第九話 「直撃」
南三局四本場 親…ひろゆき ドラ…1索
東家 井川 78900点
南家 透華 10100点
西家 赤木 5100点
北家 国広 5900点
点差はご覧のとおり。ひろゆきだけが頭一つ抜き出た状態で逆転はおろかこの局で終了してしまう可能性すらあった。
(せっかく実現した井川プロとの夢の一戦……それをこんなブザマな結果じゃ終われませんわ!)
そんな自棄を起こしてしまいそうな状況でもまだ諦めない少女が一人。
(とはいえこの手……面前で進めるには一手遅れ、かといって逆転するには2000や3900じゃちょっと……)
いくらラス親が残っているとしてもさすがにこの点差は厳しすぎる。どうしても満貫以上は欲しかった。
(仕方ありませんわね……少し無理がありますけど……)
打 {一}
「チー」
打 {中}
「ポンッ」
透華河
{⑨55②⑤四}
{西六}
(あの鳴きと捨て牌を見る限りテンパイはほぼ確実……ただ一萬を鳴いたくせに手出の四萬が気になるな……)
打 {⑨}
ひろゆきは訝しみながらも一旦は回す。その直後……
(くっ!)
打 {五}
(……さっきの表情からするとどうやら裏目を引いたみたいだな)
わかりやすいなと若干呆れつつも、この情報を生かさない手はない。
(まず四巡目のチーこれは捨て牌に四萬があることから本来は鳴く必要はないはず、それでも敢えて鳴いていったということは……一通をつけたかったのか?ということは八巡目は……)
透華 予想図
{四五六六七九東東 中横中中 横一二三}
(この形……!ここから打六萬でカン八萬に受けた。だから五萬が裏目になったんだ)
ひろゆき手牌
{三三五七八九①①②2468 ツモ八}
(今回は手が悪いし、仮に下家に振っても8600……赤木さんとの65200差はダブル役満はなしのルールだから役満を振っても逆転しない……なら!)
打 {八}
ここでひろゆきは方針を変え透華への差し込みによって局を流そうとした。
「ロンですわっ!」
透華手牌
{四五六六七九東東 中横中中 横一二三}
(よし!ぴたり7700だ)
この時ひろゆきは最善の選択肢を選んだつもりだった。しかしわざわざ差し込んでまで親を流す必要はなくおとなしく透華のツモ和了を待つべきだったのだ。
勝負を焦りすぎたひろゆきのミスを赤木は逃さない。
「たしか……ダブロンはありだったな」
赤木手牌
{六六八②②③③6699發發 ロン八}
「七対子のみ1600は2500……」
(しまった!今回は溢れ牌狙いじゃなく、俺が差し込むことを見切って八萬に照準を合わせてきた……!)
これによりひろゆきとの差はさらに5千点詰まり、とりあえずは敗北確定の状況からは脱出した。
(それでも、点差はまだ5万以上あるんだ……三倍満の直撃でも役満をツモっても逆転はしない……。はっきり言って勝ち目はないに等しい……1000m先の的を狙撃するようなもんだ……!)
純の言う通りひろゆきからすればあとはただ透華の追撃をかわし、赤木からの役満さえ振らなければ勝ちという非常に楽な麻雀だろう。
しかし当の本人からすればそんなことは微塵も感じてはおらず、1000mどころか眼前に銃口を突き付けられているかのような心境だった。
「アカギ……」
赤木が負けてしまうかもしれないという状況からか、さしもの衣も不安そうな態度を隠せないようだ。
「なさけない声をだすなよ。まだ勝負は終わったわけじゃないんだ」
「でも……」
「言ったはずだ……俺は負けるつもりは毛頭ない」
この期に及んでも未だ闘志が衰えることのない赤木の姿は、衣にとってはとても頼もしいものとして映ったようだ。
「わかった!もしアカギが勝ったら今夜ころもが一緒に寝てやろう!」
「条件変更だ。もし負けたら一緒に寝てやるよ」
「むー!」
このやりとりによりばの空気が少しばかり和みもしたが、オーラス南四局が始まった。
南四局 親:透華 ドラ:{9}
ひろゆき配牌
{四四128999②④⑦⑧⑧}
(少なくとも早い手ではないな……配牌からドラ3だけど、こんなのくその役にも立ちやしない……!)
