第八話 「閃き」
東一局 親…赤木 ドラ {三}
(あのひろがプロとはな……まぁ、らしいと言えばらしいが……
知らないフリしたときの、ひろゆきの表情を思い出し赤木は薄く笑った。
別に赤木は、ひろゆきのことを忘れたわけではない、言うならばちょっとした悪戯のようなものだった。
(見せてもらおうじゃないか、ひろ……お前の出した人生の答えを……)
四巡目
打 {六}
ひろ手牌
{二三三四五七④⑤⑥3477}
(鳴けばテンパイ……だが、この手をここで終わらせるのは惜しすぎる……ここは見逃す!)
―――――――――七巡目
「リーチ」
先制リーチは赤木そして次巡……。
ひろ手牌
{二三三四五七④⑤⑥3477 ツモ2}
(来たっ!……七萬さえ切れれば聴牌だが……)
赤木捨て牌
{2④五69一横西}
(七対子臭い捨て牌だな……なら、これは通るか……)
打 {七}
しかしひろゆきの考えはあくまで通常の対局の範囲でありこの男にはそういう理屈がきかないことを、失念していた。
「クク……そいつだ……」
赤木手牌
{六六七①①②②1122中中 ロン七}
「裏は乗らないが……リーチ一発七対子……9600」
ディフェンスに定評のある井川プロが一発で振り込んだとあって、部室中小さなざわめきが起こった。
「井川プロも不運だったよな」
「ああ、丁度溢れた七萬がロン牌だったんだ。あれは仕方ねえよ」
傍観していた男子部委員の的外れな意見に純は内心毒づいた。
(バカヤロー今のが偶然なわけあるかっ……!赤木はリーチ前の一萬や西で待つこともできたんだ……誰が七萬なんて不自由なところで待つかよ……!)
ならばなぜ七萬待ちなのか……答えは一つ七萬が溢れることを察知していたからに他ならない。
(たしか四巡目にはじめが六萬を切った時プロは一瞬考え込んでいたな……直後の九萬ツモ切りから七八と持っていたとは考えにくい。後は聴牌した時に溢れるであろう七萬で狙い撃つ……こんなところか)
純の推理は概ね正しい。しかしそれは後ろから見ていたからわかることで赤木から見れば対局中無視できるほどの違和感でしかない
ここにいる部員の大半と、ひろゆきが振り込んだことで本人以上に動揺している透華はこの異様さに気付いていないだろう。
(つくづく恐ろしい奴だな……こいつは)
東一局一本場 親…赤木 ドラ {④}
(こいつは室田のやつが得意としていた戦法だが……なるほど、結構面白いじないか)
室田……かつて裏の道へ進みかけていたひろゆきを叩きのめした、ひろゆきにとっては因縁深い人物の1人である。
溢れ牌狙いの七対子を得意とし、かつてのひろゆきは様々な策を講じたがどれもこれも見破られ、結局一矢を報いることも出来ずに惨敗を喫したのであった。
―――――――――六巡目
打 {④}
「……………」
ツモろうと手を伸ばした腕がほんの一瞬だけ止まるが、何事もなかったかのようにそのままツモった①筒をツモ切った。
ひろ捨て牌
{西1三⑧6①}
(あの④筒の鳴き気配から考えると⑥筒は俺の手牌に二枚……場にも二枚見えてるから⑤⑥はなく結果ひろの手には③⑤とあるということか……)
赤木手牌
{二二七七八八③⑥⑥449北 ツモ9}
(なら……その③筒を狙うまでさ……)
打 {北}
他人から見ればほんの些細な動作さえ、赤木にとっては値千金の情報となるのだ。
しかし今回は赤木に食らいつこうとするひろゆきの執念が勝った。
「ロンッ」
ひろ手牌
{一二三②③④445566北 ロン北}
「一盃口ドラ1……2600です」
2600……たかが2600の安手だが、この和了が意味するものは大きかった。
(井川プロは七巡目に①筒をツモ切りしているのだから少なくとも六巡目には張っていたわけだ。そして6索を手に抱えた多面張に受けず七対子を匂わせるため抱えた字牌を逆に狙い撃ったのか……!)
