争中止、オースミサンデーは1勝目と言う、
対照的な結果だった。
だが2人ともレース前に交わした「いい走りを見せる」約束を果たしたのであった。
既存登場人物の簡易解説
◆97年クラシック世代
キンイロリョテイ:2戦0勝。レースにイマイチ本気になれない新人ウマ娘。
オースミサンデー:2戦1勝。リョテイの同室で、同じレースでデビューしたウマ娘。
母親の格言の影響で筋肉第一主義。
◆キンイロリョテイ 1996年12月21日
頭が痛い、吐き気がする。足も痛い。
レース帰りの新幹線で、苦痛にさらされながら考え事をしていた。
2回目のメイクデビュー。
謎の重バ場、インカムの故障、体調不良。
今回のレースはデバフまみれで、どうにも勝ち目がなかった。
しかも、何故か俺だけ影響を受けたみたいだ。
ポ〇モンだって、状態異常は一つまでだって言うのに。
あのまま普通に走っていても最下位だっただろう。
だから、賭けに出た。
インカムを投げ捨てて、自らカラウマになった。
もちろん、斤量を減らす明らかなルール違反。
カラウマになれば、その時点で競争中止となり、例え一番最初にゴールしても順位は付かない。
でも、うるさいインカムの無線からは逃れられる。
不思議とカラウマになってからは実力が出せた。
頭痛もバ場も、カラウマの時だけは一時的に落ち着いた。
今考えると、カラウマと言う強力なデバフが他のデバフを相殺したのかもしれない。
もちろん、その説に説得力のある理屈などありはしないが。
「結局、賭けには勝てたかな」
最下位と競争中止では、もらえる奨励金も減るし、再審査もくらうだろう。
だが、オースミサンデーとの「良い走りをする」って約束は果たせた。
あのまま、約束も果たせず最下位で終わるよりは満足だ。
ここまま俺がレースを続ける保証も無い。
「まぁ、引退かな」
最後ならもっと万全の状態で頭からレースをしたかったが、仕方ない。
ほぼほぼ1年かけて、最高成績メイクデビュー3着だと赤字もいい所だが、
予後不良のリスクは無視できない。
大した目標もないのに、命がけでレースは続けられない。
急に吐き気を催して、トイレに向かった。
◆オースミサンデー 1996年12月22日
窓のカーテンを開けると、眩い朝日が部屋を照らしてくれます。
寝起きですが、今日は一段と朝日が清々しく感じます。
なんせ、昨日はメイクデビューで初勝利。
昨日ほどぐっすり寝れた日はありません。
今日は完全オフですが、うかうかしていてはジャパンカップは獲れません。
リョテイちゃんと有マ記念の観戦くらいはしないと。
そう思って同室が寝ているベッドの方向を眺めると、リョテイちゃんは寝たままでした。
昨日、メイクデビューで激闘したライバル。
残念ながら競争中止となってしまいましたが、あの末脚は侮れません。
レース後に直ぐに帰って寝てしまったようで、
リョテイちゃんが何故カラウマになったかは聞けていませんでした。
そう言えば、今日は一段とお寝坊さんですね。
普段も休日はお昼まで寝ていますが、その分夜更かしをしてました。
今回は、おそらく15時間近く寝ちゃっています。
「リョテイちゃん~。朝ですよ~~」
話しかけますが返事がありません。
昨日のレース後も調子を落としていたので少し心配です。
ベッドに近寄って様子を見ると、うなされているのかリョテイちゃんの顔色はすぐれません。
えい。試しに額に手を当ててみると、かなり熱い。