さっと早和了したい場面であるがために、ひろゆきの苛立ちもわからなくもないが、大量リードしているだけに、周りから見れば神経質な反応だっただろう。
四巡目
打 {西}
「ポンッ」
(西が切れた……これで四喜和、国士が消滅……)
八巡目
打 {發}
「ポンですわっ!」
透華捨て牌
{九二一5412⑦}
(大三元、緑一色も消えた……そして下家は混一気配か……)
残る可能性はごく薄い確率で九蓮宝燈と清老頭だが、これらは待ちが限定され振り込みをかわすことは比較的に容易である。
(すると残りは……)
四暗刻単騎……待ちも偶発的で読みにくく、ひろゆきからすれば厄介なことこの上ない。
(四暗刻単騎なんて千局に1回出ればいい方……普通張れるわけがない……しかし……)
―――――――やりかねない赤木しげるだけは……!
十一巡目
透華手牌
{①①③③北北北 ツモ北 ポン 西横西西 發横發發}
(四枚目の北ここは……)
「カンッ」
これでいっそう警戒が強くなるが元々混一を目指していることはバレバレなのだ。
確率は低いとはいえ、ドラが乗ることに期待したが、透華の執念が呼び込んだのか、透華の手はあらぬ方向へと成長する。
新ドラ表示 {白}
透華の手にドラ3が追加され一気に親倍確定そしてリンシャンツモ。
(さあ、いらっしゃいまし!)
透華手牌
{①①③③ ツモ發 ポン 西横西西 發横發發 ■北北■}
(これはっ……!)
透華はもう躊躇わなかった。
「カンですわ!」
ここでツモれば差はさらに3万2千点詰まり差は3万を切るが、それでははじめをとばしてしまうため和了ことはできない。
だがその時は一旦テンパイを崩し適当に引いてきた牌で待てばよいのだ。
いくらひろゆきの読みが優れていてもこればかりは読み切ることはできない。
透華手牌
{①①③③ ツモ一 ポン 西横西西 發横發發發 ■北北■}
(ちぃっ……!)
打 {一}
「はじめなにをしてますの、早く新ドラをめくりなさい」
「あ……うん」
しかし、それでも前回の和了が流れを引き込んだのか、この場の流れは全力で透華を支援した。
ドラ表示 {白}
新ドラ表示牌は白。つまりドラ4っ……!
(なんてことだ……ドラ8ってことは親倍確定……これで下家も無視できなくなった……)
この事態に部室全体に緊張した空気がまた漂い始めた。
これで勝利には三倍満直撃が逆転の条件だった透華はツモっても逆転可能となった。
(これで私がツモれば超超逆転勝利……これ以上劇的なシチュエーションはありませんわ……!)
様々な想像を繰り広げる透華だったが、彼女の盛運もここまで。
はじめ手牌
{一一七八九九777①①③③}
(透華も逆転の手をテンパイしたみたいだし……邪魔しないようにしないと……)
この時①③共にはじめの手牌にありツモることは不可能。
つまりは逆転不可能だっだ。
しばらくは皆ツモ切りが続く状況だったが、沈黙を保っていたこの男がついに声を上げた。
「リーチ……」
(ついに来たか……あと五巡しのげば勝ちなのに……くそっ!安牌はゼロ……)
ひろゆき手牌
{四四四七八八999④④⑥⑧⑧ ツモ 西}
(これは下家が3枚が使っているからとりあえずは安牌……)
打 {西}
(この巡目はしのいだが、次も安牌とは限らない……一体どうすれば……)
ひろゆきには自分の手が全て危険牌にみえていた、そんなひろゆきについに試練の時が訪れた。
ひろゆき手牌
{四四四七八八999④④⑥⑧⑧ ツモ 四}
(4枚目の四萬か……井川プロもついてるな……)
重ねて言うが赤木が勝つためには役満直撃しかない。
逆にいえばひろゆきはそれだけを避けながら打てばよく、仮にこの四萬が和了牌だとしても四暗刻単騎であることはありえない。逃げ切りは確定したも同然なのだ。
(…………)
だというのにひろゆきは、まるで危険牌をつかんだかのような表情を浮かべ、そのまま固まってしまった
(どうしたんだ?まさか、気づいていないわけでもないだろうし……何考えてんだ?