ひろゆきはこれがかつて自分を苦しめた七対子戦法であることは一瞬で看破していた。
(あの時……俺はどうすれば勝てたのか。悔しくて眠れない日が続いたんだが……まさかこんな所でリベンジ出来るなんて思いもしなかったな……)
そしてこの局最大の要所は何と言っても七巡目に見せた④筒の鳴き気配だろう。
(あざと過ぎず実に絶妙な演技だった。やられたよ……)
以前のひろゆきならばそれが有効だとわかっていても100%こんな打ちまわしはしなかっただろう。ひろゆきの成長をしみじみと感じ取った赤木だったが今は勝負の真っ最中だ言葉を交わすのは後でいい。
東家 井川 34300点
南家 透華 14200点
西家 赤木 33200点
北家 国広 18300点
その後は特段派手な打ちまわしこそなかったが赤木、ひろゆき両名が並ぶ切迫した状況だった。
南三局 親…ひろ ドラ…{東}
(点差は微差……なんとしてもこの親でつき放さなくちゃ……)
ひろ配牌
{11244568③⑨東東西中}
(来た!好配牌。最低でも跳満うまく育てれば三倍満まである……)
この手さえ和了れれば勝ちに相当近づくことができる。間違いなくこの勝負の行方を占う一局だった。
―――――――――七巡目
ひろ手牌
{1123445689東東中 ツモ③}
ひろゆきの願いが天に通じたのかひろゆきは好調に手を伸ばし早一向聴までたどり着いていた。
(しかし……)
赤木捨て牌
{⑥53八八二}
(気味の悪い捨て牌だな……この辺はさっさと切っておいた方がいいな)
打 {中}
国士無双を警戒しての么中牌の先打だが、ひろゆきの懸念が的中したように直後もっとも聞きたくなかった声が上がってしまった。
打 {九}
「リーチ」
国士無双聴牌。
皆声に出さずともその気配を感じ取り部室内に緊迫した空気が漂った。
はじめ手牌
{三三三四六七④⑤⑥⑧⑧23 ツモ西}
(うっ……)
打 {⑥}
(ベタオリか……まあ当然だな役満相手に誰が勝負したがるものか……)
しかしこの局ひろゆきには降りる気などさらさらなくある程度のリスクは覚悟していた。
しかしその直後のツモ……そこには思わず目を覆いたくなる現実があった。
ひろ手牌
{1123445689東東③ ツモ北}
(なんてこった……北はすでに二枚切れていてドラ表示牌にも一枚……つまりこれが最後の北……!)
そして相手の手がほぼ国士に決まっている以上、今引いた北が事実上赤木の最後のロン牌であることは間違いない。
ある程度は通すと決めていたがさすがにこれを通すことはできない。
(この大一番でこいつをつかまされるのか……)
たった一つの危険牌で今まで積み上げてきた手を放棄しなくてはならないのが麻雀であると理解はしているが、これにはひろゆきも消沈してしまう。
(逆に考えれば、このツモで赤木さんの和了牌握りつぶしたとも言える……勝負は次局……!)
5索に手をかけ切ろうとしたその時――――ひろゆきに電流走る。
(待てよ!?)
切ろうとした5索を再び手に収め再び長考する。
(どうしてリーチなんだ……確かに他家を抑え込み足止めすることも可能だ……けど今回は違う。なんせ北がすでに3枚見えてるんだ自分から北待ちだと公言しているようなもんじゃないか……)
ならばなぜリーチなのか……その時フラッシュバックするある記憶が1つの答えを導き出した。
(そうか……わかった!赤木さんの待ちが……)
ひろゆきは今度こそ北に指をかけた。
(この北通るっ!)
打 {北}
(バカなッ赤木の待ちは十割方北なんだ……!何考えてんだよっ!?)
驚愕する純……振ってしまったと目を覆うが……。
「…………………」
赤木微動だにせず……。
「引いて……いいんですわよね?」
透華は戸惑いつつも引いた二萬をツモ切った。
(よし!通ったっ……!)