「あん?どうした新入り」
「リョテイちゃんおはようございます。
保健棟へ行きましょう、熱ありそうです」
「熱?あぁ、俺か。通りで熱いと思ったわ」
リョテイちゃんは苦笑いしますが、その顔には余裕がなさそうです。
「保健棟まで歩いて行けそうです?」
「んー。体に力が入らない」
「保健棟まで運んであげましょうか、この前みたいに」
以前彼女を共同練習に引っ張り出した事もありますし、
その時より体重が減っているのであれば朝飯前です。
実際、朝食はとれていませんが。
「新入り、おんぶで頼む……」
「新入りでは無く、オーちゃんと読んで下さい。
でないとお姫様抱っこです」
「え、俺、病人だよ」
「じゃあ、お姫様抱っこで持ってきますね」
布団を剥がして、急ぎリョテイちゃんを抱えようとします。
「ちょ、ちょと待って。分かった。
分かったからオーちゃんやめて」
照れながらもやっと名前で呼んでくれました。
最初からそう呼べば良いのに。恥ずかしがる方が不思議です。
「で、どうして欲しいんですか」
「えっと、保健棟までおんぶして欲しいです……オーちゃん」
「喜んで」
◆キンイロリョテイ 同日
新い……、オーちゃんにおぶられながら保健棟まで来た。
診察台に寝袋で寝ていた先生を起こし、なんとか診察をしてもらった。
日曜の朝に悪いが、こっちも大変なんだ。
「んー、インフルね、多分。流行のA型」
自身の金髪を指でくるくるとまわしながら、志摩先生はハスキーな声で言った。
上下ナース服にナース帽まで被っているが、
赤い口紅をつけ、黒いハイヒールを履いている。
志摩先生がナースなのか、医者なのか、それともただの保健の先生なのか、
俺には分からない。
「今年2回も予防接種したじゃん。ここで」
「あれは重症化を避けるためのものだから。罹る時は罹るわ。
今生きてるだけ、ありがたいと思いなさい」
そう言われると返す言葉も無いが、やはり損した気分になる。
「これ、いつまで続くの」
「ピークは長くてあと3日。完全に治って寮に帰れるのは1週間後。
それはでは病室に幽閉ねー」
「えーー、年末まで寝たきりかよ」
「そう文句言わないの。特効薬がないから仕方ないじゃない。
解熱剤と吐き気止めを処方しておくから、つらいだろうけど5日くらい耐えて。
間違っても、私が出してない薬とかは飲まないでよね。
ドーピング検査に引っかかったら、笑えないわよ」
「分かってるって」
一般販売されている薬には、ドーピングに引っかかる成分が入っているケースもある。
また、日本と海外でドーピング指定の成分が異なっていたりと複雑だ。
軽い風邪でも、安易に市販薬を使えないのがアスリートの辛い所だ。
「あと、同室のオースミちゃんも悪いけど、
感染予防の為に最低4日はここに居てもらうわ。
一旦自室に帰って二人分の着替え持って来たら、同じくここでお泊りね。
二人のトレーナーや関係者には私から連絡しておくわ」
「あ、わかりました」
急に名前を呼ばれたオーちゃんが少しおどおどしながら答えた。
「あと、相談なのですが志摩先生」
「はい、なんでしょう。オースミちゃん」
「ダンベルとプロテインは持ち込み可ですか?」
志摩先生は頭を抱えた。良かった、少なくとも感性はまともそうだ。
◆キンイロリョテイ ???
あれ、なんだここ。
真っ白な空間で、目の前には2人のウマ娘が居た。
たしか保健棟に運ばれて、
診察を受けた後に薬を飲んで、
病室のベッドで寝て。
夢の中か?