常識で考えればこの四萬は現物以外でもっとも安全に近い牌なのである。純は何故ひろゆきが躊躇うのか理解できなかった。
ひろゆきが迷う理由……それはひとえに今回のような極端な対子場があの時……およそ20年前、赤木と初めて出会ったころの対局と酷似していたからだ。
(あの時……天さんは絶対安全だったはずの四萬を切り振り込んだ……)
結果として天が勝利を収めたものの、実際はどちらが勝っていたとしてもおかしくはなかった。この四萬は安牌などではない、超一級の危険牌だ。
(しかし……だからといって今回もこの牌で待つだろうか……赤木さんだって前回の対局を覚えているだろうし……そうやって回した牌を狙い撃つためのリーチという可能性も十分にある……)
ひろゆきは理に聡い性分がある、その理によって現在の地位を築いたと言っても過言ではない。
そんな聡明なひろゆきだからこそ抜け出すことのできない思考の袋小路に陥ってしまったのだ。
(だめだ……!いくら考えたところで答えなんか出る訳がない……どうせどちらも危険なら……!)
打 {四}
熟考の末、ひろゆきの決断は四萬切りだった。
回したところで次に安牌を引くとは限らないこと。回した牌で下家に振り込んでは元もないことなど、理由は他にもある。
しかしひろゆきの思考はこの四萬が通るか否かではなく、四萬が切れる理由を無理やり付け足したにすぎない。
つまり……これさえ通せれば最後までしのげるという欲を、捨て去ることができなかったのだ。
「ロン……!」
赤木手牌
{三三三五五五五111中中中 ロン 四}
「……赤木、和了った役を言ってみなさい」
透華は冷静に、努めて冷静に問いかけた。しかし眉はピクピクと引きつっており怒りを押し殺していることは明白だった。
「リーチ、三暗刻、中……だがどうかしたのか
そんな透華の怒りを知ってか知らずか赤木はあっけらかんと答えた。
そんな赤木の態度は元々気の短い透華の怒りを爆発させるのに十分な火種となったようだ。
「ふ・ざ・る・ん・じゃ・ありませんわ!そんな逆転もしないわけのわからない手で私の役…役満を……」
よほど悔しかったのか、もの凄い剣幕で赤木に迫った。その折に他の髪の毛から飛び出た毛(通称アホ毛)が高速回転していた気はするがここ最近の仕事による疲れから来る幻覚なのだろう。
「落ち着けまだ逆転しないなんて決まってないだろ?」
「なんですって!?」
回転していたアホ毛も止まりやっと冷静になった透華はずっとこちらを見ているひろゆきの視線にようやく気付いた。
「あ、あら私としたことが……そ、それで結局何が言いたいんですの!?」
慌てて取り繕う透華だったが、残念ながらもう遅かった。
「まあ、見てな……俺の暗刻はここにある……」
赤木はただ一言つぶやくと、静かに裏ドラに手を伸ばした。
ドラ表示 {二}
「ドラ3、これで跳満だ」
「えっ……?」
ドラ表示 {二}
「ドラ6……これで倍満だ」
この時点ですでに10翻、次にドラが暗刻で乗れば13翻文句なく数え役満となる。
「そ、そんなにうまくいくわけありませんわ冗談も休み休み言いなさい!」
透華の言う通り次に裏ドラが乗る可能性は非常に低い。
中は透華が撥を4枚使っているため種切れ、1索もひろゆきの手に3枚、場に1枚あるため、残るは二萬を1枚残すのみである。
(おいおい、常識で考えれば都合よくドラが9つ乗るなんて心配する方が馬鹿げてる……6つ乗っただけでも奇跡だろうが……)
20年前と唯一違うこと……それは、目の前にいるのが20年前の運気の衰えた赤木ではなく、雀力も運気も間違いなく全盛期の赤木であることだ。
「じゃあめくるぜ……」
もはや言葉を発する者は一人もおらず皆、固唾を飲んで勝負の行く末を見守っている。
そして静かにめくられた牌はひとつの勝敗を告げた。
ドラ表示――――――――――{二}
「くっ……」
「そ、そんな……ありえない……ありえないですわ……」
透華だけではないはじめも純も智紀も……この場にいる全員がこの光景を信じることができなかった。
時を経てここに具現―――――赤木四暗刻地獄待ち……。
赤木の四暗刻地獄待ちは麻雀漫画に残る名シーンだと思います。