この時ひろゆきは99%の待ちを読み切っていた。そして残り1%……「もしかしたら」「万が一」をすべて捨て去った。
以前のひろゆきならばこれが賢明と自分を誤魔化し不安に負けてオリていただろう。
赤木手牌
{一八九49①①⑥南南白中發}
赤木のノーテン立直に……!
(こんな終盤でリスクの伴うノーテン立直なんて普通かけられる訳がない……でも、その普通から最も遠くの位置に存在するのが赤木さんなんだ……)
ひろゆきがここまで読み切れるはある理由があった。
東西決戦参加をかけた天との八巡勝負……赤木が知る由もないがこの状況は当時の対局と非常に酷似していたのである。この経験がなければひろゆきもここまで大胆になることはできなかっただろう。
そんなひろゆきの強打に呼応するように場の流れもひろゆきを後押しするかのように変化したのだった。
ひろ手牌
{1123445689東東③ ツモ7}
(来たっ!)
打 {③}
「リーチッ!」
「……………」
元々悪い流れを感じてとった苦肉の策だっただけに赤木は和了牌を掴み、放銃した。
打 東
「ロンッ!」
ひろ手牌
{11234456789東東 ロン東}
「立直、一発、メンホン、東、ドラ3……倍満っ!」
親倍の直撃……これによりトップ目だった赤木は一気に最下位へと転落してしまった。
さらに赤木の危機は続く。
(ここで裏ドラが2丁乗ればそれで決着……)
裏ドラ {2}
(くっ!乗るには乗ったが……さすがは赤木さん……首の皮1枚生き残ったか……)
裏ドラが2丁乗れば三倍満まで手が伸び赤木は死んでいた……そういう意味ではこの局ひろゆきは赤木を殺し損ねたともいえる。
(落ち着け……それでも4万点リードしたことには変わりがないんだ……このまま一気に突き放す!)
ひろゆきの倍満からツキが向いたのかその後も親マンをツモ和了り完全に流れを引き寄せた。
東家 井川 70600点
南家 透華 10100点
西家 赤木 5100点
北家 国広 14200点
南三局二本場 親…ひろ ドラ…{7}
「ロンッ」
「えっ!?」
ひろゆき手牌
{二二三三四四6789白白白 ロン 9}
「一盃口、白、ドラ1……7700は8300」
「なにやってますのはじめ!」
この和了によって差は7万を超え役満直撃でも逆転不可能な点差まで広がってしまった。
「決まったな……」
「ああ……2位と6万点差だろ、もう勝負はついたも同然じゃん」
ひろゆきの圧倒的リードによって部室に張りつめていた緊張感もいつしか消え去り、無駄話をする者さえ現れた。
「ちょっとあなた達!まだ勝負は終わってませんわよ!無駄話をするくらいなら帰ってもらっても結構ですわっ!言っておきますけど私はまだ自分が負けるなんて、これっぽっちも思ってませんわっ!」
そんな弛緩した空気を一掃するように透華の鋭い声が部室中に響き渡る。
透華はラス親が残っていることもあるが、まだ勝負を諦めてはいなかった。
仮に負けてしまうとしても100点でも多く終わってみせるという透華なりの意思表示でありプライドだったからだ。
「……なかなかいいこと言うじゃないか」
そしてここにも未だ勝負を諦めていない、獲物を狙う飢えた獣のような目で睨み続ける者が1人……。
「ちょっと赤木!感心してる暇があったら一矢報いてやるくらいの気概を見せてみなさいっ!」
相手がプロとはいえあまりにも不甲斐ない状況に透華は八つ当たり気味の檄を飛ばした
「言われなくてもハナからそのつもりさ……だが一矢は一矢でも狙うは致命傷……俺もまだ自分が負けるなんて微塵も思っちゃいないんでな」
点差にして73800……あまりにも大差にまだこの時点では赤木の言葉はただの強がりにしか聞こえず、中には嘲笑する者さえいた。
しかしそんな中ひろゆきだけはこの言葉を虚勢と捉えてはいなかった。
咲闇本編においてHEROの歴史は基本的にないものとして扱って下さい。
ひろゆきは少しヘタレなくらいが丁度いいんです。