ウマ娘は2人とも、黒髪のローポニーテールで、背丈は俺と同じくらい。
片方は所々金の装飾が入った黒いドレスを着て、
もう一方は、黒いベルトが目立つ、黄色いボロボロのコートを着ていた。
ドレスの方のウマ娘はどこか見覚えがある。
「よう。あんたは随分と顔色が悪いな」
黄色いコートの方のウマ娘がこちらを見て声を発した。
どうやら、俺に向けてのようだ。
「あいにく、病人なんだ。
悪いがアンタ誰だ。初対面……だよな」
「フフッ、そうだったな、すまない」
そう言うと黄色いコートのウマ娘は不敵に笑った。何が面白いんだ。
「挨拶が遅れたな。私はXXXのXXXXXXXだ」
「うん?よく聞き取れなかった」
「XのXXのXXXXXXXだ」
「ダメだ、全然聞き取れない」
「あぁ、そうか、なるほど。
どうやらアンタのところは『縛り』がキツイらしい」
コートのウマ娘は頷く。変な夢だ。
「良くわからんけど、そいつは?知り合いか?」
黒いドレスのウマ娘を指さす。
そいつ呼ばわりされた当の本人は、不満そうな表情でこちらを見つめている。
「知り合いかと言えばYesだね。
彼女はどうやら喋れないようでね。それが彼女のところ『縛り』らしい」
「回りくどいな。誰なんだ?」
「存在としての誰か、を聞いているなら、顔をよく見てみなよ。
アンタの方が良く知ってるはずさ」
面倒くさいなコイツ。
そう思いながら、ドレスのウマ娘をまじまじと見る。
夢の中の回らない頭で必死に考えた。
そして、気が付いた。
その顔は何度も見たが、顔と名前が結びつく訳がなかった。
何故なら、その顔の名前を覚える必要はないからだ。
その顔の持ち主と話すことも、話しかけられる事もない。
その顔を見るのは写真か鏡の前だけだ。
その顔は俺の顔だった。
黄色いコートのウマ娘は話続ける。
「彼女は私よりもアンタに近い。
まぁ、ここに居る全員、ドッペルゲンガーみたいなものさ」
「え、じゃぁここに居る全員キンイロリョテイってことか」
2人とも首を振った。なんでやねーん。
「まぁ、名前が違うから、よく似た双子くらいの方が正しいかな。
急で悪いがあんたは今、公式レースをどれくらいした?」
「メイクデビューを2戦終えて0勝ですけど」
これで戦歴とかで煽られたらたまったもんじゃない。
「なら、これだけ覚えておいた方がいい。
来年の皐月賞、オースミサンデーが予後不良になる」
「はぁ?!なんで今アイツの話が出るんだよ。
予後不良ってどこの情報だよ」
「それはオリジナルのXXXXXXXの歴史だ」
「オリジナル?そいつはどこにいる。直接会話させろ」
「彼はあんたの後ろに居るよ。『縛り』で意思疎通はできないけどね」
言われてすぐ振り返ると、角のない黒いヘラジカのような生物がいた。
そいつが口を開く。
「ヒヒーン」
「ひひーん?」
そう呟くと、周囲はいつの間にか病室に戻っていた。
熱と節々の痛みが、段々と体を襲う。
変な夢だ。
明晰夢は時々みるが、今回みたいに誰かと会話するのは初めてだ。
『来年の皐月賞、オースミサンデーが予後不良になる』
皐月賞。四月の中旬に行われる3冠路線のクラシックレース。
夢とは言え、予後不良なんて不謹慎だな。
それに予後不良なんて最悪のケース。そんなに頻繁に起こることじゃない。
だけど、もし……。
もし、あの黄色いコートの言うことが正しいなら。
ホントにオーちゃんが予後不良になるなら。
「あと、4カ月しか残ってない」
俺に止めれるだろうか。
俺に出来る事はあるのだろうか。
◆キンイロリョテイのヒミツ
自分に危害を与えなければ基本動物好き。
トレセンに3匹の野良猫がいる事を把握していて、一匹一匹に名前をつけている。
寮の部屋に入ってくるトラさんも、その一匹。
◆オースミサンデーのヒミツ
趣味は外食。筋トレ。日記(毎日書いてる)。
マイ体重計/握力計/ダンベルをもっている。
◆志摩先生のヒミツ
実はウマ娘だが、整形で耳や尻尾は切っている。
学園内でもその事実を知る人は少ない。
生徒から「ヤブ医者」との微笑ましい愛称で呼ばれており、
今度の予防接種の時は覚えていろと思っている。
◆×××のヒミツ
1996年の感染症事情
96年冬にはA香港型インフルエンザが流行していた。
当時はインフルエンザワクチンは普及していたものの、予防効果にはぶれがあった。
また、タミフルやリレンザと言った抗インフルエンザ薬は普及していなかったため、
解熱剤などで症状を和らげる対症療法が一般的だった。
また、96年の夏はO157が猛威を振るっており、
インフルエンザほど感染者は出なかったものの、新興感染症として話題になった。